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10.アシャの封印(7)
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アシャとシャイラはひたすら『泥土』の端を目指して駆けていた。グードスの安否はともかく、こう不利な立場にあっては捜索もままならない。その2人を目掛けて刺客は次々と襲ってくる。
「はっ…」
「ぎゃうっ!」
「げっ!」
飛びかかってきた2人を、アシャは軽くいなして避けた。いや、避けるふりをして1人の口に足先を叩き込み、もう片脚を別の1人の水月へ突き入れ、軽々と空に舞う。
その間もシャイラは走り続けた。何せ白光皮(ジュラ)が使われているというので保護の革は解き放したものの、その下は布靴のみ、ぐずぐずしていれば、泥土の毒素に皮膚を侵されていく。アシャもシャイラも、何度も捨て身で飛びかかってくるグルセト兵士に、泥の中を転がらされ『飢粉(シイナ)』を浴びせられて、服をほとんど脱ぎ捨てていた。アシャに至っては、ほの白い肌を夜闇に浮かせ、艶かしい妖しさに血迷ったのか屠る以外の目的で飛びかかってくる阿呆も居て、シャイラの倍は刺客に狙われていたが、それでも進む速度がシャイラとほぼ同じと言う凄まじさだった。
(本当にこの人は…)
走りながら、シャイラは何度か隣を走るアシャを、信じられない想いで見つめた。
(人間なのか?)
グルセトの王シダルナンは、あくまでも『泥土』を2人の墓場とすることに決めたようだ。散らばっていた刺客が集まり前方を遮る。人数が増えていく、5人、10人、18人、なおも増える。
「…ア…シャ…様…」
息を切らせながら、シャイラはアシャを見た。アシャも難しい顔で頷く。いくら、アシャが剣の天才とは言え、裸に短剣一振りでは20人を超える敵を相手にするわけにはいかない。考え込んでいたアシャは、ともすれば泥に足を取られ、転びそうになるシャイラに低く命じた。
「目を…閉じろ…」
「え?…」
思わず振り向いたシャイラは、アシャの身体が淡く光っているのに気づいた。今の今まで、そんなことには気づかなかったと言うのに。
「一体、何を…」
「オーダ・シーガル!」
「!」「!!」
尋ねかけたシャイラは、突如響いた雄叫びにぎょっとした。さしものアシャも立ち止まるほど不気味な叫び、幻のように一瞬にしてあたりに満ち、次には陽炎のように消え去っている。
刺客達もぎくりとして動きを止める。が、長くは待つ必要はなかった。その猛々しい鬨の声が、今度は朗々と『泥土』の上に響き渡った。
「オーダ・シーガル! オーダ・レイ!」
「レイ! レイ! レイ! レイ!!」
「オーダ・シーガル!」
「オーダ・レイ!」
見る間に遥か向こうから、砂煙ならぬ泥煙を上げて走り寄ってくる一団があった。追われたらしい泥獣(ガルシオン)が、泥波を蹴立てて走り、刺客も逃げ惑う。その中をアシャとシャイラは一団めがけて走った。
「アシャ!」「シャイラ殿!」
猛る平原竜(タロ)の背から数本の手が伸びて、アシャとシャイラを引き上げた。そして2人は辛くも危地を脱したのだった。
「…残念なことに、シダルナンは逃してしまったが…」
「十分だよ、シートス!」
ユーノは話し終わったシートスに、感嘆の声を上げた。
「そうですとも。あなた方がいらっしゃらなければ、私は今ここで無事にはおりません」
シャイラが深く頭を下げる。
「いや、礼ならセシ公に伝えてもらおう。あの方の機転だからな」
苦笑いするシートスが応じると、重なるように広間から声が響いた。
「シートス! シャイラ! 今夜の主役が何をしている!」
「ほら、お呼びだよ、シートス」
「やれやれ、苦手だと言ってるのに…」
溜め息混じりに呟いたシートス、シャイラが広間の方へ戻って行き、1人何か言いたげなユカルが残って、ユーノは少し緊張した。
「何、ユカル」
「…これを言おうかどうしようか、ずっと迷っていたんだが…」
ユカルが少し目を細める。
「…アシャはひょっとすると……『魔』、かもしれない」
「え…?」
ユーノはからかわれているのかとユカルを見たが、ユカルの表情は厳しく真面目で、ふざけているようには見えない。
「なんだよ、急に」
「『星の剣士』(ニスフェル)、金のオーラが『見える』視察官(オペ)を知っているか?」
「何言ってるんだよ、視察官(オペ)は誰だって、金のオーラを持っているはずなんだろう?」
「よく聞けよ! 『持っている』とは言ってない。『見える』と言ってるんだ」
「だから、なんだって言うんだよ! 『見える』なんて、そりゃ…」
言いかけて、ユーノは口を噤んだ。金のオーラと銀のオーラ。ラズーンの二百年祭のための立役者、視察官(オペ)と銀の王族の認識票、ただし、視察官(オペ)のみ見分けられる、極めて表現力の少ない認識票。
(認識票?)
