アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

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墓前へ・3

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山の麓の駐車場に車を停めると、アリーシャを連れて舗装された山道を登っていく。
肌寒い風が吹いて、山の草木を揺らしていた。石碑が連なる草地に出ると、アリーシャが呟く。

「ここって、墓地ですか?」
「国民共同の墓地だ。ここは平民共同の墓地だな」

王都には身分ごとに分かれた共同墓地が点在している。
貴族なら、自分の領地や貴族街の中にある共同墓地に埋葬出来るが、平民は王都の郊外に近い山沿いの墓地に埋葬することになる。

「平民共同墓地? でも、オルキデア様は貴族では……」
「名ばかりだけどな。墓参の度に他の貴族と顔を合わせて、気を遣うのは疲れるから、平民共同に埋葬させてもらったんだ」

貴族共同の墓地の場合のみ、申請した後に身分の確認などで時間がかかるが、平民は場所に空きがあれば、すぐ許可がおりる。
貴族であっても、場所に空きがあれば許可されるのだった。

故人の名前が書かれた墓石の中を抜けて、更に山を登る。
この先は舗装されていない山道になるので、平民共同墓地の中でも人気の無い区画となる。
落ち葉を踏みしめ、アリーシャに手を貸しながら、やがて山の中腹ほどにある墓地区間に辿り着く。
人気の無い区間の数少ない墓石が並ぶ中、オルキデアは迷わず一番端の墓石に近づいて行く。

「エラフ・アルバ・ラナンキュラス……?」

墓石に刻まれた名前をアリーシャが読み上げる。

「父上の墓なんだ」

アリーシャが息を飲んだ音が聞こえた。

アリーシャにずっと預けたままにしていた花束を受け取ると、墓石に近づく。
エラフの名前が刻まれた石碑の前には、枯れかけた花束が置かれていた。
仕事で忙しくない月命日は、必ずと言っていい程、墓参をしていたが、先月はティシュトリアとアリーシャの移送で忙しくて、墓参に来れなかった。

おそらく、この花束は父の友人だったメイソンが供えてくれたのだろう。
オルキデアが王都を不在にしている間も、代わりに墓を管理してくれたのはメイソンだった。

「お父様は亡くなったって、クシャースラ様に聞いていましたが……」

膝をついて、墓前に花束を手向けると、おずおずとアリーシャが声を掛けてくる。

「そういえば、これまで父上について話したことはなかったな。父上は七年前に亡くなったんだ。過労死だった」

目を閉じて両手を合わせると、カサカサと落ち葉を踏む音が聞こえてきて、誰かが隣にやって来た。
目を開けなくても、相手が誰かわかっていた。
風に乗って、今朝、オルキデアたちが風呂に入れた入浴剤と同じ香りが漂ってきたからだった。

オルキデアの隣にやって来ると、衣擦れの音が聞こえた。
そっと目を開けて隣を見ると、そこにはスカートが汚れるのも気にせずに、その場でしゃがみ、目を閉じて両手を合わせるアリーシャの姿があったのだった。
オルキデアも正面に顔を戻すと、また目を閉じた。

(父上)

安らかに眠っているだろうエラフに、心の中で話しかける。

(彼女が俺の自慢の妻です)

これまで、エラフの墓参りはオルキデア一人で来ていた。
きっと、エラフは寂しく思っていただろう。
いつまでもオルキデアが独り身なことに。
けれども、これからは隣で目を閉じて、同じように冥福を祈る愛する妻が、一緒に来る日もあるだろう。
ようやく、エラフを安心させられる。

(もう寂しくなんてありません。ようやく、一人じゃなくなったんです。……これで、貴方は安心出来ますか?)

エラフがどう思っているのかは、わからない。
それでも、もし独り身のオルキデアを心配していたのなら安心して欲しい。
自分はもう寂しくもなければ、辛くもない、幸せで満ち足りているのだと。
オルキデアは両手を合わせ続けたのだった。

しばらくして、先にオルキデアが立ち上がると、アリーシャに手を貸す。
アリーシャの手が重なると、そっと手を引っ張り上げたのだった。

「もう、いいんですか?」
「ああ。長時間、付き合わせてすまない。身体が冷えてしまっただろう。どこかカフェにでも寄って、温かいものを飲もう」

アリーシャが立ち上がると、手を繋いだままオルキデアは歩き出そうとする。
けれども、アリーシャはその場から全く動かなかったのだった。

「アリーシャ?」
「もし、良ければ。オルキデア様のお父様について話して下さい」
「それは、構わないが……。今じゃなければ駄目か?」

アリーシャは深く頷いた。上目遣いで見つめられて、オルキデアの心臓が小さく音を立てる。それに対して、アリーシャは「だって……」と悲しげに話し出す。

「お墓の前で手を合わせているオルキデア様の背中が、なんだか寂しそうで……。本当は抱きつきたいくらいだったんです」
「寂しそうだった? そんなはずは……」

今さっき、エラフに寂しくないと話したばかりだ。
それなのに、どうしてアリーシャは寂しいと思ったのだろうか。
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