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2・オムロ怪異研究所〜怪異の相談承ります〜 後編
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諸星は尾室達に連れられて、境内の中にある庫院と呼ばれる場所に通された。
先ほどのガレージとは打って変わって綺麗に清掃された広い和室は、普段住職の居住スペースとして使われているが、同時に事務所も兼ねている。
諸星にはソファに座ってもらい、向かいには尾室が腰かける。
「始めは、ほんの遊びのつもりでした……」
諸星がゆっくりと口を開いた。
「あの降霊術をやった夜からです。変なものが見えるようになったのは……」
「降霊術……?」尾室が首をひねった。
「はい、ひとりかくれんぼです」
「あ、それ僕知ってる。人形と真夜中にかくれんぼするんだよね」
お茶を淹れに行っていた小沢が戻ってきた。諸星は丁寧にお礼を言ってからお茶を受け取る。
「はい、夜中に名前をつけた人形を用意して、真っ暗な家の中でかくれんぼするんです。最後に人形に塩水をかけて、三回[私の勝ち]と宣言すれば終了です」
諸星が手順を説明する。一見するとどこにでも転がっていそうな眉唾物の都市伝説のひとつ、といった印象だ。
「それで、私たちに相談に来るということは、その降霊術は成功したようですね」
「はい、まさか本当にこんな事が起こるなんて思ってませんでした」
「具体的にはどんな怪異現象が起こっているんですか?」
「毎晩、自室の窓の外に誰かが居るんです。良くは見えないけど、真っ黒な人影がじっとこちらを見ているんです」
「実際に誰か立っているのでは? 変質者とか、ストーカーとか、意外と変な奴は何処にでもいますからね」
「いえ、あれは絶対人間じゃありません。夜闇のなかで、女なのか男なのかも分からないのに、こちらを睨む両目だけが爛々としているんです。 そんなこと普通あり得ないでしょう?」
諸星は鬼気迫る様子で尾室達に訴えた。その言葉に嘘偽りは無いようだった。
「おばあちゃんも、きっとあいつのせいで……」
諸星の表情が一気に暗くなった。
「おばあちゃんがどうしたんです?」
「私は祖父母の家に三人で住んでいるのですが、つい先日、その祖母が自宅で急に苦しみだして……今は入院してます。医者も原因は分からないって」諸星は今にも泣き出しそうな顔で言った。
「きっと私のせいです。私があんなことしなければ……」
遂に諸星は両手で顔を覆い、泣き出してしまった。
「ひとつ気になるんだけどよ」
少し離れた所で話を聞いていた氷川が、突然口を開いた。
「その降霊術はどこで知ったんだ?」
「友達から聞きました。でも詳しい手順とかは知らなかったので、ネットで調べたんです」
諸星は鼻声になりながら返答する。
「ネットに手順が載ってるのか? 」
「はい、ただ……」諸星が視線を落とした
「怪異現象が起き出してから、もう一度サイトを見ようとしたんですが、いくら探しても見つからなくて、履歴からもいつの間にか削除されてました」
「それはそれで怖い話だな……」
「ちなみになんて名前のサイトだったんですか?」尾室が尋ねる
「たしか、《ネクロノミコン》ってサイトだったと思います」
氷川は自分のスマホで素早く検索をかける。
「確かに、何にもヒットしないな」
「ひとまずサイトのことは置いておいて、目の前の怪異に対処することにしよう」
「そうだな、早いとこ動いた方がいい」
尾室の意見には氷川も賛成した。
「では、請け負ってくれるんですね」
諸星の表情が少し明るくなった。
「任せてください、今夜にもお宅にお伺いさせてもらいます」
★
諸星は一階にある自分の部屋の明かりを消し、ベッドに横になった。
