『失せ物捜し』

segakiyui

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 悟が何か言ったのか、姿子さんと私は意外と素直に部屋に通された。
 きらびやかで重厚な家具が並んだ応接間で、お互いにそっぽを向き合っている二人の女性に、姿子さんがまず言ったのは、
「もう一回、捜さはったらいかがどす」だった。
 それも、異様なほどきっちりとした京都弁でやんわりとたしなめるような声、聞きようによっては、大人げないと責めていると取られかねない感じだ。
「もう一回?」
 案の定、ふん、と年とった、小豆色の着物を来た女性が鼻を鳴らした。
「ずいぶん捜したんですけどねえ」
 と、これは、渋い緑の着物を着た悟のおかあさん。
 つんとした白い顔で、紅茶を運んできた後は、何も言わずに、さっきからじろじろと姿子さんと私を交互に見ている。
 悟はと言えば、家の中に戻ったとたんに、何だか横柄に上からものを言う感じになった。今は全く他人ですって顔で、横の椅子に腰掛けて私と姿子さんを面白そうに見つめてて、私はさすがに心配になっていた。
 そこへ、この、姿子さんのがっくり来るほど平凡なセリフ。
 中央のソファセットが頼りなく見えるほど大きな応接間、並んで腰掛けてはいるものの、徹底抗戦の気配濃厚な二人の前で、姿子さんの飾り気のないフレアスカートと白シャツは悲しいほどに場にそぐわない。
 私はいらだったのを隠すために、冷えた紅茶を手にした。
「そうどすか。そやけど、まあ、人には思い違い、いうのもありますやろ? このお家の中全部捜さはったらなんて恐ろしいことは、よう言いませんけど」
 のっぺりとした覇気のない口調で姿子さんは続けた。
 姿子さんたら。
 私は思わず飲みかけていた紅茶を吹きそうになってしまった。
「そうどすなあ、このあたりやと思わはるお部屋一つでも、ご一緒に捜さはったら。まあ、こんなこと、他人がいうことやおへんけど、一緒に捜さはったら、見つからへんものも見つかるかもしれまへんえ。まあ、それでも、もう」
 姿子さんは出された紅茶を優雅な仕草で持ち上げ、香りを楽しむ顔でゆっくりと啜ってから、頃合いを見計らったタイミングのよさで、ことばを継いだ。
「見つからんでもええのや、と言わはるんやったら、そらもう、私なんかの出る幕やおへん、ここで帰らせてもろてもかしまへんのどす」
「それは困るよ」
 意外なことに、姿子さんの声を追いかけるように口を出したのは悟だった。
「いつまでもこんな調子じゃ、オレも出て行きたくなる」
 二人の女は絶対自分からは溶けないと決めた氷のように、黙って姿子さんを見つめている。
 姿子さんは動じない。長年の友人の所へお茶を飲みに来たというようなしらっとした顔で、話題を逸らせた。
「このお茶、ええ、香りやこと。ハーブ、使たはるんどすなあ」
 ふいと、悟さんのおかあさんの表情がほぐれた気がした。
「捜してもいいです」
 唐突にぽつんとおかあさんが言った。
「泥棒と思われるぐらいなら、見つかったほうがいいです、どんな形でも」
「ふん」
 おばあさんはまた鼻を鳴らして顔を背け、
「何でも知らぬ顔をしてればすむと思ってるんじゃなかったのかい」
 嫌み一杯の口調で呟いた。
「もう、構いません」
 おかあさんが硬い声で応じた。
 何だか、また険悪な雰囲気になってきた。
 そこへ悟が割って入るように、
「ばあちゃんも捜せよな。見つかればいいんだろ」
「おまえが言うなら、そうしよう」
 おばあさんは悟には弱いのか、おどおどした顔になって頷く。
「はあ、お話がまとまりましたか。ほな、私は、その捜してはるところを見せてもらいまひょか」
 姿子さんがあっさりと言って、残りの人間が目を剥いた。
「は? 見せてもらう、とは?」
「捜さないんですか?」
 女性二人が尋ねるのに、姿子さんはにこにこ笑った。
「捜しますえ、そやけど、ちょっと方法が違う、いうだけのことですがな」
 そう、誰でも初めて姿子さんに向き合うと、必ずこの状態になってしまう。
 そんなことで、何とかなるのか? 一体、何をしてるんだ? それはどういう意味なんだ? 何が一体起こってるんだ?
