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湧き上がる
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よく晴れた青空の下、セレナもエドモンドも珍しくライフルを手に、近くの森の入り口に立っていた。
今日の行事は狩猟大会。
「今年の狩りは君が一緒で嬉しいよ」
「同じチームではないのが残念です」
「ヴィーオと喧嘩しないようにね」
「努力します」
今年の狩猟大会は二人一組のチーム戦。数はもちろんのこと、大きさや狩った獲物の状態も審査対象となる。ただ闇雲に狩ればいいわけではなく、貴族としての品位も問われる大会となっている。
セレナとエドモンドは同じチームにはなれず、互いの護衛を交代してチームを組む形となった。
ヴィーオの不満げな顔を横目で見ては苦笑するも、セレナはヴィーオと同じチームであることよりもエドモンドがルカと同じチームであることに不安を抱いている。
「ルカ、礼儀正しくね」
「了解でーす」
敬礼をして見せるルカの軽さに眉を寄せるのはヴィーオも同じ。彼もセレナと同じぐらい彼の危険さを知っているだけに不安を募らせている。
「今年は兄上が参加されるから勝ち目はないだろうね」
「チーム戦ですよ、殿下。俺がいれば負けませんって」
「兄上のパートナーはあのジェラルド・イースターだ。勝ち目はない」
「殿下のそういうとこ、直したほうがいいリストに入れておきますね」
「あはは、そうだね。よろしく頼むよ」
ジェラルドのパートナーは有名な狩りの狩人。ジェラルド単身でも狩りの腕は一流なのに、そこに名手が入ることによって無敵となったとエドモンドは諦めているが、ルカは違う。
「俺が勝たせてあげますから、スピーチ考えといてくださいよ」
「僕が兄上を差し置いてスピーチなどおこがましい」
「パートナーがすごいんだってスピーチしてくれればいいですから」
ジェラルドがいる以上は八百長にも近いこの大会。エドモンドは出しゃばるつもりはない。
しかし、ルカはそんなのは知ったことではないと言わんばかりに後ろから両肩に手を置いて一緒に森へと進んでいく。
「俺、気配を察知するのは得意なんですよ。一キロ離れた獲物でも狙えます。殿下の獲物を狩ろうとする貴族の頭とか、ね」
「怖いな、ルカは。そんなことしちゃダメだよ。大問題になる」
「一キロ離れた場所からの狙撃だなんて誰も思いやしません。それに、こうした大会ではよくあることじゃないですか」
「聞いた以上は許可できないね」
「殿下は真面目ですね。ま、頑張りましょう」
今日は護衛が任務ではなく狩りであることからルカの雰囲気は彼本来のものへと変わっている。ヘラついて、誰に対しても敬意を払わない人間性にセレナとヴィーオは不安しかない。
「ついていく?」
「セレナ王子妃の腕前は参加してる貴族たちもよく知ってる。結果を残さなかったら笑いものになるぞ」
「どうせ彼らは女が活躍するのも気に入らないんだからどのみち嫌な感情をぶつけられるだけよ」
「ま、それもそうだな」
ルカは変わったわけではない。今はセレナの護衛として生きることを楽しんでいるから特殊部隊から護衛に移動しただけ。まだ飽きたとは言っていないため心配はないと思うが、特別何かが起こるわけではない日常に彼の飽きが来るのはそう遠くないだろうとセレナは予想している。
そのとき、ルカ・フィリバートという人間はどういう行動に出るのか。想像するのも恐ろしい。
「アイツは不気味だけど正々堂々タイプだから、この大会で問題を起こすつもりはないと思う」
「だといいけど」
いつまでも彼らの背中を見ていても仕方ないと二人は別の方向へと歩き出した。
「ルカは何を狩るのが得意なんだい?」
「生き物ならなんでも。小動物から猛獣から人間まで何でも狩る」
「猛獣を狩ったことがあるのかい?」
「猛獣って呼ばれる生き物がどの程度強いのか知りたい年頃もあったわけよ」
「結果は?」
「俺が今ここに生きてること」
「愚問だったね」
ルカはセレナよりもエドモンドのほうがずっとわかりにくい人間だと思っている。わかりやすいように見えて、その実とてもわかりにくい。数あるコンプレックスを隠すために一つずつかぶり続けた仮面は相当な数で、完璧と周りに信じ込ませられるほど馴染ませた仮面はどれもが素顔に見えるほど。
ルカもセレナ同様、人の裏の顔を見抜くのは得意だが、エドモンドはどれが本性なのかいまいち判断がつきにくい。
「殿下は?」
「僕は自分で言うのもなんだけど、人より秀でているものがないんだ」
「記憶力は誇っていいんじゃ?」
「あはは。そうだね。これからは自慢できることは記憶力だって言うことにする」
「それがいい。自分で自分を認めて誇ってやることが大事なんだよ。周りの言葉より自分の言葉だ」
「君が言うと説得力があるね」
「だろ」
エドモンドの言葉には嫌味がない。自分を卑下することは彼にとって当たり前で、褒めてもらえば素直に受け取る。王族らしいと言えばそう。だが、彼の中にある王族らしからぬ何かを感じる。ルカはその何かを解き明かしたい気持ちが込み上げているのを感じていた。
(ここでエドモンドを殺したらどうなるんだろうな……)
小さな興味がルカの中で芽生え始める。王族を殺せば国家反逆罪に問われ、死刑は免れない。しかし、ここは森の中で、同じように歩いている貴族は誰もが自分の獲物に夢中。最下位になりたくないと気を張っている者もいる。そんな人間の近くで少し音を立ててやれば無闇に発砲するだろう。それが実はエドモンドだったと細工するぐらいルカには容易なこと。
貴族は青ざめ、悲鳴を上げるかもしれない。やってしまったと勘違いするか、それとも自分じゃないと必死に訴えるか。誤射で人を撃つことは狩りの最中にはよくあることだが、相手が王子ではそれも通用しないだろう。
ヴィーオとセレナだけが気付くだろう。ジェラルドも気付くかもしれない。疑いではなく確信を持って詰めてくるはず。そのとき、自分はどうやってその場を乗り切ろうか考える。それがとてつもなく楽しいのだ。
ルカはライフルではなく手のひらに収まる小型銃。サイレンサーはないが、お気に入り。
狙うは頭か心臓か。一発で仕留めたほうが楽しい。死人に口なし。そうすれば、貴族による的外れな推理大会が始まるのだから。
絶対にしてはいけない行為はルカにとっては危険なゲームでしかない。たとえ自分が捕まって死刑宣告を受けようとも、その最期の瞬間までルカは自分の人生を楽しむだろう。
(頭か……)
見つけた獲物に狙いをつけ、ゆっくりと銃を構えるエドモンドの頭を狙うことに決め、腕を上げた。
「そういうことはセレナの前でやるんだと思ってたよ」
どこか笑っているように感じる静かな声にルカは思わず銃を袖に引っ込めた。
なんのことか、とは聞かないルカにエドモンドも振り向きはしない。彼の目は獲物を捉えたまま。
(撃つ)
ルカが思うと同時にエドモンドが獲物に向けて銃弾を放った。
「お見事」
銃弾は100メートル先を走っていた鹿の頭部を貫通した。
(秀でたものは持ってない、ね)
走っている獲物を狙うのは簡単ではない。ましてやこの銃声の中を慌てて逃げ惑う鹿の頭を狙うなど相当な訓練を積んでいない限りできるはずがない。あの構え、あの瞬間、風向き、全て計算されたものだった。まぐれではない。
「ふう……よかった。なんとか当たったよ」
ゆっくりと立ち上がったエドモンドが笑顔を見せる。言葉どおり、声には安堵が含まれており、緊張していたのだと伝わってくるが、ルカはそうは受け取らなかった。
彼は緊張などしていなかった。獲物をあの鹿だけに定め、最初から一発で仕留めるつもりだった。
(腕前的にはセレナと同等か、それ以上ってとこか……)
軍人のように狙撃訓練を受けていれば100メートルの狙撃は普通だが、貴族としての嗜みとしての狩猟経験しかないのであれば100メートルの狙撃は上級レベルに近い。
走っている獲物の頭部を的確に狙い撃つなど狩猟経験のみで得られる技術ではない。
