329 / 357
決意・5
しおりを挟む
「母上からは愛を与えられず、父上を亡くした以上、二度と誰からも愛を与えられないだろうと思っていた。俺自身も一度死にかけたことで、愛を忘れたと思っていた。でもそうじゃなかった。与えられた愛は、何年経っても、何があっても、色あせること無く自分の中に残り続けるんだ。それをお前が思い出させてくれた」
今でも時折あの雪深い北部で凍死しそうになった日を思い出す。
どこを向いても灰色の空と雪山しか見えない大地、視界を奪う雪を纏った寒風、身を切る様な風で徐々に熱が奪われていく身体。
手足が動かなくなり、やがて口から洩れる白い息さえも途絶える様になる。
雪の上に倒れて、重くなっていく瞼と黒く染まっていく視界の中、ただ音もなく雪が降り続ける暗澹たる空を眺めていた時、オルキデアは身も心も氷に覆われていくのを感じた。
もう何も感じたくなかった。父が死んだこと、母に捨てられたこと、そんな自分がこれから死ぬこと。
あの時、オルキデアの感情は全て凍り付いて、二度と溶けることは無いと思っていた。
軍人として、ただ黙々と仕事をする中で、太陽の様に温かな光を放つ女性と出会った。
少女の可憐さと女性の華麗さを併せ持つ、敵国から来た佳人ーーアリーシャに。
彼女と触れ合い、共に笑い、同じ時間を共有する中で、凍った心が音を立てて氷解していくのを感じた。全ての氷が解けた時、彼女を欲する自分の気持ちに気付いた。
独占欲にも似た、自分の内側から湧き続ける彼女への愛。
一度気づいてからは歯止めがきかなかった。自分の身体を満たし続けて、心身を熱く燃え上がらせた。そんな激情に彼女も答えてくれた。
彼女への想いを口にして、差し出した花束を受け取って貰えた時、興奮で身体が大きく震えた。唇を重ねた時、自分の感情が昂っていることをアリーシャに気付かれてしまうのではないかと不安になった。
その後もアリーシャと交じり合う度に心は浮き立った。
共に父の墓を参り、祭りで愛を確かめ合い、海で泥だらけになって砂の城を作り、半年と言う短い間ではあったが、至福に満ちた時間を過ごした。
この時間が一生続けばいいと思う程にーー。
「オルキデア様……」
「たとえどんなに遠く離れたとしても、俺たちの仲が国や戦争で何度引き裂かれたとしても、俺はいつまでもお前を想っているよ」
「なんで、そんなことを言うんですか……。そんなことを言わないでください……」
アリーシャから飲みかけのコップを預かって、サイドテーブルに置く。
すると掛布を捲った音が聞こえてきたかと思うと、身体にしがみつかれたのだった。
「戦場に行くんですか? それとも、どこか辺境の地に行かされるんですか?」
「それは……」
「行かないでください……いいえ、私も一緒に行きます!
貴方がいなければ、私は生きていけそうにないです。ずっとずっと、一緒にいます。だって約束したじゃないですか……」
アリーシャと小指を絡ませて指切りを交わしたあの夜を思い出す。
これからは何があっても一緒にいると約束した。どこに行くにしても、必ずアリーシャを連れて行くと。
けれども、これから向かう先にアリーシャを連れて行く訳にはいかなかった。
良くても牢か軍事法廷、悪ければ処刑台か。
「アリーシャ……」
「今日のオルキデア様はおかしいです! まるで今生の別れみたいなことを言って……」
そう言って、アリーシャはますますオルキデアの服を強く掴んで来る。やはりいつもより熱っぽいアリーシャの華奢な身体を優しく抱きしめ返すと、その身体を自分から離したのだった。
「今生の別れか……。そうかもしれないな」
「えっ……?」
そうしてサイドテーブルに置かれていた飲みかけのコップを掴むと、それを一気に呷る。
呆気に取られたアリーシャをベッドに押し倒すと、柔らかな唇に口づけたのだった。
「……ッ!?」
時計の秒針の音だけが響く部屋の中、口の端から溢れた水がアリーシャの頬を流れて、シーツに吸い込まれていった。
最後にアリーシャの桜唇をひと舐めすると、そっと身体から離れたのだった。
「お前は出会った頃に比べて、ずっと強く美しくなった。俺にはもったいないくらいに」
「オルキ、デア、さま……」
ようやく衝撃から立ち直ったアリーシャだったが、身体が重いようで、身動きが取れないようだった。
「おやすみ。アリーシャ。どんなに遠く離れていても、俺はいつまでもお前を想っているよ」
「い、や……! まっ……! からだ、うごかなっ……!」
「こんな俺を愛してくれてありがとう……幸せにな」
微かに持ち上っていたアリーシャの腕がベッドに落ちたかと思うと、やがて寝息を立て始める。
乱れたシーツを整えていると、白く細い左手薬指に嵌まった結婚指輪が目に入る。
二人で結婚指輪を買いに行った時を思い出しそうになったが、頭を振ると追い払ってしまう。
アリーシャの左手首を掴んで薬指の結婚指輪を引っ張ると、二人の夫婦の証は呆気なく外れてしまう。
それをサイドテーブルのコップの隣に音も無く置くと、これ以上体調を崩さないように、アリーシャの肩まで掛布を掛けたのだった。
(これでいいんだ。これで……)
アリーシャから離れて、部屋のクローゼットを開けると、カバンを取り出す。
その中に目的のモノが入っていたことに驚きつつも、その上に適当に洋服や下着、靴を詰めたのだった。
カバンをベッド脇に置くと、スープ皿と空になったコップを載せた盆を持って、最後にベッドで眠るアリーシャを一目見てから部屋を離れる。
