アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

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移送作戦【当日・上】・1

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迎えたアリーシャの移送日。
いつもの演習とは違い、今回は大掛かりな演習とだけあって、早朝から人の声や足音、荷運びの音が絶えず、軍部内は騒々しかった。
あらかじめ、今日からの休暇を申請していたオルキデアだったが、軍部内の慌ただしさに早朝から何度も起こされる羽目になったのだった。

(今回の指揮担当は誰だ。段取りが悪すぎる……)

これではオルキデア以外の非番の者や仮眠中の者まで起こされてしまっただろう。後で文句の一つでも言わなければ気が済まない。
オルキデアは何度も欠伸を噛み殺して眠気を我慢したが、それはアリーシャも同じだった様で、仮眠室から出てきた時はオルキデアと同じくらいか、それ以上に眠そうな顔をしていた。

交互にシャワーを浴びて、朝食を食べ終わる頃にはオルキデアの眠気はすっかり引いたが、アリーシャは時折座ったまま身体を揺らしては舟を漕ぎそうになっており、まだまだ辛そうな様子だった。
朝食のトレーを下げて部屋に戻って来たオルキデアは、今にも寝そうなアリーシャにそっと声を掛ける。

「早朝から演習で騒がしかっただろう。クシャースラたちが来るまで少し眠ったらどうだ?」
「大丈夫です。今日のことを考えると、昨晩は緊張してなかなか眠れなくて……」

どうやらアリーシャが眠そうにしていたのは、演習の騒がしさに加えて、今日の不安もあったらしい。アリーシャは顔を曇らせると不安そうに顔を俯く。

「上手くいくか心配で……。何かあったら、どうしようって……」

オルキデアはアリーシャの前に片膝をつくと、膝の上でギュッと組むアリーシャの両手に自らの手を重ねて、アリーシャの顔を覗き込む。 

「大丈夫だ」
「オルキデア様……」

顔を上げたアリーシャの菫色の瞳にじっと見つめられる。
今日この移送作戦が失敗してしまえば、これまでオルキデアたちが隠してきたものが、全て明るみに出てしまうだろう。
そうなれば、アリーシャと引き離されるだけでは済まない。
良くて牢に繋がれるか、悪ければ死かーー。

「君が不安になるのもわかる。だが何も無いようにーー何かあっても対処出来るように、先日クシャースラと打ち合わせもした」

先日この執務室で移送について話し合った後も、オルキデアはクシャースラと打ち合わせを続けていた。
その際に、仮眠室にあるアリーシャの荷物は先に移送先に運んでおいた方がいい、とクシャースラにアドバイスされたので、昨日オルキデアは外回りに出る振りをして、アリーシャの荷物が入ったカバンを運び出していた。

「君はただ俺に……俺たちについて来るだけでいい」

オルキデアの言葉に菫色の瞳が見開かれる。その瞳の中には、彼女を安心させようと優しげな表情を浮かべる自分が映っていた。

随分と柄にも無いことをやっているとオルキデア自身も思う。
これまでなら、こんな歯が浮くような台詞は何があっても口にしなかった。
だが、これも互いの利害関係が一致した契約結婚の為。
まずはここからアリーシャを移送させなければ何も始まらない。
多少羞恥を覚えようが、自分らしくなかろうが、これでアリーシャの不安が消えるのなら幾らでもやろう。

「何かあっても俺たちが君を守る。だから、君は俺について来るだけでいい」
「オルキデア様……」

顔を歪ませて泣きそうな顔になるアリーシャの隣に座ると、そっと肩を抱き寄せる。オルキデアに肩に触れた時、藤色の髪から甘い香りが漂ってくる。
アリーシャの香りに誘われるまま、オルキデアは甘美な言葉を紡ぐ。

「俺を信じてついてきてくれるか? アリーシャ」
「はい……。信じてついて行きます」

それから、どれくらいそのままでいただろうか。
肩に触れる温かさを感じながら、小さく寝息を立てるアリーシャの顔を眺めていると、珍しく待ち人は静かに入って来たのだった。

「ようやく来たか」
「待たせたな。オルキデア、とアリーシャ嬢……?」

執務室に入ってきたクシャースラは、ソファーに並んで座るオルキデアたちに目を剥く。そうして「悪い、邪魔したな」と、小声で謝ったのだった。

「いや。俺は大丈夫だ。……アリーシャ、君は大丈夫か?」
「はい……」

オルキデアの言葉で目を覚ましたアリーシャは、クシャースラの姿を見つけると、「おはようございます」と目を擦りながら挨拶したのだった。

「おはようございます。それにしても、随分と親密になりましたね。手も繋いで」
「手?」

クシャースラの言葉に下を見ると、いつの間にかアリーシャの手を握りしめていたことに気が付く。
慌ててオルキデアが手を離すと、「そろそろ入っていいですか?」と廊下から女性の声が聞こえてきたのだった。
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