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ラビの幼馴染2
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「シャンディ」
「話の途中で行っちゃうんだから」
「ごめんよ。でもヒース国王がいらしてたんだ」
「見てたから知ってる」
少し拗ねた顔を見せるシャンディに謝るラビに焦りはない。幼馴染は友人とは違う、少し特別な存在だ。理解はしているが、アーデルは初対面にしてシャンディに良い感情を抱いてはいなかった。彼女が見せる目が好きではない。あからさまではないが、敵意を持っているのだろうと思わせる瞳の奥の感情がアーデルの目を逸らさせる。
それを見たシャンディがアーデルに声をかけた。
「ルスのアーデル王女ですよね?」
「はい」
「シャンディ・ウェルザーと申します。お会いできて光栄です、王女殿下」
「彼女はハワード・ウェルザー公爵の娘なんです。ワーナー家とウェルザー家は昔から親交が深く、彼女は僕が唯一まともに話せる相手です」
「ラビは人見知りが激しいので友人と呼べる相手も少ないんです」
「それはもう話してあるから言わなくていいよッ」
「もっと他の人にも心を開いたらいいのに」
「苦手なんだ」
「知ってる。だから強制したことないでしょ?」
「そうだけど」
笑顔と苦笑で話をする二人にどう対応すべきか考えている間に二人は二人だけしかわからない話をし始める。今度は確かに一人ポツンと座っているわけではないが、それでも話に入れていない以上は一人と変わらない。
五分、十分、十五分と過ぎた頃、ラビがハッとした。
「どうしたの?」
「ア、アーデルごめんなさい! ぼ、僕はまた……アーデル?」
傍にいたはずのアーデルの姿がないことにラビの顔が青ざめていく。またやってしまった。ヒュドールに知り合い一人いない彼女をいつでも話せる相手との会話に夢中になって一人にしてしまったと後悔が動悸に変わる。
「アーデル王女なら向こうに行ったけど」
「なんで言わないんだ!」
「なんでって……あ、ラビッ!?」
怒る資格などない。自分が幼馴染との話に夢中になってしまったのが悪い。愛想を尽かされてしまったかもしれない。あれだけ大声で宣言したのに、さっそく幸せとは程遠いことをしてしまった。手が、足が震える。これは不安か恐怖か。息が吸えているのかもわからない。それでも足は前へと進む。探さなければと急いでいる。
前方に見つけた純白のドレス。足が加速する。
「アーデル!」
振り向いたアーデルの表情に怒りはなく、むしろ驚いてさえいた。追いかけてくる男だと思われてはいなかったと言っているようにも見える表情に浮かびそうになる苦笑だが、そんな余裕はあるはずもなく、滑り込むように土下座をした。
「もう……なんと謝っていいのかわかりません。僕はまたあなたを一人にしてしまいました。失望されて当然です。ごめんなさい。あなたを必ず幸せにしますとヒース国王にもお約束したのに僕はその口で幼馴染と話し込み──……アーデル……?」
ギュッと目を閉じて更に見を縮こませながら謝罪と反省を口にするも足音が聞こえた。恐る恐る顔を上げると立ち止まっていたアーデルがまた歩き出していた。ヒュッと喉が音を立て、慌てて追いかける。
「ア、アーデル、待ってください!」
「待ちません」
「ごめんなさい! すみません! 申し訳ございません! もう二度とあなたを一人にはしません! お約束します!」
どんなに必死に謝ろうとアーデルの足は止まらない。ルスへと続く道。とても歩いて帰れる距離ではない。馬車でも数日はかかる道のり。ドレスを着て歩けば夜盗に襲われるのがオチだ。ヒュドールの周辺は治安が良いとは言えない。慌てて手を掴んで引き止めるも強く振り払われた。
「アーデル……」
「もう、やめてください」
呼吸が乱れ始める。目に力が入り、瞬きが多くなる。これは不安ではなく恐怖。何を言われるのか、最悪の想像が頭を過ぎる。
「ごめんなさい。どうか許してくださ──」
「簡単に土下座なんてしないでください」
「…………え……?」
「頭を上げて、こっちを見てください」
下げた頭をそろっと上げると目が合ったアーデルは今にも泣き出しそうだった。
「ア、アーデル……」
「私は夫に土下座などしてほしくありません。そのような大袈裟な謝罪を求めることもありません」
