転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

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本編

11.2日目/朝

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 視界を閉ざしていても、音と気配が遠ざかっていくのが分かる。瑛士君の周りで仄かに温まった空気も動いてふわっと後ろに流れていった。

 しん、と静まった室内が辛い。

 何でも良い。空気を変える一言が欲しい。漫画ならこういう場合「もぉー何見せてんのよ! バカバカ!」とか言ってそうだが、俺でもチャラけて言えば通用するだろうか。いや待て、瑛士君が乗ってくれなきゃ大惨事になる。

「…………あー……クソだせぇ」

 重々しい溜め息のような声にビクつく。顔を上げ、そうっと肩越しに瑛士君を覗えば、ベッドで頭を抱えるように片手で顔を覆っていた。良かった、俺じゃない……だろうとは思った。絶句してドン引きするパターンはあっても、人に向かってダサいなんて言うような人ではない。

「痣作ってんの見つけた瞬間、何でかフィーに捨てられるって焦った……何これ、どういう感情?」
「っええ……?」
「意味分かんねーよな。俺も分かんねーし」

 逆はあってもそれはない。絶対ない。頼れる人間が他に居ないからというのが一番あり得そうだけれど、既に言葉を習得した瑛士君はたとえ俺が居なくても十分この世界を渡っていけるだろう。だからきっと心の問題だ。居ないと寂しい、そんな風に思ってもらえているのならちょっと……いや最高に嬉しい。不謹慎かな。

 うんうん唸りつつ悩む瑛士君だが、張り詰めたような雰囲気は既に緩んでいる。その事に安堵しながら俺はそそくさと身体を拭いた。深く考えるにも服を着ないことには落ち着かない。

「なんかさー。幻滅される位なら、フィー置いて俺一人で来れば良かったとも思ったんだよなぁ」
「えっ、それ酷くない? 幻滅とかしないって」

 イマジナリーフレンド化して満足されてしまっては困る。うん、と短く頷いてはくれたが、生身の俺の立場はかなり危ういようだ。俺こそ余計な面倒かけて「帰れ」とか言われないように気をつけないと。

「――俺、フィーに言いそびれてる事あるんだ」

 新しい上衣に頭を通すタイミングで言われた。え? と首を反らした煽る角度で返事をしたので、瑛士君には結構間抜けた顔を晒していたと思う。

「そのうち聞いてくれるか?」
「何でも聞くけど……そのうち?」
「今言うと、ただの愚痴になりそうだから言わない。ちゃんと整理出来てからにする。そうだな……王都に着いたら聞いて」
「うん」

 何だろう。袖に腕を通しながら考えた。愚痴、不満。俺にしてもこの世界にしても心当たりが多過ぎる。高校生の頃って何考えてたっけ? 友達とオンラインゲームで集い、バトルロイヤルばかりに心血を注いていた気がする。中学卒業で瑛士君という絶対的な日々の潤いを失った俺はたぶん燃えカスだった。駄目だ、ちっとも参考にならない。

 そっちも非常に気にかかるが……どうにも座りが悪く、手足をモジモジさせながら我慢出来ずに瑛士君に言った。

「エイジ、服着た? 風邪引くよ」
「え、寝る時着る派? 邪魔じゃん」

 ネルトキキルハ。謎にカタカナ変換された言葉を噛み砕いて飲み下すと、欧米に気触れた日本文化にふつふつと怒りが湧いてきた。名作と呼ばれた数々の海外映画に憎しみを抱く。寝る時着ない派とやらが世に横行してしまったのはそれらの影響が大きいと思うのだ。おかげで、この苦行のような夜がこの先何日も続くのが確定したのだ。怒ったって良いだろう。ギリリィと歯軋りした――その時、俄かにプツンと音がした。

 長いこと極度の緊張を強いられた俺の脳は感情の振り幅に耐え切れず、強制シャットダウンを決めたらしい。ごちゃついた思考が途絶え、一瞬にして数多の煩悩が消えていく……何かもういいや、いいよ、寝よ。無言のままごそごそと布団に潜り込む。

