亡き妻を求める皇帝は耳の聞こえない少女を妻にして偽りの愛を誓う

永江寧々

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大切な贈り物

(ふふっ、かわいい)

 棚に飾った白狼のぬいぐるみ。ウォルフがちまちまと針で突き続けて作ったプレゼントだ。記念日でもないのにと断ったのだが、贈りたくて徹夜しながら作った物だと言われて受け取らざるを得なかった。できれば物は増やしたくない。思い出は特に。砂時計だけで充分だと言っても貰ってほしいと半ば強引に押し付けられた感じだったが、こうして飾ると気に入ってしまった。

「気に入っていただけたようで何よりです」
「よくあんな物渡せたわね。アンタの汚い毛で出来た物なんて本当は嬉しくないと思うけど」

 ジトッとサーシャを見るも言い返しはしない。せっかく楽しいパーティーを過ごしたのだから喧嘩でまた嫌な気持ちになってほしくないと思ったウォルフは言い返すより別の方法を選んだ。

「イベリス様、サーシャがイベリス様は本当は喜んでないって言うんです」
〈ええ? とっても嬉しいけど〉
〈そうですよね。イベリス様の笑顔を見ればわかります〉
「は? お前さっき、俺の汚い毛で出来た物なんてイベリス様は本当は喜んでないって言っただろ」
「子供じゃないんだからなんでもチクればいいと思わないことね。あ、十六歳はまだお子ちゃまだったわね。ごめんなさい」
「そうだな。二十歳超えたおばさんの助言は一応聞いとくか」

 パンパンとイベリスが手を叩いて二人の言い合いを止める。サーシャが何を言っているのかはわからないものの表情を見ていれば二人が喧嘩寸前なのはわかる。

〈喧嘩しないでってあと一万回言わないとわかってくれないの?〉

 二人で頭を下げるもイベリスの視線が足元を向いていないのを良いことに互いの足を踏み合う。イベリスの視界にはしっかりその光景が入っているのだが、かぶりを振るだけで済ませた。

「パーティー、いかがでしたか?」
〈とっても楽しかった。ありがとう。まさか両親に会えるなんて思ってなかったから、すごく嬉しいし、すごく幸せだった〉
「本当はベンジャミン王子とフレドリカ嬢とミュゲット様もお呼びしたかったのですが……」

 その先は言わずともわかる。誰を呼んでも何かしらの問題が起こるのではないかと危惧したのだ。それは想像に難くなく、間違いではないと頷く。
 フレドリカとはロベリアの命日のあとに向こうから手紙を送ってきてくれたことで文通を始めた。『もし陛下が何かとんでもなくバカなことを言い出したら私に言って。ガツンと言ってやるから』と書いてあったのを見て嬉しくなってすぐに返事を出した。ベンジャミンとも文通を始めてもう長い。ミュゲットにもあれから何度か手紙のやり取りをしているが、何せ大陸が違うため到着まで長い時間がかかるのもあって数える程度しかできていない。

〈二人が一生懸命考えてくれたパーティー、最高の思い出になったわ。きっとあんなに楽しいことはもうないと思う〉
「そんなことないですよ。これからも楽しい思い出たくさん作っていきましょう。俺がたくさん提案しますから。ね?」

 サーシャは何も言わなかった。ウォルフは励ますほうだが、サーシャは希望を持たせることに気後れしている。もし、イベリスが現実を知っているのであればその言葉は荊になる可能性がある。希望に向かおうとする度にイベリスを傷つけかねないと。

〈二人はミュゲット皇妃の故郷に行ったことある? とても美しい南の島らしいんだけど〉
「フローラリアはまだ行ったことないんです。最南端にあるので長期休暇でもない限りはなかなか……」
〈南の島ってどんな感じかしら? 小説に書いてあるように木に大きな実が成ってたりするとか?〉
「フローラリアは花が名産だそうで、至る所に花が咲き誇っているそうです」
〈素敵〉
「あとフルーツも」
「素敵!」