 疑問符がみんなの頭の上に飛び交って、みるみる一杯になっていくのが見える。
 けれど、姿子さんにくっつき回ってきた私には少しはわけがわかっている。
 姿子さんはもう『帯留め』を捜し始めているのだ。
 ずっと、ずーっと前、私も姿子さんに試験用のノートを捜してもらったことがある。
 友達から借りて、次の日は返さなくてはいけないのに、何度どこを捜してもどうしても見つからなかったのだ。
 そのとき、姿子さんはこう言った。
「『失せ物』いうのは、そう難しゅうないんえ。『失せてる』のは、その人の頭の中からだけやさかい。丁寧に見て丁寧に思い出していったら、すぐにわかるもんなんえ」
 つまり、よく『失せ物』と言われるが、『失せた』のは『物』ではなくて、その物の場所に関する情報を『捜す方法』だ、と姿子さんは言うのだ。
 その『失せ物』に関わった人の中には、その在りかが本当はきちんと記憶されているのだが、何かの原因でそれを拾い出せなくなっているだけなのだ、と。
 解決方法は、その原因が何かを捜し出すことと、その原因を取り除くこと。
「それだけで、『失せ物』は勝手に現れてくるんえ」
 そう姿子さんは教えてくれた。
 そして実際、見事にノートを見つけて渡してくれたのだ。
 姿子さんになくしたときのことをゆっくりと尋ねられて、私はそのノートがもう一日あればいいのにな、と思った気持ちを思い出した。わかりやすくて見やすくて、自分にはとてもこんなノートは作れないとも思ったことや、こんな風に書けたらいいのにな、そうすれば借りなくてもすむのに、とも。
 ノートは私の棚の奥にたてられていた。そこにあるのが当然のように。まるで、私のもののように。
 姿子さんは「ええノートやったんやな」と笑った。
 あのときと同じように、姿子さんは『失せ物』に関わる事柄を拾い上げている。
 さっき、姿子さんは悟からおばあさんとおかあさんがどんな人か、今どんな関わりがあるのかを聞いた。目の前にいる二人に『失せ物』の質問をしてみて、また、捜してみようと呼びかけてみて、二人がその『失せ物』にどんな気持ちを持って
いるのかも確かめてみた。
 姿子さんの頭の中には、『ひすいの帯留め』がこの家の中で、この家族の中で、どんな意味を持っているものだったのかがはっきりと見えてきているはずだ。
「ほんに、きれいやなあ」
 姿子さんがそうこっそりと呟いて、私は少し安心した。
 それは、姿子さんが、その『失せ物』とそれが起こった状況や環境がどう組み上がったのかがきっちりと見え、それがまるで美しい伝統工芸の細工もののように見えているときに出てくることばだったから。
 そら、もう、うつくしいものやえ。なんとまあ、見事に、隙なく無駄なく組み上がっているものか。なんとまあ、深い意味が組まれているものかと、見惚れてしまうのや。
 姿子さんは前に一度、うっとりとした目をして、そう話してくれたことがある。
 姿子さんが、こうして解決しても自分の得にもならない厄介なことに首を突っ込むのは、こんなふうに、姿子さんにしか見えない『見事な細工もの』を楽しむためもあるのかもしれない。
「おばちゃん」
 応接間の隣の、どうやらおばあさんの部屋らしい和室に移って、わさわさと捜し出す悟と二人の女性を見ていた姿子さんに、私はそっとささやいた。
「さっきのやりとり、おばあさんは見つけたくなかった、ってことだよね?」
「えらいえらい、ようわかった」
 姿子さんは三人から目を離さずに呟いた。
「おばあさんが『帯留め』隠したの?」
「そうとも言えるし、そうやないとも言えるなあ。そやけど、それには事情があったやろうと思うてる」
「事情?」
 『失せ物』を捜しているのに、見つけたくなかった事情。わざわざ自分から『失せ物』を作り出してしまう事情。
「さあ、見ててみ、何が見える?」
「何がって」
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