静かで穏やかな生活を望む死神と呼ばれた皇子と結婚した王女の人生

永江寧々

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国王陛下来訪3

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 ラビは事の顛末を話した。シャンディとの出会いからハイデンに出発する前まで隠す事なく全て。批判を受けるかもしれない。軽蔑されるかもしれない。失望されるかもしれない。だが、それにはあまり恐怖心は持っていなかった。だってそれらはどれを受けようと当然の反応なのだからと。

「そうか……」

 重たい溜息と共に吐き出されたヒースの言葉にラビは頷くだけ。

「以前、私のもとにシャンディ・ウェルザーから手紙が送られてきた事があった」
「えっ!?」
「娘の躾がなっていないとな」
「も、もももももも申し訳ございま──」

 顔面蒼白状態で再び土下座しようとするのを今度はヒースが止めた。

「なぜ君が謝る?」
「だ、だって彼女は……」
「幼馴染だからと彼女の自己責任問題を君が代わりに謝罪する必要がどこにある? シャンディ・ウェルザーの愚行を君が代わりにと謝罪する姿を見て妻はどう思う?」

 ハッとしてアーデルを見ると頷きが返ってきた。至らない考えに俯くラビの肩をアーデルが優しく撫でる。

「彼女は早くに母親を亡くしている。本来であれば娘の行動に付き添うのは母親の役目だ。社交界でもパーティーでも母親が監視役として同行する。だが、早くに母親を亡くせばそれは使用人の役目となる。誰と何をしようが口うるさく言われる事はなく、父親も娘から嫌われたくないがばかりに注意はしない。ハワード・ウェルザーはそうして育ててきたらしい」
「おっしゃるとおりです。公爵は可愛い娘を叱るのは難しいと言っていました。少しわがままに育ててしまったかもしれないと苦笑を滲ませる事もありましたが、それでも親族と疎遠になっている自分にとって娘だけが癒しであり宝物である。育て方を間違えたと言われるかもしれないが……」

 ハワード・ウェルザーと話をした際に言われた言葉を思い出して言葉に詰まる。苦笑さえ滲まない深刻な表情にアーデルもヒースもその先を促そうとはしなかった。

「僕がいるから安心だと」

 唾をごくりと飲み込んでから呟くように言葉を漏らしたラビが拳を握る。その拳に込められた意味はなんだろう。申し訳なさか、それとも彼女の父親と一緒になって甘やかしてきた責任を感じての事か。

「僕は……僕に依存しています。僕も……そうでした。アーデルと結婚するまではシャンディがいればそれでいいと」
「共依存とはそういうものだ」
「でも、僕は、結婚してアーデルという女性にあっという間に惹かれて……シャンディよりもアーデルが大切だと思うようになりました。シャンディはそれが気に入らないんです。彼女は常に一番でなければ気が済まない。自分の願いは叶えられるべきで、自分は誰よりも優先されるべき。そう考えています。だから僕がアーデルと旅行に行く事も、記念日を一緒に過ごす事も彼女は気に入らない。問題を起こして僕の気を引こうとするんです。アーデルよりも自分を優先させるために」

 自殺未遂までするとは思っていなかっただけに、シャンディの本気度にラビは驚きよりも恐怖を感じた。人と関わる事自体に恐怖を感じているラビはシャンディがいたから自死を考える事はなかった。だが、人間の人生はいつだって選択続きだ。正しいか間違いか。右か左か。買うか買わないか。するかしないか。勝つか負けるか。逃げるか戦うか。そしてその選択はいつだって変える事ができる。右に行こうと決めたけど左に行ったり、買うつもりだったけどやめたり、逃げるつもりだったけど戦ったり。
 ラビも同じだ。いつかは親の利益のためにどこかの国の王女と結婚するだろうと覚悟はしていた。だが、人と目を合わせる事や弾むような話題を持たない口下手な男をお喋り上手な女性は好まない。派手な事も人が多い場所も苦手な男と誰が過ごしたいと思うのか。だから結婚してもすぐに愛想を尽かされるだろうと思っていたからずっとシャンディと一緒にいるつもりだった。でも現実は良くも悪くも想像とは違う。
 顔合わせをしたあの日、ラビはアーデルと話した時間がとても心地良いものだったと家に帰ってからずっと思い出していた。でもあんなにも優しい人が自分のような男を好きになるはずがないと諦めていたからシャンディを優先していた。それもアーデルに惚れる間まで。思ったよりもずっと早く、アーデルを好きになった。

