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姿子さんに促されて、私は三人を見つめ直した。
「みんなが『帯留め』捜してるところ」
「そうやな。それぞれの気持ちを止めるものを捜してる」
姿子さんは私のことばを違うことばで言い換えた。それから、
「そやけど、あかんなあ」
姿子さんはどこか優しい憐むような目になった。
「捜しきらんみたいやなあ。まあ、捜しきれてたら、こうまでひどうはならへんか」
「捜しきらん? あ」
言われて気がついた。
部屋の中のあちこちを縦横無尽に捜しているように見える三人が、壁際の黒い違い棚の開きにだけは手をかけない。側までいくのに、棚も見るのに、押し入れまで開けているのに、その開きだけ誰も開かない。
「捜し出すのは、誰でもええと思うんやけどねえ、ただ、気持ちの責任さえ取る気でおれば」
「気持ちの責任?」
姿子さんは少し私を振り向いた。悲しそうな笑みだった。
「自分の気持ちを引き受ける責任。そやけど、かわいそうに、無理みたいやなあ」
姿子さんは体を起こした。
煮え詰まった苛立った顔で三人が姿子さんを振り向く。
「こんなことしたって、同じことだろ、もうずいぶん捜したし、この部屋だって何度も何度も捜したんだ。やっぱり、この家のことを何も知らないあんたが何と言ったって、無理なものは無理…」
悟が言いかけて、引きつった。
姿子さんがすたすたと歩いて、違い棚の開きに手をかけたからだ。
「あ、そ、そこは!」
おばあさんが悲鳴のような声を上げて、慌てて寄ってきた。
「そこは、だめ、何も入ってない、何も」
「ばあちゃん」
びくっと体を硬直させた悟が、ぼうっとした顔になって呟くのを、おばあさんが振り返った。妙に必死な紅潮した顔になって、そっとそっと労るように悟に笑いかける。
「ばあちゃん、そこにあるの、知ってた?」
妙に幼い声で悟が呟いた。
「知ってたって、ちょっと待ってよ」
何、それ? 悟は知ってたの?
あっけに取られた私のことばを、かわりに悟のおかあさんが尋ねた。
「待ちなさい、悟、どうしてあんたが知ってるの?」
悟が苦く笑ってみんなの視線から目を逸らせ、うつむく。
「答えなさい、悟!」
「だって」
低い、弱い声。
「入れたの、オレだもん」
「違う、違うよ、悟、入れたのは私だ、私だからね!」
おばあさんが悲鳴のように叫んで、べったりと棚の前に着物の前を崩して座った。
「どういうことです、いったい、どういうことなの」
混乱した顔でおかあさんが首を振った。
「イミテーション、やね?」
姿子さんがぽつりと呟いて、悟とおばあさんが弾かれたように顔を上げた。二人とも真っ青で大きな目を見開いた驚きの顔を隠そうともしなかった。
「『まがい物』やったから、隠すしかなかったんやね、みんな」
『まがい物』? 『帯留め』が、偽物だったっていうこと? だから、悟が隠したっていうこと?
悟がやがて虚ろな顔で頷いた。それは何だか泣き出しそうな、小さな男の子の顔に見えた。
「うん、ずっと」
微かな声。
「ずっと、家族なんて、嘘だったんだ」
ぽろぽろっといきなり悟の目から涙がこぼれて、私は息が止まるほど驚いた。
「みんなばらばらで。だから、あんなのだけ本物が在っても嘘だから、ばあちゃんが大事にしてるのはきっと形だけで、中身は気づかないと思ってたから」
「わかるんだよ、わかってたんだよ、何とかしようと思ってたんだよ」
おばあさんが呻いた。
「何とか本物に戻そうとしてたんだけど、お前のおとうさんは、もう」
おとうさん? それ、何?
