『ラズーン』第三部

segakiyui

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3.スォーガの嵐(2)

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 前方に集落、その手前に茶色の革のチュニックと黄色のマントのモス兵士達がたむろしているのが見える。
「モスの遠征隊だ」
 シートスのことばにこっくりと頷き、ユーノも剣を抜いた。祈るように一瞬掲げ、しっかり握り直す。
 モスはどうやらユカル達を待ち構えていたようだった。認め合った一瞬後、相手方も馬を駆り、見る見る近づいてくる。黄色のマントが翻りはためいて、赤茶けたスォーガの草原に鮮やかに映える。いかつい顔、がっしりした体つき、馬共の気性も荒く、爛々と光る眼は火を吐くばかりだ。
 そして、それらの遠征隊の背後に、暗く澱んだ冥府の気配、先頭を走ってくる馬に跨がった男の顔が見分けられるほどになり、ユカルは思わずシートスを振り向いた。
(ジャントス・アレグノ!)
 ユカルをちらりと見返したシートスが頷き返す。
 ジャントスの部隊はモスの中でも選り抜き揃いだ。遠征から疲れを溜めて引き上げてきている野戦部隊(シーガリオン)としては、いささか不利な相手と言えなくもない。
「知り合い?」
 ユーノの声が平原竜(タロ)のたてる地響きの合間を縫って聞こえてくる。
「というほどでもないが、よく知られている男だ。ジャントス・アレグノ、ラズーン国境付近の攻めに入ったと聞いていたが、どうしてスォーガまで…」
 はっとしたようにシートスは口を噤んだ。
 さすがに野戦部隊(シーガリオン)隊長、すぐに理由を悟ったらしい。
「ボク…だね」
 ヒストの上に身を伏せながら、ユーノが呟いた。
(きっとそうだ)
 ユカルはその小さな横顔を見ながら顔を引き締めた。
 おそらくジャントスは、ユーノの捕縛、あるいは殺害のために、『運命(リマイン)』から派遣されたに違いない。
(けど、どうして)
 ギヌアが、ユーノを、動乱期のこの上ない狩りの獲物と見、来るべき『運命(リマイン)』の世のための供物と見た経緯など知らぬユカルにすれば、この、たった一人の少年ーたとえ、それが、アシャ・ラズーンが連れて来た『銀の王族』であるとは言えーのために、モス歴戦の勇士を駆り出すことは不思議でならない。
(あいつ一人のために)
 だが、ユカルの思考はすぐに断ち切れた。双方の先鋒が接触したと見る間に、たちまち野戦部隊(シーガリオン)とモスの遠征隊、相乱れての乱戦となったのだ。
「ちっ!」
 巻き込まれまいと、ユカルは必死にその渦の中を横切り始めた。物見(ユカル)の役目は、剣で敵を叩き潰し、切り倒すことではない。何よりも大切な、真の敵『運命(リマイン)』を追うことにある。
 そしてユカルは、若輩ながらも、その腕をとっては決して他の勇士に見劣りすることはないと自負している。
「はいっ! はあっ!」
 平原竜(タロ)を叱咤激励して、喧噪の中、剣の作り出す虹色の幻の中を駆ける。と、視界に急速に近寄る気配、とっさに剣を振った。
 ギャッ!
 耳の鼓膜の隅まで震わせる嫌な音がして、相手は受け止めた剣の向こうからニッと笑ってみせる。
「ユーノ…」
「せめて味方ぐらい見分けろよ」
「戦線から逃げる気か?」
「冗談」
 ユーノはきらりと黒い目を輝かせた。その次に相手の唇から漏れたことばに、ユカルは戦いの最中だというのに、一瞬我を失った。
「『運命(リマイン)』を追っているんだろう? ボクも付いて行く」
 ユカルが『銀の王族』を見たのは、これが初めてというわけではなかった。だが、今まで見た『銀の王族』の中で、これほど名にそぐわぬ荒いことばを吐く人間はいなかった。
「わけがわかっているのか?!」
 再び平原竜(タロ)を駆り始めながら、ユカルは叫んだ。
「遊びじゃないんだぞ!」
「遊びじゃないさ」
 相手は淡々とことばを返した。
 手にした剣はまだ血塗れていない。ということは、ユーノも、ユカルが戦線を抜け出すのとほぼ同時に離脱し始めていたに違いない。
「このままでは、野戦部隊(シーガリオン)の方が危ない」
 こいつは、いつの間にそこまで戦況を読んでいたんだ、と愕然とした。
 確かに、今のままでは、遠征帰りの野戦部隊(シーガリオン)が崩れて行く可能性は高い。もっともそういう時のために、『運命(リマイン)』支配下(ロダ)とやり合う時は、物見(ユカル)が動くことになっている。
 しかし、そういった野戦部隊(シーガリオン)の仕組みを、いつの間にユーノは見抜いていたのか。
(隊に加わって、まだ一週間足らずなのに)
「……追ってどうする?」
 少し呼吸を乱しながら、ユーノが問いかけてきた。
「追ってどうするって……追うだけでも役目さ。『運命(リマイン)』を惑乱させられるし…」
「もう一声」
「何?」
「ボクなら『運命(リマイン)』を襲う」
「!」
 こちらに投げられた視線の燃えるような熱さに、ユカルは気圧された。
 ふっと相手が微笑する。
