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第一部

絡み合う手【4】

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 ずっと気になっていた。
 どうして、結婚も、育児もしたことがなければ、貴族でもなんでもない自分が「モニカ」になったのか。
 今日、ヴィオーラからオルタンシア侯爵家にいたという「天使」ーーオフィーリアの話を聞いてから、その謎はますます深まった。
「モニカ」にはーー御國には、オフィーリアの様に教育者としての経験はない。取り立てて秀でたところも……。
 そんな御國が、どうしてモニカになったのか。
 何も取り柄がない御國が、どうしてモニカにーー。

「貴女は、もう一度人生をやり直す為に、この世界に来たのです。おそらくは、私も……」
「マキウス様もですか?」
「自らの過失で『モニカ』を喪った私にもやり直す機会を設けてくださったのです。この国を守護する大天使様がきっとーー」
  
 光が消えて、魔法石に魔力の補充が終わった。
 いつもなら、補充が終わるとマキウスは手を離してくれるが、今日は掴んだままだった。

「あの……。マキウス様?」

 一向に手を離す様子がないマキウスに、モニカは声を掛けた。
 すると、マキウスは掴んでいた手を組み替えると、モニカの指を絡めるように手を握ったのだった。

「マキウス様、これは……?」

 モニカがマキウスの指が絡んだ手を見つめていると、モニカの肩に顔を埋めてきた。
 マキウスのモフモフの耳が頬に当たってくすぐったい。どうしたらいいのか分からず戸惑っていると、呟くように悲痛な声を漏らしたのだった。
  
「……貴女と引き離されなくて良かった」
「それって……」
「貴女まで失ったら、私の心はもう耐えられません。……耐えられそうにない」
「マキウス様……」

 夕方、ヴィオーラから「天使」について話を聞いた時に、「『天使』は保護する」と言われたからだろう。
 不安そうに手を握りしめて、顔を埋めているマキウスに、モニカは安心させるように微笑んだのだった。

「大丈夫です。私はマキウス様の側にいます」
「モニカ……」
「決めたんです。この先何があっても、マキウス様の側にいて、マキウス様について行くと」

 マキウスが顔を上げると、モニカは自らの頬にマキウスの手を当てた。

「マキウス様の手、いつも温かいですね……」
「モニカの手が冷たいのです」

 そうして、マキウスはもう片方の手もモニカの頬に当てる。

「もう同じ過ちは繰り返しません。今度こそ、私は私の罪から目を逸らしません。貴女たちに相応しい男になって……生涯、貴女とニコラを愛し、幸せにします」

 二人は見つめ合うと、小さく笑みを交わす。そうして、どちらともなく口づけたのだった。
 長いような、短いような、口づけを交わすと、二人はそっと顔を離す。
 マキウスの艶やかな唇と温かい手が離れると、モニカははにかむように笑みを浮かべたのだった。

「何故でしょう……。いつもマキウス様とキスを交わすと、とても気持ち良いんです」

 頭を過ぎるのは、あの中学生の時の秋暮れの公園。
 口に入った砂と涙の味。悔しくて、悲しくて、けれども誰にも理解してもらえなくて、周囲から責められ続けた日々。
 あの日以来、異性が怖くて仕方なかった。
 それでも、恋愛に関する物語は好きだった。
 恋愛漫画や小説を読んで、恋愛ドラマやアニメ、映画を観る度に、作中で結ばれた主人公たちに胸を躍らせた。
 苦労の末に結ばれた主人公たちの間に子供が産まれたというシーンには、自分のことの様に喜んだ。
 でも、異性が怖い自分はヒロインにはなれないとわかっていた。あくまで憧れだけに留めていた。
 自分とは遠い場所の恋物語だと思ってーー諦めていた。

 それが身近な人たちに恋人が出来て、結婚や出産の話を聞く度に、遠い場所の恋物語だと思っていた恋愛が、より現実味を帯びてきた。自分とは決して縁のない物語だとーーフィクションだと思えなくなってきた。
 両親が結婚をせかしてくる度に、彼氏を作る機会を逃してきだけだと言い訳してきた。
 その度に、少なからず罪悪感に苛まれた。

(ううん。もしかしたら、全部言い訳だったのかも。男性が怖いのも、何もかも……。本当は自分から踏み出す勇気がなかっただけで)  

 もしかしたら、異性が怖いというのも、本当は言い訳だったのかもしれない。
 結婚や出産の話を聞く度に、羨ましくて仕方なかったのはその証だろう。
 本当は、勇気が出なかっただけなのにーー。
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