「ぼ、僕は……」
「どこの世界に夫の土下座を見たいと思う妻がいるのです」
一ヶ月前まで名前しか知らない相手だった。でも今日、夫婦になった。良い結婚式とは言えない。最高の日とも呼べない。それでも文句がないのは、夫となった相手が気は弱くとも、とても優しい人だから。
彼が育ってきた環境はなんとなく想像がついている。七人男がいる中の七男である彼はきっときょうだいから父親同様の圧をかけられてきたのだろう。何かにつけて謝罪を要求されていたのかもしれない。だから何かとすぐに謝罪を口にし、必要もないのに土下座をする。彼は皇子でありながら土下座という行為に抵抗がない。彼の中でその行為が謝罪時に当然となっているようにさえ見えるそれがアーデルはとても悲しかった。
「もし、あなたが何か詫びなければと思った時は、目を見て、一度だけ謝ってください。ごめんなさいと、それだけでいいんです」
祝福しないきょうだいに文句を言わないのは意味がないと諦めているからではなく、きっと言えない立場にあるから。アイリスのような態度を取られてしまうのを恐れている。
祝福されないことを不幸だとは思わない。怒りも湧かない。だけど、彼が家族の誰からも祝福されない環境で育ち、土下座を当たり前とするようになってしまったことが辛く感じた。何より、彼がそれを辛いと思っていないことが悲しい。
瞳に浮かぶ涙が瞬きによって一粒こぼれ、頬を伝う。それを指で掬い上げたラビはまだアーデルを見つめている。
「ごめんなさい。一人にしてしまったこと。泣かせてしまったこと。謝罪します」
「はい」
慌てもしない、大声も出さないラビはなんだか不思議で、おかしくて、笑ってしまう。笑ってくれたことに安堵するラビがホッと息を吐き出した。
「もう、怒ってないですか?」
「土下座しないと約束してくだされば怒りは消えます」
「お約束します」
スッと差し出された小指を小指で絡め取ってアーデルが上下に揺らす。
「嘘ついたら針千本飲ませますからね」
「離婚じゃなくて?」
「その時に考えます」
「は、針千本がいいです……」
「千本飲むまで監視しますよ?」
「が、頑張ります!」
その時が来たら本当に飲んでしまいそうだと少し恐ろしくなるが、彼はわかりやすいため、その時は嘘だと指摘せずにさりげなく聞き出せたらと思った。未来はそう暗くない。むしろ威圧的な男性と結婚するよりもずっと明るく思える。この結婚は失敗ではないとさえ。
「ラビ皇子、お願いがあります」
「なんでしょう?」
「あの意味のない披露宴を切り上げて家に案内していただきたいのです」
驚いた顔をするラビだが、苦笑はなかった。むしろ自分もそうしたかったと言わんばかりに微笑みを浮かべた。だが、すぐにそれも曇る。
「本当に、狭いですよ?」
「構いません。住めば都と言いますし、むしろ狭いほうが使い勝手がいいかもしれません」
「たぶん……アーデルが想像している三十倍は狭いと思います」
「ミニチュアですか?」
「ぼ、僕だけが住めればいい家でしたので……ミニチュアも同然かと……」
そこまで前置きする家とはどんな家だろうと逆に興味が湧く。
「あ、あの……もう一つ、お伝えしておかなければならないことが……」
まだあるのかと目を瞬かせるアーデルにまた「ごめんなさい」と言う。一つのことにつき一回。そう言ったのはアーデルだから止められない。
「なんですか?」
腹の前で人差し指を突き合わせながら俯くラビが呟いた。
「執事はいません……」
ほんの一瞬ではあるが、思考が停止する。アーデル自身、どういう感情で停止したのかわからない。そこまで想定していなかったことでショックを受けたからなのか、それとも皇子が執事もつけずに一人で暮らしていたことに驚いたからなのか。
何度か目を瞬かせながら同じように俯いて一点を見つめていたのをやめて顔を上げると苦笑するラビと目が合った。
「ぼ、僕は一通り家事ができますから生活には問題ありません! 全て僕がしますから、アーデルは好きなことをして過ごしてください」
「と、とりあえず家に行きませんか?」
「あ、はい……」
ここに来て一番の衝撃は参列客がいない教会だと思っていたが、今の告白はそれ以上だった。上手く返せなかった返事に申し訳ないと思いながらも笑顔で対応することができなかった。
