転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

exact

文字の大きさ
55 / 63
番外編

5.配合(1)

しおりを挟む

「……ギャップ萌え」

 届いたばかりのローズさんからの手紙を手に、俺は呆然と呟いた。手紙にはいつも王都での近況とか、俺への助言なんかを書いてくれている。助言……そう、ローズさんがこれまで培ってきた「男心の掴み方」を気前よく教えてくれるのだ。

『――男は普段と違った一面にドキッとするものよ。逆にマンネリは絶対に駄目。多かれ少なかれ、男は新しい物に飛びつく習性があるって事を頭に置いておきなさい』

 俺も男なんだけどなぁと思いつつ、有り難いお言葉を自分に当て嵌めて考えた結果がギャップ萌えという単語だった。

 瑛士君は年中無休で格好良いが爆発しているけれど、極々稀に照れた姿や可愛い姿を見せてくれる。あの破壊力は特に凄まじいものがある。呼吸困難に陥るレベルで悶絶してしまう。あれはヤバい。

 しかし俺があの萌えを瑛士君に提供するには、一体どうしたら良いのだろう。

 緩い緩いと言われ続けて生きてきたので、引き締まった所でも見せられたなら、あるいは――いや無理か。あらゆるパターンで失敗する未来が容易に想像できた。自分が恐ろしい。

「フィー。ちょっと来てー」

 遠くで瑛士君の声がした。自室に籠もっていた俺を呼ぶ声。ギャップ萌えは一先ず置いてゆっくり考える事にして、瑛士君に返事をしながら部屋を飛び出し、素敵な声の方向へと足を向けた。

「どうしたの? 何かあった?」
「事件だ。これ、貰ったやつ……ほら、あの肉屋の向かいの食堂のおばちゃんがくれただろ。晩飯にしようかって今ちょっと味見してみたんだよ」

 ほらって瑛士君が差し出してくれた容れ物には俺も見覚えがあった。件の食堂には俺達もたまに食べに行くけれど、豊富なメニューにも関わらず外れが一つもない。何食べても美味しいので貰えればいつだって大歓喜の差し入れなのだ。それのどこに事件が……?

 しかし今日のは一風変わった料理に見える。

 煮た野菜の上にとろみのあるソースが乗せられた、いわゆる餡かけってやつだ。見るからに味が染みてそうな良い加減で煮られているのが瓜科っぽい野菜なのは分かるが、餡がマグマのような赤さで、とんでもなく辛そうに見えた。餡の中に小さな粒々まで見えるから余計に何だか唐辛子を連想してしまう。

「すごく辛かったりしない?」
「全然。普通に優しい味がするし、いつも通りすげー美味い」
「えーじゃあ、どこが事件?」

 何となく身構えてしまう俺を待ちきれなかったのか、瑛士君は自分で料理を取って、俺の口の前まで運んできた。あーん、と瑛士君に言われれば雛鳥よりも忠実にパカッと口を開けるように仕込まれてしまっている。

「ふん? ……ふんふん」

 いざ口に入れられてしまえば、言われた通り全く辛くなんてなかった。瑛士君が俺を騙す訳がないのだ。ではやはり何が事件か……味わう必要がある。

 舌で潰せる位柔らかくて、中からじゅわっと溢れる優しい甘さの出汁が口の中に広がった。初めて食べるのに何だかほっこり懐かしい味がする。うん、美味しい美味しい。

「……ん? 懐かしい?」
「あ、来た? 分かる?」

 早く共感したいのかグイグイ迫って来る瑛士君が可愛くて、ついそっちに気を取られそうになるけれど、頑張って違和感の原因を探った。ハッキリと主張してくる訳ではないけれど……これは……。

「和? 何か和食の……えっ醤油?」

 俺の繊細ではない舌は運良く正解を引き当てたのだろう。ウズウズを隠しきれていなかった瑛士君がパッと破顔した。

「だよな、やっぱそうだよな。俺だけじゃなかった。やった」
「――ちょ、エイジ。重い、重いから!」
「食堂のおばちゃん所、行こうぜ。何使ったか聞こ」

 キャッキャとはしゃぐ瑛士君は、腰に手を回して俺を高く持ち上げてしまう。慌てる俺に構わず鳩尾あたりに懐っこい犬みたいにご機嫌でグリグリ顔を擦り付けられてしまっては、こっちの抗う気も奪われるというものだ。くっ……このむず痒さが幸せか。

「っ、よし!」

 いやいや、良しではない。そのまま気合い入れて外に出ようとするのは、さすがに止めた。





 時は昼過ぎ。自分達の店はとっくに終わっていたけれど、食堂の方も休憩がてら夜の営業に向けての準備をしている時間帯だった。まぁ短時間なら邪魔にはならないだろうと中に入る。

「あら、フィーちゃん達じゃない。どうしたの?」
「今日貰った差し入れがね、美味しくて。良ければ材料とか教えてくんないかなぁってお願いしに来た」
「あーじゃあ、ちょっと待ってね」

 おばちゃんが店主を呼びに行ってくれた。ここは夫婦ともに調理するけど、今日のは旦那さん担当らしい。寡黙な上に熊みたいな大男だけれど、慣れればとにかく優しいおじさんだ。奥からのそっと現れた店主を見て、俺は元気よく両手を振った。

「おじちゃーん、今日も美味しかった。ありがとー!」
「いつもありがとうございます」

 二人で御礼を言うけれど、店主は無反応でのしのし近づいてくる。その巨体が目の前までやって来て、徐に大きな掌が頭に乗っけられた。右手に俺、左手に瑛士君。無言でわしわしと撫でられる。ここの店主はいつもこんな調子なのだ。

