けやきはなみち特連隊

LiveEEE!

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 学校が終わり暫くすると、この通りはちらほら学生達がやって来る。歩きだったり、自転車だったり。人数も色々で、集団で帰る人も居れば一人で…
 「はいもしもし。」
 女子二人が自転車で起こした風を背に受けながら、男子が携帯を手に取る。男子は静かに、電話をかけた相手の声を聞いていました。
 「そうなんですか、はい分かりました。すぐ行きます。」
 男子は電話を切ると、手袋で手こずりながらも携帯をバッグにしまい、走り出しました。
 
 (…何かあったのかな…)
 向かいから歩いていた通行人は、通り過ぎて行った、視界の端に映った男子の走る様子を見てそう思った。

 「おはようございます!」
 「おはようございます…」
 翌日の朝、一野只文〈ひとの ただふみ〉は、元気に挨拶をして来た猪咲廉太郎〈いのさき れんたろう〉に、気の抜けた返しをした。
 「眠いんか?」と廉太郎。
 「うん。昨日は今日まで通話してたから…きっついねん。」
 「俺途中で抜けたからなー。だからお前も早く寝とけって言ったのに。」
 呆れた顔をして、廉太郎は机に突っ伏した只文を見下ろす。
 「だって楽しいんだもん。通話。大体休み時間に寝りゃいいからさ。」
 「レポートどうすんの。」
 「あ。」
 工業高校に通う只文達には、週一でレポートの課題が義務付けられている。
 「写さして~」
 「しゃ~ね~な…」
 専門教科が苦手でさっぱりな只文は、よく廉太郎に助けてもらう。頭を上げて、只文はズレた眼鏡をかけ直した。
 「ほれ。」
 「どもっす。」
 九時近く。今日も授業が始まる。  

 二年生である只文の教室は二階にある。窓からは大きく育った木が見え、更に遠くには繁華街がそびえ立っていた。
 「おっ…!ほら見ろよ、巣食ってるぜ鳥が!」
 「何の種類やろな。」
 廉太郎に肩を揺すられ乗られながら只文が返す。木の太い枝の上には、名前も分からない鳥が二羽、向かい合って首をかしげつつ跳ねていた。
 「飛んだー…おおっ、かっこいい羽!」
 一羽が飛び立った。濃淡の著しい茶色の羽を広げた姿は雄々しかった。
 「もっとデカかったらモンスターだな。」
 只文が言う。
 「そうか?」と廉太郎。
 「モノホンはあんなんじゃないぜ~」
 「そうなのか…っお、つぎの授業終わったら昼休みか。いっちょ頑張っか!準備すんぞ。」
 二人は立ち上がり、教科書がしまわれているロッカーへと足を運んだ。

 その時、市の端、山の麓の公園に強風が吹いていた。畑の風見鶏は呻きを上げ、晴れているにも拘らず寒さがこみ上げる。
 「うぅぶぶぶ、寒っ!野宿なんてするんじゃなかったぜ…」
 柵に手をかけ震える男。長身の体に黒いジャンバーを纏い、下はジーンズを履いていた。
 「そんで“歩き屋”はどうしたのかな…」
 そう男が呟いた時、ジーンズのポケットから着信音が鳴り響いた。
 「おっ、掴んだか?」
 着いたのはメールだった。その文をじっくりと読んでいる内に、男の顔にはニヤリと笑いが浮かんでいた。
 「早速行くぞ…!」
 柵の向こうは急な崖、という訳でもないのだが、安全に着地するのは難しい。それでも男は躊躇せずに、ニヤケ笑いのまま飛び出した。

