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クリスの話
暮らし始めて二ヶ月
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賑やかな声が聞こえてくる。
大切な「家族」の笑い声だった。
家に戻ってきたクリスタスーークリスはそっと笑みを浮かべた。
暮らし始めてから二カ月が経った。
最初はぎこちなかった三人での生活にも、ようやく慣れてきた。
人間だった頃とは、何もかも違っていた。
まず、自分の身体。
人間だった頃よりも、身長が頭一つ分以上伸びた。それによって、視界が変わった。
身長が伸びれば、手足も長くなった。身体の肉付きがより男性らしくなった。人間だった頃は、なかなか、筋肉が付かない事が悩みだった。
一年半程、ドラゴンだった間に、かなり髪が伸びたーーそれが関係しているのか否かは、甚だ疑問ではある。髪は長さだけではなく、色も変わったからだ。
手入れに苦労していると、やがて「家族」が手伝ってくれるようになった。
こうやって、誰かに髪を拭いてもらうのも、梳かしてもらうのも、首の後ろで一つに結われるのも、始めてだった。
髪だけではなく、「家族」は身体の至るところに浮かんでいる鱗の手入れも手伝ってくれた。
手入れを手伝ってもらう度に、「鱗の隙間に入った砂埃を取るのが大変」と、愚痴を漏らしていた。
しかし、手入れをする手は止めなかった。
手入れが終わった後に、「家族」が手入れしてくれた鱗に触れると、硬質で冷たい鱗が、何故か熱を帯びているように感じられた。
そうして、生活も違った。
朝は起きて、顔を洗い、軽く身体を洗ったら、三人で朝食を摂る。それから、近くの村で畑仕事を手伝う。
村の人間ーー村人の大半が、年寄りであった。には、あっさり受け入れられた。
「家族」が事前に話を通してくれた事と、村で若い男手が不足していた事もあるのだろう。
毎日、日替わりで畑仕事や力仕事を手伝う。そこで、食糧や日用品など、三人で生活するのに必要な品を、必要な分だけ分けてもらう。
そうして、夕方になると自宅に戻る。
最初は恥ずかしかった「ただいま」も、「おかえりなさい」と出迎える「家族」にも、ようやく慣れてきた。
ーーそれでも、まだ羞恥が勝る時があるが。
夕飯が完成すると、また三人で食卓を囲む。
その後、湯が沸くと、汚れた身体を洗う。
時折、「パパ~。や~」と、嫌がる「家族」も一緒に洗って。
寝る前に「家族」とたわいのない談笑をして、まだまだ無知な「家族」にこの世界について教えて過ごす。
夜が更けてくると、また三人で眠る。
誰かに「おやすみ」と言うも、ようやく慣れた。「おやすみなさい」と返されるのも。
人間だった頃は、一人で寝る事が当たり前で、誰かに言ったことがなかった。
新しい事尽くしで、新鮮な事だらけであった。
この生活が長く続けばいいと思っていた。
あの日まではーー。
外にまで漏れ聞こえてくる「家族」の声を微笑ましく思いながら、ドアをそっと開ける。
「ただいま。戻ったぞ」
声を掛けると、「家族」の声は一度、ピタリと止む。そうして、すぐに軽やかな足音が近いて来る。
「パパ、おかえりなしゃい!」
「ただいま。コハク」
足に抱きついてくる金色の髪の少女を、優しく愛撫する。
少女は顔を上げると、オレンジ色ーーもう一人の「家族」によると、コハク色と言うらしい。を、嬉しそうに細めたのだった。
「おちぃごと、おちゅかれしゃま!」
「コハク、そんな言葉を覚えたのか?」
「うん」と嬉しそうに何度も金色の髪を揺らして頷く少女ーーコハクを、抱き上げた。
「そうか。偉いぞ! コハク!」
「えへへ。パパにぃ、ほめられちゃた!」
嬉しそうに抱きつき返してくるコハクを見ていると、出会ったばかりの頃が遠い昔の事の様に感じられる。
実際には、半年も経っていないというのに。
出会ったばかりのコハクは、とにかく、何も出来なかった。
話す事や文字の読み書きはおろか、食べる事、飲む事、一人で歩く事、着替える事、歯を磨く事、身体を洗う事、排泄さえ、何もかも。
当時はまだドラゴンだったから、教えられることはそう多くなかった。
