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お昼寝2
「じゃあ、今日はどこへ──」
「アーサー様」
「ん?」
どこを案内しようかと考えていたアーサーの言葉を遮り、マリーは立ち上がってベッドに向かった。
「え……マ、マリー?」
「今日はお部屋でのんびりするというのはいかがですか? 二度寝したりするのもいいかもしれませんよ?」
少し期待したが、わかっていた。なんの雰囲気もできていないのにマリーからそんな誘いがあるはずがないし、もし、ない可能性があるとして、マリーがそういう知識を持っていても朝から誘うはずがない。わかっているのに期待して焦った自分が恥ずかしい。
「私はそんなにひどい顔をしているかい?」
「少しだけ」
ヘアセットの際に鏡を見たとき、ハンネスには『そのようなひどい顔に目の前で食事されると食欲も失せるでしょうね』と嫌味を言われてしまったが、自分ではそこまでひどくないと思っていた。そう思っていたのは自分だけで、マリーもひどいと思っているのならひどいのだろうと苦笑する。
手紙を封筒に戻して机の引き出しにしまうとベッドに移動して横になった。
「子守歌でも歌いましょうか?」
「それより一緒に寝てくれると嬉しい」
近付いてきたマリーの手を握ってお願いすると戸惑いは見せたが、アーサーの隣で横になった。
二つある枕をひとつずつ使って向かい合っていると、マリーは半年後にはこの光景が当たり前になるのだと少し気が早いが想像してしまう。
それが嬉しくもくすぐったくて表情が緩む。
「可愛い顔して何を考えてるんだい?」
「半年後には夫婦になって、こうして同じベッドで寝てるのかなって想像していました」
「ふふっ、可愛い想像だね」
自分はもっと先の先まで想像してしまうふしだらな人間であることは口が裂けても言えないし、今も枕を奪って腕枕で抱きしめたい気持ちだったが、ベッドの上で密着しすぎると余計なことを考えてまた眠れなくなりそうだと自重している。
半年後に結婚するというのはあくまでもネイトへの当てつけとして出した案だが、マリーの中では既に半年後になっているのだと純粋に嬉しかった。
「そういえば、マリーはデビュタントデビューはしたいのかい?」
「いいえ。デビューする前に婚約したので」
十六歳までは知人が開くパーティーに出席するぐらいしかないが、十六歳になると令嬢たちは社交界に出て自分をアピールする。
狙いは爵位の高い名家の長男。次男三男は財産を相続できないため選ばない。
今まであまり縁がなかった爵位の相手と交流するキッカケを持てる場だ。出席できるのは当然未婚の令嬢だけだが、十六歳から上に上限はない。中には〝老嬢〟と呼ばれる未婚の老女も出席する。
マリーは十六歳になったときにネイトに求婚されて婚約関係を結んだため、デビュタントデビューはなく、婚約破棄されてすぐにアーサーと婚約したことで今後の参加予定もない。
だからマリーはまだあの煌びやかな世界を知らないのだ。
「パーティーは好きかい?」
答えに迷った。
大公ほどの地位にいればパーティーは頻繁に行うものなのだろうか。もしそうであれば、妻になる身として苦手と言うわけにはいかない。迷うマリーの頬に触れてアーサーはクスッと笑う。
「正直に答えていいよ」
「……あまり、得意ではありません。誰と何をお話していいのかわからないので……」
マリーはお喋りなほうではなく、どちらかといえば聞き上手だ。令嬢たちのお茶会に参加してもマリーはいつも聞き役。パーティーに出ても聞かれたことに答えるばかりで自分から質問しないため、会話が長続きしないのだ。
「よかった。私もだよ」
「え?」
「私もパーティーは苦手なんだ。若い頃からほとんど出席したことがない」
「そういえば……」
噂に聞いたことがある。ほとんどパーティーに出席しないから出会えたらラッキーだと。
