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本編

12.2日目/秘密

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 二日目の乗り合い馬車は、俺達の他にはぽっちゃりした年配のご夫婦と御者見習いの青年だけという少人数だった。座席は半分以上空いている。俺はこの静かな旅路を、乗り込む前に買った揚げ物を噛りながら、ぼーっと窓の風景を眺めて過ごしている。

 暇だ。暇過ぎて菓子に手が伸びる。初日に貰ったマドレーヌ風の焼き菓子を惰性で四つほど消費して、ノールックで次に行こうと手を伸ばしたところで止められた。

「やめろ。食い方が怖えーわ」
「え、なにそれ、初めて聞く響き」
「だろうな。目の焦点合ってない奴に、隣で黙々とお菓子食べ続けられてる時に言う台詞だからな」

 わぁ、それは中々のレアケースだ。

「マジで何。お前、食いしん坊キャラじゃなかっただろ」
「逆にエイジは何で、何もしないが出来るの?」

 これは地味にきつい。俺は退屈で退屈で仕方ないというのに、瑛士君をチラ見すればあるがままをただ受け入れ、平然とした様子で手の中の腕時計か窓の外を眺めているのだ。大人の余裕を感じさせるイケメンな横顔で。風景を眺める瑛士君を眺めて過ごすなら時間なんて一瞬で過ぎ去るだろうに、と思うと余計に退屈を感じてしまう。

「退屈ならそう言や良いのに」
「喋らない空気じゃん。マナーでしょ」
「節度を守れば迷惑にはなんないだろ」

 そうなの? 初日だって馬車内は皆お行儀良く静かにしていたから、そういう物だとばかり思っていた。だが同乗のご夫婦を見遣れば、よく似た二人がこちらに頷いている。良いんだよ、と全てを受け入れてくれそうな菩薩顔だ。見習い君は最初っから前屈みで御者だけを見つめている。





「――エイジ、意外とヤンチャだったんだ」

 声を落として瑛士君とのんびりお喋りするのは楽しかった。時間だけはいくらでもあるので、取り留めのない事をずっと話しているがちっとも飽きない。さっきまでが嘘のようだ。旅って楽しい。

「小学生ん時だぞ? 普通にクソガキだったわ」
「うえー全然想像出来ない」
「近所の貯水池に河童が居るって聞いて仲間引き連れて狩りに行ったりな」
「あ、クソガキってかほぼ輩だった」

 あーいいなぁ。小学生の時の瑛士君とかすごい見たい。勝ち確したショタだ。輩だろうが美少年なのは言わずもがなってやつだろう。くそ、何で俺は瑛士君の幼なじみに生まれなかったんだ。徳が足りなかったのか? 今となっては写真で拝む事すら出来ないのが悔やまれる。

「フィーは? クソガキしてた?」

 白い歯を見せたヤンチャ味のある笑みで瑛士君に振られ、一瞬言葉に詰まる。日本の話をする時は下手な事を口走りそうで、いつもちょっとだけ身構えてしまう。

「日本では……うん、あっちでは弟や妹居たし。友達と遊んだ記憶ってあんまりないかも」

 誤魔化すみたいな事を口にしながら、じわりと後ろめたさが胸を過る。何だか瑛士君を欺いている気がして……というか、実際似たような物だ。知っていて知らないフリをするのは不誠実だろう。この世界で再会し、彼を瑛士君だと認識した時点で俺は話しておくべきだったのだ。その時は言う必要性を感じなかったというのもあるが、「覚えられてないだろうけど、その事実を目の当たりにするの辛いし」なんて保身が主だから余計に。

 ――実は俺、エイジと同級生でしたー! 俺俺タナカタナカ!

