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夫婦らしく【上】・5
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買い物客が多く、広い店内で、アリーシャはなかなか見つからないだろうと思っていたが、案外早く見つけられた。
アリーシャはハルモニア語の書籍を扱う棚の前で立ち読みをしていた。
本に夢中になっているようで、オルキデアが近づいても気づかないくらいであった。
「アリーシャ」
「オルキデア様!?」
オルキデアが遠慮気味に小声で話しかけると、アリーシャは驚きながらもようやく気がついたようだった。
「いつの間に、ここに……」
「今来たところだ。随分と熱心に読んでいたな。気に入ったのか?」
「気に入ったと言いますか……。以前読んだ本の続きが出ていたので、つい……」
恥ずかしそうに頬を染めるアリーシャから、アリーシャが熱心に読んでいた本に視線を移す。タイトルからして女性向けの作品のようだった。
「どんな話なんだ?」
「恋愛小説です。敵対する二つの国に住む男女が、とある中立国の仮面舞踏会で知り合って恋に落ちるんですが、国を理由に引き裂かれてしまうんです」
「敵対する二つの国に住む男女」という部分が、まるで自分とアリーシャのようであった。ーー仮面舞踏会で知り合っていなければ、恋にも落ちていないが。
「女子というのは、恋愛小説が好きなんだな。その本はペルフェクト語でも出ていないか? 昔、セシリアが読んでいたのを見た気がするな」
「セシリアさんも?」
「ああ。学校で流行っていると言っていたな」
士官学校に入学するまでは、オルキデアも父と一緒によくコーンウォール家に出入りしていた。
その際にまだ学生だったセシリアがよく似たタイトルの本を読んでいた気がしたのだった。
「読んでいたと言っても数年前だ。それもペルフェクト語のな。ハルモニア語ではなかったが」
「本自体は数年前にハルモニア人が書いたハルモニア語が原作です。もしかしたら、ペルフェクト語に翻訳されて販売されていたかもしれません」
「そうなのか?」
「私が読んだのは、嫁いだ姉が置いていったシュタルクヘルト語に翻訳された本ですが、同じようにペルフェクト語でも翻訳されていたかもしれません」
「買わなくていいのか?」
本を閉じるとそのまま棚に戻そうとしたので、オルキデアは尋ねる。
「でも、悪いですし……」
「遠慮しなくていい。本くらい大して高くないしな」
アリーシャは本をじっと見つめて考えこむと、やがてオルキデアに本を渡してくる。
「続きが気になるので、お言葉に甘えて……」
「ハルモニア語でいいのか?」
シュタルクヘルト語の本を読んだということは、シュタルクヘルト語に翻訳された本もあるはずだろう。
オルキデアの言葉を受けて、アリーシャは頷く。
「翻訳されたものだと翻訳者によって言葉が違います。言葉が違えば、作品や場面の雰囲気も変わってきますし、それによって読者が抱く感想も変わってきます。作者が意図する場面と雰囲気を味わいたいなら、やっぱり原作を読むのが一番良いと思うんです」
珍しく饒舌に語ったアリーシャに、オルキデアは何度も瞬きを繰り返してから「それもそうだな」と返す。
「本や作者への思い入れが深いんだな」
「せっかく、ハルモニア語やペルフェクト語を覚えても、これまで読書くらいしか使い道がなかったので……」
アリーシャによると、娼婦街に住んでいた頃やシュタルクヘルト家の屋敷から出させて貰えなかった頃、母国語であるシュタルクヘルト語以外の使い道は読書ぐらいしかなかったらしい。
読書をしていて知らない単語が出てくると人に聞くか自分で調べ、それを紙に書き溜めると単語帳のように持ち歩き、時間が出来ると読み返していた。
そうやって知らない単語を調べて覚えていく内に、読める本がどんどん増えていったのが楽しかったという。
アリーシャはハルモニア語の書籍を扱う棚の前で立ち読みをしていた。
本に夢中になっているようで、オルキデアが近づいても気づかないくらいであった。
「アリーシャ」
「オルキデア様!?」
オルキデアが遠慮気味に小声で話しかけると、アリーシャは驚きながらもようやく気がついたようだった。
「いつの間に、ここに……」
「今来たところだ。随分と熱心に読んでいたな。気に入ったのか?」
「気に入ったと言いますか……。以前読んだ本の続きが出ていたので、つい……」
恥ずかしそうに頬を染めるアリーシャから、アリーシャが熱心に読んでいた本に視線を移す。タイトルからして女性向けの作品のようだった。
「どんな話なんだ?」
「恋愛小説です。敵対する二つの国に住む男女が、とある中立国の仮面舞踏会で知り合って恋に落ちるんですが、国を理由に引き裂かれてしまうんです」
「敵対する二つの国に住む男女」という部分が、まるで自分とアリーシャのようであった。ーー仮面舞踏会で知り合っていなければ、恋にも落ちていないが。
「女子というのは、恋愛小説が好きなんだな。その本はペルフェクト語でも出ていないか? 昔、セシリアが読んでいたのを見た気がするな」
「セシリアさんも?」
「ああ。学校で流行っていると言っていたな」
士官学校に入学するまでは、オルキデアも父と一緒によくコーンウォール家に出入りしていた。
その際にまだ学生だったセシリアがよく似たタイトルの本を読んでいた気がしたのだった。
「読んでいたと言っても数年前だ。それもペルフェクト語のな。ハルモニア語ではなかったが」
「本自体は数年前にハルモニア人が書いたハルモニア語が原作です。もしかしたら、ペルフェクト語に翻訳されて販売されていたかもしれません」
「そうなのか?」
「私が読んだのは、嫁いだ姉が置いていったシュタルクヘルト語に翻訳された本ですが、同じようにペルフェクト語でも翻訳されていたかもしれません」
「買わなくていいのか?」
本を閉じるとそのまま棚に戻そうとしたので、オルキデアは尋ねる。
「でも、悪いですし……」
「遠慮しなくていい。本くらい大して高くないしな」
アリーシャは本をじっと見つめて考えこむと、やがてオルキデアに本を渡してくる。
「続きが気になるので、お言葉に甘えて……」
「ハルモニア語でいいのか?」
シュタルクヘルト語の本を読んだということは、シュタルクヘルト語に翻訳された本もあるはずだろう。
オルキデアの言葉を受けて、アリーシャは頷く。
「翻訳されたものだと翻訳者によって言葉が違います。言葉が違えば、作品や場面の雰囲気も変わってきますし、それによって読者が抱く感想も変わってきます。作者が意図する場面と雰囲気を味わいたいなら、やっぱり原作を読むのが一番良いと思うんです」
珍しく饒舌に語ったアリーシャに、オルキデアは何度も瞬きを繰り返してから「それもそうだな」と返す。
「本や作者への思い入れが深いんだな」
「せっかく、ハルモニア語やペルフェクト語を覚えても、これまで読書くらいしか使い道がなかったので……」
アリーシャによると、娼婦街に住んでいた頃やシュタルクヘルト家の屋敷から出させて貰えなかった頃、母国語であるシュタルクヘルト語以外の使い道は読書ぐらいしかなかったらしい。
読書をしていて知らない単語が出てくると人に聞くか自分で調べ、それを紙に書き溜めると単語帳のように持ち歩き、時間が出来ると読み返していた。
そうやって知らない単語を調べて覚えていく内に、読める本がどんどん増えていったのが楽しかったという。
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