アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

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葛藤・8

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セシリアに見送られて、オルキデアと共にオウェングス邸を辞したアリーシャだったが、何を話したらいいか分からず、短い道中を黙って歩いていた。

「あの、オルキデア様」

二人が住む屋敷が見えてきた頃、アリーシャは勇気を振り絞ってオルキデアに話しかける。

「一昨日の夜は、すみませんでした。急に告白して困らせてしまって」
「こちらこそ、すまなかった。君の話を聞かずに、追い返すようなことを言って」

アリーシャは首を振ると、「いえ、私の方が……」と言いかける。
それを「君が悪いわけじゃないんだ」と遮られると、オルキデアは屋敷の方に視線を向けたまま話し出す。

「これまで、君の様に真っ直ぐで純粋な愛を伝えられたことがなかった。どうしたらいいか分からなかったんだ。
それに、俺は知らず知らずの内に、君のことをずっと見下していたんだな。捕虜だと、子供だと、女だと」

オルキデアと出会った頃、アリーシャは記憶喪失の捕虜だった。
それも合わせて、アリーシャが歳下の女性というのもあって、オルキデアは気づかぬ内に、自分より格下の者だと見下して、子供扱いしていたらしい。

「気にしないで下さい。それは本当のことなので……」
「いや。君から好きだと……これからも側にいて、役に立ちたいと言われて気付かされた。
俺は君を守っているつもりで、ずっと見下して……傷つけていたのだと……」

オルキデアは立ち止まると、「すまなかった」とアリーシャに頭を下げたのだった。

「や、止めて下さい! 私は気にしていません! 子供扱いされていたことも、全然気づいていなかったくらいです!」
「そういう訳にはいかない。俺はずっと君のことを見下していたんだぞ」
「私が捕虜だったのも、歳下の女なのも、全て事実なので、オルキデア様がそう扱ってしまうのも無理はありません。
それに、私は自ら選んだんです。貴方の側に居るって」

オルキデアは頭を上げると、「そうなのか?」と言いたげに見つめてくる。

「記憶を失っていた頃から、オルキデア様にはずっと気にかけて頂きました。
誰も知っている人がいない、知らない場所で、周りは敵国の男性しかいない中で、私は心細い思いをしていました。……明日はどうなるんだろうって、もしかしたら処刑されるのかなって。不安に感じていました」

国境沿いの基地の部屋で、話し相手さえいない場所で、誰にも言えない不安な気持ちを抱えて、無機質な白い壁を毎日見つめ続けていた。

「でも、オルキデア様が側に居てくださったので、少しずつ安心出来るようになりました……今日まで頑張れたんです。
私が知らないモノを貴方は沢山教えてくれました。シュタルクヘルトあの家では与えられなかったものを沢山得ました。
だから、今度は私が貴方の側に居たいと思ったんです。
教養も、身分も、お金も、何もない私が出来ることは限られています。それでも、私は思ったんです。私の出来る限り、持っているだけの力で、貴方を支えたいと」

屋敷近くの街灯に明かりが灯った。アリーシャの藤色に混ざった銀が輝く。

「改めて言わせて下さい。私は貴方が好きです。この仮初めの関係が終わっても、これからも側に居させて下さい。
もし叶うならば、今度は貴方の隣で、本当の伴侶として。貴方を支えていきたいんです」

白い人工の明かりに照されて、オルキデアの濃い紫色の瞳が一際強く輝く。
明かりの下で見るオルキデアの瞳は、まるで日が暮れたばかりの夜空の様な色をしており、魅入ってしまいそうになる。
息を詰めて返事を待つアリーシャに、オルキデアはそっと笑みを浮かべたのだった。

「わかった。俺も自分の気持ちを答える。ただ、それには少しだけ時間をくれないか。
今回は必ず、君に返事をすると約束する」

オルキデアの濃い紫の瞳。
いつだって、不安を吹き飛ばして、安心させてくれる。
いつからか焦がれていたその力強い眼差しに、アリーシャは大きく頷いたのだった。

「分かりました。お待ちしています」
「ありがとう。で、肝心の夕食だが、何か希望はあるか。希望があれば店に連れて行く。外食にはならないが、配達を頼んで屋敷で食べてもいいぞ」
「それなら、シチューを食べたいです。セシリアさんが作っているのを見ていたら、私も食べたくなって……」
「わかった。軍部の近くに行きつけの美味い店がある。そこに行こう」

オルキデアの半歩後ろを歩きながら、アリーシャは空を見上げる。
一番星を見つけて、そっと思う。
自分の気持ちは伝えた。
これなら、どんな結果になっても後悔はしないだろうと。
左手の薬指に触れると、オルキデアに遅れないように、彼の後を追いかけたのだった。
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