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1話 誇れるのはチェス
しおりを挟む僕は今、クランの建物の3階の執務室で一人チェスをしている。なんでチェスをしているかって? 僕もよくわからない。とりあえず今は暇だからだ。暇な時に何をしたって自由だろ?
僕が所属するパーティ『陽気な墓』を頂点とするクランは、ここヴィルセイル王国の王都のギルドでも有名だ。
姉妹と幼馴染と一緒にはじめた冒険者。そこに学園時代に知り合った先輩・同級生・後輩を入れて現在は8名。プロの冒険者家業をはじめてたった4年で王都の頂点と言わんばかりのパーティー、そしてクランに成長していた。
パーティーにはランクがあり、星の数で決められている。星の上限はないが、世界でトップのパーティーが所持している星は10だ。2桁の大台に乗っているパーティーは一つしかいない。
そしてうちのパーティーは、現在7つ星。4年で7つも星をもらえたのは史上最速のスピードだ。
しかし、勘違いしてはいけない。成長したのは僕ではなく仲間だ。魔物を倒せば経験値である魔素が手に入り、さらには場所やダンジョンによっては魔素を吸収できるポイントもあったりする。
なぜか僕だけは魔素の吸収がとてつもなく悪く、冒険者を始めた当初からほとんど成長しなかった。だから生き残る為に吸収できた魔素は全部敏捷性に振った。
一方、血の繋がりのある姉妹はとんでもない才能があり、どんどん成長していき、最上級と言っても良いくらいの魔法だって使える。
でも、僕にも誇れることが少しある。それは逃げ足の速さと趣味である魔導具集めだ。というか魔導具がなければ僕は即死しているだろう。今まで生き残ってこれたのは魔導具のおかげだ。
だから僕の体はアクセサリーまみれだ。でもこれが良い。魔道具一つ一つの重さが安心するんだ。
あ、もう一つ誇れるものがあった。チェスだ。小さい頃からずっとやってきたからか、今やあの世界的に有名なリューオー・フジーという人物に、過去に民間人も含めた大会で奇跡的に勝ったことがある。
マグレかもしれないが、僕にとっては誇れることの一つだ。チェスができるなら、戦略や軍師的や役割で仲間たちに的確な指示、なんてことができると思われがちだが、そんなこと一切ない。
現実は盤面とは違い、予想外のできごとだらけなのだ。考えた通りになったことなんてない。魔導具と仲間のおかげで生き残れてこれただけだ。
でも・・・
「リーダぁ! 今日こそ勝ちます!! チェス、勝負しましょう!」
僕のパーティーのモンクであるリタだ。僕よりも3歳年下の19歳。いつも明るくて人懐っこくて、本当の妹みたいにかまってくる子で、愛嬌があってかわいい。
「あ~。しょうがないな。1戦だけね」
「やったぁ! リーダぁ大好き!」
そう言って、リタは俺を後ろからハグしてくる。19歳。銀髪のツインテールで、スレンダーな筋肉質な体型にして爆弾メロンのような特大果実を二つも持っているリタは、それを惜しげもなく僕の背中に押し付ける。
俺は来るものを拒まないタイプだ。逃げる時もあるけど。可愛い女子の抱擁を避けるメンズがどこにいるんだい?
ただ、実は一人でチェスをしている時のほうが好きだ。のんびりしている時間が好きだからね。
争いってこわいよね。冒険者のくせに何言ってんだって思われるけど、望んで戦っているわけじゃない。姉妹や幼馴染たちが僕を連れていくもんだから…仕方なくね。
「うぅ~。今日も負けたぁ~。リーダぁ強すぎます! でもいつか勝ちますから! 勝ったら、何でも一つ言う事聞いてくださいね!」
前にリタに約束してしまった。チェスに一度でも勝ったら何でもお願いを聞くと。
絶対に負けるわけにはいかない。人の頼み事なんてろくなことはない。
僕が何かに関わるといつも不運が訪れる。ついた異名が<死神>。こんな優しい死神がどこにいるんだよと思うが、僕が関わると誰かが死ぬとか死にかけるとか。とにかくなんか酷いことがよく起こるらしい。僕のせいじゃない…よね?
