静かで穏やかな生活を望む死神と呼ばれた皇子と結婚した王女の人生

永江寧々

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死神と呼ばれる理由

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「二人だけで話がしたいなんて言い出してすみません」
「い、いえ、大丈夫です。は、話というのは……」

 一気に不安に襲われる。ココはアーデルが好きだ。二度と触れないと約束してくれたといえど気持ちが消えたわけではないだろう。アーデルの無事と幸せを誰よりも願っているココは今回の出来事を良く思っていないはず。怒られるのではないかと拳を握りながら言葉を待った。

「大丈夫ですか?」
「え?」

 まさかの言葉に素っ頓狂な声を出してしまった事に慌てて口を抑える。

「アーデルは普段はそうでもないくせに変な所で気が強くて。普段あまり怒りを感じないだけに怒ると手がつけられなくなる事もあるんです。お茶会の輪で上手く馴染めず、地味だ根暗だと言われてもアーデルはその場で笑うだけなんです。部屋に帰ってから何度もベッドを叩いて喚き散らしてました」
「そ、そうなんですね」

 マウントか? いや、そういうタイプではないはず。
 意図が掴めないことから困惑が強まり、緊張が膨れ上がっていく。

「でも、自分の大切な人が悪く言われる事だけは笑顔で流すことができない。震えながらも言い返してしまうんです」

 ジュベールに言い返していた時の事を思い出す。手汗が滲むほど強く握り込んだ拳を震わせながらも彼の暴挙を許さなかった。自分の事ならきっと笑って受け流したのだろう。容易に想像がつく。
 だが、相変わらず何が言いたいのかわからないと顔に書くラビが顔を上げるとヒュッと喉が鳴った。

「ラビ皇子」

 いつからそんな表情でいたのだろう。柔和な声からは想像もつかないほど怒りに満ちた表情でこちらを見ていた。

「は、はい……」

 思わず顔を逸らしたラビの耳に届くのは静かだが確かに怒気が含まれている声。

「殺しましたね?」

 息を吸うこともできない衝撃の言葉にラビの思考が止まる。いや、急速に動きすぎて止まっているように感じているのか。
 なんのことだ。まさか自分の心などという御涙頂戴の言葉がもらえるはずがない。ココがそんな言葉を吐く理由はないし、言うならこんな顔じゃないはず。アーデルと一緒に育ってきた彼ならその可能性もないわけではないが、ラビは信じていない。この怒りはアーデルのように優しさから滲み出たものではなく、憎しみすらこもっているジュベールが向けるものに似ているから。

「新聞を読みました」

 吸い忘れていた息を吸った瞬間、またヒュッと音が鳴った。

「ユーベラムの街で森に近い一軒家が全焼したと。住所から見てあの家の記事である事は間違いない」
「あ、あの……」

 言い訳をしようにも言葉が出てこない。そんなラビを見つめたままココが続ける。

「全焼した家からは遺体が見つかった。焼け焦げた遺体の性別は不明。住民は一週間前に引っ越して来たばかりだったという」

 新聞の記事を読み上げるココを見るのが怖いのに顔はラビの意思に反して上がり、怒りが宿ったその瞳を見つめる。

「火矢を放たれたとは書いていませんでしたが、実際はそうだ。おかしいと思いませんか?」
「な……にが……」
「街から少し離れた別荘地だったあの場所で火事が起きた。考えられる理由は二つ。住民による火の不始末か放火。今回は放火だった。家の住民は二人。あなたと、アーデルだ」

 ドクンドクンと異様な速さで心臓が脈を打つ。こんなにも緊張しているのはジュベールの前以来か。込み上げてくる胃酸をごくりと飲んだ際、喉が焼けるのを感じたが心臓のほうが痛くて気にならなかった。

「住民二人は逃げ出しているのに何故遺体が出たのか」
「そ、れは……ぼ、僕達を捜索した人が……」
「火矢を放たれて燃え盛る家の中に捜索のため飛び込む人間がいると?」

 嘘が苦手なラビにとってこの状況は戦場で窮地に追い込まれるよりも辛い事だった。ココは親切で心ある人間。アーデルの大切な幼馴染で、自分に何かあった際にはアーデルを任せると頼んだ相手。そんな人間に自分は嘘をつくのかと浅い呼吸を繰り返しながら必死に考える。

「三人分の遺体。不動産屋の男はあまりにも不運で悲惨な出来事だとだけ語ったと書いてありました。彼も何も知らないのだから当然です。だけど、あそこには二人しか住んでいなかったとは言わなかった」

 それをあの場で口にしなかったのはこの話をアーデルの前でするのは憚られたから。
 ココが話したところで批判されるのはラビだけ。失望されるのもラビだけなのだから話したところでココに痛手はないのにアーデルを思って話さなかった。ラビのためでもあったのだろう。
 アーデルの前で話さなかったのはココの配慮。そんな相手に自分は嘘を貫くのか。死神だと受け入れているくせにこんなところで逃げるのか。相手は確信を持って聞いてきているのに逃げられると思っているのか。
 ギュッと目を閉じた後、肺一杯吸い込んだ息を止めて十秒数えた後、それをゆっくり時間をかけて吐き出した。