ただ、四つん這いになりながらやって来て、腹が減ったと身振りと態度で言われて、とりあえず食べ物を取ってきて渡せば、手掴みするも食べ方がわからないと、また態度と身振りで言われれば、心配にもなった。
自分に教えられる事は、全て終えたつもりだった。
幸いにも、森で魔物に殺された旅人や騎士達、ドラゴンに喰われて自死しようとした者ーー全て追い払ったが。の荷物を利用させてもらった。
コハクは非常に物覚えが良かった。
教えた事は瞬く間に吸収していったーー見様見真似で教えられなかったのが、心残りだが。
そうして、これならコハクを人前に出せると思ったからこそ、もう一人の「家族」に託してーー当時はまだ他人だったが。ドラゴンである自分は、二人の邪魔をしないように森から立ち去るつもりだった。
だが、何の因果かドラゴンから人間に戻れたかと思えば、もう一人の「家族」に説得されて、コハクを含めた三人で「家族」になった。
ーー無論、嫌ではない。二カ月が経っても、まだまだ照れ臭いだけだ。
「家族」につけてもらったクリスタスーー「クリス」と呼ばれる事や、最近、ようやく「パパ」と呼んでくれるようになったコハク達との生活が。
一緒に生活するようになって、コハクはずっと「ドラゴンさん」と「おねえさん」と呼んでいたーーそう呼ぶように言ったのは、私だから仕方がないのだが。
「家族」の教育の影響もあって、最近ようやく、「パパ」と呼んでくれるようになった。
またまだ呼ばれ慣れないからか、呼ばれる度に、こそばゆい気持ちになるが。
やがて、私達の声を聞きつけて、もう一人の「家族」が顔を出した。
「おかえりなさい。クリスさん」
「ああ。ただいま戻った」
もう一人の「家族」ーーアメリアは、安心したように微笑んだ。
「最近、帰りが遅いので、心配していました。村の仕事が忙しいんですか?」
「ああ……まあ、そんなところだ」
肩に掛けた袋ごと、今日一日働いて受け取った報酬ーー主に食糧だ。をアメリアに渡す。アメリアは中身を確認すると、口元を緩めた。
「もう、夕飯の支度は出来ていますが、すぐに食べますか?」
「ああ、着替えたら、すぐに食べよう」
「パパ~。おなかしゅいたよ~」と肩を揺すってくるコハクにせがまれて、アメリアと顔を見合わせて笑い合う。
「はいはい。じゃあ、コハクちゃんはこっちでクリスさんを待っていようね」
アメリアはコハクを受け取ると、床に降ろした。コハクをテーブルまで誘導しながら、アメリアは思い出したように告げた。
「ああ、そういえば。さっき、郵便物を届けに来てくれた村の人に聞いたんですが、最近、村周辺に、身なりの良い見慣れない男性がよく来るそうです」
「そう……か」
「一応、物盗りや人攫いの可能性もあるから気をつけてねって事でした。クリスさんは知っていましたか?」
「いや、聞いていなかったが」
アメリアに背を向けて、上着を脱ぎながら答えた。
「怪しいですよね……。コハクちゃんに何も無ければいいのですが。防犯ブザーはこの世界には無いようですし。代用品あったかな?」
「コハクもだが、アメリアも気をつけた方がいい。貴方も、人攫いには格好の獲物だ」
「えっ!? そうですか?」と、驚くアメリアを見ていると、益々、不安になる。アメリアは自分の価値がわかっていない。
ーー異なる世界からやってきて、この世界における全ての言語理解能力を持った、可憐な女性が如何なる価値を持っているのかを。
アメリアはこの世界とは異なる世界ーー異世界から召喚された人間だった。
俄かには信じがたい話ではあるが、この世界の各地に、異世界から召喚された人間の話が残っている。
いずれも、国の救世主となって崇められていた。
アメリアも異世界から召喚されたが、救世主になる事が出来ず、自身を召喚した国から追い出されたらしい。
それから、あちこちの国を旅して安住の地を探した結果、ようやくこの地に腰を据えたとの事だった。
だからか、出会った時から、見た目の割には妙に落ち着いたところのある女性ではあったーーまさか、自分と同じ年齢だったとは思わなかったが。
元々は、コハクを彼女に任せて、ドラゴンである私はこの地から立ち去るつもりだった。だが、彼女の助力を得て、以前とは違うが人間に戻れた。更に、彼女とコハクを含めた三人で「家族」になろうと提案してきた。
これにはさすがに驚いたが、人間に戻れた以上、断る理由が無かった。
それに、彼女につけてもらった「クリスタス」と、彼女に頼まれてつけた「アメリア」が気に入っていたというのもある。
また、一緒に暮らし始めて、アメリアが非常にこの世界についての理解が及んでいない事が判明してーー国から大金を持たされたとはいえ、行く先々で言われるがまま金を支払っていたというのには、さすがに驚かされた。
これは自分が側について、この世界について教えなければ、と密かに決意をしたのだった。
ーー最も、アメリアとコハクと過ごす時間が、何ものにも代え難いくらい、居心地がいいというのが、一番の理由ではある。
だからこそ、この時間をいつまでも大切にしたいと思っている。
自分に出来る事なら、いくらでもーー。
「あっ、そういえば。クリスさん」
クリスが着替えを終えて食卓にやってくると、アメリアが一通の封筒を持ってきた。
「さっきの不審人物の話をしてくれた方が持って来てくれました。宛名はありませんが、差出人が指定してきた特徴や年齢から、クリスさんではないかとのことで」
クリスは封筒を受け取った。封筒には宛名も差出人の名前も無かった。だが、封蝋とそこに押されている印に見覚えがあった。
「この封筒を預かった人は、何にか言っていたか?」
「クリスさんより、歳上の男性と言っていましたよ。割と顔が整っていて、どこかクリスさんに似ていたとか」
「そうか……」
クリスが封筒を見て眉を顰めている事に、アメリアとコハクは気づいていなかった。
無我夢中になって食べるコハクから目を離せず、アメリアはコハクの食べこぼしを布巾で拭き取っていた。
「コハクちゃん。ご飯を食べたら、クリスさんに身体を洗ってもらってね。もうすぐ、お湯も沸けるから」
「え~。おゆ、や~」
ここで、アメリアはようやくクリスの様子に気づいて、首を傾げたのだった。
「クリスさん?」
「あ、アメリアか。何だ?」
「いえ。この後、コハクちゃんと一緒にお湯を浴びて、身体を洗って下さいね」
「ああ。わかった」
クリスは慌てて、封筒をズボンのポケットにしまったのだった。
その様子にアメリアは、また首を傾げたのだった。
そうして、この日の夜は何事もなく、過ぎていったのだった。
大切な「家族」の笑い声だった。
家に戻ってきたクリスタスーークリスはそっと笑みを浮かべた。
暮らし始めてから二カ月が経った。
最初はぎこちなかった三人での生活にも、ようやく慣れてきた。
人間だった頃とは、何もかも違っていた。
まず、自分の身体。
人間だった頃よりも、身長が頭一つ分以上伸びた。それによって、視界が変わった。
身長が伸びれば、手足も長くなった。身体の肉付きがより男性らしくなった。人間だった頃は、なかなか、筋肉が付かない事が悩みだった。
一年半程、ドラゴンだった間に、かなり髪が伸びたーーそれが関係しているのか否かは、甚だ疑問ではある。髪は長さだけではなく、色も変わったからだ。
手入れに苦労していると、やがて「家族」が手伝ってくれるようになった。
こうやって、誰かに髪を拭いてもらうのも、梳かしてもらうのも、首の後ろで一つに結われるのも、始めてだった。
髪だけではなく、「家族」は身体の至るところに浮かんでいる鱗の手入れも手伝ってくれた。
手入れを手伝ってもらう度に、「鱗の隙間に入った砂埃を取るのが大変」と、愚痴を漏らしていた。
しかし、手入れをする手は止めなかった。
手入れが終わった後に、「家族」が手入れしてくれた鱗に触れると、硬質で冷たい鱗が、何故か熱を帯びているように感じられた。
そうして、生活も違った。
朝は起きて、顔を洗い、軽く身体を洗ったら、三人で朝食を摂る。それから、近くの村で畑仕事を手伝う。
村の人間ーー村人の大半が、年寄りであった。には、あっさり受け入れられた。
「家族」が事前に話を通してくれた事と、村で若い男手が不足していた事もあるのだろう。
毎日、日替わりで畑仕事や力仕事を手伝う。そこで、食糧や日用品など、三人で生活するのに必要な品を、必要な分だけ分けてもらう。
そうして、夕方になると自宅に戻る。
最初は恥ずかしかった「ただいま」も、「おかえりなさい」と出迎える「家族」にも、ようやく慣れてきた。
ーーそれでも、まだ羞恥が勝る時があるが。
