アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

文字の大きさ
220 / 357

墓前へ・3

しおりを挟む
山の麓の駐車場に車を停めると、アリーシャを連れて舗装された山道を登っていく。
肌寒い風が吹いて、山の草木を揺らしていた。石碑が連なる草地に出ると、アリーシャが呟く。

「ここって、墓地ですか?」
「国民共同の墓地だ。ここは平民共同の墓地だな」

王都には身分ごとに分かれた共同墓地が点在している。
貴族なら、自分の領地や貴族街の中にある共同墓地に埋葬出来るが、平民は王都の郊外に近い山沿いの墓地に埋葬することになる。

「平民共同墓地? でも、オルキデア様は貴族では……」
「名ばかりだけどな。墓参の度に他の貴族と顔を合わせて、気を遣うのは疲れるから、平民共同に埋葬させてもらったんだ」

貴族共同の墓地の場合のみ、申請した後に身分の確認などで時間がかかるが、平民は場所に空きがあれば、すぐ許可がおりる。
貴族であっても、場所に空きがあれば許可されるのだった。

故人の名前が書かれた墓石の中を抜けて、更に山を登る。
この先は舗装されていない山道になるので、平民共同墓地の中でも人気の無い区画となる。
落ち葉を踏みしめ、アリーシャに手を貸しながら、やがて山の中腹ほどにある墓地区間に辿り着く。
人気の無い区間の数少ない墓石が並ぶ中、オルキデアは迷わず一番端の墓石に近づいて行く。

「エラフ・アルバ・ラナンキュラス……?」

墓石に刻まれた名前をアリーシャが読み上げる。

「父上の墓なんだ」

アリーシャが息を飲んだ音が聞こえた。

アリーシャにずっと預けたままにしていた花束を受け取ると、墓石に近づく。
エラフの名前が刻まれた石碑の前には、枯れかけた花束が置かれていた。
仕事で忙しくない月命日は、必ずと言っていい程、墓参をしていたが、先月はティシュトリアとアリーシャの移送で忙しくて、墓参に来れなかった。

おそらく、この花束は父の友人だったメイソンが供えてくれたのだろう。
オルキデアが王都を不在にしている間も、代わりに墓を管理してくれたのはメイソンだった。

「お父様は亡くなったって、クシャースラ様に聞いていましたが……」

膝をついて、墓前に花束を手向けると、おずおずとアリーシャが声を掛けてくる。

「そういえば、これまで父上について話したことはなかったな。父上は七年前に亡くなったんだ。過労死だった」

目を閉じて両手を合わせると、カサカサと落ち葉を踏む音が聞こえてきて、誰かが隣にやって来た。
目を開けなくても、相手が誰かわかっていた。
風に乗って、今朝、オルキデアたちが風呂に入れた入浴剤と同じ香りが漂ってきたからだった。

オルキデアの隣にやって来ると、衣擦れの音が聞こえた。
そっと目を開けて隣を見ると、そこにはスカートが汚れるのも気にせずに、その場でしゃがみ、目を閉じて両手を合わせるアリーシャの姿があったのだった。
オルキデアも正面に顔を戻すと、また目を閉じた。

(父上)

安らかに眠っているだろうエラフに、心の中で話しかける。

(彼女が俺の自慢の妻です)

これまで、エラフの墓参りはオルキデア一人で来ていた。
きっと、エラフは寂しく思っていただろう。
いつまでもオルキデアが独り身なことに。
けれども、これからは隣で目を閉じて、同じように冥福を祈る愛する妻が、一緒に来る日もあるだろう。
ようやく、エラフを安心させられる。

(もう寂しくなんてありません。ようやく、一人じゃなくなったんです。……これで、貴方は安心出来ますか?)

エラフがどう思っているのかは、わからない。
それでも、もし独り身のオルキデアを心配していたのなら安心して欲しい。
自分はもう寂しくもなければ、辛くもない、幸せで満ち足りているのだと。
オルキデアは両手を合わせ続けたのだった。

しばらくして、先にオルキデアが立ち上がると、アリーシャに手を貸す。
アリーシャの手が重なると、そっと手を引っ張り上げたのだった。

「もう、いいんですか?」
「ああ。長時間、付き合わせてすまない。身体が冷えてしまっただろう。どこかカフェにでも寄って、温かいものを飲もう」

アリーシャが立ち上がると、手を繋いだままオルキデアは歩き出そうとする。
けれども、アリーシャはその場から全く動かなかったのだった。

「アリーシャ?」
「もし、良ければ。オルキデア様のお父様について話して下さい」
「それは、構わないが……。今じゃなければ駄目か?」

アリーシャは深く頷いた。上目遣いで見つめられて、オルキデアの心臓が小さく音を立てる。それに対して、アリーシャは「だって……」と悲しげに話し出す。

「お墓の前で手を合わせているオルキデア様の背中が、なんだか寂しそうで……。本当は抱きつきたいくらいだったんです」
「寂しそうだった? そんなはずは……」

今さっき、エラフに寂しくないと話したばかりだ。
それなのに、どうしてアリーシャは寂しいと思ったのだろうか。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

処理中です...