 花より団子のイベリスの反応の違いに二人が笑う。ウォルフもミュゲットから聞いたぐらいの知識しかないためあまり詳しいことは知らないが、騎士団に入った際、同僚から聞いたフローラリアの裏の顔を思い出すと気軽に「行きましょうよ」と声をかけることはできなかった。
 行きたいと言ってくれれば何がなんでも連れて行く。今日にでも船を出して連れて行く。だが、イベリスはきっと言わない。そしてどんなに誘っても断るだろうからウォルフも言わないでいた。

〈ミュゲット皇妃は素敵な方よね。物腰柔らかで、雪のように白い肌をしてたわ〉
「イベリス様も色白ですよ」

 自分が白いのは当たり前だと笑いながらかぶりを振る。

〈貴族令嬢のほとんどが白くあろうとするのよ〉
「何故です?」
〈貴族令嬢は特にだけど、色が白いことが富の象徴なの。屋外に出ることなく生活できている証拠だから〉
「ああ、それで外を歩く令嬢たちは日傘を差すんですね」
〈日傘を持つことはレディの嗜みだからっていうのもあるかな。オシャレアイテムって感じ〉

 男は帽子をかぶるだけで日傘を差すことはない。女は帽子の上から日傘を差していたりする。グラキエスでは見ることのない光景だ。

「じゃあ、イベリス様もそうあろうと心がけていたんですか?」
〈私は友達が少なかったから外に出る機会があまりなかっただけ〉

 苦笑するイベリスを見たサーシャがウォルフの腰を思いきり叩く。気遣いが足りなかったと反省するウォルフが頭を下げた。

〈耳が聞こえないことで他人を遠ざけてたのは私だから。周りがどう思うか勝手に判断しすぎて自分から寄ることをしなかった。リンウッドが連れ出してくれることが私にとってのお出かけだったかな。でもここに来てあなたたちに出会えたことでいっぱい外に出るようになったのよ。今じゃあなたたちはかけがえのない大切な存在〉
「俺もイベリス様に出会えてよかったです。大好きです」
〈私もです〉

 二人がこう言ってくれるだけですぐに胸がいっぱいになる。幸せになれる。小さな幸せなんてもんじゃない。これはイベリスにとって大きすぎる幸せだ。二人もイベリスが笑ってくれるだけで嬉しいと感じる。辛いことが多い一年だったから余計に笑っていてほしいと思う。
 背後のドアをノックする音が聞こえ、サーシャがドアを開ける。

「イベリス、話がある」

 ウォルフが頭を下げて壁際へと移動し、ファーディナンドがイベリスの前へと歩いていく。

〈どうしたの?〉
「パレードの件だ。決まったか?」

 早めに中止を打ち出さなければ街が準備を始めてしまう。まだ時間はあると言ったが、アイゼンにそう言われてやってきた。国民がどれほど準備に時間をかけているのか知らなかったためイベリスに時間を与えたが、実際はそれほど時間はなかった。
 ウォルフもサーシャも何故彼が自ら中止と言い出さないのかがわからず怪訝な顔をするもイベリスは違う。

〈開催しましょ〉

 メモ帳に書かれた文字を読んで一番驚いたのはファーディナンドだ。国民の前に出る居心地の悪さは命日で実感しているはずのイベリスが笑顔で開催を決めた。イベリスが悩んだら、中止にするつもりだと言うつもりだったファーディナンドにとってそれは予想外でもあり、どこかで想像できていたことでもあった。

「いいのか?」
〈もちろん! だって、お祝いは楽しいもの。パレードが開催されれば街はお祭り状態になるでしょ? その雰囲気を皆楽しみにしてると思うの。だからパレードは開催します〉

