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夫婦らしく【下】・3
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「私もこれで失礼します。今日はありがとうございました」
頭を下げるアリーシャに、「あら、いいのよ」とマルテは笑う。
「またいつでも遊びに来てね、アリーシャさん。オーキッド坊っちゃんも」
「俺はついでなのか……」
「あらあら、そんなことはありませんよ。ただ、主人がすっかりアリーシャさんを気に入ってしまったみたいでして。今日も車が戻ってくるのをずっと気にしていたんですよ……」
「そんなんじゃない。車が無事に帰って来るか心配だっただけだ!」
そんな夫婦の会話を聞いて、ああ。とオルキデアは納得する。
いつもなら、車を返しに行くとマルテが出てきて、メイソンは一切顔を見せないが、今日に限ってメイソンが真っ先に出てきたのは、アリーシャが目当てだったのだ。
「アリーシャさんに、屋敷の庭を見て欲しかったんでしょう。昨日の強風で乱れたのを直したからって」
呆れ顔のマルテと言葉に詰まるメイソンに、クスッとアリーシャが笑う。
「わかりました。屋敷に戻ったら、お庭を見てみますね」
「そうして下さい。オーキッド坊ちゃんも」
「はい」
コーンウォール家を辞すると、外は薄闇に包まれていた。そんな中、二人は屋敷までの道のりを歩いていく。
コーンウォール家から屋敷までは、だいたい徒歩で二十分くらいある。
オルキデアにとっては何気ない道のりでも、アリーシャにとっては物珍しいらしく、あちこちキョロキョロ見ながら歩いていたのだった。
「楽しそうだな」
今日買った荷物を持って、隣を歩いていたオルキデアは傍らのアリーシャに声を掛ける。
「そう見えましたか? すみません……」
「やはり、シュタルクヘルトと違うから見ていて楽しいのか?」
「それもありますが、こうして堂々と出掛けられたのが数年ぶりなので、楽しくて……」
アリーシャの答えに、「そうなのか?」と驚いてしまう。
「父に引き取られてからは、あまり外出させてもらえなかったので……。
外に出ても、せいぜい屋敷の庭か、屋敷の近くのお店や公園くらいで、今日行ったお店や、こういった住宅街を歩いたことも、ほとんどないんです」
アリーシャの父は、アリーシャが外に出るのをあまり快く思わなかったそうだ。
アリーシャが外に出られたのは、せいぜい屋敷の庭だけで、たまに父の目を盗んでこっそり近所の店ーーお金がないからほぼ見るだけだったが。や公園に出掛けただけだった。
たまに抜け出したことがバレては、父が付けた使用人を通じて、酷く怒られたらしい。
「それに屋敷の庭と言っても、綺麗な花が咲いた花壇や小さなガゼボは、昼間はいつも他の兄弟姉妹たちが使っていて気まずいので、花も何も咲いていないほんの片隅を散歩した程度です。
でも、人気の無い夜半だけは、庭を隅々まで散歩出来ました」
アリーシャの話によると、シュタルクヘルト家に住んでいた頃は、昼間は他の兄弟姉妹に遠慮して、庭の片隅にある土しかないようなじめじめと湿った日陰を散歩していたらしい。
けれども、誰もいない夕方から夜半にかけてーー特に月に一回の家族での食事会中、は他の家族に気兼ねなく歩けたそうだ。
「特に月が出ている時の夜のお庭は綺麗なんです。昼間とはまた違っていて……なんて言えばいいのでしょうか。幻想的で、美しくて、まるで夢のようで……」
その時の光景を思い出したのだろうか。アリーシャが遠い目をした。
「月夜か……」
空を見上げると、夕方と夜の境目のような遠くの紺色の空に、下弦の月が浮かんでいた。
「月夜の下、誰もいないガゼボで紅茶を片手に読書をするひとときが、あの屋敷で唯一、心が休まる時でした。
それ以外は、父や兄弟姉妹たちの邪魔にならないように、ずっと陰に隠れて……」