「あ、リーダぁ。そういえばギルド長が呼んでましたよ! なんか、話があるとか?」
「そ、そうなんだ。今は忙しいから、また今度ねって言っておいてもらえる?」
「わかりました! そう言っておきますね!」
そう会話すると、僕の目の前から一瞬でいなくなるリタ。彼女との出会いは冒険者学園時代の後輩だ。当時から、パーティーを組んで姉妹と幼馴染と行動していたが、いつも成績は1位。そのせいで注目の的だった。だからリタにも声をかけられた。
冒険者学園では、先輩後輩関係なくパーティーを組むことができる。ただ、パーティーでの評価だけではなく、ちゃんと個人評価もあるので、厳しい採点だ。
その中でも僕の成績はなぜか上位。パーティー同士での模擬戦などもあったが、なぜか相手が真剣に戦う前に倒れてしまう。それを周囲は俺が何かをしたと勘違いしているらしい。
仲間すら僕が説明しても全然信じてくれないから、今では言い訳とか詳細も言わないようになってしまった。
おかげでいつも胃痛・腹痛三昧だ。余計な評価って本当に胃腸に悪いよね。
『ぎゅるぎゅるrrr…』
あ、そんなこと考えてたらまたお腹痛くなってきた。あぁ…墓に隠れたい。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「マークさん~! リーダぁに話してきましたよ! 『今は忙しいから、また今度ね』だそうです!」
ここは、王都のギルド。リタが話しかけた相手は、40歳くらいで陽に焼けた大柄の褐色ハゲゴリラ。いや、王都のギルドをまとめているギルド長のマークだ。マークは、頭に怒りのシワを作りながらその話を聞く。
「グ、グレンのやつ…またっ! ったく。 おい、フィーナ! 支度しろ! 直接行くぞ!」
「マークさん、またですか? もう、そんな急に」
「まだ超緊急ってほどでもないが、早い方が良い案件だ。あいつに依頼するしかない」
そうマークと会話するのは、ギルド長の秘書であるフィーナだ。26歳。ギルドの制服姿で、長めの金髪に長いまつげと端正な顔立ちから冒険者たちにも人気だ。
ただ、受付ではないので、フィーナと接する機会があるのは、ギルド長と会う機会がある人くらいで、ギルド内をすれ違う時はいつも冒険者たちは振り向く。
「しょうがないですねぇ。じゃあ早く済ませちゃいましょう! 今日はもう夕方ですし、終業時間になっちゃいます!」
仕事の時間は厳守。確かに大事だ。フィーナは時間に厳しい人物だった。
あ、そうそう。僕の名前はグレン・アルヴェルト。『陽気な墓<ライヴリー・グレイブ>』こと巷では『ライグレ』と呼ばれているパーティーのリーダーをしている。
しているというか、させられているというか。一番何もできない僕がリーダーなんて、笑い者だよね。アハハハハ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「グレン~~! グレンはいるかー?」
ライグレのクランの建物にやってきたマークは、グレンを呼び出すために近くの者に話しかける。クランなので、大広間にはライグレ以外のパーティーもいたりする。
「お~う、マークさんじゃないか! どうしたんだい? グレンは執務室だと思うぞ」
『陽気な墓』のクランに所属している『疾風の爪痕<ウィンディ・クロウ>』のリーダー、アルト・バーンズが答える。
アルトは25歳。騎士のような鎧を身につけ、緩やかな茶髪をなびかせたイケメンだ。
「アルトか、元気そうだな。ありがとう! ちょっと今ここでは言えないんだが、後でグレンにでも聞いてくれ」
「ほいほい~。じゃあまたなマークさん! あ、フィーナちゃん今日も可愛いね! 今度俺と、、、ととと」
フィーナはアルトに軽くお辞儀だけするが、すぐにツンと顔を背けてマークと一緒にさっさと歩き出す。フィーナはガードが固いようだ。
「あのクールな感じもたまんねぇ…」
アルトはフィーナの小ぶりなお尻を視界に収めながら見送る。
『コンコン…』
「グレン! いるか? マークだ。ちょっと聞いてほしい話があるんだが」
3階まで上がったマークは重厚な執務室のドアをノックして、グレンを呼ぶ。
「・・・」
『ゴンゴンゴン!!!』
「グレン! いるよな! いるのはわかってんだ! 返事しろ!」
扉の厚さが弊害となってか、小さなノックでは聞こえていないと認識したマークが扉を壊さんとばかりの大きさでノックする。
『ガチャ…』
扉を半開きに開けながら、恐る恐る顔を覗かせたグレン。
「ちょっとマークさん。扉が壊れちゃうよ。もっと優しくお願い。 そんなだから娘さんに嫌われるんだよ?」
「余計なお世話だ!! 一度目のノックで出てこい!」
褐色ハゲの頭にシワが増えていく。これ以上は危ないな。脳梗塞にでもなったら大変だ。冗談はここまでにしておこう。
「それで、何か用? 僕忙しいんだよね」
今自体はまったく忙しくない。チェスしていただけだし。
「リタにギルドに来るよう言われただろ。ちゃんと来てくれ。ちょっとお前らにしか頼めない依頼があるんだよ」
『ガチャ…』
俺は扉を閉めた。今日は休めてはいるが、少し前に依頼を受けたばかりなのに、もう次の依頼。少しは休ませてほしい。僕は忙しいのは嫌いなんだ。
「おい! 勝手に閉めるな! …フィーナ、頼めるか?」
「…しょうがないですねぇ。 グレンさんのことは嫌いじゃないから、まぁいいですけど…」
『ふぅ~~~』
扉の前でフィーナは大きく息を吐いて、何かを準備するかのように構える。
「グレンさ~~ん♡ お話、聞いてくれたら…私、ちょっとグレンさんのお願い一つ、聞いちゃうかも?♡」
いつもクールなフィーナ。それが今、絶対にギルドでは見せない表情と甘い声でグレンを誘うように扉越しに話しかける。こんな姿はマークとグレンくらいしか見せていない。
『ガチャ…』
大人の色香に勝てなかった僕は扉を開けた。マッハで。音速の衝撃波で扉が開いたかもしれない。扉壊れてないよね?