「は? フィー? 寝んの?」

 瑛士君の言葉すら耳には届かない。これを人は虚無と呼ぶのだろうか。半裸の瑛士君もベッド脇に置いたままのバケツも何もかもを放棄して、俺は無責任に目蓋を閉じたのだった。









「――フィー」

 それはとても心地良い音だったのに、勝手に眉が寄った。

「フィー、起きて」

 条件反射で口も開けずに返事をした。「ふん」か「うん」かは定かでなくとも、それっぽい音だけ出せばニュアンスは伝わるだろう。不精な返答をクスクス笑う声がする。

「まだ寝る? 時間はあるけど、商店とか見なくて良い?」

 体感としては二ミリ程、控えめに開けた視界に瑛士君が映る。途端に意思とは関係なしにクワッと目が開く。寝起きから頭をぶん殴られた並みの衝撃だ。

「あ、起きた。香辛料、気になってたろ? 行く?」
「っ行く」
「じゃあ行こ」

 ご丁寧にもこちらに向きを合わせ、崩した頬杖をそのままセルフ腕枕にしたような格好でベッドに頭を乗せる瑛士君が、朝日を浴びて輝いている。なんて神々しい姿だろう。寝起きなのを考慮してか、いつもよりのんびりとした口調なのも良い。

「めっちゃ見てくんじゃん。寝ぼけてんの?」
「わ、ごめん……」

 慌てて身体を起こす。はぁ、凄まじい吸引力だった。ごくごく自然に見惚れてしまった。なんか……すごかった。指一本触れずにご馳走様でしたと言わせてしまえそうな説得力を感じた。瑛士君ならモーニングコールだけで一財産築くのも夢ではない。

 最速で支度を済ませ、宿屋を後にする。次の経由地までの乗り合い馬車が昼にしか出発しないので、元々午前中は空き時間だったのだが、ゆっくり寝るか、それまでブラつくかは気分にしようとハッキリ決めていなかった。

 ゆっくりと歩く街中はファンタジーっぽい。石造りの建物が並ぶのは俺の住む町と大差はなかった。それでも全体的な色味とか個々の店の特色で違う町なんだなーという印象を受ける。

「フィー、いつも早起きしてんのに珍しいよな」
「それは俺も驚いてる。普段なら勝手に目が覚めるのに」

 環境で簡単に左右されるらしい。前世の俺は起きるのが苦手だったし。二度寝、三度寝は常習だった。

「昨日もいきなり落ちるし。寝るのが遅いせいかもなー」

 その辺りはデリケートなのであまり触れないで欲しい。適当な相槌を打ちつつ、話題を変えようと辺りをキョロキョロ見渡すと、幸いにも香辛料を売ってそうな店が目についた。

 メインは乾物で、香辛料もチラホラ置いてある店だった。店の前から既にエスニックっぽい独特の香りが漂っている。小瓶を拭いていた店の人にネーズが見たいと伝えると、快く教えてくれた。

「あー……何だろ、嗅いだ事あるな。こんな匂い」

 瑛士君が手にした小瓶の口を向けられ、俺もそのまま嗅いでみる。思い切りよく吸い込み過ぎたのか、派手に噎せてしまった。というか、かなりエグい匂いがする。平気そうに何度も嗅ぎながら、同時に俺の背中を叩いてしまえる瑛士君は流石という他ない。

「名前まで思い出せねーけど、たぶんスープとかに使ってたやつに似てる。これは別に使わないかな」
「ニンニクっぽい香辛料ないか一応聞いてみようか」

 ごめん。正直俺、それ加齢臭っぽい匂いだと思った。思ったからと全てを口にしない方が良いくらいの分別はあるが、買って帰ろうと言われなくてホッとした。鞄に入れて衣服に臭いが染みついたらと考えるだけで恐ろしい。おじさんを一度経験しただけに敏感になってしまっているんだろうか。

 しかし俺達には、ニンニクの匂いを言語化するという高難易度な試練が待ち受けていた。肉の臭みを消したり、食欲をそそるような……あの独特の風味を表現できるだけの言葉を持ちあわせていない。後は消去法で「甘くはない」「爽やかでもない」とあれこれ候補を挙げてもらったが、結局徒労に終わった。付き合わせてしまった詫び代わりに買った干し茸を手に、店を後にしたのだった。


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