191 / 247
第一部
天使・下【5】
しおりを挟む
姉弟の曽祖父の弟である大叔父は、「花嫁」を娶ったことを機に、ブーゲンビリア侯爵家と懇意であったオルタンシア侯爵家に養子に入った。
オルタンシア侯爵家には跡継ぎがおらず、また大叔父自身も、次男である以上、このままブーゲンビリア侯爵家にいても家督を継げる可能性が無かった。
そんな時、大叔父は跡継ぎがいなかったオルタンシア侯爵家から養子の話を打診された。大叔父はオルタンシア侯爵家に養子に入り、そこで「花嫁」を迎え入れた。
その「花嫁」こそが、「天使」だった。
「大叔父様は私が生まれる前に他界されましたが、『天使』であった大叔母様はまだ生きていました。
マキウスが男爵家に戻されてすぐ、私は一度だけ大叔母様にお会いしたことがあります」
「どんな方だったんですか?」
「とても不思議な雰囲気を持った人でした。まるで、澄んだ湖のように静かで、穏やかで、けれども芯の強さも感じました。
当時は大叔母様が『天使』だと知らなかったので、そういう人柄だと思っていましたが、思い返せば、『天使』だったからこそ、そういう人柄だったのかもしれません」
ヴィオーラは紅茶に口をつけると、思い出すように話し出す。
「大叔母様と会った頃、私はずっと塞ぎ込んでいました。お父様は亡くなり、大切な弟は、弟を嫌うお母様によって、地方にあるハージェント家に連れて行かれました」
「姉上、それは……」
口を開いたマキウスを遮るように、ヴィオーラは片手を挙げた。
「大切な弟……大好きな私の弟。お母様を亡くされたばかりで悲しいはずの弟。それなのに、私は屋敷の中から、地方のハージェント男爵家に向かう馬車に乗り込む弟の背を見ていることしか出来なかった。両親を亡くした弟を守れるのは、私しかいなかったのに……。それをずっと後悔していました」
その時を思い出したのか、俯いたヴィオーラは悲痛な顔をしていた。
「ずっと部屋で塞ぎ込んでいた私を心配したペルラが、ある日、お母様の目を盗んで、こっそりオルタンシア侯爵家に連れて行ってくれました」
「こっそり、ですか……?」
マキウスの言葉に、ヴィオーラは頷いた。
「お母様は、大叔母様が行っていた活動が気に入らなかったんです。
オルタンシア侯爵家の『花嫁』である大叔母様は、屋敷で私塾を開いていたので」
「私塾というのは、学校……学び舎ですか? 私も元の世界で学校に通いましたが……」
「そこまで立派なものではなかったと思います。身分や性別に関係なく、ただ学びたい意思があれば、誰でもふらりと屋敷にやって来て、読み書きや計算など、どんなことでも勉強が出来る場所として、屋敷を解放していました。そこにペルラは私を連れて行ってくれたのです」
視線を天井に向けたヴィオーラは、当時を思い出すかのように話を続ける。
「私塾に足を踏み入れるまで、私は自分が恵まれた環境にいることに気づいていませんでした。同じ国、同じ王都に住む民でも、等しく学びの場を与えられない者がいることに。同じヒトでも、身分が違うというだけで、環境が全く違うということに衝撃を受けたのです」
オルタンシア侯爵家には跡継ぎがおらず、また大叔父自身も、次男である以上、このままブーゲンビリア侯爵家にいても家督を継げる可能性が無かった。
そんな時、大叔父は跡継ぎがいなかったオルタンシア侯爵家から養子の話を打診された。大叔父はオルタンシア侯爵家に養子に入り、そこで「花嫁」を迎え入れた。
その「花嫁」こそが、「天使」だった。
「大叔父様は私が生まれる前に他界されましたが、『天使』であった大叔母様はまだ生きていました。
マキウスが男爵家に戻されてすぐ、私は一度だけ大叔母様にお会いしたことがあります」
「どんな方だったんですか?」
「とても不思議な雰囲気を持った人でした。まるで、澄んだ湖のように静かで、穏やかで、けれども芯の強さも感じました。
当時は大叔母様が『天使』だと知らなかったので、そういう人柄だと思っていましたが、思い返せば、『天使』だったからこそ、そういう人柄だったのかもしれません」
ヴィオーラは紅茶に口をつけると、思い出すように話し出す。
「大叔母様と会った頃、私はずっと塞ぎ込んでいました。お父様は亡くなり、大切な弟は、弟を嫌うお母様によって、地方にあるハージェント家に連れて行かれました」
「姉上、それは……」
口を開いたマキウスを遮るように、ヴィオーラは片手を挙げた。
「大切な弟……大好きな私の弟。お母様を亡くされたばかりで悲しいはずの弟。それなのに、私は屋敷の中から、地方のハージェント男爵家に向かう馬車に乗り込む弟の背を見ていることしか出来なかった。両親を亡くした弟を守れるのは、私しかいなかったのに……。それをずっと後悔していました」
その時を思い出したのか、俯いたヴィオーラは悲痛な顔をしていた。
「ずっと部屋で塞ぎ込んでいた私を心配したペルラが、ある日、お母様の目を盗んで、こっそりオルタンシア侯爵家に連れて行ってくれました」
「こっそり、ですか……?」
マキウスの言葉に、ヴィオーラは頷いた。
「お母様は、大叔母様が行っていた活動が気に入らなかったんです。
オルタンシア侯爵家の『花嫁』である大叔母様は、屋敷で私塾を開いていたので」
「私塾というのは、学校……学び舎ですか? 私も元の世界で学校に通いましたが……」
「そこまで立派なものではなかったと思います。身分や性別に関係なく、ただ学びたい意思があれば、誰でもふらりと屋敷にやって来て、読み書きや計算など、どんなことでも勉強が出来る場所として、屋敷を解放していました。そこにペルラは私を連れて行ってくれたのです」
視線を天井に向けたヴィオーラは、当時を思い出すかのように話を続ける。
「私塾に足を踏み入れるまで、私は自分が恵まれた環境にいることに気づいていませんでした。同じ国、同じ王都に住む民でも、等しく学びの場を与えられない者がいることに。同じヒトでも、身分が違うというだけで、環境が全く違うということに衝撃を受けたのです」
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる