ひこうき雲

みどり

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パフェ食べたいです③トシコ

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県外からの出張の帰り

ショウコとあいは高速バスを利用した。


「あっ」

乗車時のチケット確認の際

あいは見覚えのある運転手に会った。

それは、数ヶ月前に会ったレンだった。

数ヶ月前に乗車した時と同じ時刻のバスだということすら

気づかずにいた。

「何?忘れ物?」ショウコが言った。

「いえ、何でもないです。」

レンは何も反応せず、マニュアル通りに対応した。


あいは窓側、ショウコは通路側の席に座った。


「あいはいつもバスに乗ったら寝るよね?寝不足なの?」

「あ、いえ。部活の遠征とかでバスとか車乗ったらいつも寝てたんですよ。」

「ふ~ん、そうなんだ。最近バレー行けてないけど、行きたい?」

「いや、大丈夫ですよ。社員として一人前になるのが先です。」

あいは笑顔で言った。

「私と一緒の時は気を遣わずに好きにしていいわよ。」

「はい、ありがとうございます。ショウコさんも気を遣わないでいてくださいね。」

数時間後、ショウコは寝ているあいに気を遣うこと無く、何も言わずに先にバスを降りた。


終点のアナウンスをする時間になった。

今日の車内には、あいの他4~5名の乗客がいた。

レンは通常の放送の後、あいに向けて

「もうすぐ終点に着きますよ。寝ている方、起きてください。」

と、少し大きめの声で言った。

レンに悪気はなかったが、スピーカーから聞こえてきた波動を受けて

眠っていたあいも、イヤホンをしていた乗客も身体がビクッとなり姿勢を正した。

「あれ?ショウコさん⁇」


後部座席にいたあいは最後にバスを降りた。

外は雨がザーザー降っていた。

「トシコさんに電話してみよう。」

あいはカバンの中からスマホを取り出した。



「久しぶりだね、あいちゃん。私のこと覚えていてくれて、ありがとう。」

トシコは以前会った時と少しも変わっていなかった。


「あの、さっきレンさんに会いました。それで、トシコさんのこと思い出したんです。」

「あら、そうなの。レンちゃんの名前も覚えててくれたのね。」

「レン、だから。覚えやすいです。あの、もしよかったら、トシコさんのお話聞かせてもらってもいいですか?」

「私の話?何も面白いことなんかないわよ。」

トシコはルームミラー越しにあいに言った。

「そうねぇ、あ、ひとつ面白いのがあったわ。」

「聞きたいです。」


「私とレンちゃんはたまに会ってるの。時々メールがくるの。何て言ってくると思う?」

「パチンコでも言ってるんですか?」

「パフェ食べたいです、ってメールがくるの。」

「それ、本当ですか?」

あいはゲラゲラ笑った。

「あの顔でパフェなんておかしいでしょう?

 ひとりで店に入るの恥ずかしいから一緒に来てください、って言うの。」

「一番結びつかないです。」

あいはまだ笑っていた。

「今度あいちゃんも一緒に行かない?パフェ食べに。」

「トシコさんが一緒ならいいです。」

あいは興味なさそうに言った。

「レンちゃんはきっとあいちゃんのことが好きだと思うな。」

「今日はちょうどあります!」とあいは笑顔で言った。

財布の中の小銭を数えていたあいに、トシコの言葉は聞こえていないようだった。

あいはそのままタクシーを降りた。



数日後

残業で帰るのが遅くなったショウコはトシコに電話した。

タクシーはすぐ到着した。


「すみません。あいに電話番号聞きました。ショウコです。」

「ご利用ありがとうございます。」

タクシーは走り出した。


「あいちゃんは良いコですね。」

「はい。ちょっと変わってますけど。私あのコのお陰で営業成績上がったんですよ。」

「そうなんですか。あっそうだ。

 今度あいちゃんと休みが合ったらパフェでも食べに行こうかって言ってるんですけど。

 ショウコさんもご一緒にいかがですか?」

「あい、パフェなんか食べるんですね。私と一緒の時は定食ばかりですけど。」


「パフェが好きな友人がいるんです。」

「もうひとり行くんですか?その人、おじさんですか?」

ショウコの眉間にシワが寄った。

「いえいえ。年の頃はちょうどショウコさんくらいですよ。」

「息子さんですか?あの、お気持ちはわかりますが、そういうのやめてもらえませんか?

 あのコから紹介して欲しいって言ったんじゃないんですよね?」

ショウコの声は怒っているように聞こえた。


「お気を悪くされたなら、ごめんなさいね。そういうんじゃないんですよ。」

「じゃぁ、何ですか?あのコ私の相棒なんですよ。

 変なことになって、あのコに今辞められたら、困ります。」

「なんだか、ブラック企業の上司みたいな言い方ですね。」

「あっ、ごめんなさい。あいは私の所有物じゃないのに。」

それっきり、ショウコは黙ってしまった。


程なくして、タクシーはショウコの家に着いた。


精算を終えたショウコは

「私もパフェ食べたいです。呼んでください。」と言った。

「わかりました。また、連絡しますね。」
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