家の中は静まり返っていた。祖母の看病で祖父は病院に入り浸りだ。きっと今夜も帰って来ないだろう。古い一軒家は諸星一人で過ごすにはあまりにも広すぎた。
近くに民家はなく、周囲は田んぼや畑で囲われている。聞こえてくるのは猫や牛蛙の鳴き声だけだった。
「大丈夫かな、あの人達……」
天井を見ながら今日のことを思い出す。あの人達というのは勿論、尾室達三人のことだ。
諸星はこの怪異に悩まされてから、いくつもの神社やお寺に相談していた。しかし、意外なことに徐霊のお願いを聞き入れてくれる場所はほとんど無かった、中には幽霊の存在を否定している宗派もあったくらいだ。そんな中、藁をも掴む思いであの怪異研究所を訪ねたのだ。
しかしそこで見たのは、珍妙な人型ロボット。本当にあんな物で幽霊が退治出来るのだろうか……。
「いや、あの人達を信じよう」
唯一、私の為に動いてくれた人達なんだから。
”ザザッ”
突然、音が鳴った。諸星は驚いて飛び上がりそうになったが、すぐにそれが連絡用に尾室から渡されていたトランシーバーだと気付く。
『諸星さん、聞こえますか?』尾室の声だった。
「は、はい聞こえます」
『そちらはどうですか? 何か起きる兆候はありますか?』
「いえ、今のところは……」
『そうですか。何かあればすぐ連絡してください。待機している氷川が急行します』
氷川というのはあの目付きの悪い男の人だろう。あの人が幽霊を追っ払ってくれるのだろうか。
「わかりました、私はいつも通りにしてたらいいんですよね?」
『はい、なるべく普段通りに生活してください』
「わかりました」
トランシーバーの通信が切れた。再び室内に静寂が訪れる。
諸星はスマホで時間を確認した。
《午前0時30分》
いつもなら、そろそろあいつが現れる時刻だ。窓からは自宅の庭が見渡せる。10メートル程離れた庭の入り口に、いつもあいつは居るのだ。
諸星は庭の様子を確認しようと、恐る恐るカーテンをめくった 。
そっと窓から外を覗く……目の前に、あいつの顔があった。
諸星は絶叫して、後ろに倒れこんだ。
月光に照らされたそれは、血走った目で諸星を凝視している。
なんで!? いつもはもっと遠くに居たのに!
諸星はパニックのあまり、自分で叫び声を止めることが出来ないでいた。
一刻も早く逃げ出したいのに、なぜかそれの視線から目を逸らすことができない。
トランシーバーを手探りで探すが見つからない、さっき倒れた勢いで何処かに飛んでいったらしい。
それは赤黒い両手を窓ガラスに叩きつけ始めた。数回目で窓ガラスは粉々に割れ、諸星の上に降り注いだ。
体のあちこちが切れたが、それでも諸星の体は固まったまま、金縛りにあったように硬直していた。
それそれはグニャリと顔を歪めた。笑っているようにも、憤怒しているようにも見える。そして、一歩踏み出し、部屋の中へ入って来ようとしている。
た、たすけて……だれか……
不意に、それは動きを止めた。
大きな足音が聴こえてくる。それは少しずつ大きくなっていく。
諸星の視界が閃光で包まれた。同時に金縛りも解け自由に動けるようになった。
「おい! 大丈夫か?」
窓枠を破壊しながら、あの時のロボットが部屋に入ってきた。
「な、なんとか……」
「ならよし、ここからでるぞ!」
ロボットは諸星の体を片手で持ち上げると、庭の入り口まで走りだした。
いつの間にか、入り口には一台のトラックが停車している。
「おい! 開けてくれ!」
トラックの後方が自動で開いた。中から尾室が顔をだす。
「こっちよ! 早く!」
ロボットの腕に抱えれた諸星はそのままトラックの荷台の中に放り込まれた。そこはモニター類がところ狭しと並んでいる異様な空間だった。
「何があったんですか? 諸星さん」
すぐさま尾室が駆け寄ってくる。
「……あいつが、窓のすぐそばにいて……窓ガラスを割って……今までこんなことなかったのに」