 「いただきます。」
 「あのな、そこ俺の席だろ。」
 廉太郎の後ろの席、友達の席を強奪しお弁当箱を開く只文。席を奪われた友達は、全くと言いながら机の半分のスペースに腰かけ、バッグからパンを取り出した。
 「その卵焼きくれよ。」と菜助博〈なすけ はく〉はサンドイッチを齧りながら只文に聞く。
 「嫌です。ていうかそれ玉子のサンドイッチじゃん玉子ガチ勢か?」
 「ガチ寄りのエンジョイ勢です。とりあえずよこしなさい。」
 「しゃーねーな。行け!廉。」
 「任せろ!ってバカァ!おまいっつも他人!いっつも他人に頼ってばっかだなこういう時!」
 急いで弁当を食べる。この時間が、二人とその友達にとってはたまらなく幸せだった。

 「ちょっと行ってくるわ。」
 「おう。」
 廉太郎がバッグに手を入れながら立ち上がる。トイレに行った後、食堂にアイスでも買いに行くのかと思ったが、取り出された物を見て只文は気づいた。
 (トイレでいじんのか…)
 それは携帯だった。廉太郎は度々こっそりトイレに携帯を持って行ってはネットサーフィンをするのだが、それを知っているのはクラス内で只文一人なのだ。
 「確かにバレね~よな。」
 「ただふーみくん。べんとちょーだい。」
 「くどい!」

 トイレに入ると、パッと自動で明かりがつく。それは他に誰も居ないことを意味していた。
 (今日も奥から二番目…)
 いつしかお気に入りと化していた個室へ入る。カチャリと鍵をかけた音に紛れて、廉太郎は携帯の電源を入れた。
 『ヴヴッ』
 「結構充電してなかった気がする…やらかした。」
 パスワードを入力すると、暫くしてホーム画面に移る。一件の通知が入っていた。
 『件名 見つかった 差出人 小山』
 『夜八時半にレアーレ学院の裏側の路地に行って欲しい。』

 「…りょーかい。」
 そのまんまの言葉を、廉太郎は小山と呼ばれる男に返信した。
 
 「ただいマルス」
 「おかえリヌンティウス」
 五、六時間目は体育なので、休み時間の内に着替える必要がある。重く黒い学生服を脱ぎ、紺色で薄い生地のジャージに着替える。
 「バスケ?」と博が聞く。
 「いや、今日は…」

 「お堀を三週!その後バレーだ。」
 体育教師が残酷にも真実を告げる。学校の近くにはお城のお堀があるのだが、一周するだけでも随分距離がある為時間もかかる。それが三回ともなれば…
 「ヤダー!」
 「弱音を吐くな博!バスケ部のお前なら体力あるだろ!やれるやれる!」
 「やる気が保ちません先生!今すぐにでも自習に変更すべきで」
 「はい、準備体操からはじめるぞー。」

 「キッツ~」
 「まだ半周もしてないじゃないですか。」
 何やかんやでスタートから元気に走って行った博の背中を見送りつつ、只文はゆっくりと走っていた。
 「すげーな博。あれもう一周してね?てかもうこっちまで来てね?」
 どこからともなく、クラスメイトが話しかけてくる。右側で定期的に鼻息を静かに吹く。
 「ですね。まあ確かに、面倒くさいことは早目に終わらせた方がいいよね。…やるか~」
 天を仰ぎ目を閉じる。独自の集中モーションをすると、只文はキッと前を見据えた。
 「行ってきマッスル!」
 「おーう。」
 文化部どころか無所属の只文だが、徒歩による登校や休日の遊び方などで運動能力は割と高めである。足先に力を込め、前に跳ねるように走り出した。
 
 「うおおー!」
 「ヒュー!やるー!」
 「おー速!さっすがただっち!」
 「センキュー」
 喋りながら並走する男子達、最早歩く女子の集団を追い抜き、只文はペースを落とさず走る。
 「“あそこ”は滑らないようにしないとな…」
 コーナーは木製の橋になっており、他の所より滑りやすくなっている。怪我はしたくないので、少しスピードを落として挑んだ。
 (お?あれは…)
 そろそろ橋に差しかかろうとした時、前方にいた生徒に気づく。廉太郎が歩いている。
 (途中でやる気無くしたな…?)
 後ろから驚かせてやろうと、そっと忍び寄る。そして橋のに乗る。
 (橋を出てからだ!その直後に…)

