ひこうき雲

みどり

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海に映る月

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古代ギリシャ


貴族の息子コウマンチキーは

自分の身分に慢心して

暴君となっていました。


使用人にも冷たくあたり

両親は大変困っていました。

コウマンチキーは誰の言うことも聞かず

悪の限りを尽くしていました。


昼間、悪友と街に出ては

街の人々を困らせていました。

人々は泣き寝入りする他なかったのです。


いつものように暇つぶしに街へ出た時

通りの隅にいた、花売りの娘

トミーヌが目にとまります。


コウマンチキーはトミーヌを屋敷に無理矢理

連れていこうとしました。


気立の良い娘は街の人気者でした。

周りの者たちは助けたくても

助けられませんでした。

ただ見ているだけしかできなかったのです。


コウマンチキーに腕を掴まれた

トミーヌは言いました。


「私にはまだ幼い弟妹がおります。あなたに付いて行くことはできません。どうか私の代わりにこれをお持ち帰りくださいませ。」

トミーヌは髪を結んでいた布切れと持っていた花を一輪コウマンチキーに差し出しました。


自分の思い通りにならなかったことは今まで一度もなかったコウマンチキーは今回も引き下がるはずがありません。悪友たちもトミーヌを脅し、コウマンチキーに加勢します。


「どうか、お許しください。」

トミーヌの澄んだ瞳を見たコウマンチキーに良心のかけらが生まれました。


『娘に手荒なマネは出来ない』

コウマンチキーは手を離すとその場を後にしました。

「どうしたんだよ?」

悪友たちはコウマンチキーを追いかけます。


街の人たちはトミーヌにかけ寄り

彼女の無事を心から喜びます。


その夜


海辺の屋敷に住むコウマンチキーは

トミーヌにもらった布切れを持って

プライベートビーチに出ました。


辺りは波の音しかなく

空の月が海に映っています。


彼女にもらった花はコウマンチキーの部屋の窓辺で

月に照らされていました。


コウマンチキーは砂浜で

天に向かって

トミーヌへの思いの丈を

放ちます。


足下ではいつもと変わりなく

波が打ち寄せては返ります。



それから、毎日


コウマンチキーは昼間トミーヌのもとで

花を一輪買うようになりました。

大金を積んだり高額なプレゼントを渡そうとしましたが

彼女はいつも花一輪の代金しか受け取りませんでした。


コウマンチキーは花を買って帰ると

自分の部屋の窓際に飾り

頬杖をついて空を眺めていました。


そして

夜になると砂浜で詩を読んでいました。


同じ頃

トミーヌは空に向かって

コウマンチキーが街の人々に愛される貴族になるよう

祈っていました。



そんなふたりを

天の神さま方は見ておられました。


「あの娘は人のことや街の平和を願っておる。良い娘ではないか。」

「だが、しかし、あの男は何だ。自分のことしか考えてない。気持ち悪い詩を毎夜毎夜こちらに向かって叫んでおる。」

「少しイタズラしましょう。」


ひとりの神さまがニヤリと笑うと

人差し指をコウマンチキーに向けました。


晴れた満月の夜に

突然の落雷


コウマンチキーの髪の毛は焼け落ちてしまいました。

そして、脳の一部、ポエムを生む部分も消滅し

現実しか見えなくなってしまいました。


両親をはじめ

屋敷の者たちが心配して

コウマンチキーのもとに

駆けつけました。


コウマンチキーは髪の毛がなくなっただけで

不思議とどこも負傷していませんでした。



それから


コウマンチキーは人が変わったように

街の人のために働くようになります。

悪友たちは去っていきました。


トミーヌはやがて

恋人と結婚します。


コウマンチキーは

現実を見て

涙を流しますが

祝福します。



天の神さまは言いました。

「いつか時代を変え、名を変えて、巡り会うこともあるかもしれません。」



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