諸星は顔面蒼白になりながらなんとか答える。
「物質に干渉できるのは、レベルⅢ以上のアストラル投影体よ。一番厄介なタイプね」
「キャノンも躱されたしな」
03の中から氷川が言った。
「じゃあこの子を追ってここまで来るかも」
「返り討ちにしてやるさ、彼女を頼んだぞ」
03はすぐさま庭の方へ走りだした。
尾室達は一般的に言う幽霊を、三次元より上の余剰次元に存在するアストラル的存在が、三次元空間に投影された影のようなものだと考えている。
低次元の存在は、高次元の存在を観測したり、干渉したり出来ないため、投影体の本体であるアストラル体を叩くことはできない、だが、その影である投影体を消し去ることはできる。丁度、自分の影にライトの明かりを当てれば、影は消えるように。そして、そのライトの役割を果たすのが03に装備されたプラズマキャノンと言うわけだ。
氷川は幽霊の位置を探った。03には、幽霊が出現する際に生じる重力場の歪みを、視覚情報として装着者のゴーグルに出力する機能がある。
諸星にはそれが、黒い人影に見えると言っていたが、それは彼女の脳が高次元存在の姿を無理矢理に三次元で認識するために当て嵌めた、言わば仮の姿であり、実際は実体を持っていない存在なのだ。
目標はすぐに見つかった。重力場の乱れが、まだ諸星の部屋がある辺りをうろうろしているのが分かる。諸星のことを探しているのだろう。
03は、そっと近付こうと歩みを進める。
向こうもそれに気付いたのか、高速で此方に向かって来る。
「おぉ!? 速い!」
プラズマキャノンを構えるより速く、何かがぶつかったような強い衝撃が氷川をおそった。
03の巨体は軽々吹き飛ばされ、近くの庭木に叩きつけられた。
アーマーとアーマーの間隙には、装着者を守るために衝撃吸収ゲルが充填されているが、それでも完全にダメージを防ぐことは出来ない。
「いってぇ……」
氷川の全身に痛みが走る。
『ちょっと、大丈夫なの!?』
コミュニケータから尾室が心配している。
「ちょっと見くびってたかもな」
03はすぐさま立ち上がり、プラズマキャノンにエネルギーをチャージし始める。
この次元の物質ではない《外物質》で構成されたアストラル投影体を消し去るには、プラズマキャノンによる大気圧プラズマの直撃しかない。
ガシンッ!
何かが03に取り付いたのが分かった。同時に左肩が重くなる。
あまりの力に03の体は左側に大きく傾いた。
「まずい……俺達の武器に勘づきやがったか?」
幽霊はどうやら左腕に抱き付くようにしがみついているらしい。
これではプラズマキャノンを当てられない。
「くそっ、離れやがれ! しっしっ!」
なんとか引き剥がそうと右腕で大体の場所に向かって殴りつける。
『何してんの! ただの投影体に向かって殴ったって意味ないわよ!』
そう、向こうはこちらに触れる事が出来るが、その逆は不可能なのだ。
「そうだった! くそっ!」
03の関節部がミシミシと悲鳴をあげ始めた。このままでは装着者である氷川の腕まで持っていかれそうだ。
「尾室!俺が時間を稼ぐから、諸星を連れて逃げろ!」
『あんたはどうするのよ!』
「そうだな、いざとなったら念仏でも唱えてみるよ」
トラックに待機している尾室のインカムから、氷川の薄笑いが洩れた。
「氷川さん大丈夫なんですか?」
小沢から手当てを受けていた諸星が、不意に顔をあげる。
「致し方なし……。小沢、運転してくれる?」
「分かった……」
「待ってください! 氷川さんを置いて行くんですか!?」諸星が叫んだ。
「今は諸星さんの安全が優先です」
「そんな……、もともとは私のせいです。私があいつの気を引いてきます!」
言うが早いか、諸星はトラックの荷台を飛び出した。
「あっ! ちょっと!」
慌て尾室がその後を追いかけるが、諸星の姿はあっという間に闇のなかに吸い込まれて消えていった。
