157 / 357
夫婦らしく【下】・3
しおりを挟む
「私もこれで失礼します。今日はありがとうございました」
頭を下げるアリーシャに、「あら、いいのよ」とマルテは笑う。
「またいつでも遊びに来てね、アリーシャさん。オーキッド坊っちゃんも」
「俺はついでなのか……」
「あらあら、そんなことはありませんよ。ただ、主人がすっかりアリーシャさんを気に入ってしまったみたいでして。今日も車が戻ってくるのをずっと気にしていたんですよ……」
「そんなんじゃない。車が無事に帰って来るか心配だっただけだ!」
そんな夫婦の会話を聞いて、ああ。とオルキデアは納得する。
いつもなら、車を返しに行くとマルテが出てきて、メイソンは一切顔を見せないが、今日に限ってメイソンが真っ先に出てきたのは、アリーシャが目当てだったのだ。
「アリーシャさんに、屋敷の庭を見て欲しかったんでしょう。昨日の強風で乱れたのを直したからって」
呆れ顔のマルテと言葉に詰まるメイソンに、クスッとアリーシャが笑う。
「わかりました。屋敷に戻ったら、お庭を見てみますね」
「そうして下さい。オーキッド坊ちゃんも」
「はい」
コーンウォール家を辞すると、外は薄闇に包まれていた。そんな中、二人は屋敷までの道のりを歩いていく。
コーンウォール家から屋敷までは、だいたい徒歩で二十分くらいある。
オルキデアにとっては何気ない道のりでも、アリーシャにとっては物珍しいらしく、あちこちキョロキョロ見ながら歩いていたのだった。
「楽しそうだな」
今日買った荷物を持って、隣を歩いていたオルキデアは傍らのアリーシャに声を掛ける。
「そう見えましたか? すみません……」
「やはり、シュタルクヘルトと違うから見ていて楽しいのか?」
「それもありますが、こうして堂々と出掛けられたのが数年ぶりなので、楽しくて……」
アリーシャの答えに、「そうなのか?」と驚いてしまう。
「父に引き取られてからは、あまり外出させてもらえなかったので……。
外に出ても、せいぜい屋敷の庭か、屋敷の近くのお店や公園くらいで、今日行ったお店や、こういった住宅街を歩いたことも、ほとんどないんです」
アリーシャの父は、アリーシャが外に出るのをあまり快く思わなかったそうだ。
アリーシャが外に出られたのは、せいぜい屋敷の庭だけで、たまに父の目を盗んでこっそり近所の店ーーお金がないからほぼ見るだけだったが。や公園に出掛けただけだった。
たまに抜け出したことがバレては、父が付けた使用人を通じて、酷く怒られたらしい。
「それに屋敷の庭と言っても、綺麗な花が咲いた花壇や小さなガゼボは、昼間はいつも他の兄弟姉妹たちが使っていて気まずいので、花も何も咲いていないほんの片隅を散歩した程度です。
でも、人気の無い夜半だけは、庭を隅々まで散歩出来ました」
アリーシャの話によると、シュタルクヘルト家に住んでいた頃は、昼間は他の兄弟姉妹に遠慮して、庭の片隅にある土しかないようなじめじめと湿った日陰を散歩していたらしい。
けれども、誰もいない夕方から夜半にかけてーー特に月に一回の家族での食事会中、は他の家族に気兼ねなく歩けたそうだ。
「特に月が出ている時の夜のお庭は綺麗なんです。昼間とはまた違っていて……なんて言えばいいのでしょうか。幻想的で、美しくて、まるで夢のようで……」
その時の光景を思い出したのだろうか。アリーシャが遠い目をした。
「月夜か……」
空を見上げると、夕方と夜の境目のような遠くの紺色の空に、下弦の月が浮かんでいた。
「月夜の下、誰もいないガゼボで紅茶を片手に読書をするひとときが、あの屋敷で唯一、心が休まる時でした。
それ以外は、父や兄弟姉妹たちの邪魔にならないように、ずっと陰に隠れて……」
切なく、悲し気なアリーシャの頭をぽんぽんと軽く叩く。
驚いたように見つめてくる仮初めの妻を、ただ静かに見つめ返す。