「そうですか、知ってたんですか」
おかあさんが干からびた声で応じた。
「あの人が帰らないのは向こうにきちんと家庭があるからだって、わかってたのは私だけだと思ってたのに」
おかあさんが棒か杭を飲み込んだように突っ立っている。色を失った唇がかたかたと冷たい音を重ねるようにことばを紡いだ。
「私一人が知らない顔をしていれば、それですむと思ってたのに」
「な、何、どういうこと?」
何だかどうも途中から『帯留め』の話をしているんじゃないらしいとようやく気づいて、私は姿子さんをつついた。
姿子さんは答えない。
「親父が浮気してたってこと」
ことん、と悟が呟いた。
「だから、『帯留め』はオレが売ったんだよ。ばあちゃんは、それを知ってたのに、イミテーション作らせてずっと持ってた。オレ、ばあちゃんがいろんなこと隠してるの、ずっと知ってたんだ、いいかげんにしろよって思ってたんだ」
悟が低い声で答えた。
「親父が浮気して、かあさんはずっと一人でいらだって、ばあちゃんは昔の形にしがみついてて、オレはそれを壊そうとしてたけど、壊せなくって、だから、オレも見ないふりして隠したってこと。でも」
悟はほんのりと笑った。憎ったらしいほど、淡くてきれいな笑顔、包み込んで抱き締めて、もう大丈夫っていってあげたい、そんな気持ちにさせる顔だった。
「隠しても、見つかるんだな、いつか」
「見つけはったら、よかったんや」
姿子さんがふいに優しい声で返した。
「誰かが見つけて、泣かはるなり、暴れはるなりしはったらよかった。そうして、わたしは弱いと言うたはったら、もっとはよう、楽になったのや」
「そうか」
宇宙の真理を聞かされたみたいに、一瞬、くしゃくしゃと顔をゆがめた悟は、やがてゆるやかに体の力を抜いて息を吐き、くすんと笑った。
「捜して見つけてしまえばよかったのか。そうすれば、あんたに来てもらわなくてもすんだのか」
わあ、と糸が切れたみたいに悟のおかあさんが泣き出した。誘われるように、おばあさんも泣き始める。
その真ん中で困ったように悟はぽつんと立って、姿子さんのことばを待っているように見えた。
「あんたはそういう役回り、私はこういう役回り」
姿子さんは小さく笑った。まるで、少女のような笑い声だった。
悟は身じろぎもせずにそれを聞いて、やがて目を閉じて深く頷き、私と姿子さんに深く頭を下げた。
「みんなが『帯留め』捜してるところ」
「そうやな。それぞれの気持ちを止めるものを捜してる」
姿子さんは私のことばを違うことばで言い換えた。それから、
「そやけど、あかんなあ」
姿子さんはどこか優しい憐むような目になった。
「捜しきらんみたいやなあ。まあ、捜しきれてたら、こうまでひどうはならへんか」
「捜しきらん? あ」
言われて気がついた。
部屋の中のあちこちを縦横無尽に捜しているように見える三人が、壁際の黒い違い棚の開きにだけは手をかけない。側までいくのに、棚も見るのに、押し入れまで開けているのに、その開きだけ誰も開かない。
「捜し出すのは、誰でもええと思うんやけどねえ、ただ、気持ちの責任さえ取る気でおれば」
「気持ちの責任?」
姿子さんは少し私を振り向いた。悲しそうな笑みだった。
「自分の気持ちを引き受ける責任。そやけど、かわいそうに、無理みたいやなあ」
姿子さんは体を起こした。
煮え詰まった苛立った顔で三人が姿子さんを振り向く。
「こんなことしたって、同じことだろ、もうずいぶん捜したし、この部屋だって何度も何度も捜したんだ。やっぱり、この家のことを何も知らないあんたが何と言ったって、無理なものは無理…」
悟が言いかけて、引きつった。
姿子さんがすたすたと歩いて、違い棚の開きに手をかけたからだ。
「あ、そ、そこは!」
おばあさんが悲鳴のような声を上げて、慌てて寄ってきた。
「そこは、だめ、何も入ってない、何も」
「ばあちゃん」
びくっと体を硬直させた悟が、ぼうっとした顔になって呟くのを、おばあさんが振り返った。妙に必死な紅潮した顔になって、そっとそっと労るように悟に笑いかける。
「ばあちゃん、そこにあるの、知ってた?」
妙に幼い声で悟が呟いた。
「知ってたって、ちょっと待ってよ」
何、それ? 悟は知ってたの?
