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第1環 不幸と初仕事
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この部署に、新たに新人が入って来た。上にいる奴らも、この忙しい現状を考え、新人を雇う事を決めたのだろう。雇うならもっと早くしてくれたら助かったのに。
だが、どの道俺には関係が無い。俺は単純に愛想笑いを振り撒いて、死者達の接待をするのだから。…そう思っていた矢先、
「はい、こちら今日から配属される天邪鬼さん。今日が初仕事だから、しっかりと教えてね。こっちは関戸石。わからない事があったら、彼に聞くといい」
「え?ちょっと待って下さ………」
「大丈夫大丈夫、今日だけだから。じゃ、後は頼んだよー」
「待てっつってんだろクソ上司ーー!!!」
唐突に放るにも放れない仕事が降って押し付けられた。
振り向いた先には、卸したてであろう制服に身を包み、可愛らしい仕草で首を傾げる新人の姿がそこにあった。
「……という感じが、俺とお前が担当している仕事だ。わかったか?」
「…何語ですか?」
「………日本語だ」
開始早々頭が痛くなってきた…。
「これで何度目だ?」
「2度目です!」
「5回目だ!」
「アイターッ!?打つことないじゃないですか!」
「お前が理解してくれれば打つ必要は無いんだよ」
この新人…天邪鬼だったか、とてつもなく理解が乏しい。もう5度も説明してるのに、周囲に気を取られたり、仕事の書類ぶちまけたりその他諸々etc.
「じゃあ、もう一辺説明するからな。俺たちの主な仕事は、転生希望の死者達の受付だ。相談所と言ってもらえればわかりやすいかもな」
天邪鬼はメモを片手に言った言葉を書き連ねていく。今度はちゃんと聞いているみたいで良かった。
「それで、彼等にはそれぞれ資料がある。転生しても、元の魂自体に変わりは無いからな」
例えば、最初に人として生き、寿命を全うすればそれが記録される。その後、虫に転生すれば2つ目にその記録が残され、次に犬になれば3つ目の欄にそれが記載されていく。
ひとえにそれを、《転生履歴書》と呼んでいる。
「俺たちは死者達の希望を聞きつつ、向こうの世界のバランスが崩れないように調整する必要があるんだ。……ここまでは理解したか?」
「えっ?」
すぐさま手刀を用意。
「あっ、はい!完全に理解しました!」
本当かどうかは定かではないな。
「さて、そろそろ俺達も行くぞ。おかげで時間が取られた」
「面目無いです…」
「謝るのは後だ。えーっと…68251番さん!受付カウンター462番にお越し下さい!」
「こんなデカい建物の中で通じるんですか?」
「さあな」
確かにここはバカが付くほどバカデカい。それでもどういう仕組みかは知らないが、どんなに遠くにいたとしても建物内なら声が届く。
「でも、来るのに時間がかかりそうですね」
遠かったら歩いて来ても結構かかるだろうな。それが混雑の原因になるのだが、上はそれを一向に解決しようとしない。
「それは気長に待つしかないだろ」
「そうですねー……68251番はーっと………」
積み上げたファイルから68251番の履歴書を取り出す。しばらくそれを見回していると、何を思ったか、
「えっと、生前に━━━━して━━して━━━━━された68251番さーーん!!」
「おいコラ!?お前何言ってんだよ!!」
「急がないなら急かすしかないのです!二回目の転生で━━━━に……」
「あんたら何言ってんだーーー!!」
遠くから全速力で駆けてきたらしい。息は上がってるし、顔は貧血と羞恥でよくわからない色をしている。
「あっ、68251番さん。お待ちしておりました」
「お待ちしておりました、じゃないよ!何勝手に人の過去をバラしてんだ!来る途中で周りの目線が痛かったわ!」
俺もいきなりこんな事やらかすなんて想像もしなかったよ。後で報告書かなー……。
「一度死ぬと、今までの転生の記憶も元に戻るのですね」
「ああそうだよ!死ぬ度に過去の羞恥に身を焦がす思いだよ畜生!」
…それはさぞかし辛かろう。
「本日は転生希望の申請をなされましたが、どれに転生なされますか?」
「あー、前回は人間で抽選外れたから虫だったんだよなー…」
下界のバランスを整える為に、どれに転生するかは一定数の基準が決まっている。例えば人間が100、道具が200といった具合で、もしそれを越えれば抽選で決められる。抽選に入れば晴れて希望通りの場所に入れるし、外れればまた人気の無い希望に移る。
「これにも、死因が『子供達によって水没』って書いてありますからね」
「そうだよ……最近の子供達マジやべぇよ…」
前回の死因が、公園で遊んでいる子供達に捕まり、水たまりに沈められて死亡。それはちょっと惨い。この人(?)も軽く肩が震えている。
「…ご愁傷様です」
この人の転生は何度か行っている。転生履歴は人や虫などだいたい9個、最初は日本史の中で多分関わりのありそうな人だが、酒に酔っ払って女に手を出して死んでいる。相手にする人を間違えたようだ。
「では、人間希望でよろしいでしょうか」
