アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

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あどけない寝顔・3

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持っていた本が落ちる音で、オルキデアは目を覚ます。いつの間にか眠ってしまったらしい。
寄り掛かっていたソファーから身を起こすと、床から本を拾い上げたのだった。

(すっかり寝入ってしまったな。今は何時だ……)

テーブルに本を置いて壁掛け時計を確認すると、約四十分ほど寝ていたようだった。
平時だからいいが、ここが戦場だったら命取りになるところだった。

息を吐きながら肩の力を抜いて、またソファーに寄り掛かると背中に違和感を覚える。
背中に手を回して違和感を確かめると、どこかで見たような布地が出てきたのだった。

(これは……)

まだ寝惚けた頭で考えると、布地は部屋に来た時にアリーシャが肩に掛けていたショールだったと思い出す。

(アリーシャは?)

向かいのソファーに視線を移して、オルキデアは濃い紫色の目を大きく見張る。
そこには膝の上に本を広げたままソファーに寄り掛かって、すやすやと眠るアリーシャの姿があったのだった。

「アリー……」

声を掛けようとしたところで、その無防備な寝姿につい見入ってしまう。
目を閉じて小さく口を開け、どこかあどけない顔で眠る姿に、アリーシャが自分より歳下の娘であることを思い出させられる。
もしかしたら今日まで必死に背伸びをして、大人のように振る舞おうとしていたのかもしれない。

(起こすのは悪いか)

テーブルの上に広げたままにしていた本を片付けると、その隣に畳んだショールを置く。
ソファーから立ち上がると、アリーシャの側に向かったのだった。

(熟睡しているようだな)

おそらくオルキデアにショールを掛けた後、つられて寝てしまったのだろう。歩き疲れていたのは同じだというのに……。
眦を下げると、アリーシャが膝の上に広げていた本を取り上げる。オルキデアが近づいてテーブルに本を戻しても、アリーシャが起きる気配は無かった。

(このままだと風邪を引くな)

何も掛けずに寝ているので、このまま放っておいたら風邪を引いてしまう。
オルキデアは一度自分のベッドに向かうと、シーツや掛布を整えて就寝の用意をする。
そうしてアリーシャの元に戻ってくると、ソファーに寄り掛かる背中に腕を回して、その華奢な身体を持ち上げたのだった。

(軽いな)

それでも彼女の部屋まで運んでいたら、身体が冷えてしまう。
アリーシャを抱き上げたまま部屋を歩くと、先程整えたベッドにそっと寝かせる。
風邪を引かないように肩まで掛布を掛けると、白磁のようなアリーシャの頬に触れたのだった。

出会った頃に負っていた傷は跡形もなくすっかり消えていた。
顎近くまで頬を撫でると、形の良い唇の下に親指を這わせる。
これまでの一夜だけの付き合いなら、身体だけではなく唇も平気で奪っていた。どちらも減るものではないからだ。
けれども目の前で眠る仮初めの妻の唇だけは、たやすく奪ってはならないような気持ちにさせられる。
それどころか自分が守らなければならないという、庇護欲さえ掻き立てられていた。

そしてもう一つ、得体の知れない感情がオルキデアを襲ってくる。
身体の内側から湧き上がるこの想いは一体何なのか。
それはオルキデア自身にも分からなかった。

今もこの形の良い唇に触れたいと思う反面、触れてはいけないと自らを自制する声が内側から聞こえてくる。その声に耳を傾けつつ頬から手を離すと、今度は額に手を伸ばす。
前髪を分けて白い額が見えると、顔を近づけたのだった。

「……おやすみ」

ここには君を脅かすものは何もない。
だから今はゆっくり眠って欲しい。
そう願いを込めながら、オルキデアはアリーシャの額にそっと口づけを落としたのだった。

アリーシャから離れると、オルキデアも部屋の明かりを落として隣に寝そべる。
ベッド以外で寝たところをオルキデアが抱き上げてベッドに運んだとアリーシャが知ってしまったら、それこそしきりに恐縮するに違いない。

「ま、それも可愛いが」

小声で呟くと、隣で眠るアリーシャに笑みを浮かべる。
掛布の上から軽くアリーシャに触れると、オルキデアはそっと目を閉じたのだった。
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