 自分たちを祝ってくれることではなく、お祭り状態となった街を国民が楽しむために開催を決めた。少しでも楽しい思い出が一人一人の中にあればいい。
 命日でロベリアの四回目の命日を悲しむ国民があれだけいる。恋しいと思っている彼らの思いをぶつけられた気分だった。貴族令嬢でいるほうがずっと幸せだと思った日でもあった。
 それでも、それらを思い出して腹いせに祝祭をやめるなんてことはしたくない。自分がどれだけ不満に思おうとも、これが現実だと受け入れなければならないことは山のようにあると父親が言っていた。幼い頃から身をもって味わってきたし、これもその一つがなのだと考えることにした。

(パレードに出るのは私じゃない。たぶん、ロベリア。だからきっと彼らは楽しめる)

 微笑むイベリスにファーディナンドは「わかった」と返すしかなかった。イベリスは自分が楽しいより相手が楽しいほうが嬉しいと言う。だから止めることはできなかった。

(大丈夫。彼女ならきっと上手くやるわ。だって、愛する人と一緒に健康な身体で人生を再開できるんだから)

 まるで自分を落ち着かせるように、自分に言い聞かせるようにぬいぐるみを撫でるイベリスを見てファーディナンドが眉を寄せる。

「その狼の目はルビーか?」
「あっ、ちょ、陛下!」

 赤い瞳の白狼のぬいぐるみ。カットされておらずつるんと丸いためイベリスは何も思わなかったが、ウォルフの焦り様からこの赤い瞳が宝石であることを確信してファーディナンドと同じように眉を寄せる。

「お前が渡したのか?」

 少し厳しめの口調で問いかけるファーディナンドに苦笑しながら頭を掻き「渡しましたし、これは俺が作りました」と白状する。

「お前が?」

 手作りのぬいぐるみ。それがイベリスの棚に飾られている。グラキエスで買ったという砂時計と共に。イベリスの表情からして彼女はこれがルビーであることを知らなかった。

「お前の薄給でルビーを二つも買ったのか?」

 十六歳の騎士がルビーを二つ買うなどあまりにも金払いが良すぎると怪訝な表情を浮かべる相手に小さく頷く。

「俺はあまり物欲がないもので、給料のほとんどを貯金に回しています。ここには召喚されて来ているのでその手当ても出ます。グラキエスでの給料よりも貰えていますし、そのルビーはそんなに大きくありません。それに……その……」

 チラッとイベリスのほうを見るウォルフは何か言いづらそうに口をもごつかせる。

「そのルビーは装飾品に加工できない物を研磨して作られたのでお二人が想像されているよりもずっと……その……ずっと……安い値段、で、売って……いる、ん、です。ですからその……ルビーといえど、世の中にはピンキリで出回っていまして……そのルビーは……」

 苦い顔をしたあと、大きな身体はうなだれるように折り曲げられ、弱々しい声で告げた。

「安物なんです……」

 大事な贈り物に安物のルビーを使ったことは絶対に知られたくなかった。十六歳の騎士がしっかりと加工された宝石を二つも買えるはずもなく、必死に探し回った結果、店内でワゴン売りされていたルビーを見つけた。価値は普通のルビーの半分以下だと店主が言っていた。意中の相手に贈る物をこんな安物でいいのかと葛藤しながらも二つ必要であるため「彼女なら喜んでくれる」と自分に都合良く言い聞かせて買った物。
 グラキエスで買った砂時計がそれなりに良い値段したこともあって残高に不安もあった。でも、できることは全部したい。すっからかんになっても捧げたい。働いていればまた金は入ってくる。だからどうしても二つ揃えたくて購入した。 
 本物のルビーなら自慢していただろうに、宝石という枠から弾かれた赤い石にしたため隠していた自分が情けなく、思わずしゃがみ込んだ。しかし、すぐに肩を叩かれたことで恐る恐る顔を上げる。

「イベリス様……え?」

 顔を上げたウォルフの視界いっぱいに広がった「バカ」の文字。キョトンとした顔で目を瞬かせた。
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