家に行けばなんとかなる。彼はなんでも卑屈めいた発言をするため今回のもそうに違いないと前向きに捉え、新居に着くまでに気持ちを整理しようと考えた。
「ラビ!」
戻ってこない幼馴染を探しに来たシャンディの再来にアーデルは思わず肩を持ち上げて息を吐いた。彼女は祝福の言葉一つかけることはしなかった。もしかするとラビには言ったのかもしれないが、花嫁である自分には一言だってなかった。ヒュドールは祝福の言葉を口にしてはならない習わしでもあるのだろうかと疑いたくなるほどにヒュドールの人間からは一度だって祝福の言葉を聞いてはいない。もし習わしではないのだとしたら総じて失礼な人間の集まりだと心の中で思うに留めた。
「ラビ皇子、先に馬車に行っています」
立ち尽くして待つより良いと馬車の場所もわからないまま場を離れようとしたアーデルの腕をラビが掴んだ。
「もう帰るの? まだ話したいことたくさんあるんだけど」
「今日はもう帰るよ。僕もアーデルも疲れたんだ」
「そんなに疲れることあった?」
緊張するような事自体なかったではないかと言いたげなシャンディをアーデルはますます嫌いになる。ラビを見ながら言っているが、言葉はアーデルに飛んでくる。
「アーデルに家を案内したいんだ」
「私も一緒にしようか? 私もよく知ってるし、案内できるよ」
「狭い家なんだから案内に二人も必要ない。それに三人もいたら狭いよ」
「それもそうね。何回もあそこでお茶してるけどいつも狭いって思うし」
飛んでくる言葉の矢を盾で防ぎながら笑みを保つ。
「ラビの家のどこで──」
「ごめん。もう行くよ。暗くなる前に帰りたいから」
「わかった。じゃあまた行くね」
「三人は狭いって言っただろ」
「じゃあラビがうちに来てよ。それで解決でしょ?」
「わかった」
妻の目の前で幼馴染と言えど他の女の家に行く約束をしたことにパチッと瞼を強く瞬かせるも幼馴染と呼べるほど長い付き合いの相手と張り合うつもりはなく、何も言わないでおいた。
「王女殿下、お会いできて光栄でした」
「こちらこそ」
緩く手を振ってラビと一緒に馬車まで歩く。背中に突き刺さる痛いほどの強い視線にアーデルが苦笑する。
「どうかしましたか?」
「いいえ。お家に着くのが楽しみだと思っただけです」
きっとまた会うことになるだろう幼馴染の存在が穏やかな生活の妨げになるのではないかと少し憂鬱になりながら馬車に乗り込んだ。
「話の途中で行っちゃうんだから」
「ごめんよ。でもヒース国王がいらしてたんだ」
「見てたから知ってる」
少し拗ねた顔を見せるシャンディに謝るラビに焦りはない。幼馴染は友人とは違う、少し特別な存在だ。理解はしているが、アーデルは初対面にしてシャンディに良い感情を抱いてはいなかった。彼女が見せる目が好きではない。あからさまではないが、敵意を持っているのだろうと思わせる瞳の奥の感情がアーデルの目を逸らさせる。
それを見たシャンディがアーデルに声をかけた。
「ルスのアーデル王女ですよね?」
「はい」
「シャンディ・ウェルザーと申します。お会いできて光栄です、王女殿下」
「彼女はハワード・ウェルザー公爵の娘なんです。ワーナー家とウェルザー家は昔から親交が深く、彼女は僕が唯一まともに話せる相手です」
「ラビは人見知りが激しいので友人と呼べる相手も少ないんです」
「それはもう話してあるから言わなくていいよッ」
「もっと他の人にも心を開いたらいいのに」
「苦手なんだ」
「知ってる。だから強制したことないでしょ?」
「そうだけど」
笑顔と苦笑で話をする二人にどう対応すべきか考えている間に二人は二人だけしかわからない話をし始める。今度は確かに一人ポツンと座っているわけではないが、それでも話に入れていない以上は一人と変わらない。
五分、十分、十五分と過ぎた頃、ラビがハッとした。
「どうしたの?」
「ア、アーデルごめんなさい! ぼ、僕はまた……アーデル?」
傍にいたはずのアーデルの姿がないことにラビの顔が青ざめていく。またやってしまった。ヒュドールに知り合い一人いない彼女をいつでも話せる相手との会話に夢中になって一人にしてしまったと後悔が動悸に変わる。
「アーデル王女なら向こうに行ったけど」
「なんで言わないんだ!」
「なんでって……あ、ラビッ!?」
怒る資格などない。自分が幼馴染との話に夢中になってしまったのが悪い。愛想を尽かされてしまったかもしれない。あれだけ大声で宣言したのに、さっそく幸せとは程遠いことをしてしまった。手が、足が震える。これは不安か恐怖か。息が吸えているのかもわからない。それでも足は前へと進む。探さなければと急いでいる。
