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番外編
6.配合(2)
しおりを挟むこうして俺達は最も欲しい材料第一位と第二位を手に入れることが出来た。一つは娼館御用達の卑猥な木の実、もう一つは人を食らってそうな獣の臓物と……中々に個性的な食材だが、味さえ良ければ問題ない。
手始めに、にんにく醤油でも作ってみようと、瑛士君とキッチンに立っている。動機は軽いのだが、緊張感だけは十分に漂っている。なにせ俺達には王都での前科がある。過ちは繰り返さない。未知の食材を侮ってはいけないのだ。
肝を粉状にしたもの、醤油もどき粉末に少量ずつ水を垂らす。ペースト状にした時にどの程度醤油っぽさが残っているかの実験だ。
「エイジ……」
無駄にドキドキして、瑛士君の袖に縋る。お荷物がぶら下がっていようとも、慎重に慎重に滴を垂らす瑛士君はぶれない……そんな頼りがいのある彼氏っぷりに、これまた無駄に俺の胸は弾んだ。
消しゴムのカス程の小さな欠片を瑛士君が舐めた瞬間が緊張のピークだったが、小首を傾げて水を足す。舐める。また足す。そんな事を数度繰り返し、赤黒いドロドロになってから匙を向けられる。
「あーん」
パカッと開けた口に差し込まれ、煮詰めた醤油の様な味が広がった事で成功を確信した。イケる。パァーっと道が開けた気がする。これを上手く使えば数々の和食を再現することが出来るんじゃないかな。
「肉じゃが、イケる? 照り焼き? 牛丼とか、そぼろ丼とか……わぁぁ夢が広がるね」
「いつでも仕入れられるようにしないとなー」
瑛士君も嬉しそうだ。こうなったら、俄然味噌も欲しくなってくる。人の欲って尽きないもんだなーと他人事のように思った。
もう少しだけ薄めてコレステロール高めの血液くらいのドロドロにしたら、王都で貰ったカシューナッツみたいなライキの種をボチャンと漬ける。とにかくライキを加熱するのは恐ろしいので、一先ずこれで良し。駄目なら後から加熱しよう。
「一晩漬けてみて、明日でも味見してみようぜ」
「ニンニクっぽくなくても、普通に醤油だから……」
「あー刺し身食いたい。何でここ海ねーの?」
どう使おうかーと好奇心や食欲に取り憑かれていた俺たちは、その食材達に潜む危険性をこの時はまだ知らなかった。一つ一つは無害でも、混ぜるな危険ということも世の中にはあったのだ。
さて、ここでこの世界における食料事情を少し補足しておこう。まず第一にこの世界には恐らく海が存在しない。海産物が全くないのだ。まぁそれっぽい物ならあるけれど。川は湖へと繋がっている。
農業や畜産で食料が賄われている訳なんだが、家畜にする動物はほんの二、三種類だ。瑛士君が初めに落とされた最果ての森には野生の獣が生息しているらしいけど、他にも野生は居る。山の中や空を飛ぶ動物を狩って生活している人も。
そういう人達は大抵町から離れて暮らしているので、狩った獲物は日持ちするように加工されてからまとめて売られる。ジビエ料理に興味がなかったので俺は知らなかったが、食堂の店主に聞けば取り扱う店を簡単に教えてくれた。
森に棲むバロロの物はさすがに手に入らないとは思ったけれど、一応チェックしとこうとその店を覗きに行き、そして入手した新たな食材。
「鴨肉……」
「ジャンバだっけ? バロロ全く関係ないけど」
ふくふくした可愛らしい鳥だ。とにかくストレスに弱く家畜には適さないが、少し郊外に出れば簡単に捕れるらしい。
森にも居たらしく、瑛士君が腹を空かせていた時に何度も通りがかっていたようだ。狩れはしても捌けるような道具もない瑛士君にとっては食えない人参を目の前にぶら下げられていたようなもので、因縁の相手のようだった。
俺たちが店に居た際に持ち込まれたのだが、その時はまだ生きていた。ばうばうと鳴く不思議な鳴き声を耳にした途端、「買おう。あれ絶対食う!」と瑛士君は即決したのだ。よっぽど悔しかったんだね。