(隠してんなぁ)
ふわっとしたくすぐったさがルカの中に走った。セレナに刺されたときほどではないにしても、エドモンドは自分が思っていた以上に色々と隠している。それを無性に暴きたくなった。
今日の行事は狩猟大会。
「今年の狩りは君が一緒で嬉しいよ」
「同じチームではないのが残念です」
「ヴィーオと喧嘩しないようにね」
「努力します」
今年の狩猟大会は二人一組のチーム戦。数はもちろんのこと、大きさや狩った獲物の状態も審査対象となる。ただ闇雲に狩ればいいわけではなく、貴族としての品位も問われる大会となっている。
セレナとエドモンドは同じチームにはなれず、互いの護衛を交代してチームを組む形となった。
ヴィーオの不満げな顔を横目で見ては苦笑するも、セレナはヴィーオと同じチームであることよりもエドモンドがルカと同じチームであることに不安を抱いている。
「ルカ、礼儀正しくね」
「了解でーす」
敬礼をして見せるルカの軽さに眉を寄せるのはヴィーオも同じ。彼もセレナと同じぐらい彼の危険さを知っているだけに不安を募らせている。
「今年は兄上が参加されるから勝ち目はないだろうね」
「チーム戦ですよ、殿下。俺がいれば負けませんって」
「兄上のパートナーはあのジェラルド・イースターだ。勝ち目はない」
「殿下のそういうとこ、直したほうがいいリストに入れておきますね」
「あはは、そうだね。よろしく頼むよ」
ジェラルドのパートナーは有名な狩りの狩人。ジェラルド単身でも狩りの腕は一流なのに、そこに名手が入ることによって無敵となったとエドモンドは諦めているが、ルカは違う。
「俺が勝たせてあげますから、スピーチ考えといてくださいよ」
「僕が兄上を差し置いてスピーチなどおこがましい」
「パートナーがすごいんだってスピーチしてくれればいいですから」
ジェラルドがいる以上は八百長にも近いこの大会。エドモンドは出しゃばるつもりはない。
しかし、ルカはそんなのは知ったことではないと言わんばかりに後ろから両肩に手を置いて一緒に森へと進んでいく。
「俺、気配を察知するのは得意なんですよ。一キロ離れた獲物でも狙えます。殿下の獲物を狩ろうとする貴族の頭とか、ね」
「怖いな、ルカは。そんなことしちゃダメだよ。大問題になる」
「一キロ離れた場所からの狙撃だなんて誰も思いやしません。それに、こうした大会ではよくあることじゃないですか」
「聞いた以上は許可できないね」
「殿下は真面目ですね。ま、頑張りましょう」
今日は護衛が任務ではなく狩りであることからルカの雰囲気は彼本来のものへと変わっている。ヘラついて、誰に対しても敬意を払わない人間性にセレナとヴィーオは不安しかない。
「ついていく?」
「セレナ王子妃の腕前は参加してる貴族たちもよく知ってる。結果を残さなかったら笑いものになるぞ」
「どうせ彼らは女が活躍するのも気に入らないんだからどのみち嫌な感情をぶつけられるだけよ」
「ま、それもそうだな」
ルカは変わったわけではない。今はセレナの護衛として生きることを楽しんでいるから特殊部隊から護衛に移動しただけ。まだ飽きたとは言っていないため心配はないと思うが、特別何かが起こるわけではない日常に彼の飽きが来るのはそう遠くないだろうとセレナは予想している。
そのとき、ルカ・フィリバートという人間はどういう行動に出るのか。想像するのも恐ろしい。
「アイツは不気味だけど正々堂々タイプだから、この大会で問題を起こすつもりはないと思う」
「だといいけど」
いつまでも彼らの背中を見ていても仕方ないと二人は別の方向へと歩き出した。
「ルカは何を狩るのが得意なんだい?」
「生き物ならなんでも。小動物から猛獣から人間まで何でも狩る」
「猛獣を狩ったことがあるのかい?」
「猛獣って呼ばれる生き物がどの程度強いのか知りたい年頃もあったわけよ」
「結果は?」
「俺が今ここに生きてること」
「愚問だったね」
