『ラズーン』第五部

segakiyui

文字の大きさ
62 / 73

10.アシャの封印(1)

しおりを挟む
 アシャがリヒャルティ達の加勢に赴き、見事、グードス達を救出した頃、セシ公はようやくジーフォ公との話し合いを終えていた。
「では、そういうことで。アリオ姫のことは任せて欲しい」
「ふん」
 ジーフォ公は灯火の明かりに片頬を照らし出している相手を見つめ、軽く鼻を鳴らした。
「お前のやり方は気に食わんが、請け負ったことに失敗したことがないのは知っている。人の物を横取りする『癖』はあるがな」
「信用してもらえて光栄だよ。情報屋は信用が命だからね」
「ただし」
 皮肉にも動じないセシ公に、ジーフォ公はちかりと目を光らせた。
「『信用』はするが『信頼』はせんぞ。今までも、これからも」
「それで結構」
 セシ公は唇を綻ばせる。
「必要なのは、あなたの『力』だ」
「ふん…」
 ジーフォ公はにこやかに応じたセシ公に、なぜかより機嫌を害した顔になって背を向けた。そのままおやすみとも言わず、部屋を出て回廊を歩み去る。微笑みを浮かべて見送っていたセシ公は扉近くに潜んでいた影がかすかに動くのに、振り向きもせずに声をかけた。
「御苦労だな、テッツェ」
「いえ」
 陰から姿を現したテッツェに、セシ公は改めて目を向けた。相手は僅かに目を伏せて会釈し、思いついたように動きを止めた。ゆっくりと重たげな瞼が持ち上がり、色鮮やかな緑の瞳がセシ公を見つめ返す。
「何だね?」
「一つ、お訊ねしてもよろしいでしょうか」
「…構わない」
 テッツェの問いの察して、セシ公は笑みを深めた。
「『いつ』毒杯を飲まれたのでしょうか? ……あなたの『望まれた時に』効く、と言うような毒を?」
「さあ…それほど都合のいい毒は知らないな。手に入ったら知らせてくれないか」
 くすりと笑ったセシ公にテッツェも苦笑いを返してくる。
「かしこまりました」
 軽く頭を下げ、ジーフォ公の後を追って、明け始めた薄明るい空気に消えるテッツェを見守り、セシ公は部屋に戻った。
 扉を閉め、座っていた席に再び腰を下ろす。盃に残っていた酒を含み、ついで一気に飲み干す。落ち着かなく盃を置き、机の上に広げられた地図の一箇所、『パディスの偶像』のあたりを見つめる。
 セシ公の頭には今、ジーフォ公のこともラズーンの存亡のこともなかった。思い出話なぞをしたせいか、脳裏に鮮やかに浮かび上がってきた情景に気を取られている。
 金の少年。

 それは、彼がカートより一歩先んじて『パディス』にたどり着こうとしていた時のことだった。
 薄暗く風が吹きすさぶ草原、成長しきらぬディグリスが揺れてざわめき、馬はともすれば怯えて尻込みしがちになる。馬に蹴立てて走らせていたラルは、視界の右端、ジーフォ公分領地の辺境、『パディス』と遠く闇に聳える白き『狩人の山』(オムニド)の間の草原に、何か光り輝くものが、凄まじい速さで駆け回っているのに気づいた。急がせる手を休ませないまま、そちらへ顔を振り向けて息を呑む。
 輝くものは『人』だった。
 それも大人の姿ではなく、同い年か、多く見てもカートぐらいの幼い少年。
 翻る金の髪、身につけているのは白亜とも金色とも見えるとてつもなく眩く光るチュニック一枚、吸い付いたように馬に跨り、巧みに操っている。時に優しく、時に厳しく、馬を従えるすらりと伸びた手足、ラルが難渋しているディグリスの草原を、飛ぶような速さで自由自在に走り回っている。
 笑みほころんで得意げな少年の瞳は深い紫、ふっくらとした唇は紅く、白い肌に絶妙の対比を持って置かれた二色の宝玉のよう、髪は金冠、風に舞い、あたりに光を撒き散らして行く。明るい笑い声が響く、楽しげな、真昼の日差しを思わせる高く跳ねる声…。
「っっ」
 一瞬、冷たい北西からの風が吹き渡り、ラルは我に返った。見惚れていた主人の意志に忠実に、馬はほとんど並足になっている。気づくと同時に、ラルの背中を訳の分からぬぞっとしたものが滑り落ちた。
 今は真夜中だ。
 ラルやカート、悪戯っぽい子ども達は別として、あれほどの美貌を備え、どう見てもかなり高貴な生まれと見える少年が、事もあろうに、こんな物寂しい、魔物(パルーク)さえ出かねない場所で、馬を駆け回らせているのは解せない。それも少年にとっては、この場所はまるで辺境ではないかのような、今は真夜中ではないような、大胆不敵な笑い声を立てて、ここが唯一の遊び場所であるような傍若無人な振る舞い方、全てが常軌を逸している。
 そして、金の光。
 最初ラルは、少年の黄金の髪が目に残す幻影かと思っていた。だが、こうして我に返ってみると、少年の体自体が淡い金色の光を放っているのだとわかる。
 光…いや、あるいは光と言うことばが当てはまらないのかもしれない。ぴったりと少年の移動にくっついているのではなくて、ふいに向きを変えたときなど、まるで急な動きにはついていけないのだと言いたげに、わずかに移動に伴った尾を引いていく。
 ちょうど、少年の躰に、手には触れない、けれども確かにそこにある、霧のように細かい光の粒の膜がまとわりついている感じだ。時々少年が馬を止める。すると光は上へと伸び上がり、少年の躰を燃料とした松明のように、燃え上がる金色の炎の塊となる。
 それは、少年の目を奪う艶やかな美貌と相俟って、この世ならぬ、どこかの神の使いか、闇に潜む何者かのようにも思わせた。
(『魔』だ)
 閃光のように、その想いはラルの心に砕けた。
 馬の腹を蹴る。驚いた馬が嘶いて、突風のように駆け出す。
 初めて少年はラルの存在に気づいたように馬を止め、こちらに向き直った。
 心を覗き込んでくるような深紫青の瞳、乱れた髪が幾房か額に垂れ下がる。真紅の唇がにこりと笑んだように見えた、がそれももう、ラルは急いで意識の外へ追い出した。
 馬の背に身を伏せ、ただひたすらに急がせる。頭の中で慌ただしく、この辺りに眠っている『魔』が居ただろうかと昔語りをひっくり返したが、あれほど美しく、あれほど背筋の冷たくなる存在について、触れたものはなかった。
 きっと、まだ伝えられていない昔語りの中にいる魔物(パルーク)を、それと知らずラルが起こしてしまったに違いない。おそらく、この時刻、この大地は、あの少年の領分なのだろう。
 そうしてラルは、金の少年の追撃を受けないことだけを願いながら、『パディス』のカートの元へと駆け続けたのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば
ファンタジー
剣があって、魔法があって、けれども機械はない世界。妖魔族、俗に言う魔族と人間族の、原因は最早誰にもわからない、終わらない小競り合いに、いつからあらわれたのかは皆わからないが、一旦の終止符をねじ込んだ聖女様と、それを守る5人の英雄様。 それが約50年前。 聖女様はそれから2回代替わりをし、数年前に3回目の代替わりをしたばかりで、英雄様は数え切れないぐらい替わってる。 英雄の座は常に5つで、基本的にどこから英雄を選ぶかは決まってる。 俺は、なんとしても、聖女様のすぐ隣に居たい。 でも…英雄は5人もいらないな。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

処理中です...