「ユカルは物見だけでいいよ」
「何をっ!」
 かっとしてユカルは喚いた。
 たった一週間かそこらに入った新人に、ユカルは物見『だけ』なぞと言わせた自分が腹立たしかった。
「おれもやる!」
 にやっとユーノが笑って前方を向いた。うなじに流れる髪に妙に甘い感覚を嗅ぎ取り、ユカルはますます体が熱くなるのを感じた。
 是が非でも、物見(ユカル)の名にかけて、『運命(リマイン)』を見つけ出し、ユーノに一泡吹かせてやらなくては気がすまない。
 荒々しく考えた次の瞬間、自分達と同じように混戦を抜けてきた一人のモス兵士が目に入った。岩のようにいかめしい顔がこちらを向く。
 ぞくりと体中の血が凍るような気がして、ユカルは低く吐いた。
「ジャントス……アレグノ…」
「…」
 無言でそちらを見たユーノが、肩越しに視線を投げてくる。
「『運命(リマイン)』?」
「あいつに固まっている気配が濃厚だ」
「…どうやら、ボクの相手らしいね」
 ゆっくり速度を落とし始めるユーノに合わせるように、ジャントスも落とした……いや、落としかけると見せて、次には一瞬の動作でこちらへ突進してきていた。
「いやあああーっ!!]
 凄まじい裂帛の気合い、瞬時反応出来ずに呆然としたユカルの前で、万に一つの生きる機会を掴むように、振り下ろされたジャントスの剣を、ユーノの剣が受け止める。
 ガギャッ! ドスッ!
 そのまま体重をかけて捻ろうとしたジャントスの顔が歪む。どうして動きを止めたのか、と不審に思ったユカルの目に、ジャントスの左腹部に深々と、ユーノの片足が蹴り込まれているのが見えた。茶色のチュニックに捩じ込むように突き出された足が一瞬退き、再び目にも留まらぬ素早さで腹部に突き込まれる。
「ぐう…っ」
 鈍く重い呻きを上げて、鉛色になったジャントスの顔が引き攣れた。が、さすがに名のある勇士、力に任せてユーノの守りを破ろうとする。ジャントスの重い剣がギリギリと音をたてて、ユーノの剣に噛み付く。
 そこでやっと、ユカルは己を取り戻した。自分の剣を振り上げ、無言でジャントスに斬り掛かる。
「ユカル!」
 ユーノの警告の叫びはわずかに遅かった。
 弱りつつあると見えた体の、一体どこにそんな機敏さがあったのかと思える速さで、ジャントスはユーノの剣を跳ね上げ、反動でユカルの剣を跳ね飛ばし、ぐっとのしかかってきた。
「っっ」
 片目を固くつぶり、ユカルは身の竦む恐怖に捉えられた。迫り来る剣のぎらついた形相、怖さに、視界一杯に広がった銀の煌めきから目を離せなかった、という方が正しいかもしれない。
 同時にユカルは、その剣の向こうの恐ろしく無感動なジャントスの顔を、そこに異様に熱っぽい感情に燃え上がる瞳を見て取っていた。
 それは近づく者を爛れさせる地獄の業火に似て、物見としての力を持つユカルにとって、自分も同じような憎悪に汚されていくようなおぞましさを感じさせるものだった。
 ジャントスは自信に満ちて、ユカルを屠ろうとしていた、脳裏にユーノの存在を刻みつけないという唯一の誤算を残して。
 そして、その誤算の重大さにジャントスが気づいたのは、開き切った腹部に、瞬間に数撃叩き込まれ、危うく馬から落ちそうになってからだった。
「ぐっ!」
「はあっ!」
 間髪を入れず、ユーノの剣が閃く。切っ先がジャントスの肩を掠め、とっさに避けながらジャントスは苦痛の呻きを上げた。体勢を立て直す間も与えるまいとするように、千の切っ先となったユーノの剣捌きが彼を追い詰める。と、少し離れた所で起こっていたぶつかり合いの中から、わああっと新たな歓声が上がった。はっとしてユカルがそちらを見ると、数騎の野戦部隊(シーガリオン)がこちらへ向かってくるのが見えた。
 それは、戦いがユカル達にとって有利に進んだことを示している。
(よし!)
「オーダ・シーガル! オーダ・レイ!」
 ユカルは叫び声を上げて片手を打ち振った。応えて、こちらへ駆けつける野戦部隊(シーガリオン)が槍を振り上げ、叫び返した。
「レイ! レイ・レイ・レイ・レイ!!」
 ビュ……ゥン! ドスッ!
「!」
 槍がジャントスのすぐ近くに落ちた。野戦部隊(シーガリオン)は正確無比な槍の遣い手達でもある。ジャントスに動揺が走り、ちいいっと鋭い舌打ちをした。ユーノの剣を一度だけの攻めとして渾身の力を込めて跳ね返し、すぐさま向きを変える。
「待てっ!」
 追いすがるユーノの声も追いつけぬほどジャントスの去り方は速かった。総大将が崩れたとあって、見る間に隊の中から落伍者が出、後は雪崩を打っての遁走となった。
「大丈夫? ユカル」
 僅かに呼吸を乱している程度、頬の赤みに歯向かうような冷静な目の色で振り返るユーノに、ユカルはもう反発は感じなかった。彼はただただ、彼はユーノを仲間に引き入れたシートスの眼力に尊敬の念を抱き、同い年だというのに、おそらくは野戦部隊(シーガリオン)のどの勇士もあれ以上には戦えまいという剣の冴えに感服していた……。
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