「えっと…フィーナさんほんと?」
フィーナの顔を伺うように、俺はさっき言われたことを確かめる。
「ほんとですよ~♡ そもそもこんな姿グレンさんにしか見せてないんだからぁ~♡ ギルドにいたらわかるでしょ?」
マークは横目で、女って本当に怖いなと感じていたが、それを言葉にしてはフィーナに何を言われるかわからない。グレンに話を聞かせるのにいつも役立ってくれている。
「しょうがないなぁ。フィーナさんの為にちょっとだけ話を聞いてあげる。1分だけね」
俺は最大限の譲歩をした。
「とりあえず、ここじゃなんだから、中に入れてもらっていいか?」
「はいはい。じゃあ中にどうぞ」
僕は2人を執務室に招き入れて、ソファに座らせる。せっかくだからお茶を出す。もちろんフィーナさんにだけだ。
マークさんは、お茶とか飲むような人じゃないだろ。好きなのは酒だし。
俺が2人が座っている向かいのソファに座ると、ローテーブル越しに話が始まる。
「じゃあ早速だが本題に入るぞ。王都から南に1日くらい行ったところにあるモルフォレの森。あそこで魔物の討伐依頼があったんだが、そのまま2週間過ぎても戻ってこないパーティーが復数出ている」
「そうなんですよグレンさん。マークさんが言った通り、まだ2週間とはいえ、1パーティーすら帰ってこないのがいつもの依頼から考えるとちょっと不安で…」
2人が依頼について話す。簡単に言えば、魔物の討伐と捜索って感じかな。そんで今、王都でお願いできるのは僕たちしかいないってことか。
「フィーナさんの話だから、受けるけどさぁ。今うちにいるメンバーってリタとルゥルーとキースの3人なんだよね」
リタはモンク。ルゥルーはシーフ。キースは剣士だ。全員近接戦闘タイプ。だから遠距離タイプがいないことがちょっと不安だ。
「近接メンバーしかないということか。まあそれでもお前たちにしか今お願いできないことだから、そのメンバーでも向かってほしい」
「相手の魔物に遠距離攻撃型はいないの? 森だからあんまり考えられないけどさ」
「そうだな。討伐依頼は元々サイクロプスだ。でもパーティーが帰ってきていないことから、他の特殊な魔物も出てきている可能性もある」
サイクロプスなら、リタたちで十分だ。奴らは目さえ潰せば、あとはどうとでもなる。目の位置まで届けばだけど。僕はもちろん届かない。
でもマークさんが言った通り、他の魔物も出てきている可能性がある。まぁしかし森だし大丈夫だろう。
なぜなら僕は、森でひどい目にあったことがないからね。山とか空とか海ならまだしも森ならね。…大丈夫だよね?
「わかった。じゃあ3人に連絡して、早めに向かうよ」
「グレン助かる。いつも悪いな」
「悪いと思ってるなら、なんかギルド報酬以外にもほしいな~~魔導具とか」
僕は魔導具に目がない。魔導具なら何でもOKだ。クランには魔導具部屋なんてものも作っている。僕しか部屋を開けられないような仕組みにもしている。厳重にね。盗まれたらヤバいものもあるし。盗んだ人の命がね。
「今すぐには考えられないが、お前たちが戻ってくる頃には考えておこう」
「絶対だよ~楽しみにしておくからさ」
よしっ。少しやる気が出てきた。と言っても僕は同行するだけだ。リタたちがやってくれるだろう。
「じゃあ話は終わりだね! じゃあね!」
僕はどうぞお帰りくださいと言わんばかりに、2人を送り出す。
「グレンさん」
帰り際、フィーナさんが綺麗な金髪をなびかせて振り返る。そのまま僕に近寄る。
『チュッ…』
頬にキスされた。近づいた時にふわっと香る柑橘系のいい匂い。柔らかな唇の感触。
「これは、前報酬ねっ♡」
僕は呆然と立ち尽くす。あんな美人にキスされて嬉しくないわけがない。
「えっ、てことは後報酬もあるの?」
「グレンさんのお願い一つ、聞いちゃうかもって言ったでしょ?」
「…うぉおおおおおおお!!!」
俄然やる気が出た。神様仏様フィーナ様。リタ! ルゥルー! キース! 頑張ってくれ!
(僕、僕は、、、この依頼が終わったらフィーナさんとデートするんだ!!!)
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