 醤油は別にして、料理が美味しかったから作り方が知りたいと言うと、快く調理場に案内してくれた。そこで渡されたのは……片手より大きな干物っぽいナニカ。よく分からないけど、楕円をぺちゃんこに潰したような形のカピカピの塊だった。

「これ、食べれるやつ?」

 こくり、と頷かれる。これが何かは教えて貰えないままに、調理が始まった。色んな料理に使うのだろう、たくさんの野菜がグラグラ煮え立つ寸胴鍋からスープを掬って片手鍋に移した店主は、おろし金のような物でその干物をすりおろし、スープに加える。

 するとどうだろう。透き通る琥珀色をしていたスープがみるみる真っ赤なマグマに変化していくではないか。これには俺も瑛士君も、思わず揃って小学生みたいな歓声を上げてしまった。

「すっげ! 擦った粉だって泥みたいな色だったのに」
「何で、ねぇ何で? これなに? すごい!」

 はしゃぐ俺達に店主は口角を僅かに上げ、瑛士君に新品の干物を渡してくる。気前の良い事にお裾分けしてくれるらしい。

「バロロの肝だ」

 ようやく今日の一言目を発してくれた。獣の内臓を干した物らしく、店主の友人が狩った物を気まぐれに持ち寄ってくれるそうだ。森に住む獣と聞いて、瑛士君が特徴を詳しく聞いていた。遭遇したこともあるらしい。

 お礼を言って帰宅してすぐ肝を半分にして、残りを全部すりおろして粉に変える。ビクつきながらちょびっとだけ舐めてみると、ちゃんと醤油っぽい味がするから素で感動した。

「……あいつからこんな優しい味がするとか信じらんねぇ」

 森では何度も襲われ、その度に死の危険を感じたらしい。獰猛そうなマッチョな大型犬と言われ、俺の背筋にも震えが走る。瑛士君が上手く逃げてくれて本当に良かった。

 にしても、この世界における森の獣は女神にとって何なんだろう。無関係って事はないと思うのだ。理想郷を作った女神がわざわざ人々の脅威を森に残しているのは何かの意味があると思う。

 ――後日、その事をローズさん経由で訊ねると、森の獣たちは全て女神の眷属なのだと言われた。

 難しい言葉で説明されたが、瑛士君が言うには「ダンジョン内で無限にポップアップしてくる魔物」みたいなものらしい。しかも、脅威を与える事はあっても人を傷つける事は絶対にないのだと言う。獣は全て草食らしい。

「はぁ? 凶悪な面で涎垂れ流しながら牙剥き出して飛びついて来るのに? あれで肉食わねーの? 嘘だろ……」
「ビビらせてでも森の奥に行かれたくないんだろうね。この世界の果てなのかな」

 瑛士君はげんなりしつつも同意してくれた。それもこれも女神が必要な説明を省いたからだ。本当に迷惑な女神だ。

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。 目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。 同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります! 俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ! 重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ) 注意: 残酷な描写あり 表紙は力不足な自作イラスト 誤字脱字が多いです! お気に入り・感想ありがとうございます。 皆さんありがとうございました! BLランキング1位(2021/8/1 20:02) HOTランキング15位(2021/8/1 20:02) 他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00) ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。 いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

婚約破棄された俺の農業異世界生活

深山恐竜
BL
「もう一度婚約してくれ」 冤罪で婚約破棄された俺の中身は、異世界転生した農学専攻の大学生! 庶民になって好きなだけ農業に勤しんでいたら、いつの間にか「畑の賢者」と呼ばれていた。 そこに皇子からの迎えが来て復縁を求められる。 皇子の魔の手から逃げ回ってると、幼馴染みの神官が‥。 (ムーンライトノベルズ様、fujossy様にも掲載中) (第四回fujossy小説大賞エントリー中)

役目を終えた悪役令息は、第二の人生で呪われた冷徹公爵に見初められました

綺沙きさき(きさきさき)
BL
旧題:悪役令息の役目も終わったので第二の人生、歩ませていただきます 〜一年だけの契約結婚のはずがなぜか公爵様に溺愛されています〜 【元・悪役令息の溺愛セカンドライフ物語】 *真面目で紳士的だが少し天然気味のスパダリ系公爵✕元・悪役令息 「ダリル・コッド、君との婚約はこの場をもって破棄する!」 婚約者のアルフレッドの言葉に、ダリルは俯き、震える拳を握りしめた。 (……や、やっと、これで悪役令息の役目から開放される!) 悪役令息、ダリル・コッドは知っている。 この世界が、妹の書いたBL小説の世界だと……――。 ダリルには前世の記憶があり、自分がBL小説『薔薇色の君』に登場する悪役令息だということも理解している。 最初は悪役令息の言動に抵抗があり、穏便に婚約破棄の流れに持っていけないか奮闘していたダリルだが、物語と違った行動をする度に過去に飛ばされやり直しを強いられてしまう。 そのやり直しで弟を巻き込んでしまい彼を死なせてしまったダリルは、心を鬼にして悪役令息の役目をやり通すことを決めた。 そしてついに、婚約者のアルフレッドから婚約破棄を言い渡された……――。 (もうこれからは小説の展開なんか気にしないで自由に生きれるんだ……!) 学園追放&勘当され、晴れて自由の身となったダリルは、高額な給金につられ、呪われていると噂されるハウエル公爵家の使用人として働き始める。 そこで、顔の痣のせいで心を閉ざすハウエル家令息のカイルに気に入られ、さらには父親――ハウエル公爵家現当主であるカーティスと再婚してほしいとせがまれ、一年だけの契約結婚をすることになったのだが……―― 元・悪役令息が第二の人生で公爵様に溺愛されるお話です。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

処理中です...