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番外編
3.父子(1)
しおりを挟むきっかけは常連さんが大量の果物をお裾分けしてくれたことだった。仲良く食べてね、と笑顔でズッシリ重い木箱を渡されて、受け取る以外に選択肢はなかったのだが、どう考えても二人で食べ切れる量ではない。
「……仕方ない。実家に持って行こっかな」
独り言っぽく零しながらチラッと瑛士君の様子を窺う。閉店作業でせっせと洗い物をしてくれているのだが、何気ない腕まくりが格好良いから困る。グッグッと動く筋肉とか遠目からでも分かる血管とか、何なら飛ばした泡が肌を伝うのまで綺麗に見える。あぁ今日も瑛士君って尊い。
「見惚れてないで仕事しろよ。行くんだろ? 実家」
「うわ! ……え、いいの?」
「お前毎回それ聞くつもりか。一人が良いなら、」
「やだ。エイジと一緒に行く」
こっちはアイドルのライブでも観ている気分だったのに、いきなり瑛士君が振り向くからビックリした。気が乗らないようなら一人で行くべきかと思っていたけれど、ついて来てくれるなら一緒が良い。食い気味で返事をすると、瑛士君がフッと優しく微笑んでくれた。
そんな訳で果物入りの袋を四つぶら下げて、二人で実家へと向かっているのだが、前回実家に行って父ちゃんと話した後の瑛士君は何だか浮かない雰囲気だったのでちょっと心配だった。二人で話した時に父ちゃんに何か嫌な事でも言われたのかもしれない、と俺は疑っている。
「わーっと入って、パッと渡して、ささーっと帰ろうね」
今日はただの配達なのだ。先に知らせてないのでさすがに置き配とはいかないが、手早く済ませてしまっても別に問題はないだろう。俺としてはただ瑛士君と散歩がしたかっただけだ。
「フィー、気遣ってる?」
「……え?」
「実家に行くの、俺はちっとも嫌じゃないぞ。むしろ顔繋げときたい」
「本当? 父ちゃん、俺は反対だーとか言ったんじゃないの」
結構な確信を持って言ったけど、瑛士君は笑ってゆるゆる首を振る。
「全く反対はされてない。この世界の風潮とかもあるんだろうけど、絶対許さないとか言われなくて良かった。寛大だよ」
もしこれがうちの親父なら絶対に許さなかっただろう、って苦々しく続けた。瑛士君のお父さんは頑固親父なんだと前に言っていたけれど、かなり根性入った頑固者らしく、俺を恋人だと紹介なんかした日には殴りとばされた挙句に勘当されただろうって冗談ぽく言う。
殴られた気分で戦々恐々とする俺を笑い、殴られるのは瑛士君の方だと言われた。待って、俺にとってはその方が怖いんだけど。国宝級イケメンに傷がつく位なら自分が殴られた方がだいぶマシだ。
「フィーに愛想が尽きるまでは一緒に居てやってくれって言われちゃってさ。男同士って結婚って縛りもないし身軽なんだよな……確かに、別れたらそこでおしまい。すぐ次に行ける」
「え、父ちゃん俺に失礼過ぎない? 愛想尽かされるの前提じゃん」
そう言いたくなる気持ちは分かるけど。地味にショックを受けて俯くが、下げた頭を瑛士君の優しさ溢れる温かい手に撫でられてしまうと、いとも簡単にキュンした。
「じゃなくて、俺を信用できないんだろ。親として当たり前だし……俺がこの先ずっとフィーと一緒に居れば、ちゃんと証明できるんだからそれで良い」
「エイジ……」
本心と分かるキラキラした眼で、全然大した事じゃないんだって顔で笑いかけてくる瑛士君。湧き上がる衝動を抑える為に、俺は足を止めてギュッと目を瞑った。あー無理無理、好き過ぎる。もう家帰りたい。抱きつきたいんだけど!