「あぁ、それでいい。次はなんとしても普通の生活がしたいな…」
「……またそちら側で━━してお亡くなりにならないように」
「お前は何を言っとるか!」
今更ながらチョップを叩き込む。
「だってこの人の履歴、全部ドス黒いんですもん!普通の生活なんて寝言は寝て言えですよ!」
「それはわかってるよ!それを口に出して言うな!」
「あんたらさっきから失礼じゃない!?」
すぐに終わると思ったら意外とかかる。この新人どうでもいい事につっこんでくる。
「いっつもそうだよ!生まれたら取り違えられるし、黒猫はいつも俺の目の前通るし、カラスは鳴くし事故にはあうし、さっきみたいに過去の事バラされるし、俺の人生損ばかりだよ!」
うわー、面倒臭い闇抱えてたー…。そしてそれは本当に申し訳ない。
「じゃあなんでまた転生するんですか?」
「なんでって?幸せになりたいからだよ!来世になれば、俺は絶対に幸せな生活が送れる!そう思って何度も転生してるのに……」
結果的に悪化してるのが、この履歴書を見れば明らかになっている。途中途中で兆しが見えてはその度に叩き落とされている。波乱万丈の人生だ。
これはどうフォローしたものかなと思考を巡らせていると、天邪鬼が唐突に口を開いた。
「……幸せになりたいのなら、その考え方は止めた方がいいですよ」
「は?」
「いや、その不運にあいやすい性質は、あなたの魂が元々持っている物でしょう?」
そういえばそうだ。『運が悪い』のは、この魂が元々持っている性質の1つなのだ。
魂とは物を形作る『核』となる存在だ。転生して記憶が消えても、その本質も性質も変わることは無い。前世が飲兵衛なら、来世もその本質を受け継ぐと言った風にだ。
「これはあなたの前世までの記録です」
そこには、履歴から書き取ったこれまでの記録が書かれていた。年齢や時代、転生したもの毎にまとめられている。この短時間でこれだけの事をやったのは驚きだ。
「あぁ、どれもこれも、全部不幸な……」
「それは違います」
机から身を乗り出し、正面にいる魂に詰め寄る。
「この中にも、確かに『幸福』が存在してるんです」
「そんなのどこに………」
「少なくとも、今のあなたには見えません。けど、確かにあるんです。ね、先輩」
俺に話を振られても困る。けど、天邪鬼は間違った事は言っていない、それだけは伝わってくる。そして、次に繋げるべき言葉も。
「…そうだな。お客様、あなたの視界は、限られた物しか見ていない。目前の不幸しか見ていないから、小さな幸せにすら気づかない。こいつが言いたいのは、多分そういう事です」
「さっすが先輩!伊達に長い付き合いじゃないですね!」
「俺とお前は今日が初対面だ!」
「テヘッ」
「目前の不幸しか見えてない…か……。そうだよなー…。そういえば、いっつもそうだった。目の前の不幸に怯えて、何にも気付かなかった。自分の不運に嘆いて、何にも出来なかった」
バツの悪そうな表情を浮かべ、頭の後ろを掻いている。この人にも、何度も幸せになる機会があった。ただ、この人の心次第だったのだ。
「そりゃ不幸も寄ってくるよ。こんな辛気臭い顔してたら、良いもんも悪くなる。そうだな、もしあんたみたいなのがいたら、一緒に酒でも飲みたいよ」
「祝い酒なら是非」
「あんがとな。んじゃ、後は頼むわ」
「はい。新たな門出になることを願っていますよ」
こうして、不幸を抱えすぎた魂を、1人送り出す事は出来た……が。
「お前は勝手な事が多いんだよ!」
「ギャアアアアアア!?痛い痛い痛い!!」
いくら今日だけだとしても、この自由さは如何なものか。今は天邪鬼の頭を両拳で高速グリグリしている所だ。
「いいじゃないですか…、今日の仕事も無事終わったんですからー」
「こっちは無事じゃすまないんだよ!」
あれから何人か手続きを通すときにも、いらん事言って混乱を招いていた。今日は報告書を書き続けなければならない。
ああもう、今日の不幸はこいつと仕事をさせられた事だ………。小さな幸せすら見つかりそうにないな。
能天気に笑う新人を見ながら、俺は肩を落とすしかなかった。
だが、どの道俺には関係が無い。俺は単純に愛想笑いを振り撒いて、死者達の接待をするのだから。…そう思っていた矢先、
「はい、こちら今日から配属される天邪鬼さん。今日が初仕事だから、しっかりと教えてね。こっちは関戸石。わからない事があったら、彼に聞くといい」
「え?ちょっと待って下さ………」
「大丈夫大丈夫、今日だけだから。じゃ、後は頼んだよー」
「待てっつってんだろクソ上司ーー!!!」
唐突に放るにも放れない仕事が降って押し付けられた。
振り向いた先には、卸したてであろう制服に身を包み、可愛らしい仕草で首を傾げる新人の姿がそこにあった。
「……という感じが、俺とお前が担当している仕事だ。わかったか?」
「…何語ですか?」
「………日本語だ」
開始早々頭が痛くなってきた…。
「これで何度目だ?」
「2度目です!」
「5回目だ!」
「アイターッ!?打つことないじゃないですか!」
「お前が理解してくれれば打つ必要は無いんだよ」
この新人…天邪鬼だったか、とてつもなく理解が乏しい。もう5度も説明してるのに、周囲に気を取られたり、仕事の書類ぶちまけたりその他諸々etc.