相変わらず状況は膠着していた。いや、一方的にダメージを受けている分、氷川の方が不利だろう。
03はそれを腕に貼り付けたまま、じたばたと藻掻くしかなかった。
「ちくしょう、そろそろ本気で念仏唱えないといけないかもな……」
03の左肩関節のアーマーには亀裂が入っており、内部の配線や充填材が露になっていた。
もはや03が破壊されるのは時間の問題のように思えた。
その時、庭の入り口から人影が入って来るのが見えた。諸星だ。
「逃げたんじゃなかったのか!?」
諸星は裸足のままこちらに向かってくる。
「あなたの狙いは私でしょ! 私はここよ! その人から離れて!」
そしてあろうことか大声でそれに向かって呼び掛け始めた。
「あいつ、囮になるつもりか!?」
しかし、それは確かに彼女を認識したようで、03の腕からズルリと重みが抜けるのが分かった。
同時に、それは諸星の方へ向かって突き進んでいく。
「ひっ……」諸星の短い悲鳴が聞こえた。
赤黒い人影が猛然と諸星に向かっていく。
03はその場で跳躍した。
空中で体勢をひねり、諸星とそれ との間に立ち塞がるように着地する。
既に眼前までそれは迫っていた。
プラズマキャノンの銃口を向ける。既にチャージは完了していた。
眩い紫電のスパークと共に、庭全体が一瞬昼間のように明るくなった。
プラズマの直撃を受けたそれは、煙のように霧散し完全に消滅した。
静かになった庭内に、東側から朝日が射し込み始めた。
諸星は緊張の糸が切れたように、その場に座り込んでしまう。そして、疲労とも安堵とも取れる長い長いため息を漏らした。
「全く、無茶しやがって」
03のアーマーが開き、氷川が出て来て言った。
「でもお陰で助かった……礼を言うよ」
そう言って差し出された手を握り締め、諸星はふらふらと立ち上がった。
「ぜぇ……ぜぇっ……やっと追い付いた、幽霊はどうなったの? 」
尾室が肩で息をしながらやって来た。
「ちゃんと片付けたぜ」
「そう……なんだ……ぜぇっ……諸星さんも無事でよかったわ」
「あの、今のであいつは徐霊できたんでしょうか」諸星が尾室に尋ねる。
「はい、三次元空間への影響力は完全に無くなったと言えるでしょう。 もう大丈夫ですよ」
その言葉に諸星は安堵の表情を浮かべた。
「よかった……。ありがとうございます」
「例には及びません、これが仕事ですから……それで……報酬の方なんですが」
尾室が言いかけた時、一台の軽トラックが入って来た。中から降りてきたのは、年老いた白髪の男性だった。
「な、なんじゃこれはっ!?」
男性は崩壊した窓枠や、へし折れた庭木を交互に見ながら目を白黒させていた。
「おじいちゃん!」
諸星が男性の元に駆け寄る。どうやら彼女の祖父であるようだ。
「おお、亜里沙か! 一体わしらの家で何があったんじゃ!?」
「あのね、あの人達が幽霊を退治してくれたの。あの変なロボットみたいなやつで……あれ?」
諸星が振り返ると、そこに尾室や氷川の姿は無かった。代わりに、遠くでいそいそとトラックに乗り込む尾室と白いロボットの姿が見えた。
「あ! ちょっと!」
トラックは逃げるように諸星宅を去っていった。
「本当に良かったのかよ」
助手席の尾室に後ろから氷川が言った。
「仕方ないでしょ! あの状況どうやって家族に弁明するわけ?」
尾室はぶっきらぼうに告げた。
「確かに、依頼達成の為とは言え、人ん家の庭ボロボロにしちゃったもんね」小沢がハンドルを握りながら苦笑いした。
「あぁー! また赤字だわ! 03だって修理しなきゃいけないのに!」尾室は頭を抱えた
「うちが黒字出したことなんかあったか?」
「いや、僕の知る限りないね」
「じゃあつまり、いつも通りってわけだ」
うなだれる尾室を余所に、男二人は楽観的に笑った。
三人を乗せたトラックは、まだ薄暗い田舎道を安全運転で走っていく。
