アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

文字の大きさ
35 / 357

アリーシャの正体と親友と・1

しおりを挟む
次の日の朝、朝食を済ませたオルキデアは、襲撃作戦で王都を不在にしていた間に溜まっていた仕事に取り掛かった。
一方のアリーシャも、オルキデアの部下が用意した朝食を食べ終わると、早速片付けに取り掛かったようだった。
汚れてもいいように、予備の女性捕虜用の作業服に着替えてくると、藤色の髪を頭の後ろで一つにまとめ、昨晩の内にアルフェラッツが用意してくれた掃除道具一式を持ってきて、執務室から片付け始めたのであった。

オルキデアはそんなアリーシャを微笑ましい気持ちで眺めながら、食後のコーヒーを片手に不在の間に届いていた電子メールを確認していた。数が多いので重要そうなメール以外を流し読みしていると、今朝方届いたとあるメールに目を留めて、眉根を寄せたのであった。

(これは……)

オルキデアはコーヒーカップを机に置くと、ソファーの雑巾掛けをしていたアリーシャを呼び止める。

「アリーシャ、少しいいだろうか」

ソファーの前で両膝をついていたアリーシャだったが、オルキデアの呼び掛けに立ち上がると、雑巾を置いてやって来る。

「はい?」
「今日の十一時過ぎに来客がある。悪いが、それまでには片付けをひと段落させてくれないか?」
「わかりました」

壁に掛かった時計を確認すると、ちょうど九時を少し過ぎたばかりであった。まだ時間に余裕があるので、王都を離れている間の報告書の作成くらいなら出来そうであった。

(アリーシャが部屋を片付けてくれている間に、こっちも溜まっていた仕事を片付けるとするか)

オルキデアは残っていたコーヒーを飲み干すと、傍らにカップを置く。
すると、オルキデアがコーヒーを飲み終えたのを見計らったかのように、おずおずとアリーシャが声を掛けてきたのであった。

「あの……? オルキデア様」
「ん? どうした?」
「来客がお見えになる時は、私は席を外した方がいいでしょうか? その、仮眠室とかに……」

どうやら自分の姿を見られると、オルキデアに不都合があると考えたのだろう。
アリーシャの疑問に対して、「その必要はない」と、オルキデアは片手を振って答える。

「それより、君にも会わせたい人なんだ」
「私にも?」
「ああ、きっと俺たちの力になってくれ……」

そこまで言いかけたところで、廊下から言い争う声が聞こえてきた。

「いいから通せって!」
「ですが、先に少将に確認をしなくては……」
「大丈夫だ。あっちから来るように言ってきたんだからな」
「あっ! お待ち下さい!!」

ドタドタという足音という共に、その声は執務室に近づいて来ているようだった。

「なんだ?」

オルキデアが眉をひそめていると、ノックも無しに勢いよく扉が開かれたのであった。

「オルキデア!」

入って来たのは、オルキデアと同じ年頃、同じ背格好の軍人だった。
輝く様な鮮やかな金色の短髪を頭に撫でつけ、脇に大きなボストンバックを抱えたオルキデアと同じ階級章をつけた軍人は、灰色の瞳で室内を見渡したのであった。

「おいおい……。またこんなに散らかしているのか……」

男は呆れたように溜め息を吐くと、書類と酒瓶の山を掻き分けて、オルキデアの元に近づいて来た。

「クシャースラ。約束の時間より、随分と早い気がするが」
「珍しく、親友のお前さんから連絡を貰ったから、頼まれた物を持って急いで駆けつけたというのに……。水臭いな」

オルキデアの言葉に軍人ーークシャースラは、やれやれと言いたげに肩を竦めたのであった。

「持ってきて欲しいものがあると言っただけだ。約束の時間より二時間も早く来いとは言っていない」
「おいおい、そんな言い方はないだろう。せっかくだから、部屋も片付けてやろうと思って早めに来たんだよ。さぞかし汚いだろうって……あれ? そこまで汚くない?」

部屋を見渡していたクシャースラは、とある一点に目を留めると、吸い寄せられたようにじっと見つめた。
オルキデアも親友の視線の先を辿ると、そこには二人から一歩身を引いて、身構えていたアリーシャの姿があったのだった。

「おい、オルキデア……」

口を開いたまま固まってしまったクシャースラに対して、先に動いたのはアリーシャだった。
伺う様な視線をオルキデアに向けてきたので、それに応える様に小さく頷くと、アリーシャはソファーの横に積まれた本の山を倒さない様にそっと足を踏み出す。
そうして、未だに口をあんぐりと開けたままアリーシャを見つめていた親友に声を掛けたのであった。

「おはようございます。初めまして。アリーシャと申します。どうぞよろしくお願いします」

シュタルクヘルト語で話しながら、アリーシャは一礼をすると、花が咲く様な笑みを浮かべたのであった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...