前方に見つけた純白のドレス。足が加速する。
「アーデル!」
振り向いたアーデルの表情に怒りはなく、むしろ驚いてさえいた。追いかけてくる男だと思われてはいなかったと言っているようにも見える表情に浮かびそうになる苦笑だが、そんな余裕はあるはずもなく、滑り込むように土下座をした。
「もう……なんと謝っていいのかわかりません。僕はまたあなたを一人にしてしまいました。失望されて当然です。ごめんなさい。あなたを必ず幸せにしますとヒース国王にもお約束したのに僕はその口で幼馴染と話し込み──……アーデル……?」
ギュッと目を閉じて更に見を縮こませながら謝罪と反省を口にするも足音が聞こえた。恐る恐る顔を上げると立ち止まっていたアーデルがまた歩き出していた。ヒュッと喉が音を立て、慌てて追いかける。
「ア、アーデル、待ってください!」
「待ちません」
「ごめんなさい! すみません! 申し訳ございません! もう二度とあなたを一人にはしません! お約束します!」
どんなに必死に謝ろうとアーデルの足は止まらない。ルスへと続く道。とても歩いて帰れる距離ではない。馬車でも数日はかかる道のり。ドレスを着て歩けば夜盗に襲われるのがオチだ。ヒュドールの周辺は治安が良いとは言えない。慌てて手を掴んで引き止めるも強く振り払われた。
「アーデル……」
「もう、やめてください」
呼吸が乱れ始める。目に力が入り、瞬きが多くなる。これは不安ではなく恐怖。何を言われるのか、最悪の想像が頭を過ぎる。
「ごめんなさい。どうか許してくださ──」
「簡単に土下座なんてしないでください」
「…………え……?」
「頭を上げて、こっちを見てください」
下げた頭をそろっと上げると目が合ったアーデルは今にも泣き出しそうだった。
「ア、アーデル……」
「私は夫に土下座などしてほしくありません。そのような大袈裟な謝罪を求めることもありません」
「ぼ、僕は……」
「どこの世界に夫の土下座を見たいと思う妻がいるのです」
一ヶ月前まで名前しか知らない相手だった。でも今日、夫婦になった。良い結婚式とは言えない。最高の日とも呼べない。それでも文句がないのは、夫となった相手が気は弱くとも、とても優しい人だから。
彼が育ってきた環境はなんとなく想像がついている。七人男がいる中の七男である彼はきっときょうだいから父親同様の圧をかけられてきたのだろう。何かにつけて謝罪を要求されていたのかもしれない。だから何かとすぐに謝罪を口にし、必要もないのに土下座をする。彼は皇子でありながら土下座という行為に抵抗がない。彼の中でその行為が謝罪時に当然となっているようにさえ見えるそれがアーデルはとても悲しかった。
「もし、あなたが何か詫びなければと思った時は、目を見て、一度だけ謝ってください。ごめんなさいと、それだけでいいんです」
祝福しないきょうだいに文句を言わないのは意味がないと諦めているからではなく、きっと言えない立場にあるから。アイリスのような態度を取られてしまうのを恐れている。
祝福されないことを不幸だとは思わない。怒りも湧かない。だけど、彼が家族の誰からも祝福されない環境で育ち、土下座を当たり前とするようになってしまったことが辛く感じた。何より、彼がそれを辛いと思っていないことが悲しい。
瞳に浮かぶ涙が瞬きによって一粒こぼれ、頬を伝う。それを指で掬い上げたラビはまだアーデルを見つめている。
「ごめんなさい。一人にしてしまったこと。泣かせてしまったこと。謝罪します」
「はい」
慌てもしない、大声も出さないラビはなんだか不思議で、おかしくて、笑ってしまう。笑ってくれたことに安堵するラビがホッと息を吐き出した。
「もう、怒ってないですか?」
「土下座しないと約束してくだされば怒りは消えます」
「お約束します」
スッと差し出された小指を小指で絡め取ってアーデルが上下に揺らす。
「嘘ついたら針千本飲ませますからね」
「離婚じゃなくて?」
「その時に考えます」
「は、針千本がいいです……」
「千本飲むまで監視しますよ?」
「が、頑張ります!」