あっけに取られた私のことばを、かわりに悟のおかあさんが尋ねた。
「待ちなさい、悟、どうしてあんたが知ってるの?」
悟が苦く笑ってみんなの視線から目を逸らせ、うつむく。
「答えなさい、悟!」
「だって」
低い、弱い声。
「入れたの、オレだもん」
「違う、違うよ、悟、入れたのは私だ、私だからね!」
おばあさんが悲鳴のように叫んで、べったりと棚の前に着物の前を崩して座った。
「どういうことです、いったい、どういうことなの」
混乱した顔でおかあさんが首を振った。
「イミテーション、やね?」
姿子さんがぽつりと呟いて、悟とおばあさんが弾かれたように顔を上げた。二人とも真っ青で大きな目を見開いた驚きの顔を隠そうともしなかった。
「『まがい物』やったから、隠すしかなかったんやね、みんな」
『まがい物』? 『帯留め』が、偽物だったっていうこと? だから、悟が隠したっていうこと?
悟がやがて虚ろな顔で頷いた。それは何だか泣き出しそうな、小さな男の子の顔に見えた。
「うん、ずっと」
微かな声。
「ずっと、家族なんて、嘘だったんだ」
ぽろぽろっといきなり悟の目から涙がこぼれて、私は息が止まるほど驚いた。
「みんなばらばらで。だから、あんなのだけ本物が在っても嘘だから、ばあちゃんが大事にしてるのはきっと形だけで、中身は気づかないと思ってたから」
「わかるんだよ、わかってたんだよ、何とかしようと思ってたんだよ」
おばあさんが呻いた。
「何とか本物に戻そうとしてたんだけど、お前のおとうさんは、もう」
おとうさん? それ、何?
「そうですか、知ってたんですか」
おかあさんが干からびた声で応じた。
「あの人が帰らないのは向こうにきちんと家庭があるからだって、わかってたのは私だけだと思ってたのに」
おかあさんが棒か杭を飲み込んだように突っ立っている。色を失った唇がかたかたと冷たい音を重ねるようにことばを紡いだ。
「私一人が知らない顔をしていれば、それですむと思ってたのに」
「な、何、どういうこと?」
何だかどうも途中から『帯留め』の話をしているんじゃないらしいとようやく気づいて、私は姿子さんをつついた。
姿子さんは答えない。
「親父が浮気してたってこと」
ことん、と悟が呟いた。
「だから、『帯留め』はオレが売ったんだよ。ばあちゃんは、それを知ってたのに、イミテーション作らせてずっと持ってた。オレ、ばあちゃんがいろんなこと隠してるの、ずっと知ってたんだ、いいかげんにしろよって思ってたんだ」
悟が低い声で答えた。
「親父が浮気して、かあさんはずっと一人でいらだって、ばあちゃんは昔の形にしがみついてて、オレはそれを壊そうとしてたけど、壊せなくって、だから、オレも見ないふりして隠したってこと。でも」
悟はほんのりと笑った。憎ったらしいほど、淡くてきれいな笑顔、包み込んで抱き締めて、もう大丈夫っていってあげたい、そんな気持ちにさせる顔だった。
「隠しても、見つかるんだな、いつか」
「見つけはったら、よかったんや」
姿子さんがふいに優しい声で返した。
「誰かが見つけて、泣かはるなり、暴れはるなりしはったらよかった。そうして、わたしは弱いと言うたはったら、もっとはよう、楽になったのや」
「そうか」
宇宙の真理を聞かされたみたいに、一瞬、くしゃくしゃと顔をゆがめた悟は、やがてゆるやかに体の力を抜いて息を吐き、くすんと笑った。
「捜して見つけてしまえばよかったのか。そうすれば、あんたに来てもらわなくてもすんだのか」
わあ、と糸が切れたみたいに悟のおかあさんが泣き出した。誘われるように、おばあさんも泣き始める。
その真ん中で困ったように悟はぽつんと立って、姿子さんのことばを待っているように見えた。
「あんたはそういう役回り、私はこういう役回り」
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