 ズルッ。
 「わっ」 
 別段大声でもない。例えば何か、家の中でコップを落とした時みたいに、やっちゃった、の感覚で反応し…

 ボチャアン!
 「うわぁ!」「先生!只文が落ちた!」「只文!」

 驚いた弾みに大量に水を飲み込んでしまった。目はズキズキ痛み、衣服は吸盤のように貼りつく。水深は深く、上へもがかないとどんどん沈んで行ってしまう。揺らめく意識の中、只文は水面を見上げていた。
 (人の声が微かに聞こえる…助けて…)
 濁った日光が体を照らしたと思ったその時、影がフッと現れたと思うと、こちら側にやって来た。
 「だだぶみっ」
 聞き覚えのある声、廉太郎だ。一番近かった彼が、真っ先に。
 「れんた…」 
 より一層、生きようとする気力が湧いてきて、足をバタつかせようとする。しかし何故か思う通りに動かせない。パニックになっていると只文は自分で思った。
 (廉太郎、助けてくれっ!)
 (………)
 その時、廉太郎は怪訝な顔を見せていた。しかし、それは只文に向けられたものではないように見えた。引き上げてくれながら、その視線は“底”にあるように見え…

 「おっ、起きたか。」
 「……へ?」
 学校は?

 時間は分からない。ここがどこかも分からない。畳部屋で、自分は座布団を毛布代わりにかけられていて、頭の側には学校の荷物…
 「う…」
 「良かったなぁ無事で!いや、風邪とかひいてないか?」
 「あ、はい…」
 「それは良かった!」
 今只文の左側に居るのは、あの男。黒いジャンバーとジーンズ。黒い短髪に爽やかな笑顔。右の大窓の外からは風が鳴り響いていた。
 「ここは…」
 「ん、まぁあれだ、部室。」
 「へえー…、部室!?ここがですか?」
 その部室と呼ばれる部屋は、円卓に本棚、ストーブ、押し入れと、部室と言うより自室の方が似合っている気がした。
 「正式な部活じゃないからな!そんでそろそろアイツが帰って来る筈…」
 もしかして、と只文が思った矢先、部屋の戸が開く。
 「来たか!起きたぞ。」
 「廉太郎!」
 「おっす」
 彼は片手にポテトチップスの袋を持っていた。只文の前にそれを放り投げると、座布団に腰を下ろした。
 「今何時?」
 「唐突だな!午後五時。それコンソメ味ね。」
 「どうも。あと、この人の名前は…」
 「まだ名乗ってなかったの?かわいそうに…そのおっさんは薪口真也〈まきぐち しんや〉って言うから、タメ口でいいよ。」
 「おっさん言うな!まあ、真也だ。よろしく。」
 「あっ、俺は一野只文……よろしく!」
   
 握手を終え、真也と二人でポテトチップスを貪る。時たま廉太郎もつまんで、会話がキャッチボールのように続いていく。
 「廉太郎、真也さんがここは部室だって言ってたけど、真也さんは学生?」
 「そうじゃねーけど、まあうちの学校発祥のグループの一員だ。ちなみにここから一人で外出れば迷うかもな。」
 「えっ」
 聞けば、この部屋は只文の家から自転車で二十五分ぐらいの所にあるらしい。しかし彼はこの辺りに来た事が無いので…
 「帰る時は俺と一緒でな。」
 「うん。てか、俺が溺れた時からどうなっ…」
 「あーそれがさ!」
 突然真也が喋り出す。
 「俺に電話かけて来たと思ったら、“ここ使うから鍵開けとけ”ってさ。他にもこういう部屋はいくつかあるんだけど、ここが一番近いからな。そんであんたを抱えて廉が来たの。」
 「他にもこんな所が…ってか、俺あんまり記憶が無い…」
 「そうだな。引き上げた時にはもうボンヤリしてたからな。あれからは暫く保健室のベッドに寝かされてたんだけど、俺が迎えに来たときは一応意識はあったぞ。」
 廉太郎が疲れた顔をしながら袋に手を突っ込む。一度に二枚噛み締め、快音が鳴る。
 「ふ~ん…え?学校からどうやってここまで…(俺の自転車は…)」
 「あぁ。単純におぶって運んだ。チャリは今お前のを持って来た。感謝しろよな。」
 「ありがとうございます!!」