 そんな深刻なものでもないのだ。サラッと軽いノリで言えば瑛士君だって「はーマジか、めっちゃ久しぶりじゃん! ウェーイ!」なんて事にならないかな。こういうのは長引かせただけ後々言いづらくなるから、早い所言ってしまった方が楽になる。

 そう考えると、この馬車内はぶっちゃけるには最適な気がしてきた。タイミングを見計らって、この際包み隠さず言ってしまおう。

「……あ。ふと思った。元の世界に戻れたら、の話だけど」

 だけど……? 首を傾げて先を促す俺に、瑛士君は新しい悪戯でも思い浮かんだようなキラキラした目を向けてきた。えっ、格好いいのに可愛いとかある? 驚きに目をパチクリさせていた俺はとても呑気だった。そう、この直後に瑛士君から特大のステルス爆弾を投下されるとは思ってもみなかったのだ。

「俺が探したら、向こうのフィーに会えねーのかな。時代とかあんま変わんない気がするしさ。異世界間の時間の流れがどうとかは非科学的過ぎて予想もつかねーけど」

 向こうのフィー。日本の俺……。ふむ。唐突な話題だが考えてみた。つまり、えーと……時間のズレを考慮しないなら、例えば……そうだな、瑛士君が転移させられた地点へとピッタリキッチリ戻れたならば、そりゃ会えるだろう。燃えカスなりに生きていた。

 瑛士君は向こうに居る俺を知らない人だと思っているだろうから、住んでいる場所も生きてるかも怪しいような、遠い昔に蒸発した父親を探すくらいの感覚だろうか。

「昔の俺って事だよね? もし居たとしても、俺にはこっちの記憶ないよ?」
「初対面って事になるだろーな。別にいいよ、俺が全部覚えてるから。試しに戻る前に名前とか住所とか教えといて」

 あぁ瑛士君がまた無自覚にイケメンな事を言っている……のだが、その時俺は妙な引っ掛かりを感じた。正体をバラすには絶好の機会だというのに、違和感が邪魔をして咄嗟に正反対のことを口にする。

「そういうのは靄がかかってて分かんないみたい」
「あーね。異世界転生あるあるだな」
「え、そうなの?」

 その場しのぎのでまかせだったのに、何故か瑛士君にはすんなりと受け入れられてしまった。意外と瑛士君は異世界転生にも造詣が深いらしい。にわか知識の俺とは違う。いやそれより、この違和感は何なんだろう。

 無意識に、俺が元同級生だと知られたくないと思った。知られれば探すのが一気にイージーモードになる。元の世界に戻れた暁には、きっと律儀な瑛士君は過去の俺に会いに来てくれるだろう……ん? 俺に会いに来るのか?

「――あ、それだ!」

 思わず口に出してしまい、慌てて塞ぐ。だけど、違和感の正体に気づいてしまったら、我慢なんて出來なかった。

 瑛士君が会いに来てくれた、なんて記憶が俺にはない。赤の他人ならともかく、相手が元々の知り合いなら、向こうで会えば瑛士君も何かしらの接触をしてくるだろう。なのに覚えていない。中学以降の瑛士君には会っていない。え、それって……。

 ――瑛士君が元の世界に戻れなかったから?

 そんな恐ろしい事を思いついてしまい、一気に鳥肌が立った。もちろん確証なんてない。ないけれど、俺が知り合いだと話せば、そんな可能性が色濃くなってしまうようで恐れを感じた。そんなのは絶対に許されない。瑛士君はあっちの世界に帰りたいと一人きりでも頑張ってきたのだ。

 どうしよう。いや、このまま他人のフリを貫くのはアリだ。無事向こうに戻れた瑛士君が俺を探そうとしたって探せない。当然会う事だって適わない。会わないなら、ちゃんと記憶とも一致する。

「それ? どれ? 一人であわあわ何してんの?」

 瑛士君が誂いながらヒョイと覗き込んで来る。ちょっと呆れてて、ちょっと心配そうで、ちょっとじゃなく綺麗な顔。中学時代、盗み見を別にすれば一番よく見た表情で、俺が一番好きだった表情だ。

「えー秘密」

 帰してあげたいから教えない。言わない事が手助けになるなら、罪悪感なんて気にしない。それが俺の思い込みで全く意味がないとしても、俺は一生秘密を抱えたままで良い。瑛士君は今の俺を全部覚えててくれるらしいから、彼の記憶に残るのは田中としてではなくても十分幸せだと思うのだ。

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