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番外編
8.配合(4)
しおりを挟むベッドから起き上がれないという体験を初めてした。まともに風邪すら引いた事がない俺が、ベッドの住人になる日が来るなんて驚きだ。
「全部俺がやるから。そこから動かなくて良い」
目覚めた瞬間から、瑛士君には死ぬほど謝られてしまった。どう考えてもお互い様だと思うのだが、日頃の運動不足からか全身筋肉痛なので、ありがたく全介助されている。
「……あれ、何だったんだろうね」
贅沢にも瑛士君に全面的に凭れ掛かりながら、昼飯を摂っている。そーっとそーっと抱き起こされて、横抱きに身体を支えられながら、食事は口まで匙で運んで貰えるという徹底ぶりだ。瑛士君がデロ甘い。
「催淫剤だろ、あれはもう……」
「同じタイミングで食べたのに、エイジは途中まで普通だったよね」
「フィーは最初からおかしかったよな」
心当たりが一つしかないので、原因はハッキリしていたが、二人の間にちょっとしたタイムラグがあった気がする。個人差があってもおかしくはないのだが……。
「どっかおかしかった?」
「部屋行った時から、俺のこと瑛士君って呼んでた。普段は言わないのに」
この世界では長くエイジと呼んでいたので、今さら逆に瑛士君と呼ぶのもおかしい気がして、呼び名はそのままにしている。
瑛士君と呼ぶより、エイジって呼び捨てにした方が親しくなれた気がするからなのだが……瑛士君のちょっと不貞腐れたような言い方が気になった。
「いつも瑛士君って呼んだ方が良い……のかな?」
瑛士君が今日から「フィーさん」って呼んできたら、俺は距離を感じて泣いちゃいそうなんだけど。
その辺りの複雑な心境を包み隠さず説明すると、瑛士君のせっかくの美しい顔が苦虫を噛み潰したような表情になってしまった。
「……フィーの好きなように呼んで良い」
親しげって点では瑛士君も呼び捨ての方が良いらしいけれど。きっとあれだ。聞き慣れてない方が新鮮味があって良いんだろう。俺も瑛士君に不意打ちで「フィーブル」なんて呼ばれたらうっかり鼻血を噴き出しそうな気がする。
ゆっくり休んだ次の日にはわりと復活していたのだけれど、すっかり過保護になってしまった瑛士君に椅子から立ち上がらせても貰えなかった。
三日もすれば、さすがにいつも通りになってしまったが――ついついニンニク醤油もどきを眺めては、あの日起こった事を振り返ってしまう。
混ぜさえしなければ、あんな事にはならないのは味見の時点で確認済みなのだ。だから、そう。たまには混ぜても良いんじゃないかなぁーなんて思うのだ。
まぁそんな下心とは別に、俺達の悲願である焼き肉のタレ開発の為には遠い森に棲むバロロの素材は今後も必要になるだろう。俺の中にある日本人の魂が醤油は確保しておきたいと叫んでいる。
「――だからね、俺たちバロロが欲しいんだ」
今度はド直球に食堂の店主にお願いした。少々危険だが手土産にニンニク醤油を持参して。食べ合わせには重々注意が必要だと言った上で味見してもらった時は一言「美味い……」と洩らしていた。
レシピも渡したけれど、一抹の不安が過る。もしあの元から獣のような店主に何かあった時、奥さんの身が危ないと。瑛士君は夫婦だから大丈夫なんて笑っていた。
獣肉を取り扱う店にも一応お願いはしてみたけれど、鴨肉に似たあのジャンバのようには容易に手に入らない事は承知の上だ。ちょくちょく顔を出せば良いか位に思っていたのだが……。
「またジャンバ狩りに行くからよ。お前らも一緒に来るか? 運が良ければ他の獲物も捕れるかもしんねーぞ」
なんて、自身も趣味で狩りに出る店主に誘われるとは思っていなかった。
行ってみたい気持ちもなくはないが店もある。足手まといにもなりそうだし、断ろうと思ったのだけれど、チラッと見た瑛士君が好奇心いっぱいの顔をしていて躊躇する。
「――エイジ、もしかして行ってみたい?」
「え? 別に……俺は、もう……」