電気を消すと、脇目も降らずに部屋を後にしたのだった。
今でも時折あの雪深い北部で凍死しそうになった日を思い出す。
どこを向いても灰色の空と雪山しか見えない大地、視界を奪う雪を纏った寒風、身を切る様な風で徐々に熱が奪われていく身体。
手足が動かなくなり、やがて口から洩れる白い息さえも途絶える様になる。
雪の上に倒れて、重くなっていく瞼と黒く染まっていく視界の中、ただ音もなく雪が降り続ける暗澹たる空を眺めていた時、オルキデアは身も心も氷に覆われていくのを感じた。
もう何も感じたくなかった。父が死んだこと、母に捨てられたこと、そんな自分がこれから死ぬこと。
あの時、オルキデアの感情は全て凍り付いて、二度と溶けることは無いと思っていた。
軍人として、ただ黙々と仕事をする中で、太陽の様に温かな光を放つ女性と出会った。
少女の可憐さと女性の華麗さを併せ持つ、敵国から来た佳人ーーアリーシャに。
彼女と触れ合い、共に笑い、同じ時間を共有する中で、凍った心が音を立てて氷解していくのを感じた。全ての氷が解けた時、彼女を欲する自分の気持ちに気付いた。
独占欲にも似た、自分の内側から湧き続ける彼女への愛。
一度気づいてからは歯止めがきかなかった。自分の身体を満たし続けて、心身を熱く燃え上がらせた。そんな激情に彼女も答えてくれた。
彼女への想いを口にして、差し出した花束を受け取って貰えた時、興奮で身体が大きく震えた。唇を重ねた時、自分の感情が昂っていることをアリーシャに気付かれてしまうのではないかと不安になった。
その後もアリーシャと交じり合う度に心は浮き立った。
共に父の墓を参り、祭りで愛を確かめ合い、海で泥だらけになって砂の城を作り、半年と言う短い間ではあったが、至福に満ちた時間を過ごした。
この時間が一生続けばいいと思う程にーー。
「オルキデア様……」
「たとえどんなに遠く離れたとしても、俺たちの仲が国や戦争で何度引き裂かれたとしても、俺はいつまでもお前を想っているよ」
「なんで、そんなことを言うんですか……。そんなことを言わないでください……」
アリーシャから飲みかけのコップを預かって、サイドテーブルに置く。
すると掛布を捲った音が聞こえてきたかと思うと、身体にしがみつかれたのだった。
「戦場に行くんですか? それとも、どこか辺境の地に行かされるんですか?」
「それは……」
「行かないでください……いいえ、私も一緒に行きます!
貴方がいなければ、私は生きていけそうにないです。ずっとずっと、一緒にいます。だって約束したじゃないですか……」
アリーシャと小指を絡ませて指切りを交わしたあの夜を思い出す。
これからは何があっても一緒にいると約束した。どこに行くにしても、必ずアリーシャを連れて行くと。
けれども、これから向かう先にアリーシャを連れて行く訳にはいかなかった。
良くても牢か軍事法廷、悪ければ処刑台か。
「アリーシャ……」
「今日のオルキデア様はおかしいです! まるで今生の別れみたいなことを言って……」
そう言って、アリーシャはますますオルキデアの服を強く掴んで来る。やはりいつもより熱っぽいアリーシャの華奢な身体を優しく抱きしめ返すと、その身体を自分から離したのだった。
「今生の別れか……。そうかもしれないな」
「えっ……?」
そうしてサイドテーブルに置かれていた飲みかけのコップを掴むと、それを一気に呷る。
呆気に取られたアリーシャをベッドに押し倒すと、柔らかな唇に口づけたのだった。
「……ッ!?」
時計の秒針の音だけが響く部屋の中、口の端から溢れた水がアリーシャの頬を流れて、シーツに吸い込まれていった。
最後にアリーシャの桜唇をひと舐めすると、そっと身体から離れたのだった。
「お前は出会った頃に比べて、ずっと強く美しくなった。俺にはもったいないくらいに」
「オルキ、デア、さま……」
ようやく衝撃から立ち直ったアリーシャだったが、身体が重いようで、身動きが取れないようだった。
「おやすみ。アリーシャ。どんなに遠く離れていても、俺はいつまでもお前を想っているよ」
「い、や……! まっ……! からだ、うごかなっ……!」
「こんな俺を愛してくれてありがとう……幸せにな」
微かに持ち上っていたアリーシャの腕がベッドに落ちたかと思うと、やがて寝息を立て始める。
乱れたシーツを整えていると、白く細い左手薬指に嵌まった結婚指輪が目に入る。
二人で結婚指輪を買いに行った時を思い出しそうになったが、頭を振ると追い払ってしまう。
アリーシャの左手首を掴んで薬指の結婚指輪を引っ張ると、二人の夫婦の証は呆気なく外れてしまう。
それをサイドテーブルのコップの隣に音も無く置くと、これ以上体調を崩さないように、アリーシャの肩まで掛布を掛けたのだった。
(これでいいんだ。これで……)
アリーシャから離れて、部屋のクローゼットを開けると、カバンを取り出す。
その中に目的のモノが入っていたことに驚きつつも、その上に適当に洋服や下着、靴を詰めたのだった。
カバンをベッド脇に置くと、スープ皿と空になったコップを載せた盆を持って、最後にベッドで眠るアリーシャを一目見てから部屋を離れる。
電気を消すと、脇目も降らずに部屋を後にしたのだった。
1
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる