居酒屋の看板娘でしたが、歌の治癒魔法が覚醒して王女に戻されました〜幼い頃に出会った側近様と紡ぐ恋〜

丸顔ちゃん。

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第9話 ぎこちない距離

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席に案内されたフェリクスとルークは、
木の温もりが残る椅子に腰を下ろした。

店内は夕食時の賑わいが始まりつつあり、
客たちの笑い声と食器の触れ合う音が心地よく響いている。

二人はしばらく黙っていた。
理由は違えど、胸の奥にまだ歌声の余韻が残っていたからだ。


「お待たせしました……!」

リリアが小走りで近づいてきた。
さっき歌っていた時とは違い、
少し緊張したような笑顔を浮かべている。

「えっと……ご注文を伺います」

フェリクスは微笑み、メニューを閉じた。

「この店のおすすめは?」

「煮込み料理と、父のスープが人気です」

「じゃあ、その二つを。ルークは?」

「……同じで」

ルークは短く答えた。
視線はリリアに向けられているが、
どこか戸惑いが混じっている。

リリアは注文を控えながら、
ふとルークの顔を見つめた。



「……あの、失礼かもしれませんが……」

ルークがわずかに身を固くする。

「どこかで……お会いしたこと、ありますか?」

ルークの心臓が跳ねた。

(……やっぱり……)

だが、今は言えない。

「……いえ。初めてです」

静かに、短く答える。

リリアは少し戸惑ったように笑った。

「そ、そうですよね……すみません。
 なんだか、懐かしい感じがして」

ルークは視線を落とした。
胸の奥が熱くなる。

フェリクスは横目で二人を見ながら、
何も言わずにそのやり取りを観察していた。


リリアが厨房へ戻ろうとした時、
フェリクスが穏やかに声をかけた。

「君、歌が好きなんだね」

リリアは驚いたように振り返る。

「えっ……あ、はい。好きです」

「歌っている時、とても楽しそうだった」

「そ、そう見えましたか……?」

リリアは照れたように笑う。

「歌うと、胸が軽くなるというか……
 お客さんが喜んでくれると嬉しくて」

フェリクスはその言葉に、
胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

(……素直で、まっすぐな子だ)

「料理、すぐお持ちしますね!」

リリアは軽く頭を下げ、厨房へ駆けていった。


リリアの姿が見えなくなると、
テーブルに静かな空気が戻った。

フェリクスは腕を組み、
ルークは落ち着かない様子で指先をいじっている。

しばらくして、フェリクスがぽつりと言った。

「……お前、珍しく緊張しているな」

「……していません」

「嘘だ。声が硬い」

ルークは言葉に詰まった。

フェリクスはそれ以上追及せず、
ただ静かに店内を見渡した。

(……まずは、彼女を知ることからだ)

兄としての揺れは胸の奥に押し込んだまま、
フェリクスは静かに息を吐いた。



「お待たせしました!」

リリアが大きな皿を抱えて戻ってきた。
湯気がふわりと立ち上り、
煮込みの香りが二人の前に広がる。

「どうぞ、ゆっくり召し上がってください」

その笑顔は、歌っていた時と同じように温かかった。

フェリクスは礼を言い、
ルークは小さく頷いた。

リリアはまた忙しそうに厨房へ戻っていく。


フェリクスはスープを一口飲み、
ルークは煮込みをゆっくり口に運んだ。

二人の胸の奥には、
それぞれ違う形のざわめきが残っていた。

だがこの時はまだ、
そのざわめきが“同じ一点”へ向かっていくことを
誰も知らなかった。
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