その時が来たら本当に飲んでしまいそうだと少し恐ろしくなるが、彼はわかりやすいため、その時は嘘だと指摘せずにさりげなく聞き出せたらと思った。未来はそう暗くない。むしろ威圧的な男性と結婚するよりもずっと明るく思える。この結婚は失敗ではないとさえ。
「ラビ皇子、お願いがあります」
「なんでしょう?」
「あの意味のない披露宴を切り上げて家に案内していただきたいのです」
驚いた顔をするラビだが、苦笑はなかった。むしろ自分もそうしたかったと言わんばかりに微笑みを浮かべた。だが、すぐにそれも曇る。
「本当に、狭いですよ?」
「構いません。住めば都と言いますし、むしろ狭いほうが使い勝手がいいかもしれません」
「たぶん……アーデルが想像している三十倍は狭いと思います」
「ミニチュアですか?」
「ぼ、僕だけが住めればいい家でしたので……ミニチュアも同然かと……」
そこまで前置きする家とはどんな家だろうと逆に興味が湧く。
「あ、あの……もう一つ、お伝えしておかなければならないことが……」
まだあるのかと目を瞬かせるアーデルにまた「ごめんなさい」と言う。一つのことにつき一回。そう言ったのはアーデルだから止められない。
「なんですか?」
腹の前で人差し指を突き合わせながら俯くラビが呟いた。
「執事はいません……」
ほんの一瞬ではあるが、思考が停止する。アーデル自身、どういう感情で停止したのかわからない。そこまで想定していなかったことでショックを受けたからなのか、それとも皇子が執事もつけずに一人で暮らしていたことに驚いたからなのか。
何度か目を瞬かせながら同じように俯いて一点を見つめていたのをやめて顔を上げると苦笑するラビと目が合った。
「ぼ、僕は一通り家事ができますから生活には問題ありません! 全て僕がしますから、アーデルは好きなことをして過ごしてください」
「と、とりあえず家に行きませんか?」
「あ、はい……」
ここに来て一番の衝撃は参列客がいない教会だと思っていたが、今の告白はそれ以上だった。上手く返せなかった返事に申し訳ないと思いながらも笑顔で対応することができなかった。
家に行けばなんとかなる。彼はなんでも卑屈めいた発言をするため今回のもそうに違いないと前向きに捉え、新居に着くまでに気持ちを整理しようと考えた。
「ラビ!」
戻ってこない幼馴染を探しに来たシャンディの再来にアーデルは思わず肩を持ち上げて息を吐いた。彼女は祝福の言葉一つかけることはしなかった。もしかするとラビには言ったのかもしれないが、花嫁である自分には一言だってなかった。ヒュドールは祝福の言葉を口にしてはならない習わしでもあるのだろうかと疑いたくなるほどにヒュドールの人間からは一度だって祝福の言葉を聞いてはいない。もし習わしではないのだとしたら総じて失礼な人間の集まりだと心の中で思うに留めた。
「ラビ皇子、先に馬車に行っています」
立ち尽くして待つより良いと馬車の場所もわからないまま場を離れようとしたアーデルの腕をラビが掴んだ。
「もう帰るの? まだ話したいことたくさんあるんだけど」
「今日はもう帰るよ。僕もアーデルも疲れたんだ」
「そんなに疲れることあった?」
緊張するような事自体なかったではないかと言いたげなシャンディをアーデルはますます嫌いになる。ラビを見ながら言っているが、言葉はアーデルに飛んでくる。
「アーデルに家を案内したいんだ」
「私も一緒にしようか? 私もよく知ってるし、案内できるよ」
「狭い家なんだから案内に二人も必要ない。それに三人もいたら狭いよ」
「それもそうね。何回もあそこでお茶してるけどいつも狭いって思うし」
飛んでくる言葉の矢を盾で防ぎながら笑みを保つ。
「ラビの家のどこで──」
「ごめん。もう行くよ。暗くなる前に帰りたいから」
「わかった。じゃあまた行くね」
「三人は狭いって言っただろ」
「じゃあラビがうちに来てよ。それで解決でしょ?」
「わかった」
妻の目の前で幼馴染と言えど他の女の家に行く約束をしたことにパチッと瞼を強く瞬かせるも幼馴染と呼べるほど長い付き合いの相手と張り合うつもりはなく、何も言わないでおいた。
「王女殿下、お会いできて光栄でした」
「こちらこそ」
緩く手を振ってラビと一緒に馬車まで歩く。背中に突き刺さる痛いほどの強い視線にアーデルが苦笑する。
「どうかしましたか?」
「いいえ。お家に着くのが楽しみだと思っただけです」
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