「なるほど」

 ラビも理解できないわけではない。好きになった側は気持ちが切り替えられているが、急に突き放された側の気持ちは簡単には切り替えられないと。自分は変わった側だから理解してくれと訴える。シャンディは言われた側だからできない。だが、理解してくれと頼む以外に方法がない。シャンディが望むままに何百回と頭を下げて頼み込もうときっと彼女は受け入れない。だからラビは決めた。

「僕はアーデルとの生活を守りたいですし、シャンディに構ってアーデルを一人にする事はしたくありません。でも、ここに住んでいてはシャンディが何かしたら動き続けると思うので、物理的に距離を取るためにも引っ越そうと思っています」
「資金はあるのかい?」
「あります。僕は……高級取りなので」

 笑顔を見せはしたが、隠せない苦笑が滲み出ている。
 戦争に出て金を稼ぐ事が正しい金の稼ぎ方だとは思っていないラビにとってその言葉は自分に対する嫌味も同然。趣味がないラビはヒュドールの銀行に金を預けている。それこそヒュドールの高級住宅街の家を一括払いできるぐらいの額を。

「そうか。頼もしいな」

 彼が兵士として戦っている事は知っている。それについてヒースが何か提言する事はない。娘が嫁いだ相手だが、国を出た以上は自分の考えを押し付けるわけにはいかない。たとえここまで戦火が及ぼうともヒースはラビを責める真似はしないと決めている。

「君を責めておきながら意見を変えるのはみっともないが、そういう事があったのであれば君が家を建てなかったのは正しかったのかもしれないな」

 ラビは少し表情を明るくしたが、アーデルは横目でヒースの初めの言葉に同意するような視線を送る。その視線にゴホンと咳払いをしてラビを見た。

「アーデルとの未来を描いてくれているようで安心したよ。親が過保護に出てきてしまってすまなかったね」
「い、いえ! とんでもありません! 僕がヒース国王に手紙を出しておくべきだったのに、怠ってしまったのが原因です!」

 やっぱり電話を取り入れるべきかと一瞬考えはしたが、ルスに“電気”があるはずもなく、自分のところだけ設備を整えたところで仕方がないと口にはしなかった。

「これからはそうしてくれると嬉しいよ。さすがに一週間経っても返事がないのは心配だからね」
「お約束します」

 深く頭を下げるラビだが、アーデルは父親を見て首を傾げた。

「そういえば、何か手紙を送ってくださったのですよね? 何用だったのですか?」

 手紙の返事がない事に心配してやってきたという事は手紙を出したという事。一年間会っていなかったのであればわかるが、最近会ったばかりの娘に手紙を送るほど暇ではないはず。

「あ、もしかしてハウザー家のパーティー……」
「ではない」

 何かあったのかと問いかけないのは何があったのか知っているからだろう。ココが自ら報告したのかもしれないとアーデルは予想する。

「なら、何用の手紙でしょうか?」

 斜め下に視線を逸らしたヒースが小さく溜息をつく。それだけでアーデルはピンときた。

「フォス、ですか?」
「結婚する」

 声も出ないほどの驚きにラビとアーデルの目が同時に見開かれる。

「結婚……?」

 頭の中を結婚の文字がグルグルと回る。それから派生する気持ちと言葉がアーデルの脳を支配する。考えがまとまらず言葉が出てこないまま魚のように口をパクパクと動かすだけの娘の反応は想像に難くなかっただけにヒースも苦笑しながら頷いていた。
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