夕飯が完成すると、また三人で食卓を囲む。
その後、湯が沸くと、汚れた身体を洗う。
時折、「パパ~。や~」と、嫌がる「家族」も一緒に洗って。
寝る前に「家族」とたわいのない談笑をして、まだまだ無知な「家族」にこの世界について教えて過ごす。
夜が更けてくると、また三人で眠る。
誰かに「おやすみ」と言うも、ようやく慣れた。「おやすみなさい」と返されるのも。
人間だった頃は、一人で寝る事が当たり前で、誰かに言ったことがなかった。
新しい事尽くしで、新鮮な事だらけであった。
この生活が長く続けばいいと思っていた。
あの日まではーー。
外にまで漏れ聞こえてくる「家族」の声を微笑ましく思いながら、ドアをそっと開ける。
「ただいま。戻ったぞ」
声を掛けると、「家族」の声は一度、ピタリと止む。そうして、すぐに軽やかな足音が近いて来る。
「パパ、おかえりなしゃい!」
「ただいま。コハク」
足に抱きついてくる金色の髪の少女を、優しく愛撫する。
少女は顔を上げると、オレンジ色ーーもう一人の「家族」によると、コハク色と言うらしい。を、嬉しそうに細めたのだった。
「おちぃごと、おちゅかれしゃま!」
「コハク、そんな言葉を覚えたのか?」
「うん」と嬉しそうに何度も金色の髪を揺らして頷く少女ーーコハクを、抱き上げた。
「そうか。偉いぞ! コハク!」
「えへへ。パパにぃ、ほめられちゃた!」
嬉しそうに抱きつき返してくるコハクを見ていると、出会ったばかりの頃が遠い昔の事の様に感じられる。
実際には、半年も経っていないというのに。
出会ったばかりのコハクは、とにかく、何も出来なかった。
話す事や文字の読み書きはおろか、食べる事、飲む事、一人で歩く事、着替える事、歯を磨く事、身体を洗う事、排泄さえ、何もかも。
当時はまだドラゴンだったから、教えられることはそう多くなかった。
ただ、四つん這いになりながらやって来て、腹が減ったと身振りと態度で言われて、とりあえず食べ物を取ってきて渡せば、手掴みするも食べ方がわからないと、また態度と身振りで言われれば、心配にもなった。
自分に教えられる事は、全て終えたつもりだった。
幸いにも、森で魔物に殺された旅人や騎士達、ドラゴンに喰われて自死しようとした者ーー全て追い払ったが。の荷物を利用させてもらった。
コハクは非常に物覚えが良かった。
教えた事は瞬く間に吸収していったーー見様見真似で教えられなかったのが、心残りだが。
そうして、これならコハクを人前に出せると思ったからこそ、もう一人の「家族」に託してーー当時はまだ他人だったが。ドラゴンである自分は、二人の邪魔をしないように森から立ち去るつもりだった。
だが、何の因果かドラゴンから人間に戻れたかと思えば、もう一人の「家族」に説得されて、コハクを含めた三人で「家族」になった。
ーー無論、嫌ではない。二カ月が経っても、まだまだ照れ臭いだけだ。
「家族」につけてもらったクリスタスーー「クリス」と呼ばれる事や、最近、ようやく「パパ」と呼んでくれるようになったコハク達との生活が。
一緒に生活するようになって、コハクはずっと「ドラゴンさん」と「おねえさん」と呼んでいたーーそう呼ぶように言ったのは、私だから仕方がないのだが。
「家族」の教育の影響もあって、最近ようやく、「パパ」と呼んでくれるようになった。
またまだ呼ばれ慣れないからか、呼ばれる度に、こそばゆい気持ちになるが。
やがて、私達の声を聞きつけて、もう一人の「家族」が顔を出した。
「おかえりなさい。クリスさん」
「ああ。ただいま戻った」
もう一人の「家族」ーーアメリアは、安心したように微笑んだ。
「最近、帰りが遅いので、心配していました。村の仕事が忙しいんですか?」
「ああ……まあ、そんなところだ」
肩に掛けた袋ごと、今日一日働いて受け取った報酬ーー主に食糧だ。をアメリアに渡す。アメリアは中身を確認すると、口元を緩めた。
「もう、夕飯の支度は出来ていますが、すぐに食べますか?」
「ああ、着替えたら、すぐに食べよう」
「パパ~。おなかしゅいたよ~」と肩を揺すってくるコハクにせがまれて、アメリアと顔を見合わせて笑い合う。
「はいはい。じゃあ、コハクちゃんはこっちでクリスさんを待っていようね」