「じゃあ、もう一辺説明するからな。俺たちの主な仕事は、転生希望の死者達の受付だ。相談所と言ってもらえればわかりやすいかもな」
天邪鬼はメモを片手に言った言葉を書き連ねていく。今度はちゃんと聞いているみたいで良かった。
「それで、彼等にはそれぞれ資料がある。転生しても、元の魂自体に変わりは無いからな」
例えば、最初に人として生き、寿命を全うすればそれが記録される。その後、虫に転生すれば2つ目にその記録が残され、次に犬になれば3つ目の欄にそれが記載されていく。
ひとえにそれを、《転生履歴書》と呼んでいる。
「俺たちは死者達の希望を聞きつつ、向こうの世界のバランスが崩れないように調整する必要があるんだ。……ここまでは理解したか?」
「えっ?」
すぐさま手刀を用意。
「あっ、はい!完全に理解しました!」
本当かどうかは定かではないな。
「さて、そろそろ俺達も行くぞ。おかげで時間が取られた」
「面目無いです…」
「謝るのは後だ。えーっと…68251番さん!受付カウンター462番にお越し下さい!」
「こんなデカい建物の中で通じるんですか?」
「さあな」
確かにここはバカが付くほどバカデカい。それでもどういう仕組みかは知らないが、どんなに遠くにいたとしても建物内なら声が届く。
「でも、来るのに時間がかかりそうですね」
遠かったら歩いて来ても結構かかるだろうな。それが混雑の原因になるのだが、上はそれを一向に解決しようとしない。
「それは気長に待つしかないだろ」
「そうですねー……68251番はーっと………」
積み上げたファイルから68251番の履歴書を取り出す。しばらくそれを見回していると、何を思ったか、
「えっと、生前に━━━━して━━して━━━━━された68251番さーーん!!」
「おいコラ!?お前何言ってんだよ!!」
「急がないなら急かすしかないのです!二回目の転生で━━━━に……」
「あんたら何言ってんだーーー!!」
遠くから全速力で駆けてきたらしい。息は上がってるし、顔は貧血と羞恥でよくわからない色をしている。
「あっ、68251番さん。お待ちしておりました」
「お待ちしておりました、じゃないよ!何勝手に人の過去をバラしてんだ!来る途中で周りの目線が痛かったわ!」
俺もいきなりこんな事やらかすなんて想像もしなかったよ。後で報告書かなー……。
「一度死ぬと、今までの転生の記憶も元に戻るのですね」
「ああそうだよ!死ぬ度に過去の羞恥に身を焦がす思いだよ畜生!」
…それはさぞかし辛かろう。
「本日は転生希望の申請をなされましたが、どれに転生なされますか?」
「あー、前回は人間で抽選外れたから虫だったんだよなー…」
下界のバランスを整える為に、どれに転生するかは一定数の基準が決まっている。例えば人間が100、道具が200といった具合で、もしそれを越えれば抽選で決められる。抽選に入れば晴れて希望通りの場所に入れるし、外れればまた人気の無い希望に移る。
「これにも、死因が『子供達によって水没』って書いてありますからね」
「そうだよ……最近の子供達マジやべぇよ…」
前回の死因が、公園で遊んでいる子供達に捕まり、水たまりに沈められて死亡。それはちょっと惨い。この人(?)も軽く肩が震えている。
「…ご愁傷様です」
この人の転生は何度か行っている。転生履歴は人や虫などだいたい9個、最初は日本史の中で多分関わりのありそうな人だが、酒に酔っ払って女に手を出して死んでいる。相手にする人を間違えたようだ。
「では、人間希望でよろしいでしょうか」
「あぁ、それでいい。次はなんとしても普通の生活がしたいな…」
「……またそちら側で━━してお亡くなりにならないように」
「お前は何を言っとるか!」
今更ながらチョップを叩き込む。
「だってこの人の履歴、全部ドス黒いんですもん!普通の生活なんて寝言は寝て言えですよ!」
