【第一部完結・改稿版】ハージェント家の天使

夜霞

文字の大きさ
11 / 247
第一部

事故【1】

しおりを挟む
「遅いなぁ……」

 その日の夜、御國は眠ったニコラを腕に抱えたまま何度も扉を見て待っていた。
 いつもならメイドがニコラを受け取りに来てくれる頃だが、今夜はどれだけ待っても部屋にやって来なかった。

「旦那様も来ないし……」

 あの日以降、旦那様は毎晩、部屋に来てくれるようになった。
 その日あったことや、ニコラのことなど取り留めのない話を僅かばかり交わすだけだったが、御國はその時間を大切にしていた。
 病み上がりとはいえ、屋敷内にこもってばかりで、御國の気持ちはだんだん落ち込んでいった。
 最近はティカと話すようになったが、それでも毎日同じ場所で、同じことの繰り返しで気持ちが滅入ってきたのだった。

 だからこそ、旦那様と話して、外の様子を聞ける時間を大切にしていた。
 旦那様は庭に咲いた花や、仕事で出掛けた際で見かけたものについて話してくれた。
 時には、御國がわからないことも話してくれて、それに対して質問をすると、旦那様は丁寧に説明してくれた。
 そうやって、旦那様の話を聞いている内に、やはりここは自分が住んでいた世界ではないのだと、御國はだんだんと理解してきたのだった。

 それ以外にも、最近になって御國には悩みの種が増えた。

「あっ……! またっ……!」

 キーンと頭が痛んだ。
  御國は落としそうになったニコラを慌ててギュッと抱きしめた。
 そうして、御國が最初にニコラに授乳をした時に頭の中に響いた声が、また聞こえたような気がした。

 ――……を、………………ね。

「はぁ……はぁ……」

 御國は詰めていた息を吐き出した。
 旦那様と話した日から、時折、御國は頭痛に悩まされるようになった。
 ほんの僅かだけ頭が痛み、すぐに治るのだが、日が経つにつれて回数が増えていった。
 そうして、頭が痛む時には、必ずといっていい程、御國の頭の中に声が響くのだった。

 何を言っているのかは聞き取れないが、その声は今の御國の声――モニカの声にそっくりだった。
 もしかしたら、頭の中に響いている声は、『モニカ』の声なのかもしれない。

 もし、モニカがまだ身体にいるのなら、御國はこの身体を返すべきなのだろう――モニカ自身に。
 そうなったら、御國はどうなるのだろう。
 元の身体に戻れるのか。それとも――。
  嫌な想像をしそうになった時、部屋の扉が叩かれた。

「失礼します」

 入って来たのは、ペルラやティカとは違う別のメイドだった。

「モニカ様。遅くなり申し訳ありません。ニコラ様を乳母の元に連れて行きます」
「はい……」

 メイドは丁重にニコラを受け取ったのだった。

 最近知ったのだが、御國が寝ている夜間や、屋敷内で歩く練習をしている間は、旦那様が雇った乳母が、引き続きニコラの面倒を見てくれていたようだった。
 そもそも貴族の家では、赤ちゃんはほとんど乳母が面倒を看ることが多く、母親が育てるのはもう少し後になるとのことだった。
 今の御國のように、ここまで子供につきっきりになることは滅多に無いらしい。

「何かあったんですか? 旦那様もまだ来ていませんし……」

 すると、メイドは困ったように顔を曇らせたのだった。

「王都の中心部で、数台の馬車が絡んだ事故がありました。旦那様はそちらに……」
「えっ……」

 その言葉に御國は言葉を失った。
   頭の中に、血塗れになった旦那様の顔が浮かんできたのだった。

「旦那様は、事故に……?」
「これ以上は、私共にはわかりかねます」

「では、失礼します」とメイドは一礼すると、部屋から出て行ったのだった。
 扉が閉まると、御國はベッドに倒れたのだった。

(旦那様の身に何かあったんじゃ……?)

 もしかして、仕事中に事故に遭遇して怪我を負ったのかもしれない。
  最悪は、死、なんてことも……。

(どうしよう……! こういう時はどうしたらいいんだろう……!?)

 屋敷で待っていればいいのだろうか。
 それとも、様子を見に行くべきなのだろうか。
 ただ、様子を見に行くにしても、どこで事故があったのか、そもそも屋敷から外に出たことが無い御國には全くと言っていい程、この辺りの地理など何もわからなかった。

「こういう時にテレビやスマホがあれば……」

 テレビやスマートフォンがあるなら、最新の情報をいち早く入手出来るだろう。
 この世界にそれが存在しないことが、今はとても悔やまれた。

「大丈夫かな……旦那様……」

 御國は悶々としたまま、一人待つことになったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました

春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。 名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。 誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。 ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、 あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。 「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」 「……もう限界だ」 私は知らなかった。 宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて―― ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。

処理中です...