 その後も、好きなものは何だ、所持金がなんぼだ、校則がどうたらこうたら、話をしていたが、ジワジワと気になってきた事を聞いてみた。
「そんでさあ…その、グループって何?」 
「ついに聞いてしまったか、それを!いいかぅガァッ!」
 真也の後頭部にパンチが飛ぶ。
 「すまんポテチ取ろうとしたらミスった。」
 「何でや…でまぁね、そのグループと言うのはあれだ、“幽霊部”的な?」

 「は?」
 
 未だに実感が湧かない。説明はしてもらったが、本当は夢なんじゃないかと思えてくる。
 「“けやきはなみち特連隊”ねえ。これは文化部。」
 「ギリ運動部だよ!」
 午後八時。只文達の通う工業高校から離れた、私立レアーレ学院の裏にある入り組んだ路地。そこに只文と廉太郎、そして真也が居た。
 「そんで誰なんだ小山さんて…」
 「いつか只文も会う時が来るさ。美少女じゃないぞ!?言っておくけど。」
 「分かっとるわ!」
 
 何時間か前…
  
 「いや幽霊部って何すか、幽霊部って。」
 「別に幽霊に限った事じゃないけど、ミステリー研究会、通称けやきはなみち特連隊だ!俺の言い方が悪かった。」
 「それでも不思議な気分だよ真也さん!どんな活動してんの?」
 「あ、興味持った?加入自由だよ。でもあんま他人に喋んないでくれ、頼む。」
 「へい…んでどんな活動を…」
 袋に残った僅かな欠片を全て飲み込んで、空っぽになった袋を縛る。モゴモゴしてた口をようやく落ち着かせると、真也はニヤリとして、
 「怪奇を調べる。端的に言うとこんなん。何か不思議がある!調査しよう!実際に出会おう!って事。」
 「ノリが完全に小学生のソレ!てゆーか本当に…ムガッ」
 口を廉太郎が塞ぐ。
 「それ以上言ったらしばく。あるんだよ。人の域を超えた何か。超常現象。お前も一回体験してるんだけどなぁ…」
 「マジで?…もしかして…あれか?溺れたあれか?」
 「うん。あん時御前の足に悪霊がしがみついてたからどついた。悪霊は成仏した。」
 「うわぁ~すげぇモブのその後的。」
 「信じてねーだろしばくぞ。ならさ、八時に付き合ってくれるか?こっちの世界に引き込まれるぞ。」

 「そんでここに、何だっけ、小山さんの言ってた歩き屋?夜な夜な歩いて人の後をつけるって。普通に変質者なんじゃないですかね…」
  「そうだとしても、そういう不思議を追っかけるのがうちの活動だから。それが幽霊だったら大アタリ!ってだけで。」
 「へいへい。」
 真也は後ろでコーヒーを飲みながら携帯をいじっている。小山さんとでもやり取りをしているのだろうか。
 「歩き屋はここいらを周回してるって噂だから、ちゃんと見張るんだぞ。もしかしたら俺らの後ろに居るかもしんねーけど。」
 「怖い事言わないでくださいよ真也さん!」

 それから十分。未だに歩き屋は現れなかった。コーヒーの匂いが鼻を突く。
 「…そういや、何でけやきはなみち特連隊だなんて、おしゃれな名前を…」
 「あ、それ聞くと強制加入になるけどいい?」
 「やっぱいいや。…そんでおっさん。」「ちょ」
 「もしかしてアレ…」