先ほどのガレージとは打って変わって綺麗に清掃された広い和室は、普段住職の居住スペースとして使われているが、同時に事務所も兼ねている。
諸星にはソファに座ってもらい、向かいには尾室が腰かける。
「始めは、ほんの遊びのつもりでした……」
諸星がゆっくりと口を開いた。
「あの降霊術をやった夜からです。変なものが見えるようになったのは……」
「降霊術……?」尾室が首をひねった。
「はい、ひとりかくれんぼです」
「あ、それ僕知ってる。人形と真夜中にかくれんぼするんだよね」
お茶を淹れに行っていた小沢が戻ってきた。諸星は丁寧にお礼を言ってからお茶を受け取る。
「はい、夜中に名前をつけた人形を用意して、真っ暗な家の中でかくれんぼするんです。最後に人形に塩水をかけて、三回[私の勝ち]と宣言すれば終了です」
諸星が手順を説明する。一見するとどこにでも転がっていそうな眉唾物の都市伝説のひとつ、といった印象だ。
「それで、私たちに相談に来るということは、その降霊術は成功したようですね」
「はい、まさか本当にこんな事が起こるなんて思ってませんでした」
「具体的にはどんな怪異現象が起こっているんですか?」
「毎晩、自室の窓の外に誰かが居るんです。良くは見えないけど、真っ黒な人影がじっとこちらを見ているんです」
「実際に誰か立っているのでは? 変質者とか、ストーカーとか、意外と変な奴は何処にでもいますからね」
「いえ、あれは絶対人間じゃありません。夜闇のなかで、女なのか男なのかも分からないのに、こちらを睨む両目だけが爛々としているんです。 そんなこと普通あり得ないでしょう?」
諸星は鬼気迫る様子で尾室達に訴えた。その言葉に嘘偽りは無いようだった。
「おばあちゃんも、きっとあいつのせいで……」
諸星の表情が一気に暗くなった。
「おばあちゃんがどうしたんです?」
「私は祖父母の家に三人で住んでいるのですが、つい先日、その祖母が自宅で急に苦しみだして……今は入院してます。医者も原因は分からないって」諸星は今にも泣き出しそうな顔で言った。
「きっと私のせいです。私があんなことしなければ……」
遂に諸星は両手で顔を覆い、泣き出してしまった。
「ひとつ気になるんだけどよ」
少し離れた所で話を聞いていた氷川が、突然口を開いた。
「その降霊術はどこで知ったんだ?」
「友達から聞きました。でも詳しい手順とかは知らなかったので、ネットで調べたんです」
諸星は鼻声になりながら返答する。
「ネットに手順が載ってるのか? 」
「はい、ただ……」諸星が視線を落とした
「怪異現象が起き出してから、もう一度サイトを見ようとしたんですが、いくら探しても見つからなくて、履歴からもいつの間にか削除されてました」
「それはそれで怖い話だな……」
「ちなみになんて名前のサイトだったんですか?」尾室が尋ねる
「たしか、《ネクロノミコン》ってサイトだったと思います」
氷川は自分のスマホで素早く検索をかける。
「確かに、何にもヒットしないな」
「ひとまずサイトのことは置いておいて、目の前の怪異に対処することにしよう」
「そうだな、早いとこ動いた方がいい」
尾室の意見には氷川も賛成した。
「では、請け負ってくれるんですね」
諸星の表情が少し明るくなった。
「任せてください、今夜にもお宅にお伺いさせてもらいます」
★
諸星は一階にある自分の部屋の明かりを消し、ベッドに横になった。
家の中は静まり返っていた。祖母の看病で祖父は病院に入り浸りだ。きっと今夜も帰って来ないだろう。古い一軒家は諸星一人で過ごすにはあまりにも広すぎた。
近くに民家はなく、周囲は田んぼや畑で囲われている。聞こえてくるのは猫や牛蛙の鳴き声だけだった。
「大丈夫かな、あの人達……」
天井を見ながら今日のことを思い出す。あの人達というのは勿論、尾室達三人のことだ。