改めて考えて、ユーノは眉を寄せた。
オーラが単に認識票にすぎないはずなら、アシャのあの力は一体どこからくるのだろう。それに、そう言えば、アシャ以外、金のオーラを操っている人間を見たことがない。そもそも認識票にすぎないものが、なぜ他のものに及ぼす力を持ち、操ることができるのだろう。それはつまり、少なくともアシャの場合、オーラは認識票だけではない、他の『何か』だと言うことではないのか。
(それに)
『太皇(スーグ)』のいつかの言葉が蘇る。『氷の双宮』の凄まじい力を最初から制御できたのはアシャだけ。なぜ『アシャだけ』なのだ? なぜ、『正統後継者だけ』ではない?
『太皇(スーグ)』が、ユーノをさえ正統後継者候補とするほど跡継ぎを欲しながら、なぜ易々と、事もあろうに第一正統後継者であるアシャが視察官(オペ)になり諸国を経巡ることを認めたのか。
(正統後継者の力は認めた、けれど……継ぐことは望んでいなかった……とか?)
もしそうならば、普通の国なら下手をすると暗殺されていてもおかしくない、国の安泰のために。なのに、アシャは守れらなくとも追撃されずに放置され、しかも帰還は歓迎された、ユーノを伴ったからだけではあるまいに。
考えてみれば、アシャにも、ラズーンそのものと同じぐらい謎の部分がある。
(アシャは『特別』なのか? ラズーンにとって?)
「気をつけろよ」
ユカルの声にユーノは物思いから覚めた。
「言いたかったのはそれだけだ。じゃ、な」
ユカルは飾りのない茶色の長衣を翻した。だが、広間に入る前に立ち止まり、半身振り返る。
「お前が野戦部隊(シーガリオン)に戻れば、みんな、歓迎するぜ……もちろん、俺も」
「ユカル…」
ユーノは首を振った。
「それはたぶん、ない」
「言って見たかっただけだ。じゃあ」
ユカルは少し寂しそうに笑って、広間に消えた。
ユーノの心の中には、ユカルの投げかけた問いかけが、波紋を広げて行く。
(アシャが………『魔』…だって……? アシャ…が……?)
「はっ…」
「ぎゃうっ!」
「げっ!」
飛びかかってきた2人を、アシャは軽くいなして避けた。いや、避けるふりをして1人の口に足先を叩き込み、もう片脚を別の1人の水月へ突き入れ、軽々と空に舞う。
その間もシャイラは走り続けた。何せ白光皮(ジュラ)が使われているというので保護の革は解き放したものの、その下は布靴のみ、ぐずぐずしていれば、泥土の毒素に皮膚を侵されていく。アシャもシャイラも、何度も捨て身で飛びかかってくるグルセト兵士に、泥の中を転がらされ『飢粉(シイナ)』を浴びせられて、服をほとんど脱ぎ捨てていた。アシャに至っては、ほの白い肌を夜闇に浮かせ、艶かしい妖しさに血迷ったのか屠る以外の目的で飛びかかってくる阿呆も居て、シャイラの倍は刺客に狙われていたが、それでも進む速度がシャイラとほぼ同じと言う凄まじさだった。
(本当にこの人は…)
走りながら、シャイラは何度か隣を走るアシャを、信じられない想いで見つめた。
(人間なのか?)