 只文が指差すその先、街灯の下、人みたいな物体が立っている。
 「いや人じゃなくないですか、一本足…」
 「だな、そんでこっち来てる!」
 「かかれっ!」「はあっ!?」
 逃げの姿勢をとってた只文は驚愕。それは歩き屋も同じだったようだ。真也に続き、廉太郎も走り出す。
 「ギェッ!?」
 「逃げんじゃねぇ!」

 太い一本脚に、黒いコート状の布をまとい、肌は薄紫。大きな一つの目で三人を捉えていた。
 「はーっ、はーっ、割と速い!何だあいつ!」
 「人じゃないんでしょ!?てゆーか家の人達に気づかれる前にどうにかしないと…(夢かこれは)」
 「おぉ速いな只文。流石だ!そんでその通りなんだが、どうすればいいですか?」
 「「知るかおっさん野郎!」」
 夜の空気を肺いっぱいに詰め込み、目がひんやりしてくる。何度か角を曲がった所で、歩き屋は姿を消した。
 「あれ?どこ行った?」
 真也は動揺して辺りを見回す。
 「うーん、もしかしたら反撃に出てくるかも…」と廉太郎。
 「えっ、反撃って、もしかして祟りとかそんなん?やだよ!」
 毒が回ったみたいに、只文の胸がザワザワしだす。三人それぞれで別方向を監視しているものの、不安は止まなかった。

 そして、そう時間は経たずして真也が口を開く。
 「ぶっちゃけ言うと、最悪写真撮るだけでも満足なんだがなぁ、ここまでくるとお話しでもしたくなっちゃうし。ていうか写真まだ撮ってねぇ。」
 「あんなんとお話しぃ?できるんですか?」
 「馬鹿言っちゃいけない。ああいう“人外”もちゃんと考える頭はあるんだ。小山の情報を元に考えると、ハナからあいつは人を傷つけるとかいう悪意は無いと思うぜ。」 
 「だからこっちも手荒な事はせず、真正面から向き合って…」
 「廉太郎?何で手袋を…」
 廉太郎がポケットから取りだしたのは毛糸の手袋だった。両手にはめ終えると、彼は深く息をした。
 「只文。多分、そろそろ来るよ。」
 「へ?っうぉ!それ…!」
 「まあ、術だ。」
 その時、廉太郎の両脇に現れたのは、半透明で巨大な手…

 「こっちか……らっ!」
 「ギッ!?」
 民家の庭の、植木から飛び出て来た歩き屋を驚く事無く捕まえる。
 「大人しくしろって!悪いことはしないからさ!」
 歩き屋は廉太郎の出した大きな手の中でもがいていた。
 「その手、感覚とかあるの?」
 「いや、こっちのは無い。だから色々使える。ちょっと場所移そうか。」
 そう言うと、廉太郎は近くの公園へと歩き出した。

 「真也さん。あの廉太郎が言ってた、術ってどういうやつですか?」 
 「それはな、霊力って力を使ってるんだ。」
 「霊力?何ですかそれ。」
 すると、真也はいつ入れていたか、懐から小さなホワイトボードとペンを取り出し、歩いたまま絵を描いて説明し始めた。
 「まず、この世の生命全てに共通して有る力、それが霊力。俺達の言う幽霊ってのは、器である肉体が無くなって、霊力を基にした意識体が露出したもの。」
 ホワイトボードに簡単に描いた人と、点線で描かれた人がポーズをとっている。続いて、角の生えた人を描き始めた。
 「“人外”とか、そういう類はそうじゃねーんだけど…まああれだ。密度が高いとでも思ってくれれば…」
 「あ~…何となくイメージできます。」
 「そんでさっきも言った通り、全ての生物に霊力はあるんだが、その扱いに長けているかどうかで、“視える”か“視えない”かが決まる。お前の場合、悪霊と廉太郎の、両方の力に挟み撃ちされて目覚めたんだろう。練習すれば術を使えるようになるぞ。」
 「本当ですか?」
 「あぁ。アニメや漫画のように、選ばれた者だけが…って訳じゃない。この世界では誰でもなれる。能力者にな。」