ルカはセレナよりもエドモンドのほうがずっとわかりにくい人間だと思っている。わかりやすいように見えて、その実とてもわかりにくい。数あるコンプレックスを隠すために一つずつかぶり続けた仮面は相当な数で、完璧と周りに信じ込ませられるほど馴染ませた仮面はどれもが素顔に見えるほど。
ルカもセレナ同様、人の裏の顔を見抜くのは得意だが、エドモンドはどれが本性なのかいまいち判断がつきにくい。
「殿下は?」
「僕は自分で言うのもなんだけど、人より秀でているものがないんだ」
「記憶力は誇っていいんじゃ?」
「あはは。そうだね。これからは自慢できることは記憶力だって言うことにする」
「それがいい。自分で自分を認めて誇ってやることが大事なんだよ。周りの言葉より自分の言葉だ」
「君が言うと説得力があるね」
「だろ」
エドモンドの言葉には嫌味がない。自分を卑下することは彼にとって当たり前で、褒めてもらえば素直に受け取る。王族らしいと言えばそう。だが、彼の中にある王族らしからぬ何かを感じる。ルカはその何かを解き明かしたい気持ちが込み上げているのを感じていた。
(ここでエドモンドを殺したらどうなるんだろうな……)
小さな興味がルカの中で芽生え始める。王族を殺せば国家反逆罪に問われ、死刑は免れない。しかし、ここは森の中で、同じように歩いている貴族は誰もが自分の獲物に夢中。最下位になりたくないと気を張っている者もいる。そんな人間の近くで少し音を立ててやれば無闇に発砲するだろう。それが実はエドモンドだったと細工するぐらいルカには容易なこと。
貴族は青ざめ、悲鳴を上げるかもしれない。やってしまったと勘違いするか、それとも自分じゃないと必死に訴えるか。誤射で人を撃つことは狩りの最中にはよくあることだが、相手が王子ではそれも通用しないだろう。
ヴィーオとセレナだけが気付くだろう。ジェラルドも気付くかもしれない。疑いではなく確信を持って詰めてくるはず。そのとき、自分はどうやってその場を乗り切ろうか考える。それがとてつもなく楽しいのだ。
ルカはライフルではなく手のひらに収まる小型銃。サイレンサーはないが、お気に入り。
狙うは頭か心臓か。一発で仕留めたほうが楽しい。死人に口なし。そうすれば、貴族による的外れな推理大会が始まるのだから。
絶対にしてはいけない行為はルカにとっては危険なゲームでしかない。たとえ自分が捕まって死刑宣告を受けようとも、その最期の瞬間までルカは自分の人生を楽しむだろう。
(頭か……)
見つけた獲物に狙いをつけ、ゆっくりと銃を構えるエドモンドの頭を狙うことに決め、腕を上げた。
「そういうことはセレナの前でやるんだと思ってたよ」
どこか笑っているように感じる静かな声にルカは思わず銃を袖に引っ込めた。
なんのことか、とは聞かないルカにエドモンドも振り向きはしない。彼の目は獲物を捉えたまま。
(撃つ)
ルカが思うと同時にエドモンドが獲物に向けて銃弾を放った。
「お見事」
銃弾は100メートル先を走っていた鹿の頭部を貫通した。
(秀でたものは持ってない、ね)
走っている獲物を狙うのは簡単ではない。ましてやこの銃声の中を慌てて逃げ惑う鹿の頭を狙うなど相当な訓練を積んでいない限りできるはずがない。あの構え、あの瞬間、風向き、全て計算されたものだった。まぐれではない。
「ふう……よかった。なんとか当たったよ」
ゆっくりと立ち上がったエドモンドが笑顔を見せる。言葉どおり、声には安堵が含まれており、緊張していたのだと伝わってくるが、ルカはそうは受け取らなかった。
彼は緊張などしていなかった。獲物をあの鹿だけに定め、最初から一発で仕留めるつもりだった。
(腕前的にはセレナと同等か、それ以上ってとこか……)
軍人のように狙撃訓練を受けていれば100メートルの狙撃は普通だが、貴族としての嗜みとしての狩猟経験しかないのであれば100メートルの狙撃は上級レベルに近い。
走っている獲物の頭部を的確に狙い撃つなど狩猟経験のみで得られる技術ではない。
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