痛みを感じない国王陛下の大いなる愛の執着

永江寧々

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招待状

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「まだ、お若いのに……」

 エリンシア・アルヴェンヌは手紙を読みながら心を痛めていた。

「訃報かい?」

 婚約者のアルトゥール・ヘイザーが怪訝そうに尋ねた。
 エリンシアは手元の封筒を見つめながら小さく頷く。

「訃報といえば、そうね。先代国王陛下と王妃陛下が事故で急逝されたそうなの。それで今度、フィオレンツ王国のヴァレン王子の戴冠式があるらしくて……」
「まだ若いんじゃなかったか?」
「ええ。確か、私より三つ上だったから二十二歳だと思う」
「二十二歳で国王陛下か」
「まさか、こんな形で王位を継ぐことになるなんて……」

 国王陛下引退による戴冠式であれば喜べるのだが、そうではない。突然訪れた世継ぎとしての義務。
 この戴冠式はあまりにも突然で、あまりにも悲しいものだとエリンシアは思った。

「君が王室と関わりがあったとは驚きだ」
「昔、少しだけ交流があったの。もう十二年も前の話」
「やはり、王室というのは義理堅いものなのかな。関わりがあった者にこうして招待状を送っているんだろう」

 同封されていた招待状の封蝋を外して中身を取り出す。
 そこには簡潔な文言が並んでいた。戴冠式への招待。ヴァレン・クローディア=メルヴェル新国王の即位を祝う式典。
 そして直筆でこう書いてあった。

「エリンシア、必ず出席してくれ」

 わざわざ一文を残す彼は律儀な性格に育ったのかもしれないと想像すると自然と目が細まる。
 
 最後に会ったのは十二年前。親の都合で国外へ引っ越すまで、彼と過ごすことが多かった。
 幼い記憶の中の少年は、いつも無表情で、何を考えているのかわからない、少し強引な少年だった。

「行くのか?」
「もちろん。久しぶりの故郷でもあるし、こうして直筆で寄せてくださってるのに行かないなんて失礼なことはできないわ」

 アルトゥールは少しだけ眉を寄せたが、すぐに頷いた。

「同行したいが、招待状は一枚だから入れないだろうからね」
「婚約者がいるとは知らないでしょうから」
「そうだね。気をつけて行っておいで」
「ええ、ありがとう」

 エリンシアは招待状をもう一度見つめた。
 まさかあの無口な王子が、こんなにも早く王になるなんて――切なさを抱えながらも式典の日を楽しみにしていた。

「エリンシア、少しいいかい?」

 その日の夜、父親のノックにドアを開けた。

「どうしたの?」

 いい話ではないだろうことを察せるほどの表情に心配そうに声をかけると、父親は机の上に置いてある戴冠式の招待状に視線を向けてからエリンシアに戻した。

「戴冠式に行くのかい?」
「そのつもりだけど……どうかしたの?」
「……いや、その……少し、心配でな」
「心配? 何を心配することがあるの?」

 父親は昔から心配性で、娘がどこに行くにも何をするにも心配をするような人だった。
 一人娘だからと母親は言っていたが、治りそうにない。だからエリンシアは「またか」とクスッと笑って見上げるが、いつもとは違う表情にエリンシアのほうが心配になった。

「ヴァレン王子が新国王になるのは素晴らしいことだと思う。悲劇による戴冠式ではあるがな」
「ええ、そうね。……悲しみにまみれた戴冠式になると思ってる?」
「そうじゃない。私が心配しているのは、お前が彼と挨拶を交わしたあとのことだよ」
「どういうこと? まさか……私が懐かしさに帰るのを惜しむかもしれないって心配をしてる? それはないから安心して」
「違う」

 首を傾げる娘の横を通って机の前に立つと招待状を持ち上げた。

「招待状がお前にしか来ていないことを心配しているんだ」
「え……?」

 招待状は家族全員に来ていると思っていただけに、父親の言葉に耳を疑う。

「私たち一家ではなく、彼はお前にだけ招待状を出したんだ」
「どうしてそんなことを……」

 招待状を机の上に戻した父親が不安の色を隠さないことにエリンシアも不安になる。

「十二年前、彼に引っ越しを告げた日のことを覚えているか?」

 忘れるはずもない。エリンシアの中で唯一衝撃だった一日だ。

『行くな。僕がそう言っているんだ。お前は行くな』

 一瞬の瞬きもないままジッとこちらを見つめて言い放つ彼を怖いと思った。今思えばあの感情は怖いというより“不気味”と感じたのだろう。
 彼のその言葉はエリンシアだけでなく、彼女の両親にも向けられた。

『行くならお前たちだけで行け。エリンシアは僕の傍に置く。勝手に連れて行くな』

 たかが十歳の子供が明確な意思を持ってそう伝えてきた。無表情で淡々とした口調ではあったが、絶対の意思を持っていた。

『僕の言っていることが理解できないのか?』

 十歳にして人を操る力を所持していることを自覚している彼を大人ながらに恐ろしいと思った。
 しかし、最も恐ろしかったのは、引っ越し当日、見送りにやってきた彼が言い放った一言だ。 

『僕の言葉を無視したことを後悔することになるぞ』

 たったそれだけの言葉だが、ゾッとしたのを覚えている。あの瞬間のことを思い出すと今でも嫌な汗が噴き出すのを感じる。
 だからこそ、一家にではなく、娘にだけ招待状が送られてきたことに不安を抱いていた。

「でも、十二年も前の話よ。彼はもうすぐ国王陛下になるの。自分勝手に生きることはできないわ」
「……権力を持つということは、良くも悪くも人を変える」
「悪いほうに進んでるって思ってるの?」
「それは……見ていないからなんとも言えないが……彼は危険な気がする」

 真っ当には育っていないだろうことを想像するのは容易で、フィオレンツの民であれば王室の複雑な事情を知っているだけに父親の懸念にエリンシアは少し迷っていた。

「戴冠式には多くの人が招待されているでしょうし、私と話す時間はそう長くないと思うの。戴冠式が終わったらすぐに帰るわ」
「そうしてくれ」

 戴冠式のあとに豪華なパーティーが開催されても行かないと決めた娘の選択に安堵して軽く肩を叩くと部屋から出ていった。
 
「お父様はああ言ってたけど、フィオレンツはいい国だもの。悪いようにはならないと思う」

 バルコニーに出て、夜空に瞬く星を見上げながらエリンシアは楽観視していた。
 十二年前の彼は十二年前の彼であり、現在の彼ではない。自分が成長したように彼も王子として素晴らしい成長を遂げ、そしてフィオレンツの素晴らしい王になるのだと。

 そして、フィオレンツへの出発の朝。

「行ってきます」
「気をつけるんだよ」
「大丈夫」

 両親の心配をよそに、エリンシアは笑顔だった。

 この瞬間の彼女はまだ知らなかった。
 この日を境に、二度とここへは戻れなくなることを。
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みんなの感想(1件)

氷下魚
2026.01.01 氷下魚
ネタバレ含む
2026.01.01 永江寧々

氷下魚様、いつも感想ありがとうございます。
励みになります!

明けましておめでとうございます。
昨年はたくさんのコメントをいただきまして、本当にありがとうございました。とてもとても励みになりました。
今年も停滞しないよう毎日更新で書いていけたらと思います。
毎朝の楽しみという嬉しいお言葉、ありがとうございます。
氷下魚様からこうしてお言葉をいただけて、朝からとても幸せな気分になれました。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
氷下魚様にとって本年が素晴らしいものでありますように。
体調など崩されませんよう、ご自愛ください。

解除

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