アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

文字の大きさ
40 / 357

アリーシャの正体と親友と・6

しおりを挟む
「逃げませんよ!」

急にアリーシャがシュタルクヘルト語で声を上げたので、室内に居た全員が振り向く。
注目を浴びたアリーシャは、クシャースラの背中に完全に隠れるとーー何故かオルキデアは複雑な気持ちになったが。今度は小声で話し出す。

「その……私には、ここしか居場所がないので……」
「そうか」

オルキデアが返事をすると、クシャースラの背から顔だけ出したアリーシャは俯いたのだった。ーー顔が赤くなっているのは、気のせいだろうか。

シュタルクヘルト語がわからず、首を傾げていた新兵にアリーシャの言葉を通訳をしながら、オルキデアは続ける。

「……だ、そうだ。少しぐらい外に出しても、逃げ出す心配はなさそうだ。……どうだ、頼めるか?」
「少将が、そこまで仰るのでしたら」

渋々、新兵が承諾すると、「はあ」という溜め息が傍らの親友から漏れた。

「犬の散歩みたいに頼むなよ。オルキデア……」

クシャースラの呆れた声が聞こえてきたが、それは無視しておく。

「じゃあ、行ってきます」

部下に案内されてアリーシャが出て行くと、二人はまたソファーに座って向き直る。
これで、しばらくは二人きりになれる。

「それで、いつまで隠しておくつもりだ。隠し続けるにも、限界があるだろう」
「そうだな」

アリーシャを見つけた時から、箝口令を敷き続けた。そろそろ限界だろう。

「国境沿いの基地では、アリーシャへの暴行を理由に手元に置けたかもしれん。けど、ここではそうはいかない」

国境沿いの基地にいる時、何があったのかはクシャースラに説明している。

「ここへの移送時は、人目を避けてこの部屋に運び込んだ。まあ、勘のいい奴が気づいて、噂し出すかもしれんが」

部下には引き続き箝口令を敷いているが、時間の問題だろう。
そろそろ、アリーシャをどうするか考えないといけない。

「国境沿いの基地では、アリーシャ嬢の正体に気づかれなかったが、こっちではそうもいかないだろう。
軍部の中には、アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトの顔を知ってる者もいる」
「そうなのか?」
「お前さん、昨日配信されたシュタルクヘルトの新聞を読んでないのか?」

クシャースラに言われて、オルキデアは執務机に戻って、新聞のデータを立ち上げる。
昨夜は疲れていたこともあって、重要度の高いメールと書類しか読んでいなかった。
データを立ち上げると、シュタルクヘルトの新聞の一面に、葬儀の写真と共に大きく書かれていた。

『慰問中に死去したアリサ・リリーベル・シュタルクヘルト氏の国葬がしめやかに営まれる』

葬儀の写真以外には、軍事基地と軍事医療施設の探索の結果、生存者を発見出来なかったといった報告と共に、オルキデアたちが王都に向けて旅立った日に、シュタルクヘルト軍も捜査を打ち切ったと書かれていた。
紙面を飾る写真は、以前も新聞に載っていた隠し撮りのように撮られたアリサ・リリーベル・シュタルクヘルトの写真だった。
無理矢理引き伸ばしたのか、やや画質の悪いその写真の周りを、大量の花が囲み、写真の前には大勢の人が並んでいたのだった。

「つまり、ここの奴らはアリーシャの正体に気づく可能性があるんだな」

アリーシャが逃げ出す心配がないからと外に出したが、今更不安になってきた。
ペルフェクト語がわからない振りをしていたアリーシャのことだから、何かあっても上手くやるだろうが、果たして大丈夫だろうか。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

処理中です...