ネイトに婚約破棄されたあの日、アーサーを見た令嬢たちは大騒ぎしていた。滅多に姿が見れないアーサーを見れたからだろう。
「パーティーに出席しない夫婦って呼ばれてもいいかい?」
「パーティーに出席したけど話題もない退屈な女だったって言われるよりいいです」
「酒も煙草も女も嗜まない、人としても男としてもつまらない奴と言われてる男にはピッタリの女性だ」
笑ってはいけないと思いながらもマリーは笑ってしまう。
アーサー・アーチボルトに直接そんなことを言える人間はほとんどいないだろうが、陰口は本人の耳にちゃんと入っている。それを軽口にしてしまうアーサーは大人で素敵だとマリーは思った。
「私は嗜好品と呼ばれる物が好きではなくてね。酒は眠れないときに寝酒程度にしか飲まないし、煙草は匂いが嫌いなんだ。女性はまとわりついてくるあの感じも変に高く作られた声も甘すぎる匂いも好きじゃなかった。それが人としても男としてもつまらないと言うならそれでいいさ。好きに言ってくれって感じだよ」
「昨夜は寝酒されなかったのですか?」
「あー……昨日は、その……まあ、寝酒はしなかったね。酒を置いてなかったんだ」
「あれは?」
寝酒をすればよかったのに昨日はそこに頭が働かず、悶々とし続けて朝を迎えた。
みっともないことは言いたくなく、なんとか上手い言い訳をしようと思ったのだが、ショーケースの中に置いてあるワインを見つけたマリーからの問いに目が泳ぐ。
「あれはー……コレクション、かな」
「なるほど。じゃあ飲めませんね。おじいさまもお酒はもうやめたと言いながらコレクションはたくさん持ってるんです」
「コレクションは簡単には手を出せないからね」
心の中でベンジャミンに感謝しながらアーサーは誤魔化せたことに安堵した。
なんの知識もないマリーが気付くことはないだろうが、万が一にでも勘付かれたくはない。
「眠くないんですか?」
「マリーと話してるとずっと起きてられるよ」
「寝てください。お昼になったら起こしますから」
「せっかく君と二人だけで過ごす時間なのに寝るなんてもったいない」
「明日もここにいますから」
「そうだけど……」
声のボリュームを下げて話しながらアーサーの腕をトントンと一定のリズムで叩くマリーの寝かしつけに子供じゃないんだからと笑ってしまうが、三分後にはもうまぶたが重たくなっていた。
「マリー、僕が起きたら、したいことを考えてて……」
「はい」
一人称が〝私〟ではなく〝僕〟になったことに、これが彼の素なのだろうとマリーは嬉しくなった。
会ったときはいつも〝私〟と言っているが、アルキュミアではずっと〝僕〟と言っているはず。襲い来る睡魔に抗えないところまで落ちているからこそ意識できずにこぼれたもの。
もしかすると一生聞けなかった可能性もあるのではないかと思うとこれも一つの〝ラッキー〟だとマリーは思った。
「おやすみなさい」
「んん……」
囁くように告げたおやすみにかろうじて漏れた声を返事とし、マリーは愛おしさから閉じたばかりのまぶたにキスをした。
本当はマリーも昨夜よく眠れなかった。ずっとドキドキして心臓が本当に口から飛び出してしまうのではないかと思うほどずっと高鳴る鼓動が止まらなかった。
「アーサー様もそうだったらいいな……」
アーサー・アーチボルトがそんなことで眠れなくなるはずがないし、そこまでドキドキし続けるはずがないとわかっていても願ってしまう。
いつか余裕のない顔を見てみたい。あの大人な笑顔を崩させたいと一つの野望を抱いているマリーは、静かに寝息を立てるアーサーにそっと身を寄せてアーサーの温もりを感じる。
昨日贈ってくれた香水はとても良い香りだった。だが、マリーは香水よりも今感じているアーサーの匂いのほうが好きだった。
穏やかに眠るアーサーの寝息を聞きながらハンネスが昼食に呼びにくる時間までマリーもアーサーの腕の中で眠りについた
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