諸星はこの怪異に悩まされてから、いくつもの神社やお寺に相談していた。しかし、意外なことに徐霊のお願いを聞き入れてくれる場所はほとんど無かった、中には幽霊の存在を否定している宗派もあったくらいだ。そんな中、藁をも掴む思いであの怪異研究所を訪ねたのだ。
しかしそこで見たのは、珍妙な人型ロボット。本当にあんな物で幽霊が退治出来るのだろうか……。
「いや、あの人達を信じよう」
唯一、私の為に動いてくれた人達なんだから。
”ザザッ”
突然、音が鳴った。諸星は驚いて飛び上がりそうになったが、すぐにそれが連絡用に尾室から渡されていたトランシーバーだと気付く。
『諸星さん、聞こえますか?』尾室の声だった。
「は、はい聞こえます」
『そちらはどうですか? 何か起きる兆候はありますか?』
「いえ、今のところは……」
『そうですか。何かあればすぐ連絡してください。待機している氷川が急行します』
氷川というのはあの目付きの悪い男の人だろう。あの人が幽霊を追っ払ってくれるのだろうか。
「わかりました、私はいつも通りにしてたらいいんですよね?」
『はい、なるべく普段通りに生活してください』
「わかりました」
トランシーバーの通信が切れた。再び室内に静寂が訪れる。
諸星はスマホで時間を確認した。
《午前0時30分》
いつもなら、そろそろあいつが現れる時刻だ。窓からは自宅の庭が見渡せる。10メートル程離れた庭の入り口に、いつもあいつは居るのだ。
諸星は庭の様子を確認しようと、恐る恐るカーテンをめくった 。
そっと窓から外を覗く……目の前に、あいつの顔があった。
諸星は絶叫して、後ろに倒れこんだ。
月光に照らされたそれは、血走った目で諸星を凝視している。
なんで!? いつもはもっと遠くに居たのに!
諸星はパニックのあまり、自分で叫び声を止めることが出来ないでいた。
一刻も早く逃げ出したいのに、なぜかそれの視線から目を逸らすことができない。
トランシーバーを手探りで探すが見つからない、さっき倒れた勢いで何処かに飛んでいったらしい。
それは赤黒い両手を窓ガラスに叩きつけ始めた。数回目で窓ガラスは粉々に割れ、諸星の上に降り注いだ。
体のあちこちが切れたが、それでも諸星の体は固まったまま、金縛りにあったように硬直していた。
それそれはグニャリと顔を歪めた。笑っているようにも、憤怒しているようにも見える。そして、一歩踏み出し、部屋の中へ入って来ようとしている。
た、たすけて……だれか……
不意に、それは動きを止めた。
大きな足音が聴こえてくる。それは少しずつ大きくなっていく。
諸星の視界が閃光で包まれた。同時に金縛りも解け自由に動けるようになった。
「おい! 大丈夫か?」
窓枠を破壊しながら、あの時のロボットが部屋に入ってきた。
「な、なんとか……」
「ならよし、ここからでるぞ!」
ロボットは諸星の体を片手で持ち上げると、庭の入り口まで走りだした。
いつの間にか、入り口には一台のトラックが停車している。
「おい! 開けてくれ!」
トラックの後方が自動で開いた。中から尾室が顔をだす。
「こっちよ! 早く!」
ロボットの腕に抱えれた諸星はそのままトラックの荷台の中に放り込まれた。そこはモニター類がところ狭しと並んでいる異様な空間だった。
「何があったんですか? 諸星さん」
すぐさま尾室が駆け寄ってくる。
「……あいつが、窓のすぐそばにいて……窓ガラスを割って……今までこんなことなかったのに」
諸星は顔面蒼白になりながらなんとか答える。
「物質に干渉できるのは、レベルⅢ以上のアストラル投影体よ。一番厄介なタイプね」
「キャノンも躱されたしな」
03の中から氷川が言った。
「じゃあこの子を追ってここまで来るかも」
「返り討ちにしてやるさ、彼女を頼んだぞ」
03はすぐさま庭の方へ走りだした。
