完璧であろうとする二人の光と闇

永江寧々

文字の大きさ
63 / 74

湧き上がる

しおりを挟む
 よく晴れた青空の下、セレナもエドモンドも珍しくライフルを手に、近くの森の入り口に立っていた。
 今日の行事は狩猟大会。

「今年の狩りは君が一緒で嬉しいよ」
「同じチームではないのが残念です」
「ヴィーオと喧嘩しないようにね」
「努力します」

 今年の狩猟大会は二人一組のチーム戦。数はもちろんのこと、大きさや狩った獲物の状態も審査対象となる。ただ闇雲に狩ればいいわけではなく、貴族としての品位も問われる大会となっている。
 セレナとエドモンドは同じチームにはなれず、互いの護衛を交代してチームを組む形となった。
 ヴィーオの不満げな顔を横目で見ては苦笑するも、セレナはヴィーオと同じチームであることよりもエドモンドがルカと同じチームであることに不安を抱いている。

「ルカ、礼儀正しくね」
「了解でーす」

 敬礼をして見せるルカの軽さに眉を寄せるのはヴィーオも同じ。彼もセレナと同じぐらい彼の危険さを知っているだけに不安を募らせている。

「今年は兄上が参加されるから勝ち目はないだろうね」
「チーム戦ですよ、殿下。俺がいれば負けませんって」
「兄上のパートナーはあのジェラルド・イースターだ。勝ち目はない」
「殿下のそういうとこ、直したほうがいいリストに入れておきますね」
「あはは、そうだね。よろしく頼むよ」

 ジェラルドのパートナーは有名な狩りの狩人。ジェラルド単身でも狩りの腕は一流なのに、そこに名手が入ることによって無敵となったとエドモンドは諦めているが、ルカは違う。

「俺が勝たせてあげますから、スピーチ考えといてくださいよ」
「僕が兄上を差し置いてスピーチなどおこがましい」
「パートナーがすごいんだってスピーチしてくれればいいですから」

 ジェラルドがいる以上は八百長にも近いこの大会。エドモンドは出しゃばるつもりはない。
 しかし、ルカはそんなのは知ったことではないと言わんばかりに後ろから両肩に手を置いて一緒に森へと進んでいく。

「俺、気配を察知するのは得意なんですよ。一キロ離れた獲物でも狙えます。殿下の獲物を狩ろうとする貴族の頭とか、ね」
「怖いな、ルカは。そんなことしちゃダメだよ。大問題になる」
「一キロ離れた場所からの狙撃だなんて誰も思いやしません。それに、こうした大会ではよくあることじゃないですか」
「聞いた以上は許可できないね」
「殿下は真面目ですね。ま、頑張りましょう」

 今日は護衛が任務ではなく狩りであることからルカの雰囲気は彼本来のものへと変わっている。ヘラついて、誰に対しても敬意を払わない人間性にセレナとヴィーオは不安しかない。

「ついていく?」
「セレナ王子妃の腕前は参加してる貴族たちもよく知ってる。結果を残さなかったら笑いものになるぞ」
「どうせ彼らは女が活躍するのも気に入らないんだからどのみち嫌な感情をぶつけられるだけよ」
「ま、それもそうだな」

 ルカは変わったわけではない。今はセレナの護衛として生きることを楽しんでいるから特殊部隊から護衛に移動しただけ。まだ飽きたとは言っていないため心配はないと思うが、特別何かが起こるわけではない日常に彼の飽きが来るのはそう遠くないだろうとセレナは予想している。
 そのとき、ルカ・フィリバートという人間はどういう行動に出るのか。想像するのも恐ろしい。

「アイツは不気味だけど正々堂々タイプだから、この大会で問題を起こすつもりはないと思う」
「だといいけど」

 いつまでも彼らの背中を見ていても仕方ないと二人は別の方向へと歩き出した。

「ルカは何を狩るのが得意なんだい?」
「生き物ならなんでも。小動物から猛獣から人間まで何でも狩る」
「猛獣を狩ったことがあるのかい?」
「猛獣って呼ばれる生き物がどの程度強いのか知りたい年頃もあったわけよ」
「結果は?」
「俺が今ここに生きてること」
「愚問だったね」

