アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ

夜霞

文字の大きさ
269 / 357

弁当・3

しおりを挟む
(今のって、夫婦みたいだったよね……)

夫婦みたいではなく、本当の夫婦になったのだが、なかなか実感が持てなかったアリーシャは内心で興奮していた。

(私もオルキデア様に相応しい妻にならないと。まずは、朝の家事を済ませてしまって……)

軍部に向けて歩き出したオルキデアを見送っていた時、アリーシャの後ろからオルキデアを呼ぶ声が聞こえてきた。
振り返ると、両手に布包みを持ったセシリアが走って来たのだった。

「アリーシャさん。おはようございます。オーキッド様は!?」
「おはようございます。あの、今さっき出掛けました……」

早口で言い切ったセシリアは、アリーシャが指した方を見ると、「ありがとうございます」と言って、またオルキデアに向かって走り出したのだった。

気になって様子を伺っていると、セシリアは両手に抱えていた布包みをオルキデアに渡しているようだった。
何か話しているようだったが、アリーシャの場所までは声が聞こえて来なかった。

(何を話しているんだろう……?)

気になって見つめていると、オルキデアと別れたセシリアが戻って来たのだった。

「あ、セシリアさん……」
「アリーシャさん。先程はありがとうございました」

額に汗を浮かばせるセシリアに、うちで休むように勧めるが、これから仕事があるからと丁重に断られたのだった。

「オルキデア様と何を話していたか、聞いてもいいですか?」
「クシャ様がお弁当を忘れてしまったので、オーキッド様に届けてもらったんです!」
「えっ、クシャースラ様はお弁当なんですか?」
「クシャ様に限らず、結婚されている軍人さんはお弁当を持参されている方が多いと聞いていますが……。オーキッド様から聞いていませんか?」
「はい……」

そもそも、アリーシャがオルキデアの執務室に暮らしていた頃、食事といえば、オルキデアの部下たちが食堂から持って来る食事だけだと思っていた。
階級ごとに食堂があって、深夜帯以外ではいつでも利用できるという話も聞いていた。

「オルキデア様から何も聞かされていなくて……。どうしましょう。今日もそのまま出掛けてしまいました……」

オルキデアに解かれたままの髪を乱しながら、オロオロと慌てていると、「大丈夫です」とセシリアに背中を叩かれる。

「きっと、オーキッド様もアリーシャさんに負担を掛けたくなくて言わなかったんです。それか、オーキッド様自身も忘れていたか」

恐らく、オルキデアの性格的には両方だろう、とアリーシャは考える。
食に興味のないオルキデアのことだから、きっと弁当の存在を忘れていたに違いない。
それでもーー。

「結婚した以上、私も作るべきですよね。でも、お弁当なんて作ったことないですし……」
「結婚したからといって、必ず作る必要はないんですよ……」
「で、でも。オルキデア様に恥をかかせてしまいます! 新婚なのにお弁当も作ってもらえないのかって……!」
「……そう言われても、オーキッド様は気にしないと思います。安心して下さい」

すっかりパニックに陥ってしまったアリーシャだったが、ふとアリーシャの様子に戸惑っているセシリアを見て思いつく。

「セシリアさん!」
「はい?」
「私にお弁当作りを教えて下さい!」

朝日に輝く藤色の髪が地面につくくらい、アリーシャは深々と頭を下げたのだったーー。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

秋色のおくりもの

藤谷 郁
恋愛
私が恋した透さんは、ご近所のお兄さん。ある日、彼に見合い話が持ち上がって―― ※エブリスタさまにも投稿します

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

幼馴染以上恋人未満 〜お試し交際始めてみました〜

鳴宮鶉子
恋愛
婚約破棄され傷心してる理愛の前に現れたハイスペックな幼馴染。『俺とお試し交際してみないか?』

処理中です...