転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

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番外編

4.父子(2)

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 アポなし訪問にも関わらず、湯気のたつ美味しそうな夕飯が目の前に並べられているというのに、俺は飯より気になる事があってどうしても箸をつけられない。

「突然お邪魔したのに俺の分まで用意して貰っちゃってすいません」
「あらーいいのよ。エイジ君一人でもいつでも食べに来てね」

 前を見れば、瑛士君と母ちゃんが楽しそうに話している。一方で、隣に目を遣れば父ちゃんが仏頂面で黙々と飯を食っているのだ。

「フィーブル。よそ見ばっかりしてないで食べなさい」
「……はぁい」

 席順に納得がいかないのは俺だけだ。

 瑛士君の隣が良かった。いや俺はむしろ、今日は出来れば母ちゃんの隣の席を確保しておきたかったのだ。妙に瑛士君と椅子同士の距離が近いのが引っ掛かるが、それを別にしても母ちゃんを野放しにしておくのが危険だった。いつも何をやらかすか分からない恐怖がある。

 そわそわしながらも食べ始め、表面上は何事もなく食事が進んでいたのだけれど――母ちゃんは早速、笑顔で爆弾落としてくれたのだ。

「この前二人が帰った後、話してたんだけど――エイジ君ってフィーが昔からよく言ってた名前よね? 関係あるの?」

 ものすごく既視感のある会話だ。家族の記憶に強く残るほど連呼していたらしい……のは良いけれど、兄ちゃんに聞かれた時と違い、前世の記憶があると話してしまった以上、ここではどんなに恥ずかしかろうが、覚悟を決めてちゃんと肯定しておくべきなんだろう。うん。

 しかしハッと気づけば、瑛士君も母ちゃんも、父ちゃんまでもが俺の返事を固唾を呑んで待っているこの現状。嘘でしょ、この雰囲気で言うの辛すぎなんだけど。

「それはまぁ……エイジの事、だろうねぇ」
「ぶふっ――!」

 往生際悪く、ちょっと他人事っぽさを演出する俺。直接確認する事は出来ないが、今噴き出したのはきっと瑛士君なんだろう。

「良かった。お母さん、フィーブルが理想の王子様を作っちゃってたのかと思って心配してたの。そうね、好き好き言ってたけどエイジ君ならお母さんも納得だわ」

 それでも母ちゃんは俺の古傷を笑顔で抉ってくる。痛い子扱いされていたのも辛いが、本人を前にして恥部を露出されるのは尚更辛い。

「神様が他の誰より丁寧に愛情込めて作ったっていう顔も、お兄ちゃん百人分集めても足りない優しさも、息してるだけで世界中の人を虜にするっていうのも全部納得ね」
「ねぇ母ちゃん……本当にもう勘弁してよ」
「この子昔っからお父さんがチューしようとすると全力で嫌がって全然させてあげないのよ? 喋れるようになったと思えば、エイジ君じゃないと嫌だって喚くからお父さんが不憫でね」

 至極楽しそうな母ちゃんには俺の言葉なんか届かない。頼むから誰か止めて、って縋るように父ちゃん見たら、そっちはそっちで思い出相手にダメージを食らっているようで、肩を落として震えていた。

 これは駄目だ、全く頼りにならない。

「あら、どうしたのエイジ君。顔真っ赤じゃない」
「――いやっ、これは、別に」

 聞き捨てならない言葉に、気まずさに逸らしていた視線を向けると、瑛士君とバチッと目が合った。頬も耳も鼻まで赤くして、下唇噛んで必死に何とか普段通りを装おうと努力している。

 なんてことだ。母ちゃんの無差別攻撃は瑛士君にまで被害を及ぼしていたのだ。

「はぁぁぁ……! か、かわ……!」
「やだー! 照れてるの? エイジ君かわいいー!」

 俺と母ちゃんの声が重なった。それで益々赤くなる瑛士君。自分の恥なんか捨て置いて悶えたくなっても、これは仕方ないだろう。いいよ、母ちゃん。どんどん言って、もっと言って。ガンガン行こうぜ。





 そんな感じで脳汁出そうなほど異常に美味いご飯を食べて、ソファーに戻ってひと息ついてたら、父ちゃんがそっと近づいてきた。

「反対はしない。好きにしろ」
「……父ちゃん」
「エイジ君が誠実で良い子なのも十分分かる。お前達の話や気持ちを疑ってる訳じゃない。でも、だ。いいか、フィーブル。エイジ君」