切なく、悲し気なアリーシャの頭をぽんぽんと軽く叩く。
驚いたように見つめてくる仮初めの妻を、ただ静かに見つめ返す。
頭を下げるアリーシャに、「あら、いいのよ」とマルテは笑う。
「またいつでも遊びに来てね、アリーシャさん。オーキッド坊っちゃんも」
「俺はついでなのか……」
「あらあら、そんなことはありませんよ。ただ、主人がすっかりアリーシャさんを気に入ってしまったみたいでして。今日も車が戻ってくるのをずっと気にしていたんですよ……」
「そんなんじゃない。車が無事に帰って来るか心配だっただけだ!」
そんな夫婦の会話を聞いて、ああ。とオルキデアは納得する。
いつもなら、車を返しに行くとマルテが出てきて、メイソンは一切顔を見せないが、今日に限ってメイソンが真っ先に出てきたのは、アリーシャが目当てだったのだ。
「アリーシャさんに、屋敷の庭を見て欲しかったんでしょう。昨日の強風で乱れたのを直したからって」
呆れ顔のマルテと言葉に詰まるメイソンに、クスッとアリーシャが笑う。
「わかりました。屋敷に戻ったら、お庭を見てみますね」
「そうして下さい。オーキッド坊ちゃんも」
「はい」
コーンウォール家を辞すると、外は薄闇に包まれていた。そんな中、二人は屋敷までの道のりを歩いていく。
コーンウォール家から屋敷までは、だいたい徒歩で二十分くらいある。
オルキデアにとっては何気ない道のりでも、アリーシャにとっては物珍しいらしく、あちこちキョロキョロ見ながら歩いていたのだった。
「楽しそうだな」
今日買った荷物を持って、隣を歩いていたオルキデアは傍らのアリーシャに声を掛ける。
「そう見えましたか? すみません……」
「やはり、シュタルクヘルトと違うから見ていて楽しいのか?」
「それもありますが、こうして堂々と出掛けられたのが数年ぶりなので、楽しくて……」
アリーシャの答えに、「そうなのか?」と驚いてしまう。
「父に引き取られてからは、あまり外出させてもらえなかったので……。
外に出ても、せいぜい屋敷の庭か、屋敷の近くのお店や公園くらいで、今日行ったお店や、こういった住宅街を歩いたことも、ほとんどないんです」
アリーシャの父は、アリーシャが外に出るのをあまり快く思わなかったそうだ。
アリーシャが外に出られたのは、せいぜい屋敷の庭だけで、たまに父の目を盗んでこっそり近所の店ーーお金がないからほぼ見るだけだったが。や公園に出掛けただけだった。
たまに抜け出したことがバレては、父が付けた使用人を通じて、酷く怒られたらしい。
「それに屋敷の庭と言っても、綺麗な花が咲いた花壇や小さなガゼボは、昼間はいつも他の兄弟姉妹たちが使っていて気まずいので、花も何も咲いていないほんの片隅を散歩した程度です。
でも、人気の無い夜半だけは、庭を隅々まで散歩出来ました」
アリーシャの話によると、シュタルクヘルト家に住んでいた頃は、昼間は他の兄弟姉妹に遠慮して、庭の片隅にある土しかないようなじめじめと湿った日陰を散歩していたらしい。
けれども、誰もいない夕方から夜半にかけてーー特に月に一回の家族での食事会中、は他の家族に気兼ねなく歩けたそうだ。
「特に月が出ている時の夜のお庭は綺麗なんです。昼間とはまた違っていて……なんて言えばいいのでしょうか。幻想的で、美しくて、まるで夢のようで……」
その時の光景を思い出したのだろうか。アリーシャが遠い目をした。
「月夜か……」
空を見上げると、夕方と夜の境目のような遠くの紺色の空に、下弦の月が浮かんでいた。
「月夜の下、誰もいないガゼボで紅茶を片手に読書をするひとときが、あの屋敷で唯一、心が休まる時でした。
それ以外は、父や兄弟姉妹たちの邪魔にならないように、ずっと陰に隠れて……」
切なく、悲し気なアリーシャの頭をぽんぽんと軽く叩く。
驚いたように見つめてくる仮初めの妻を、ただ静かに見つめ返す。
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