アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

文字の大きさ
80 / 357

移送作戦【準備】・5

しおりを挟む
オルキデアが仕事の合間にアリーシャの移送日について調べていたところ、丁度、四日後に軍部で大きな演習を行うことを知った。
王都駐在の兵士の士気や能力の維持、部隊での結束を図る為に、定期的に行っている演習であり、持ち回り制で軍部の三分の二以上の部隊と兵が、参加を命じられているものだった。
勿論、軍部を空にするわけにもいかないので、残りの三分の一の部隊と兵は軍部に残って通常の仕事を行う。
そして今回軍部に残留する部隊の中には、オルキデアが指揮する部隊が入っていた。

本来ならオルキデアも軍部に待機しなければならないが、この演習に関しては不参加で良いと上官であるプロキオンに言われていた。その代わりに、先日までの軍事施設の襲撃に参加していた分の休暇を取るように指示されたのであった。
またこの機会に、軍事施設の襲撃以前に休暇返上で働いていた分も、振り替えで取るように命じられていた。
そこでオルキデアはこの休暇の取得を利用して、上官の命に従って休暇を取りつつ、アリーシャの移送日に当てようと考えたのであった。

オルキデアから話を聞いたクシャースラは「なるほどな」と納得したようであった。

「それは名案だな。その日はおれも休暇を取るように命じられていたから、心置きなく手伝おう」

クシャースラもオルキデアが軍事施設の襲撃に参加する直前より、仕事でしばらく王都を不在にしていた。
その分の休暇を取るようにクシャースラも命じられており、せっかくならとオルキデアと休暇を合わせるつもりだったらしい。

「ああ。それは助かる。で、その日はセシリアの予定は空いているのか?」
「本人に確認しないとわからないが、その日は仕事が休みの日だったから、おそらくは空いていると思う。今日中に確認して連絡するよ」

高等学校を卒業してからクシャースラと結婚するまでのセシリアは、実家の為に昼も夜も関係なく、休む間もなくずっと働いていた。
セシリアの実家であるコーンウォール家には曽祖父の代に事業で失敗した際の借金が残っており、それを返済しつつ、セシリアの歳の離れた弟たちの学費も稼がなければならなかった。

そんなセシリアは家や弟たちの為に働くことで手一杯であり、当初はクシャースラと結婚する余裕さえ無かったらしい。そんな働き方ではいずれ身体を壊すと、セシリアの家族やオルキデアも説得したが、セシリアは話を聞いてくれなかった。
けれども、最終的にはセシリアの身を案じるクシャースラの熱意に負ける形でセシリアは結婚した。
借金もクシャースラが功績を上げ続けたことで軍部から得ていた多額の戦勝金を結納金として渡すことで、セシリアの無茶苦茶な労働を終わらせられた。
コーンウォール家はセシリアの父親の代でようやく借金の返済を完遂したのだった。

クシャースラと結婚して家庭に入ってからは、セシリアは以前ほど忙しく無いと聞いていた。
それどころか、自分の時間が増えて、悠々と過ごしているようであった。
ガーデニングに料理に裁縫にと、これまで出来なかった娯楽にも挑戦しているらしい。オルキデアもクシャースラを通じて、たまにおこぼれを貰うことがあった。クシャースラが得意げに話す、セシリアとの馴れ初め話付きではあるがーー。

そんな仲睦まじいクシャースラとセシリアではあるが、二人の間にまだ子供はいない。
これは内的要因、外的要因がある訳ではなく、女性に関しては初心なクシャースラが、なかなかセシリアに手を出さないのが原因ではないかとオルキデアは考えている。
士官学校にはトップの成績で入学して総代として宣誓を誓い、卒業時にもトップの成績を収めて、再び総代を務めた。
そんな智略と勇気に優れ、若くしてオルキデアと同じ将官の階級になる程に優秀な軍人であり、女性に関してはてんで奥手で駄目な男。
それがクシャースラという、オルキデアの唯一無二の親友であった。

「ああ。そうしてくれ。それで、移送の方法だが……」

オルキデアが説明すると、クシャースラからいくつか質問が上がった。
それに答えつつ、アリーシャの移送作戦について段取りを決めていると、やがて外は暗くなり、夜になったのだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

俺様御曹司に飼われました

馬村 はくあ
恋愛
新入社員の心海が、与えられた社宅に行くと先住民が!? 「俺に飼われてみる?」 自分の家だと言い張る先住民に出された条件は、カノジョになること。 しぶしぶ受け入れてみるけど、俺様だけど優しいそんな彼にいつしか惹かれていって……

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...