尾室達は一般的に言う幽霊を、三次元より上の余剰次元に存在するアストラル的存在が、三次元空間に投影された影のようなものだと考えている。
低次元の存在は、高次元の存在を観測したり、干渉したり出来ないため、投影体の本体であるアストラル体を叩くことはできない、だが、その影である投影体を消し去ることはできる。丁度、自分の影にライトの明かりを当てれば、影は消えるように。そして、そのライトの役割を果たすのが03に装備されたプラズマキャノンと言うわけだ。
氷川は幽霊の位置を探った。03には、幽霊が出現する際に生じる重力場の歪みを、視覚情報として装着者のゴーグルに出力する機能がある。
諸星にはそれが、黒い人影に見えると言っていたが、それは彼女の脳が高次元存在の姿を無理矢理に三次元で認識するために当て嵌めた、言わば仮の姿であり、実際は実体を持っていない存在なのだ。
目標はすぐに見つかった。重力場の乱れが、まだ諸星の部屋がある辺りをうろうろしているのが分かる。諸星のことを探しているのだろう。
03は、そっと近付こうと歩みを進める。
向こうもそれに気付いたのか、高速で此方に向かって来る。
「おぉ!? 速い!」
プラズマキャノンを構えるより速く、何かがぶつかったような強い衝撃が氷川をおそった。
03の巨体は軽々吹き飛ばされ、近くの庭木に叩きつけられた。
アーマーとアーマーの間隙には、装着者を守るために衝撃吸収ゲルが充填されているが、それでも完全にダメージを防ぐことは出来ない。
「いってぇ……」
氷川の全身に痛みが走る。
『ちょっと、大丈夫なの!?』
コミュニケータから尾室が心配している。
「ちょっと見くびってたかもな」
03はすぐさま立ち上がり、プラズマキャノンにエネルギーをチャージし始める。
この次元の物質ではない《外物質》で構成されたアストラル投影体を消し去るには、プラズマキャノンによる大気圧プラズマの直撃しかない。
ガシンッ!
何かが03に取り付いたのが分かった。同時に左肩が重くなる。
あまりの力に03の体は左側に大きく傾いた。
「まずい……俺達の武器に勘づきやがったか?」
幽霊はどうやら左腕に抱き付くようにしがみついているらしい。
これではプラズマキャノンを当てられない。
「くそっ、離れやがれ! しっしっ!」
なんとか引き剥がそうと右腕で大体の場所に向かって殴りつける。
『何してんの! ただの投影体に向かって殴ったって意味ないわよ!』
そう、向こうはこちらに触れる事が出来るが、その逆は不可能なのだ。
「そうだった! くそっ!」
03の関節部がミシミシと悲鳴をあげ始めた。このままでは装着者である氷川の腕まで持っていかれそうだ。
「尾室!俺が時間を稼ぐから、諸星を連れて逃げろ!」
『あんたはどうするのよ!』
「そうだな、いざとなったら念仏でも唱えてみるよ」
トラックに待機している尾室のインカムから、氷川の薄笑いが洩れた。
「氷川さん大丈夫なんですか?」
小沢から手当てを受けていた諸星が、不意に顔をあげる。
「致し方なし……。小沢、運転してくれる?」
「分かった……」
「待ってください! 氷川さんを置いて行くんですか!?」諸星が叫んだ。
「今は諸星さんの安全が優先です」
「そんな……、もともとは私のせいです。私があいつの気を引いてきます!」
言うが早いか、諸星はトラックの荷台を飛び出した。
「あっ! ちょっと!」
慌て尾室がその後を追いかけるが、諸星の姿はあっという間に闇のなかに吸い込まれて消えていった。
相変わらず状況は膠着していた。いや、一方的にダメージを受けている分、氷川の方が不利だろう。
03はそれを腕に貼り付けたまま、じたばたと藻掻くしかなかった。
「ちくしょう、そろそろ本気で念仏唱えないといけないかもな……」
03の左肩関節のアーマーには亀裂が入っており、内部の配線や充填材が露になっていた。