路上で持て余す好意をいっそ痛みに変換しようと、唸りながら大腿を拳で殴りつけていたが、既に俺の奇行など軽く受け流せるスキルを取得している瑛士君にその手を取られ、何事もなかったかのように普通に手を繋いで歩いたのだった。
自分の店を閉めてから来たので、前と違って実家の方も既に閉店していた。当然施錠されていたので、仕方なく扉を盛大にガチャガチャしながら「開けてー開けてよー」と騒いでいたら、呆れ顔の父ちゃんが出迎えてくれた。
こちらも特に突っ込まれる事はなく、家の中に入れてくれたのだが、数歩下がって歩く瑛士君を振り向くと、何だかちょっと引いていた。
「え、これ普通? 親父さん何でリアクションしねーの?」
「うーん。まぁ……こんなもんだよ」
鍵を落としてよく締め出されていた気はするけれど、俺ん家あるあるなんて別に瑛士君も興味ないだろう。恥しかないので、あんまり掘り下げて欲しくもない。
居住スペースで晩御飯の支度をしていたらしい母ちゃんに会って早速目的の果物を渡し、身軽になった俺は部屋の一角で何やら熱心に木を削っている父ちゃんの元に一直線に向かった。
「――父ちゃん!」
「なんだ、フィーブル。まだ何か用事か」
「うん。言い忘れてたけど、俺ね、前世の記憶がある」
「……は?」
あんぐり口を開けた父ちゃんの間抜け面を見るに、やはり瑛士君は俺の事は伏せて話したようだった。瑛士君はもう惚れ惚れするほど気遣い出来るイケメンだから。でも、良いんだ。
「エイジの話、聞いたんだよね? 信じられないかもしれないけど、エイジが生まれた異世界で、昔は俺も暮らしてた――全部覚えてる」
鮮やかな花々に包まれ女神の祝福を受けた時、「この世界からすればフィーも十分異質だよな」って言った瑛士君。本当は俺達じゃなく、この世界自体おかしいのだけれど……でも、俺が前世の記憶を持っている事を両親が知れば、異質だと思われるかもしれないって心配してくれたのだろう。
「俺がエイジと過ごした記憶を持ったまま生まれたのが女神の祝福。エイジが俺を探してこの世界に来てくれたのも女神の祝福。でもエイジと結ばれたのだけは俺の意思。だから絶対離れないよ」
「……本当なのか?」
「本当だよ。それとも、息子だけど半分は息子じゃない俺の言葉はもう信じてもらえないかな」
父ちゃんは俺の問いかけには答えず、同様に瑛士君にも真偽を尋ねたがそれにも頷かれると、いよいよ黙り込んでしまった。
仮に信じてもらえても、前世の記憶があるって本来の自分の息子が乗っ取られたような気持ちになる人も居ると思う。俺は父ちゃんと母ちゃんを信じてるけど……絶対的な自信なんてない。
それでも――瑛士君の気持ちを軽んじられるのだけは許せないのだ。
俺に会う為にずっとずっと頑張り続けてくれた瑛士君を、その辺の男と一緒にしてもらっては困る。俺の事こんなに好きになってくれる人は異世界中探したって絶対に居ないのに。
「そうだ。俺が信用出来ないなら、神殿に証明してもらうよ。元大司教様にお願いして手紙書いて貰おう。あ、聖女の方が信憑性増すかな? いや、それならいっそ女神に――」
「待て待て。信用してないなんて誰も言ってないだろう」
瑛士君の名誉の為なら次々良いアイディアが浮かんでくるのに、父ちゃんに慌てて止められた。田舎の敬虔な信徒的には聞き逃せないワードなのかもしれない。ローズさんが協力してくれたら、父ちゃんの推しである女神様と文通する事だって可能だというのに。勿体ない。
「嘘みたいな話だが、お前たちの話を一応信じてはいる。それでも、はいそうですか……とはいかないんだよ。落ち着いて、とりあえず家で飯食って行け。勿論エイジ君も一緒に」
頭が痛そうに額を押さえながら父ちゃんが言うので、どうするって瑛士君に聞いてみた。俺の顔見て、眉を下げた瑛士君は仕方なさそうな顔で軽く溜息を吐いて「飯は良いよ、ご馳走になろう」って言う。飯は……飯は、って飯以外の何が良くなかったんだろう。
「ヒヤヒヤさせんなよ。せめて先に言ってくれれば良かったのに」
「エイジだって俺に黙ってたからお互い様だと思うけど」
仲良くソファーに座ってご飯待ちしてたら、飯以外の良くない事を抗議されたが俺には俺なりの主張がある。瑛士君が俺を思って転生の事を伏せて話してくれたのは分かるけど、俺は瑛士君自身にだって瑛士君のこれまでの頑張りを軽んじて欲しくはないのだ。
ムムッと顔を顰めて話していたら、怒ってる? って聞かれた。怒ってはないが不満なのは確かだ。なのに瑛士君はプンスカする俺の姿を嬉しそうに目を細めて見てくるから何とも解せない。
「フィー、さっきはすげー恰好良かった。俺の為に怒ってくれんの嬉しいし……俺、フィーに怒られんの好きだわ」
内緒話みたいに小声で告げた瑛士君の言葉に、俺は赤面して深く深く俯いた。あぁもう本当に、早く家に帰りたい。
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