【第一部完結・改稿版】ハージェント家の天使

夜霞

文字の大きさ
70 / 247
第一部

御國の思い出・上【1】

しおりを挟む
 モニカが目を開けると、そこは見慣れたアーケードの中であった。

 年季の入った大理石のタイルの上に、ところどころ残る鳩の忘れ物。 
 上を見上げればガラスの天井に覆われ、その外側には数羽の鳩が羽根を休めていたのだった。

「ここは……」

 呆然と立つモニカの後ろを数人の女性同士のグループ、サラリーマン、カップル、主婦、お年寄り、家族連れなどが通って行った。
 スマートフォンで話しながら歩く人もいれば、イヤフォンで音楽を聞いている人、数人のグループで談笑している人など、各々が各々の目的地に向かって歩いていた。

 人々の話し声だけでなく、遠くからは車のエンジン音や、宣伝カーの音楽も聞こえてきたのだった。

「元の世界に帰って来たの?」

 そんな喧騒だけではなく、アーケードの入り口からは、勤め人に人気の立ち食い蕎麦屋の美味しそうな出汁の匂いが漂ってきた。
 モニカは行ったことはないが、父親が絶賛していたのを覚えている。

 蕎麦屋の隣にはドラッグストアが建ち、店頭にはチラシに掲載された特売品が並び、それに足を止める者や、店頭の商品を手に取って店内に入っていく者など、老若男女関係なくひっきりなしにお店の中に消えて行った。

 蕎麦屋の向かいには、最近オープンしたというイタリアレストランが建ち、食事を終えた若いカップルが出て来た。

 外国のパブをイメージしたのか、古めかしい木造風の建物であるイタリアンレストランは、「イタリア料理」と木製の看板に書かれていながらも、何故か日本食の蕎麦も提供していると、インターネットで噂になっていた。
 機会があれば、学生時代の友人を誘って、噂を確かめに行きたいと思っていた。
 けれども、モニカはその真偽を確かめる前に亡くなってしまった。

 そんな噂のイタリアンレストランの前には大きな横断歩道があり、先程店から出てきた若いカップルを始めとする大勢の人が、信号機が変わる瞬間を待っていたのだった。
 
(ああ、これは……)

 これは、モニカの生前ーー御國だった頃の記憶だ。
 自分が住み慣れた街の中心部、新幹線が通って、新しく地下鉄が開通して、大型商業施設に囲まれたそんな駅近くのアーケード街。
 アーケード街の側には、御國が転落した階段があるはずだった。
 
 そんな人の往来が絶えないアーケード街の入り口近く、閉店したのかシャッターで固く閉ざされた店の前にモニカは立っていた。

(ここにあったのは、何のお店だったっけ……?)

 長年住み慣れた街にも関わらず、目の前のシャッターをじっと見つめても、ここにあったお店が何だったのか思い出せなかった。

 モニカは諦めて、自分の服に目を落とす。
 小さな白い花が散りばめられた紺色ワンピースと、白色の膝丈まである白色の薄手のカーディガンを着ていた。
 下は黒色のタイツ、白色のリボン飾りがついた紺色のパンプスを履き、肩からは茶色の肩掛け鞄を持っていたのだった。

 どれも御國だった頃に、気に入っていた服と鞄であった。

(このワンピース……)

 モニカはワンピースの裾を摘むと、じっくり見る。
 このワンピースは御國だった頃に気になって買ったものの、自分には似合わないからと一度着て断念した物だった。
 あの時と寸分違わぬワンピースを、今のモニカは着ていたのだった。
 
「変な夢……」

 信号が変わったのか、アーケードを歩く人の往来が増えた。
 雑踏に紛れる様にして、モニカは歩き出したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...