グルセトの王シダルナンは、あくまでも『泥土』を2人の墓場とすることに決めたようだ。散らばっていた刺客が集まり前方を遮る。人数が増えていく、5人、10人、18人、なおも増える。
「…ア…シャ…様…」
息を切らせながら、シャイラはアシャを見た。アシャも難しい顔で頷く。いくら、アシャが剣の天才とは言え、裸に短剣一振りでは20人を超える敵を相手にするわけにはいかない。考え込んでいたアシャは、ともすれば泥に足を取られ、転びそうになるシャイラに低く命じた。
「目を…閉じろ…」
「え?…」
思わず振り向いたシャイラは、アシャの身体が淡く光っているのに気づいた。今の今まで、そんなことには気づかなかったと言うのに。
「一体、何を…」
「オーダ・シーガル!」
「!」「!!」
尋ねかけたシャイラは、突如響いた雄叫びにぎょっとした。さしものアシャも立ち止まるほど不気味な叫び、幻のように一瞬にしてあたりに満ち、次には陽炎のように消え去っている。
刺客達もぎくりとして動きを止める。が、長くは待つ必要はなかった。その猛々しい鬨の声が、今度は朗々と『泥土』の上に響き渡った。
「オーダ・シーガル! オーダ・レイ!」
「レイ! レイ! レイ! レイ!!」
「オーダ・シーガル!」
「オーダ・レイ!」
見る間に遥か向こうから、砂煙ならぬ泥煙を上げて走り寄ってくる一団があった。追われたらしい泥獣(ガルシオン)が、泥波を蹴立てて走り、刺客も逃げ惑う。その中をアシャとシャイラは一団めがけて走った。
「アシャ!」「シャイラ殿!」
猛る平原竜(タロ)の背から数本の手が伸びて、アシャとシャイラを引き上げた。そして2人は辛くも危地を脱したのだった。
「…残念なことに、シダルナンは逃してしまったが…」
「十分だよ、シートス!」
ユーノは話し終わったシートスに、感嘆の声を上げた。
「そうですとも。あなた方がいらっしゃらなければ、私は今ここで無事にはおりません」
シャイラが深く頭を下げる。
「いや、礼ならセシ公に伝えてもらおう。あの方の機転だからな」
苦笑いするシートスが応じると、重なるように広間から声が響いた。
「シートス! シャイラ! 今夜の主役が何をしている!」
「ほら、お呼びだよ、シートス」
「やれやれ、苦手だと言ってるのに…」
溜め息混じりに呟いたシートス、シャイラが広間の方へ戻って行き、1人何か言いたげなユカルが残って、ユーノは少し緊張した。
「何、ユカル」
「…これを言おうかどうしようか、ずっと迷っていたんだが…」
ユカルが少し目を細める。
「…アシャはひょっとすると……『魔』、かもしれない」
「え…?」
ユーノはからかわれているのかとユカルを見たが、ユカルの表情は厳しく真面目で、ふざけているようには見えない。
「なんだよ、急に」
「『星の剣士』(ニスフェル)、金のオーラが『見える』視察官(オペ)を知っているか?」
「何言ってるんだよ、視察官(オペ)は誰だって、金のオーラを持っているはずなんだろう?」
「よく聞けよ! 『持っている』とは言ってない。『見える』と言ってるんだ」
「だから、なんだって言うんだよ! 『見える』なんて、そりゃ…」
言いかけて、ユーノは口を噤んだ。金のオーラと銀のオーラ。ラズーンの二百年祭のための立役者、視察官(オペ)と銀の王族の認識票、ただし、視察官(オペ)のみ見分けられる、極めて表現力の少ない認識票。
(認識票?)
改めて考えて、ユーノは眉を寄せた。
オーラが単に認識票にすぎないはずなら、アシャのあの力は一体どこからくるのだろう。それに、そう言えば、アシャ以外、金のオーラを操っている人間を見たことがない。そもそも認識票にすぎないものが、なぜ他のものに及ぼす力を持ち、操ることができるのだろう。それはつまり、少なくともアシャの場合、オーラは認識票だけではない、他の『何か』だと言うことではないのか。
(それに)
『太皇(スーグ)』のいつかの言葉が蘇る。『氷の双宮』の凄まじい力を最初から制御できたのはアシャだけ。なぜ『アシャだけ』なのだ? なぜ、『正統後継者だけ』ではない?
『太皇(スーグ)』が、ユーノをさえ正統後継者候補とするほど跡継ぎを欲しながら、なぜ易々と、事もあろうに第一正統後継者であるアシャが視察官(オペ)になり諸国を経巡ることを認めたのか。
(正統後継者の力は認めた、けれど……継ぐことは望んでいなかった……とか?)
もしそうならば、普通の国なら下手をすると暗殺されていてもおかしくない、国の安泰のために。なのに、アシャは守れらなくとも追撃されずに放置され、しかも帰還は歓迎された、ユーノを伴ったからだけではあるまいに。
考えてみれば、アシャにも、ラズーンそのものと同じぐらい謎の部分がある。
(アシャは『特別』なのか? ラズーンにとって?)
「気をつけろよ」
ユカルの声にユーノは物思いから覚めた。
「言いたかったのはそれだけだ。じゃ、な」
ユカルは飾りのない茶色の長衣を翻した。だが、広間に入る前に立ち止まり、半身振り返る。
「お前が野戦部隊(シーガリオン)に戻れば、みんな、歓迎するぜ……もちろん、俺も」
「ユカル…」
ユーノは首を振った。
「それはたぶん、ない」
「言って見たかっただけだ。じゃあ」
ユカルは少し寂しそうに笑って、広間に消えた。
ユーノの心の中には、ユカルの投げかけた問いかけが、波紋を広げて行く。
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