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盗み聞き
しおりを挟む夕食を食べ終え、滉と陽菜乃が風呂に行くのを見送って、歩は寝室のクローゼットの奥から電子たばこを取り出す。
カラカラと窓を開け、歩はベランダへと出た。そして、その場にしゃがみ込んで電子たばこを吸う。
滉にはずっと喫煙者であることを隠してきた歩だが、滉が歩の大学まで歩を探しに来たときにバレてしまった。
滉が歩の喫煙に関して口を出すことは、付き合っている今もないが、滉が歩の喫煙を好ましく思っていないことは態度からして明らかだった。
だから、歩はこうして滉の目を盗んでたばこを吸っている。
(まあでもバレてるかもなあ)
歩はふーっと煙を吐きながら、狭い夜空を見上げる。
電子たばこだって、紙たばこほどではないにしろ匂いはする。非喫煙者である滉は、特にタバコの匂いに敏感だ。
歩は最後に一吸いして、たばこの始末をして立ち上がる。
またカラカラと窓を開けて、室内に入った。
夜とはいえ、真夏のベランダは少しいただけでも汗ばむ。クーラーの効いた部屋が心地よかった。
歩は、ベッドの影に隠れる場所にあるコンセントに充電ケーブルを繋げて電子たばこの本体を充電する。
(どうせバレてるだろうし隠す意味もないんだけどな)
そんな事を考えながら、歩はたばこの匂いを誤魔化す為、歯磨きをしようと脱衣所兼洗面所に続くドアノブを捻った。
「こうはいつけっこんするの?」
脱衣所の先の浴室から聞こえてきた言葉に、ドアノブに掛かった歩の手がぴくりと反応する。
「え、何急に…」
次いで、戸惑うような滉の声が歩の耳に届く。
(結婚…)
歩は陽菜乃の言葉を頭の中で反芻する。その身体は、まるでその場に縫い留められたかのように強張って動かない。
──聞きたくない。
嫌な予感に、ごくりと喉を鳴らす。
これ以上先を聞きたくないのに、聴覚が研ぎ澄まされて自分の鼓動が煩いくらいに聞こえる。
「うーん」
浴室で滉が思案するように唸る。歩はそれを脱衣所の扉の前で息を殺して聞いている。
「まあ、いつかはできたらいいなと思うけど…」
あっさりと吐かれた言葉に、歩の頭は真っ白になった。
「下に車停めてるから、ひな送ってくるわ」
「うん」
翌日の夕方、約束通り滉の姉が陽菜乃を迎えに来た。
「ひなちゃん、バイバイ」
玄関先まで二人を見送りに出た歩が言うと、陽菜乃はむっつりと押し黙って俯く。
つい数分前まで、仲良く遊んでいたと思ったのにどうしたのだろう?歩は首を傾げる。
「ひな。遊んでもらったんだから、ちゃんとのんにありがとう言おうな?」
「…」
陽菜乃の肩を軽く叩いて滉が言う。それでも、陽菜乃は黙り込んでいる。滉はそんな陽菜乃を見下ろして、小さく息を吐いた。
「ごめん、のんと別れるのを寂しがってるみたいだ」
そうなんだ、と歩は笑う。てっきり嫌われでもしたのかと思ったから安心した。
「ひなちゃん、また遊ぼうね。」
「…またっていつ?」
ちらりと目線だけで陽菜乃が歩の方を見上げる。
「あした?」
続けて言われた言葉に、歩は思わず小さく吹き出す。
「明日…じゃないけど…」
「あしたがいい」
そう言って、陽菜乃はまたムスッとして俯く。膨らんだ頬がリスみたいでかわいいと言ったら余計に怒ってしまいそうだ。
「またね」
再来週とか、来月とか、そういう風に言ってやれば、陽菜乃も少しは納得したのかもしれない。
しかし、具体的な約束は歩にはできなかった。歩は、またね、と曖昧に言って笑う。
「…うん。…またね」
陽菜乃は、不満気にそう言って「遊んでくれてありがとう」と消え入りそうな声で言う。
「うん。オレもひなちゃんと遊べて楽しかったよ。ありがとう。」
陽菜乃は、歩のその言葉に伏せていた顔を上げる。そして、恥ずかしそうに笑って頷いた。
「じゃあ行こうか。ママが待ってるよ」
「うん。のんちゃん、バイバイ」
滉に手を引かれて、陽菜乃が歩き出す。時折玄関前に立つ歩を振り返り、また手を振る。
歩から見えなくなるまで、陽菜乃は歩に手を振り続けた。
家の中に戻り、申し訳程度にある短い廊下の先の扉を開けて、歩は足を止める。
つい先程まで賑やかだったリビングは、誰もいなくなった今、ひどくさびしい。
歩は体をソファに沈める。
暫くそのままぼんやりしていると、いくらもしないうちに、玄関の方から扉が開く音がした。
「ただいま」
「おかえり」
ソファに座ったまま歩が言うと、滉が隣に腰を下ろしてはぁ、と天井を仰いだ。
「ひなの遊び相手とか色々ありがと」
「ううん。オレも楽しかったし」
言って笑うと、滉は少し意外そうな顔を向ける。
「のんって子ども好きなイメージなかったわ」
「うん?ああ、別に子ども好きってわけじゃないけど…。オレ一人っ子だし、うちは親戚付き合いが希薄だから、小さい子と関わる機会が今まであんまりなかったんだよね。だから、今回ちょっと新鮮で楽しかったよ。ああいう風に懐いてくれるとやっぱりうれしいかな」
「ふうん…」
「しのこそ意外だったわ」
「俺?」
「うん。ひなちゃんの世話とか普通にしてたし、すごい、慣れてる感じだった」
「まあ、子どもの頃から年下の従兄弟の遊び相手とかさせられてたし、ひなが生まれてからはひなの世話をさせられたりしたからなあ」
昔を思い出しているのか、しみじみした調子で語る滉の横顔を見て、歩は俯いた。
しんと、沈黙が落ちる。
こんな風に静かなのは久しぶりな感じがして、落ち着かない。
「しのはさ、いいお父さんになりそうだよね」
「え、」
歩の言葉に滉は歩を振り向く。その顔が、妙に深刻な顔をしているから、歩も、え?と首を傾げる。
「なに?」
首を傾げたまま言うと、滉は緩く首を左右に振って立ち上がる。
「風呂、先いい?」
「あ、うん。どうぞ」
パタンとリビングの扉が閉められて、歩は一人リビングに取り残される。
(…オレなんか変なこと言った?)
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