 父ちゃんが今までにない真剣な眼差しで俺と瑛士君を交互に見つめてきた。たぶんこれまで長く家族を守ってきた人生の先輩として、今俺たちの前に立っているって事なんだろう。

「お互いが自由である事を忘れるな。別れを意識した時、結婚や子供は踏み止まるきっかけになるが、お前達にはそれがないんだ」

 それらを理由に別れないって決断する訳ではないけれど、きっと一度は立ち止まって他の解決策を探そうとする。縛りではなく、施錠された一つの扉なのかもしれない。

 俺たちには鍵のない開放された扉しかない。

「離れられたくないなら常に相手に好かれる努力をしろ。これは信頼とはまた別の話だ。信頼って言葉が努力を怠る理由にはならないからな」
「……愛想尽かされるってそういう事?」
「そうだ。フィーブルには足りない所しかないが、それでも今のお前をエイジ君は好いてくれてるんだろう? なら今のフィーブルのままで居れば良い」

 息子に対してあんまりな事を言いながらも、父ちゃんは慣れた手つきで俺の頭を優しく撫でる。

「絶対手放したくないから頑張ります。フィーに失望されないように。いつまでも、ずっと格好良いって言って貰えるような男になります」
「あぁ。うちの子を頼む、エイジ君」

 父ちゃんは瑛士君の肩に手を置いて、ぎゅっと握って言った。父ちゃんをキラキラした瞳で見上げて力強く頷く瑛士君は勇者みたいで、いや本当に元勇者なんだけど……世界でも背負うみたいに俺を背負ってくれる姿がすごく格好良かった。

 ほわんほわんして見つめていたら、さっきまで撫でていたはずの父ちゃんの手に頭を叩かれる。

「痛っ!」
「ぽやーっとしてる暇があるのか? エイジ君はお前と違って引く手数多なんだぞ」
「なにそれ。そんなの昔っから知ってるよ」
「昔……昔か……」

 俺に危機感を抱かせる為の一言だっただろうに、言い返したら父ちゃんは俺を見て、何故か痛ましい顔を浮かべたのだ。何か悪い事でも言ったみたいな気分になるが、心当たりはなくて首を捻る。

「――気づいてやれなくてすまなかった」

 突然謝られて何の事かと思えば、俺に前世の記憶がある事だと言う。幼い頃から「エイジエイジ」と言っていたから、前の記憶を抱えながら幼少期を過ごしていた事に気づいたのだろう。

 俺からすれば、そんなの気づく訳ないじゃん……と思うのだが、昔からよく叱っていた父ちゃん的には気になるものらしい。

「思い起こせば、お前の中には常に葛藤があったんだろう。今と昔を混同していたんだな。どこにも芯がなくて……俺はそんなフィーブルが心配だった」

 危なっかしくて、このままでは一人で生きて行けないと、父ちゃんなりに必死で更生してくれようとしたのだ。何も間違ってないと思う。確かに厳しかったけれど愛情も同じだけ感じてた。

 それに――

「別に記憶がなくても怒られてたと思うよ。信じてくれて、まだ息子だって思ってくれてるなら、俺は父ちゃんの子供に生まれて良かったよ」
「そんなの当たり前だろ!」
「じゃあ良いじゃん」

 ちなみに豪胆な母ちゃんは転生も転移も全く気にしちゃいない。なにそれ面白ーい! なんて何でも明るく受け入れちゃう所が俺はすごく好きだ。

 父ちゃんに笑いかけると、重々しい頷きをしてから、また部屋の一角で木を削る作業に向かって行った。

 あれ何なの? って帰りにこっそり母ちゃんに聞いたら、新しい看板を作っているんだと教えてくれた。お店に飾る看板だ。

「お兄ちゃんの所に子供が生まれたら贈るなんて言ってるけど……あれ、たぶんフィーの店にあげるつもりで準備してるのよ」
「え、なんで俺の所?」
「これからはエイジ君と二人でやるんでしょ? 名前は変えなくても良いけど、新しい看板あった方が良いんじゃない?」

 言われて、瑛士君と顔を見合わせた。

 それってつまり……父ちゃんは本当はものすごーく瑛士君を歓迎してたりするんじゃないかな。二人の店に新しい看板。何だかすごくワクワクする。

「エイジ、帰ったら店の名前考えようよ」
「いい名前にしなきゃな」

 手を繋いで歩く帰り道は幸せな気持ちでいっぱいだった。気を抜くと前後にブンブン振り回しがちな俺を瑛士君はずっと笑ってくれていた。


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