「……すみません」

 そう呟いたラビにココはようやく怒りを鎮めた表情を見せる。

「何があったんですか?」
「え?」

 何故そんな事を聞くのかと驚いた顔を見せるラビにココは眉を寄せながら下げる。

「理由なくそんな事するような人ではないでしょう。ましてや三人も」

 火矢を放たれて逆上したとは考えないのかとラビのほうが驚いていた。だが、同時に嬉しかった。唇を噛み締めて俯いたラビが口を開く。

「火矢を放たれてすぐ、僕達は裏の森に逃げました。ああいう広大な森の中には数百年単位の大木があって、穴が空いている事があるんです。動物の仕業だったり、人工的だったりして。そこで一夜を明かすつもりだったのですが、彼らが森に入って来るかもしれないと森の入り口へ向かった際……そこで交わされていた会話を聞いてしまったんです」

 それでかと納得したものの、ココは頷くだけで、そこで会話を止めようとはしなかった。

「三人いたうちの一人が、僕が参加した戦争で弟だけでなく弟の妻子も亡くしたそうです。僕は戦場で戦うだけで街に入って襲撃する事はないので、妻子の命を奪ったのは僕ではないのですが、奪われたほうからすれば誰が殺そうと同じなんですよね。奪われたという結果があるわけですから」

 ラビはヒュドールの人間。死神という悪名が世界に轟くほど数多の戦に参加している。それは今後も変わらないだろうし、死神が姿を見せなくなるのは誰かが死神を討ち取った時だ。彼はまだ生きている。片側にだけ金の仮面をつけて、外を闊歩する。家族を奪われた人間からすればその光景は許せるものではないし、戦場外での彼がどういう人間かなど関係ない。ココも彼らの心情は理解できるだけに黙って何度か小さく頷いていた。

「それは申し訳ないと思っています。彼らが僕にも同じ気持ちを味わってもらわなければと思う気持ちも理解しています。でも彼らは……アーデルを巻き込むつもりだった……」

 ココも何となくは予想がついていた。会話した数は片手で足りるほどだが、それでも彼という人間を知るには充分だと思っていた。彼はアーデルと同じで自分の事で腹を立てるような人間ではなく、自分の大事な人のために怒る人間。だから今回、彼らが住んでいた家から遺体が三つ見つかった時点で何となく察してはいた。

「何を話していたんですか?」

 ようやく口を開いたココの問いかけにラビが顔を上げ、震わせた口を開こうとして一度閉じた。その直後、一瞬で雰囲気が変わったラビにココの身体に緊張が走る。

「……誰の親かもわからない子供を孕ませて死神の前で殺してやる」

 最大にして最悪の展開を迎えるような言葉。
 男の弟の嫁はそうして殺されたのだろうか。同じ目に遭わせてやりたいと願う気持ちはわかるが、それが許されるはずもない。相手が死神でなくとも許されない行いを死神の妻にやってやるなど尚更命知らずな行動。
 ココは人を殺した事もなければ殺そうとした事さえない。目の前にいる人間は戦争といえど腰に腰に下げている剣で数え切れないほど人間を斬り殺してきた。戦場に立つ彼はこんな雰囲気なのだろうかと、死神と呼んだ人間の気持ちがわかる気がした。それほどラビが纏う雰囲気は恐ろしかった。

「で、でも、だからって殺すなんて……」

 舌がもつれてしまったココは途中で口を閉じる。目が合ったラビの瞳に色がない事が怖かったから。余計な事を言えば殺されるのではないか。そんな想像が頭をよぎってしまうほどに。

「僕は何を言われようと何をされようと平気です。僕自身に火矢を放たれようと銃口を向けられようと構わない。だけど、アーデルには鉛筆すら向けられたくないと思っていて……」

 過剰な愛情。執着か。まるで王に仕える絶対的な忠犬のように彼は妻への悪意さえも排除したいと考えていた。だからといって殺すかとココはまだ納得できないでいる。

「もし、本当に彼らがそれを実行するような事があったら……彼らがアーデルに触れる……そう考えると怖くて、怖くて、許せなくて……気がつくと三人──」
「わかりました」

 自分は言ったが、相手の口から「殺した」と聞くのが怖くて思わず止めた。
 目を逸らさないラビが怖い。その目が物語っているような気がする。彼の戦歴を。その目が忠告しているような気がする。真実を漏らした際の結末を。
 生まれて初めて深く呼吸できない緊張感と不安を味わいながらココは静かに視線を逸らした。

「ラビ皇子、私は……」
「話はどれぐらい続きそう?」

 窓を開ける音の後に入ってきたアーデルの声にラビの雰囲気がまた変わる。憑き物が落ちた瞬間を見たような気分になったココは腰が抜けたように地面に座り込んだ。

「ココ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」

 慌てて飛び出してきたアーデルよりも先にラビがココを支えて立ち上がらせる。

「どうしたの? めまい?」
「いや、どうせティータイムにしようって呼びかけだろうから一服しようと思って座っただけだ」

 支えられたまま近くの椅子に腰をかけ、ポケットからシガレットケースを取り出して一本咥えた。

「驚かさないでよ」
「一服してから入るから先にティータイムどうぞ」
「すぐ来てね」
「はいはい」

 会釈をしてアーデルと入っていくラビの背中を見ながらココが呟く。

「死神……」
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