公園に着くと、廉太郎は優しく歩き屋を降ろした。
 「だいじょぶだって!誰も怪我させたりしないよ!」
 「ギーギー」
 歩き屋は逃げ出したりしなかったが、ギーと鳴くばかりで伝えたい事が分からない。黒目の代わりに赤くて細い線が不規則に円を作っていて、いかにも困ったような顔をしていた。
 「デフォじゃ分かんない系か。しゃあないな。」
 微笑む廉太郎。すると、彼の頭の周りに霧が出始めた。
 「これも術?」と只文が真也に聞くと、
 「ああ。思念波と霊力を混合して意思疎通を可能とする。まあ後日も教えるわ。今日は何かもう…頭回んない。」
 「え…」

 そんな二人をよそに、廉太郎は「ふーん」「ほうほう」と言いながら会話をしている。心なしか歩き屋の表情が柔らかくなっている。
 「真也、只文。やっぱこいつ、単に人を驚かせたかっただけみたいですね。そんで俺らの事教えたら、一緒に居たいって。」
 「まじでか。」
 「あの拠点に住ませてもいいっすよね?」
 「いいけど…じゃあ俺はこれからそいつを連れてく!二人は帰っとけ。」
 「はーい。よかったね、一緒に居ていいってさ。」
 「ギイィッ!」
 廉太郎の言葉を聞いて、歩き屋は嬉しそうに飛び跳ねた。その姿に只文もキュンとする。
 「かわいいなっ、ちゃんと名前決めてあげないと。」
 「そうだね。おーい、名前何て言うの?」
 「ギー。」
 「あー…無いそうです。」  
 「じゃあ明日決めっか!ほら帰れ帰れ。」
 こうして、真也は歩き屋を拠点に送りに行った。

 「何か大分アッサリしてたね。」
 「そう?でも大体はこんなもんさ。てか逆に、お前がこれを受け入れすぎなんだよ、すぐに!」
 「自分から引き込まれるって言うてたくせに!」
 「うっせーな。」
 只文が笑い、つられて廉太郎も笑う。よくある事だったが、今回のはより素直に笑えてる。
 「いやーね。元からこういう、ミステリー的なの大好きだったからさ。だからこんなに楽しめてるんだと思う。」
 「確かに。結構怪奇現象とかそういう本めっちゃ読んでたもんな。」

 連想ゲームのように話は続くが、すぐに帰り道の分岐点まで来てしまった。
 「…明日も学校やな。」
 「そうだなー!体育の時間にコッソリ術でも教えてやんよ。」
 「マジ!?」
 「あぁ。だから今日はもう家帰って寝ろ。じゃーな。」
 「へーい。」 

 ここから彼の非日常は加速する。


 『術は使用者の霊力を体外に放出し、用途に合わせて性質を変えて発動させるもの。霊力の扱いに長ける者程、術の効果を上げる事ができる。』

 「だから術も視える人でないと見えない。」
 「つまりポルターガイストがやれると…」
 「うん。で、俺がやってたのは自分の手を媒体にして大きな手を具現化するって術。手袋は補助用に着けたんだ。」
 今日も体育の授業はあった。周りに心配されながらも、只文はしっかりと参加していた。
 「つまり、霊力を非生物に与える事も…?」
 「可能さ。例えば、普通の刀に霊力を与えると、切れ味が増す。単純な事さ。今ここで出来そうな術は…」
 今は、体育館内で各々自由に競技をやる時間。二人は隅で、開けられた非常口から入り込む風で涼んでいた。
 「よし、風を起こしてみろ。」
 「へ?」
 「霊力を周辺に放出してから、一定の流れに吹かせろ!」  
 「どうやんねん…!」
 「イメージするしか無い。ん~、まず自分の持つ霊力を感じろ。胸の辺りに何か溜まってる感覚がある筈。」
 そう言われ、やってみるかと目を閉じ、集中力する。確かに、体内に温かさや、くすぐったさとは違うモノがあるのが分かった。
 (あっこれか…?これだな…!)
 その時。