もはや03が破壊されるのは時間の問題のように思えた。
その時、庭の入り口から人影が入って来るのが見えた。諸星だ。
「逃げたんじゃなかったのか!?」
諸星は裸足のままこちらに向かってくる。
「あなたの狙いは私でしょ! 私はここよ! その人から離れて!」
そしてあろうことか大声でそれに向かって呼び掛け始めた。
「あいつ、囮になるつもりか!?」
しかし、それは確かに彼女を認識したようで、03の腕からズルリと重みが抜けるのが分かった。
同時に、それは諸星の方へ向かって突き進んでいく。
「ひっ……」諸星の短い悲鳴が聞こえた。
赤黒い人影が猛然と諸星に向かっていく。
03はその場で跳躍した。
空中で体勢をひねり、諸星とそれ との間に立ち塞がるように着地する。
既に眼前までそれは迫っていた。
プラズマキャノンの銃口を向ける。既にチャージは完了していた。
眩い紫電のスパークと共に、庭全体が一瞬昼間のように明るくなった。
プラズマの直撃を受けたそれは、煙のように霧散し完全に消滅した。
静かになった庭内に、東側から朝日が射し込み始めた。
諸星は緊張の糸が切れたように、その場に座り込んでしまう。そして、疲労とも安堵とも取れる長い長いため息を漏らした。
「全く、無茶しやがって」
03のアーマーが開き、氷川が出て来て言った。
「でもお陰で助かった……礼を言うよ」
そう言って差し出された手を握り締め、諸星はふらふらと立ち上がった。
「ぜぇ……ぜぇっ……やっと追い付いた、幽霊はどうなったの? 」
尾室が肩で息をしながらやって来た。
「ちゃんと片付けたぜ」
「そう……なんだ……ぜぇっ……諸星さんも無事でよかったわ」
「あの、今のであいつは徐霊できたんでしょうか」諸星が尾室に尋ねる。
「はい、三次元空間への影響力は完全に無くなったと言えるでしょう。 もう大丈夫ですよ」
その言葉に諸星は安堵の表情を浮かべた。
「よかった……。ありがとうございます」
「例には及びません、これが仕事ですから……それで……報酬の方なんですが」
尾室が言いかけた時、一台の軽トラックが入って来た。中から降りてきたのは、年老いた白髪の男性だった。
「な、なんじゃこれはっ!?」
男性は崩壊した窓枠や、へし折れた庭木を交互に見ながら目を白黒させていた。
「おじいちゃん!」
諸星が男性の元に駆け寄る。どうやら彼女の祖父であるようだ。
「おお、亜里沙か! 一体わしらの家で何があったんじゃ!?」
「あのね、あの人達が幽霊を退治してくれたの。あの変なロボットみたいなやつで……あれ?」
諸星が振り返ると、そこに尾室や氷川の姿は無かった。代わりに、遠くでいそいそとトラックに乗り込む尾室と白いロボットの姿が見えた。
「あ! ちょっと!」
トラックは逃げるように諸星宅を去っていった。
「本当に良かったのかよ」
助手席の尾室に後ろから氷川が言った。
「仕方ないでしょ! あの状況どうやって家族に弁明するわけ?」
尾室はぶっきらぼうに告げた。
「確かに、依頼達成の為とは言え、人ん家の庭ボロボロにしちゃったもんね」小沢がハンドルを握りながら苦笑いした。
「あぁー! また赤字だわ! 03だって修理しなきゃいけないのに!」尾室は頭を抱えた
「うちが黒字出したことなんかあったか?」
「いや、僕の知る限りないね」
「じゃあつまり、いつも通りってわけだ」
うなだれる尾室を余所に、男二人は楽観的に笑った。
三人を乗せたトラックは、まだ薄暗い田舎道を安全運転で走っていく。
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どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
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