さすがに生は怖いが、完全に火が通らなくても大丈夫だと言われ、焼き加減としてはミディアムレア。薄く切って並べると本当に鴨肉みたいだった。これは出来たばかりのニンニク醤油にピッタリなんじゃないだろうか。
ライキを漬けて二晩置いたら良い感じに香りがついたのだ。これは期待出来る。少し甘さを足したら完全に醤油ベースのソースになった。
「……食うぞ」
「うん」
瑛士君が真剣な顔で恐る恐る口をつけた。
「…………うま」
ポロッと零し、俺を見る。むぐむぐ噛みながら味わう瑛士君の口元をついつい凝視してしまった。満足感を滲ませながら咀嚼する瑛士君。むしろ俺には肉よりも瑛士君が美味しそうに見える。
「やば、涎出そう」
「食え食え。美味いぞ」
瑛士君はニッコニコだが、少し違う。突如として襲ってきたキスしたい欲を我慢して、俺も肉を口に放り込む。とろんと舌に乗る肉は噛めば旨みと少しの癖を感じた。それをライキの強い香りが上手く押さえてくれている。鴨……これ本当に鴨だ。
「うんま! これ乱獲されてないのが奇跡じゃない? 美味しい……美味しいよぉ」
「癖強めだし苦手な人も多いだろ。香辛料ぶち込んで誤魔化してでも食おうって発想になんないかも」
「ライキとバロロ、偉大だね」
食べれば食べる程、その魅力に圧倒されて箸が止まらない。普段はあまり飲まない赤ワインまで持ち出して、瑛士君と夢中になって食べた。
丸々一匹分買ったジャンバをペロリと完食して、今度は直接ジャンバ狩りに行くぞーとか盛り上がってやたらと楽しい夕食を終えた。
――熱い。酔ってるのかな。
一時間程経って、妙に身体の熱さを感じた。慣れないお酒のせいかなーなんてその時は安易に考えていたのだが、しばらくすると大人しく座っているのを苦痛に感じるほど、内側の熱がもどかしく全身を巡った。
瑛士君が夕食を片付けてくれている間に、翌日の仕込みをして、部屋でボーっとしていたら何だか変な感じになってきたのだ。寝た方が良いのかなとも思うが、肝心の眠気が全くない。むしろバッチバチに覚醒している気がする。
「フィー、まだボーっとしてんの?」
「……うん。酔ったかな、変な感じで」
開けっ放しの部屋を覗いて瑛士君に聞かれ、そのままを答えた。今しがた身体を綺麗にしてきたのか、半裸で首にタオルを引っ掛けた無防備な姿でこちらに近寄ってくる瑛士君。
「面倒臭いなら拭いてやろっか?」
「うん」
「――お? 何だ、珍しい」
手が届く範囲内に来た途端、獲物を捕獲するようにお腹周りに腕を巻き付けてきた俺を瑛士君が笑う。珍しいのは瑛士君の申し出をいつものように照れて断らなかった事かもしれない。
寝台に座っていた俺に合わせるように、瑛士君も隣に腰掛ける。お腹にぶら下がっていた俺はその動きで潰れ、瑛士君にタックルでもしているような体勢になってしまった。一旦離せば良いのだけれど、離す気になれないのだ。
「お湯持って来るから待ってて」
「うん。このまま歩いて良いよ。でも取り外しはもう二度と出来ないんだよ」
「なに俺、寄生されてんの?」
くすくす笑いながら優しく頭を撫でられる。我ながら面倒臭い事言ってるなーとは思うが、瑛士君はウザがるどころか少し嬉しそうなので良い。立ち上がる事すらあっさり放棄して、瑛士君は寝台にパタリと仰向けに倒れ込んだ。
お腹を離れ、よじよじと瑛士君の身体に上る。張りのある肌の上を頬ずりしながら。腹から胸を通って首元までナメクジみたいに這っていく。
「……何か変な感じだよな。フィーもだろ」
「瑛士君も? 身体熱い?」
「ほら、フィーちょっと変だ。俺も熱っちい」
「あはは。一緒一緒」
何が面白いのか分かんないけど楽しくて、本能のまま瑛士君に身体を擦り付ける。瑛士君瑛士君、しゅきしゅき。密着する事で、より有効な瑛士君成分を摂取出来ている気がする。その時点で、俺の頭はかなりおかしくなっていた。
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