 「危ないっ!」
 「いったぁあ!!」
 博の飛ばしたバレーボールが只文の頭を直撃する。目を閉じていた只文、気づかずよろける。
 「すまんすまん。大丈夫か?」
 「どーにか。」
 「すまんかった!」

 「なあ廉太郎。」
 「あい?」
 「普通に痛かったんだけど。何か霊力で身体能力強化~とか、そういうのは…」
 「“デフォ”でそれは無いよ。術をかけないと駄目。ほら風起こせ!」
 「は~い…(くそぅ)」

 非常に落ち着いた気分だった。ゆっくりとだが、流れ外に出て行ってるのが分かる。
 (これが俺の霊力…)  
 「もしかして、この次もイメージ?」
 「ああ。霊力を吹かせろ。………にしてもいいパワーだな。」
 「は?」
 思わず目を開ける。廉太郎は微笑んでいた。
 「何か優しくて、自然と包まれたくなる様な感じだ。」
 「何か恥ずいから止めろ。っと、イメージイメージ…」
 発現にそう時間はかからなかった。廉太郎が窓を閉めても、そこには涼しい風が吹いたのである。

 「おぉ!やった!」
 「やるやんけ。まずはこういう簡単な術から慣らしていって、もっとかっこいい術を使える様にしてやるぜ。」
 「あの大きな手みたいな事も出来る?」
 「ああ。可能性は無限大だ。」
 
 「うん。てー事で今拠点で遊んでる。お前も顔見せろよ!名前はあいつらが来てから決める。只文にもはよ挨拶しろよ?」
 只文と同じ場所で歩き屋が寝転んでいる。その隣で真也は小山と電話をしていた。
 「タイミングがわからんてお前!そんなん気にすんなよ~とりあえず入隊おめでとう、これからよろしく。でいんだよ。はい、はい。じゃーな。」
 小山は真也の意見を了承した様で、通話を初めてすぐに、用事が済むと切ってしまった。
 「さーてそろそろ仕事だ…ここに帰る頃にはあいつらも授業が終わる頃。ここで暫く待っててくれよな!」
 「ギッ!」
 歩き屋の返事を聞くと、真也は笑顔で返して、急ぎ足で部屋を出て行った。

 「………あ。あいつにも報告すんの忘れた。」

 四時間目。国語の時間で、生徒達は班を作って意見を述べ合う…フリして休み時間よろしく楽しく過ごしていた。
 「ぶっちゃけここいらの内容は終わらせてあるからね…どうせテストも大丈夫だろうし。」
 「あと三十分我慢すりゃアイス食える…あと三十分…」 
 「お前はアイスしか頭にねーのか!勉強しろ勉強を。」  
 廉太郎が博の頭を叩く。彼は先週出す筈の課題すら終わらせていないのだ。
 「くっ…流石に今日出さないと死ぬ!やるぞ…」
 「おうがんば。にしても、あいつおせーなー…」

 只文は感じていた。腹の下辺りが重くなる感覚。何かパッとしない気分。間違い無くトイレに行かないといけない。
 「急げ急げ~」
 二階のトイレを利用するより、下の階のトイレを利用する方が速い。足がもつれない様に階段を駆け下りて行く。一階に着くとすぐに男子トイレのドアが見えた。
 「よし勝った!」
 意気揚々としてドアを開ける。個室に入る。それだけを考えていた彼の頭に、瞬時に別の思考が形成された。
 (電器が点いてた…あ、人…)
 「え?」
 経屋の奥、大きな窓の側に、学生服を着た男子が一人立っていた。

 「やあ。」

続く
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