統合失調症妻の事件簿

第十話

あの日から数日が過ぎ、玲奈の様子が少しおかしくなったことに気づいた。地震の後、彼女の心の中に、何か大きな波が立ったようだ。それは恐怖からくるものだったのか、それとも他の何かだったのか、はっきりとはわからなかったが、玲奈の心の不安定さが増しているのは確かだった。

その日も、玲奈は朝から目をこすりながら、何度も何度も部屋を行ったり来たりしていた。気づけば、テレビのリモコンを手に持ちながらも、何かに追われるように焦りを感じているようだった。

「玲奈、どうした？」僕は心配になり、彼女に声をかけた。

「な、何も…」玲奈は顔をそらし、すぐに答えを返してきた。だが、目がうつろで、どこか遠くを見つめている。

「でも、何かおかしいよ。落ち着いて話してみて。」

玲奈はしばらく黙っていたが、やがて小さな声でつぶやいた。「…怖い。なんだか、ずっと誰かに見られている気がする…」

「誰に？」僕は思わず聞いてしまった。

「知らない…ただ、目が、目が怖いの。」

その言葉を聞いた瞬間、僕は胸が締め付けられるような気持ちになった。玲奈は、いつもと違って何かに圧倒されているようだった。

「君は大丈夫だよ。」僕は慎重に言ったが、玲奈の不安が解ける気配はなかった。

焦りと不安の入り混じる日々
その後も、玲奈の情緒は落ち着かない日々が続いた。食事を作る手が震えていたり、テレビを見ながら突然涙を流し始めたりすることが増えた。彼女の目に浮かぶ不安の色が、少しずつ強くなっていった。

「ねえ、私、どうしてこんなに怖いんだろう？」玲奈はある日の夕方、ふと口にした。

「大丈夫だよ、玲奈。君のことは僕が守るから、安心して。」僕は彼女を安心させようとしたが、玲奈はうつむいたままだった。

「でも、心が落ち着かない。ずっと不安で、胸が押しつぶされそう。」

その言葉に、僕は何も言えなかった。ただ、彼女を抱きしめることしかできなかった。

玲奈はそのまま、涙をこぼしながら僕の胸に顔を埋めた。僕はただ静かに彼女を抱きしめ、ゆっくりと背中を撫でた。

「ごめんね…私、こんなに情けない。」玲奈は、そう呟きながら涙を止めることなく流していた。

「そんなことないよ、玲奈。君は強いよ。」僕は無力に感じながらも、彼女にそう伝えた。

次第に強まる不安
数日後、玲奈の情緒はさらに不安定になった。時折、突然手を震わせながら話すことがあり、「あれ、あれが怖い」と意味不明な言葉を口にすることが増えた。目がうつろで、何かに怯えているようだった。

その日も、玲奈は何度も窓を開けては閉め、また開けては閉めるという動作を繰り返していた。

「どうしたんだ、玲奈？」僕はそのたびに声をかけた。

「外に…外に誰かがいるかもしれない。」玲奈はか細い声で答え、視線を窓の外に向けた。

「誰もいないよ。外は静かだよ。」僕は彼女を安心させようとしたが、玲奈は目を見開いて「でも…あの人の目が、私を見ている気がする。」と言った。

「玲奈、もう大丈夫だよ。」僕は何度もそう言ったが、玲奈の目の前にある現実が見えないようで、彼女の不安はどんどん深くなっていった。

その夜、玲奈は寝室でずっと横になったままだった。眠れないのか、目を開けたまま天井を見つめていた。その姿がとても切なく見えて、胸が痛んだ。

「眠れないのか？」僕は静かに尋ねた。

「ううん…だって、怖いものがどこかにいるから。」玲奈は目を閉じ、震えながら答えた。

その瞬間、僕は玲奈の手を握り、「怖くないよ、一緒にいるから。」とささやいた。

支え合いの中で
玲奈の情緒が不安定になっていることを感じながらも、僕はできる限り彼女を支えようと決心した。どんなに彼女が苦しんでいても、僕は側にいると誓った。

その夜も、玲奈の不安を少しでも和らげようと、僕は優しく彼女に話しかけ続けた。何気ない会話をして、少しでも彼女の心を落ち着けようとした。

「明日、散歩しようか？」僕は静かな声で提案した。

玲奈は少しだけ目を開けて、うっすらと微笑んだ。「うん、行こう…」

その微笑みを見ることで、僕は少しだけ安心した。

明日、少しでも玲奈が穏やかな気持ちを取り戻せることを願いながら、僕はそっと彼女の手を握り続けた。