 ルカはセレナよりもエドモンドのほうがずっとわかりにくい人間だと思っている。わかりやすいように見えて、その実とてもわかりにくい。数あるコンプレックスを隠すために一つずつかぶり続けた仮面は相当な数で、完璧と周りに信じ込ませられるほど馴染ませた仮面はどれもが素顔に見えるほど。
 ルカもセレナ同様、人の裏の顔を見抜くのは得意だが、エドモンドはどれが本性なのかいまいち判断がつきにくい。

「殿下は?」
「僕は自分で言うのもなんだけど、人より秀でているものがないんだ」
「記憶力は誇っていいんじゃ?」
「あはは。そうだね。これからは自慢できることは記憶力だって言うことにする」
「それがいい。自分で自分を認めて誇ってやることが大事なんだよ。周りの言葉より自分の言葉だ」
「君が言うと説得力があるね」
「だろ」

 エドモンドの言葉には嫌味がない。自分を卑下することは彼にとって当たり前で、褒めてもらえば素直に受け取る。王族らしいと言えばそう。だが、彼の中にある王族らしからぬ何かを感じる。ルカはその何かを解き明かしたい気持ちが込み上げているのを感じていた。

(ここでエドモンドを殺したらどうなるんだろうな……)

 小さな興味がルカの中で芽生え始める。王族を殺せば国家反逆罪に問われ、死刑は免れない。しかし、ここは森の中で、同じように歩いている貴族は誰もが自分の獲物に夢中。最下位になりたくないと気を張っている者もいる。そんな人間の近くで少し音を立ててやれば無闇に発砲するだろう。それが実はエドモンドだったと細工するぐらいルカには容易なこと。
 貴族は青ざめ、悲鳴を上げるかもしれない。やってしまったと勘違いするか、それとも自分じゃないと必死に訴えるか。誤射で人を撃つことは狩りの最中にはよくあることだが、相手が王子ではそれも通用しないだろう。
 ヴィーオとセレナだけが気付くだろう。ジェラルドも気付くかもしれない。疑いではなく確信を持って詰めてくるはず。そのとき、自分はどうやってその場を乗り切ろうか考える。それがとてつもなく楽しいのだ。
 ルカはライフルではなく手のひらに収まる小型銃。サイレンサーはないが、お気に入り。
 狙うは頭か心臓か。一発で仕留めたほうが楽しい。死人に口なし。そうすれば、貴族による的外れな推理大会が始まるのだから。
 絶対にしてはいけない行為はルカにとっては危険なゲームでしかない。たとえ自分が捕まって死刑宣告を受けようとも、その最期の瞬間までルカは自分の人生を楽しむだろう。

(頭か……)

 見つけた獲物に狙いをつけ、ゆっくりと銃を構えるエドモンドの頭を狙うことに決め、腕を上げた。

「そういうことはセレナの前でやるんだと思ってたよ」

 どこか笑っているように感じる静かな声にルカは思わず銃を袖に引っ込めた。
 なんのことか、とは聞かないルカにエドモンドも振り向きはしない。彼の目は獲物を捉えたまま。

(撃つ)

 ルカが思うと同時にエドモンドが獲物に向けて銃弾を放った。

「お見事」

 銃弾は100メートル先を走っていた鹿の頭部を貫通した。

(秀でたものは持ってない、ね)

 走っている獲物を狙うのは簡単ではない。ましてやこの銃声の中を慌てて逃げ惑う鹿の頭を狙うなど相当な訓練を積んでいない限りできるはずがない。あの構え、あの瞬間、風向き、全て計算されたものだった。まぐれではない。

「ふう……よかった。なんとか当たったよ」

 ゆっくりと立ち上がったエドモンドが笑顔を見せる。言葉どおり、声には安堵が含まれており、緊張していたのだと伝わってくるが、ルカはそうは受け取らなかった。
 彼は緊張などしていなかった。獲物をあの鹿だけに定め、最初から一発で仕留めるつもりだった。

(腕前的にはセレナと同等か、それ以上ってとこか……)

 軍人のように狙撃訓練を受けていれば100メートルの狙撃は普通だが、貴族としての嗜みとしての狩猟経験しかないのであれば100メートルの狙撃は上級レベルに近い。
 走っている獲物の頭部を的確に狙い撃つなど狩猟経験のみで得られる技術ではない。

(隠してんなぁ)

 ふわっとしたくすぐったさがルカの中に走った。セレナに刺されたときほどではないにしても、エドモンドは自分が思っていた以上に色々と隠している。それを無性に暴きたくなった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

処理中です...