アメリアはコハクを受け取ると、床に降ろした。コハクをテーブルまで誘導しながら、アメリアは思い出したように告げた。
「ああ、そういえば。さっき、郵便物を届けに来てくれた村の人に聞いたんですが、最近、村周辺に、身なりの良い見慣れない男性がよく来るそうです」
「そう……か」
「一応、物盗りや人攫いの可能性もあるから気をつけてねって事でした。クリスさんは知っていましたか?」
「いや、聞いていなかったが」
アメリアに背を向けて、上着を脱ぎながら答えた。
「怪しいですよね……。コハクちゃんに何も無ければいいのですが。防犯ブザーはこの世界には無いようですし。代用品あったかな?」
「コハクもだが、アメリアも気をつけた方がいい。貴方も、人攫いには格好の獲物だ」
「えっ!? そうですか?」と、驚くアメリアを見ていると、益々、不安になる。アメリアは自分の価値がわかっていない。
ーー異なる世界からやってきて、この世界における全ての言語理解能力を持った、可憐な女性が如何なる価値を持っているのかを。
アメリアはこの世界とは異なる世界ーー異世界から召喚された人間だった。
俄かには信じがたい話ではあるが、この世界の各地に、異世界から召喚された人間の話が残っている。
いずれも、国の救世主となって崇められていた。
アメリアも異世界から召喚されたが、救世主になる事が出来ず、自身を召喚した国から追い出されたらしい。
それから、あちこちの国を旅して安住の地を探した結果、ようやくこの地に腰を据えたとの事だった。
だからか、出会った時から、見た目の割には妙に落ち着いたところのある女性ではあったーーまさか、自分と同じ年齢だったとは思わなかったが。
元々は、コハクを彼女に任せて、ドラゴンである私はこの地から立ち去るつもりだった。だが、彼女の助力を得て、以前とは違うが人間に戻れた。更に、彼女とコハクを含めた三人で「家族」になろうと提案してきた。
これにはさすがに驚いたが、人間に戻れた以上、断る理由が無かった。
それに、彼女につけてもらった「クリスタス」と、彼女に頼まれてつけた「アメリア」が気に入っていたというのもある。
また、一緒に暮らし始めて、アメリアが非常にこの世界についての理解が及んでいない事が判明してーー国から大金を持たされたとはいえ、行く先々で言われるがまま金を支払っていたというのには、さすがに驚かされた。
これは自分が側について、この世界について教えなければ、と密かに決意をしたのだった。
ーー最も、アメリアとコハクと過ごす時間が、何ものにも代え難いくらい、居心地がいいというのが、一番の理由ではある。
だからこそ、この時間をいつまでも大切にしたいと思っている。
自分に出来る事なら、いくらでもーー。
「あっ、そういえば。クリスさん」
クリスが着替えを終えて食卓にやってくると、アメリアが一通の封筒を持ってきた。
「さっきの不審人物の話をしてくれた方が持って来てくれました。宛名はありませんが、差出人が指定してきた特徴や年齢から、クリスさんではないかとのことで」
クリスは封筒を受け取った。封筒には宛名も差出人の名前も無かった。だが、封蝋とそこに押されている印に見覚えがあった。
「この封筒を預かった人は、何にか言っていたか?」
「クリスさんより、歳上の男性と言っていましたよ。割と顔が整っていて、どこかクリスさんに似ていたとか」
「そうか……」
クリスが封筒を見て眉を顰めている事に、アメリアとコハクは気づいていなかった。
無我夢中になって食べるコハクから目を離せず、アメリアはコハクの食べこぼしを布巾で拭き取っていた。
「コハクちゃん。ご飯を食べたら、クリスさんに身体を洗ってもらってね。もうすぐ、お湯も沸けるから」
「え~。おゆ、や~」
ここで、アメリアはようやくクリスの様子に気づいて、首を傾げたのだった。
「クリスさん?」
「あ、アメリアか。何だ?」
「いえ。この後、コハクちゃんと一緒にお湯を浴びて、身体を洗って下さいね」
「ああ。わかった」
クリスは慌てて、封筒をズボンのポケットにしまったのだった。
その様子にアメリアは、また首を傾げたのだった。
そうして、この日の夜は何事もなく、過ぎていったのだった。
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