「それはわかってるよ!それを口に出して言うな!」
「あんたらさっきから失礼じゃない!?」
すぐに終わると思ったら意外とかかる。この新人どうでもいい事につっこんでくる。
「いっつもそうだよ!生まれたら取り違えられるし、黒猫はいつも俺の目の前通るし、カラスは鳴くし事故にはあうし、さっきみたいに過去の事バラされるし、俺の人生損ばかりだよ!」
うわー、面倒臭い闇抱えてたー…。そしてそれは本当に申し訳ない。
「じゃあなんでまた転生するんですか?」
「なんでって?幸せになりたいからだよ!来世になれば、俺は絶対に幸せな生活が送れる!そう思って何度も転生してるのに……」
結果的に悪化してるのが、この履歴書を見れば明らかになっている。途中途中で兆しが見えてはその度に叩き落とされている。波乱万丈の人生だ。
これはどうフォローしたものかなと思考を巡らせていると、天邪鬼が唐突に口を開いた。
「……幸せになりたいのなら、その考え方は止めた方がいいですよ」
「は?」
「いや、その不運にあいやすい性質は、あなたの魂が元々持っている物でしょう?」
そういえばそうだ。『運が悪い』のは、この魂が元々持っている性質の1つなのだ。
魂とは物を形作る『核』となる存在だ。転生して記憶が消えても、その本質も性質も変わることは無い。前世が飲兵衛なら、来世もその本質を受け継ぐと言った風にだ。
「これはあなたの前世までの記録です」
そこには、履歴から書き取ったこれまでの記録が書かれていた。年齢や時代、転生したもの毎にまとめられている。この短時間でこれだけの事をやったのは驚きだ。
「あぁ、どれもこれも、全部不幸な……」
「それは違います」
机から身を乗り出し、正面にいる魂に詰め寄る。
「この中にも、確かに『幸福』が存在してるんです」
「そんなのどこに………」
「少なくとも、今のあなたには見えません。けど、確かにあるんです。ね、先輩」
俺に話を振られても困る。けど、天邪鬼は間違った事は言っていない、それだけは伝わってくる。そして、次に繋げるべき言葉も。
「…そうだな。お客様、あなたの視界は、限られた物しか見ていない。目前の不幸しか見ていないから、小さな幸せにすら気づかない。こいつが言いたいのは、多分そういう事です」
「さっすが先輩!伊達に長い付き合いじゃないですね!」
「俺とお前は今日が初対面だ!」
「テヘッ」
「目前の不幸しか見えてない…か……。そうだよなー…。そういえば、いっつもそうだった。目の前の不幸に怯えて、何にも気付かなかった。自分の不運に嘆いて、何にも出来なかった」
バツの悪そうな表情を浮かべ、頭の後ろを掻いている。この人にも、何度も幸せになる機会があった。ただ、この人の心次第だったのだ。
「そりゃ不幸も寄ってくるよ。こんな辛気臭い顔してたら、良いもんも悪くなる。そうだな、もしあんたみたいなのがいたら、一緒に酒でも飲みたいよ」
「祝い酒なら是非」
「あんがとな。んじゃ、後は頼むわ」
「はい。新たな門出になることを願っていますよ」
こうして、不幸を抱えすぎた魂を、1人送り出す事は出来た……が。
「お前は勝手な事が多いんだよ!」
「ギャアアアアアア!?痛い痛い痛い!!」
いくら今日だけだとしても、この自由さは如何なものか。今は天邪鬼の頭を両拳で高速グリグリしている所だ。
「いいじゃないですか…、今日の仕事も無事終わったんですからー」
「こっちは無事じゃすまないんだよ!」
あれから何人か手続きを通すときにも、いらん事言って混乱を招いていた。今日は報告書を書き続けなければならない。
ああもう、今日の不幸はこいつと仕事をさせられた事だ………。小さな幸せすら見つかりそうにないな。
能天気に笑う新人を見ながら、俺は肩を落とすしかなかった。
応援ありがとうございます!
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