その言葉で瑛士君が言い辛そうな理由がちょっと分かった気がした。沸き立つ心とは裏腹に、血なまぐさい事に惹かれてしまうのを罪だと思っているっぽい。勇者だった頃の記憶のせいだろう。
でも一際目をキラッキラにして、誘ってくれた店主に羨望の眼差しを送る瑛士君は新しい玩具を見せつけられた子供みたいで可愛いかったのだ。もう我慢はしなくて良いんじゃないかな。
「行ってきなよ。俺が店に居るから大丈夫」
「いい……俺も行かない。フィーと一緒に、」
「狩りを求めるのは男の本能だよ、ちっとも変じゃない。おじさんについてくだけでも良いじゃん」
俺はゲームの疑似体験で満足してたけど「一狩り行こうぜ!」に血が騒ぐ気持ちは分かる。店主のおじさんだっていい年して虫取りに誘う小学生みたいな顔してるし。
「ここでは面白い事いっぱい探そう」
なんて、お気楽に俺が言えたのは既にローズさんから「獣は安全」って情報を貰っていたからなのだけれど、後日狩りに出る瑛士君を見送ってから不安が襲ってきた。
本当に襲って来ないよね、って心配もあるし、道が安全なのかも分からない。崖から足を踏み外して……なんて事は瑛士君に限ってあり得ないとは思うけど。
一緒に起きて日が登らないうちに出て行って、暗くなる前には帰ってくる予定なのだが、ソワソワしていつもより早く店を閉めて、掃除なんか始めちゃってる俺。はー、ちょっとこれ……あと何時間あるんだろう。
「一人ってこんなだっけ……」
瑛士君と再会してからこんなに離れたことってなかったかも。掃除が終わった後も翌日の準備やら夕飯の支度やらで止まることなく動き続け、気を紛らわせて過ごした。
日が傾き始めて、もう帰って来るんじゃないかと通りに顔を出してみるが、瑛士君の姿はちっとも見えなかった。肩を落としてしょぼしょぼ歩き、カウンターの前で両膝抱えて地面に座り込む。膝に顔を埋めて大人しく待機だ。他にすることがもうない。
「――フィー、ただいま!」
勢いよく瑛士君が飛び込んで来た音に驚いて、俯いていた顔を上げる。
「エイジ! 良かった、おか……」
「すっごかったぞ! 今度はフィーも絶対一緒に行こう! 危ない所はねーから大丈夫。フィーに見せたい場所もあるし、あー絶っっ対、真夜中の夜空とか朝日とかも綺麗なんだよ。泊まりも全然ありだわ、な。行こうぜ、フィー」
こっちを目指してまっすぐ歩いてくる瑛士君に、俺は動けなかった。口を挟む暇もない怒涛の早口にも驚いたけれど、何か瑛士君がきゃいきゃいしている。すごく可愛いのに、可愛いのに――瑛士君はとんでもない量の血に塗れていた。血の雨でも降ったように全身が真っ赤に染まっている。
「ま、待って、エイジ。怪我はないんだよね?」
「ないない。全然元気だぞ、ほら」
元気そうだとは思ったけれど、念のため。何のアピールか、俺を赤ちゃんみたいに高い高いしてくれる。異常に元気なので安心はしたけれど、俺まで仲良く血に塗れてしまった。
「最初は普通にジャンバ探してたんだけどさ――」
森の中、熊さんに出会ったらしい。瑛士君はともかく一緒に行ったおじさんはパニックだ。話を聞くにグリズリー並の大きさはありそうなので当然だ。襲っては来ないというのは事実だったそうだが、追いかけないとまでは言っていない。
「あの熊、ジャンバ投げてくんだよ」
狩りを終え、神経が高ぶっているのだろう。とにかく瑛士君は楽しそうだった。降り注ぐジャンバの雨を凌ごうとした結果がこの姿なのか……今回一番の被害者は哀れなジャンバだろう。
返り血を滴らせる猟奇的な姿で、無邪気な笑顔ではしゃぐ瑛士君。このドキドキが何に反応してるかもあやふやだけれど、これも一種のギャップ萌えだと思えば全然ありだ。良き良き。
「今度は一緒に行こうね」
笑えるほど真っ赤な唇にチューしたら、そのままベッドに運ばれた。今日も世界は平和なのだ。
何故かその日以降、一緒に狩りに行った店主のおじさんが瑛士君を「狂戦士」と呼び始めたのだが――まだまだ知らないギャップ萌えはありそうだな、と俺は思ったのだった。
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