頭を下げるアリーシャに、「あら、いいのよ」とマルテは笑う。
「またいつでも遊びに来てね、アリーシャさん。オーキッド坊っちゃんも」
「俺はついでなのか……」
「あらあら、そんなことはありませんよ。ただ、主人がすっかりアリーシャさんを気に入ってしまったみたいでして。今日も車が戻ってくるのをずっと気にしていたんですよ……」
「そんなんじゃない。車が無事に帰って来るか心配だっただけだ!」
そんな夫婦の会話を聞いて、ああ。とオルキデアは納得する。
いつもなら、車を返しに行くとマルテが出てきて、メイソンは一切顔を見せないが、今日に限ってメイソンが真っ先に出てきたのは、アリーシャが目当てだったのだ。
「アリーシャさんに、屋敷の庭を見て欲しかったんでしょう。昨日の強風で乱れたのを直したからって」
呆れ顔のマルテと言葉に詰まるメイソンに、クスッとアリーシャが笑う。
「わかりました。屋敷に戻ったら、お庭を見てみますね」
「そうして下さい。オーキッド坊ちゃんも」
「はい」
コーンウォール家を辞すると、外は薄闇に包まれていた。そんな中、二人は屋敷までの道のりを歩いていく。
コーンウォール家から屋敷までは、だいたい徒歩で二十分くらいある。
オルキデアにとっては何気ない道のりでも、アリーシャにとっては物珍しいらしく、あちこちキョロキョロ見ながら歩いていたのだった。
「楽しそうだな」
今日買った荷物を持って、隣を歩いていたオルキデアは傍らのアリーシャに声を掛ける。
「そう見えましたか? すみません……」
「やはり、シュタルクヘルトと違うから見ていて楽しいのか?」
「それもありますが、こうして堂々と出掛けられたのが数年ぶりなので、楽しくて……」
アリーシャの答えに、「そうなのか?」と驚いてしまう。
「父に引き取られてからは、あまり外出させてもらえなかったので……。
外に出ても、せいぜい屋敷の庭か、屋敷の近くのお店や公園くらいで、今日行ったお店や、こういった住宅街を歩いたことも、ほとんどないんです」
アリーシャの父は、アリーシャが外に出るのをあまり快く思わなかったそうだ。
アリーシャが外に出られたのは、せいぜい屋敷の庭だけで、たまに父の目を盗んでこっそり近所の店ーーお金がないからほぼ見るだけだったが。や公園に出掛けただけだった。
たまに抜け出したことがバレては、父が付けた使用人を通じて、酷く怒られたらしい。
「それに屋敷の庭と言っても、綺麗な花が咲いた花壇や小さなガゼボは、昼間はいつも他の兄弟姉妹たちが使っていて気まずいので、花も何も咲いていないほんの片隅を散歩した程度です。
でも、人気の無い夜半だけは、庭を隅々まで散歩出来ました」
アリーシャの話によると、シュタルクヘルト家に住んでいた頃は、昼間は他の兄弟姉妹に遠慮して、庭の片隅にある土しかないようなじめじめと湿った日陰を散歩していたらしい。
けれども、誰もいない夕方から夜半にかけてーー特に月に一回の家族での食事会中、は他の家族に気兼ねなく歩けたそうだ。
「特に月が出ている時の夜のお庭は綺麗なんです。昼間とはまた違っていて……なんて言えばいいのでしょうか。幻想的で、美しくて、まるで夢のようで……」
その時の光景を思い出したのだろうか。アリーシャが遠い目をした。
「月夜か……」
空を見上げると、夕方と夜の境目のような遠くの紺色の空に、下弦の月が浮かんでいた。
「月夜の下、誰もいないガゼボで紅茶を片手に読書をするひとときが、あの屋敷で唯一、心が休まる時でした。
それ以外は、父や兄弟姉妹たちの邪魔にならないように、ずっと陰に隠れて……」
切なく、悲し気なアリーシャの頭をぽんぽんと軽く叩く。
驚いたように見つめてくる仮初めの妻を、ただ静かに見つめ返す。
2
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる