けやきはなみち特連隊

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 やあと一言放った一人の男。小柄だが、短い髪の毛を携えたその姿はどこか存在感があった。只文を迎え入れるかのような笑顔を浮かべて、
 「君が“新入り”かい?話しは小山さんから聞いてるよ。」
 「小山さんって…おっ、お前も特連隊の一人なのか!?」
 この学校と同じ制服なのはわかる。それに校章で同学年なのもわかるが、接点のないクラス同士の為全く見た覚えがない。
 「そうだよ。僕は機械科だから廉太郎くん達との面識は無いに等しいし、無理も無いよ。けどこれから行動を共に取ることもあるだろうから宜しくね。」
 「あぁ。…あっ、俺の名前は」
 「大丈夫。ちゃんと分かってるよ。僕は光太。伊狩光太〈いかり こうた〉。自分で言うのもあれだけど、身体を強化する類の術は得意なんだ。コツを教えて欲しい時は連絡して。これメアド。」
 そう言うと、光太は畳んだ紙を投げて只文に渡した。その中にはボールペンでハッキリと、光太のメールアドレスが書かれていた。
 「いやっ、え、いきなりいいの?いくら同じ特連隊だからってそんな軽い感覚で…」
 「じゃあ君は“そんな事”をするのかい?」
 「っ…」
 「フフ…夜はいいよ。よく眼を凝らしてごらん。そこかしこに一般的生命体ならざるモノが居る。この世界に身を投じるなら彼等をよく知る事だ。それじゃ…」
 
 光太が去った後のトイレで、只文は用を足す事も忘れ、受け取った紙を凝視していた。
 「…どんな奴だ…伊狩光太…」

 「なーんで教えてくれなかったの?ビックリしたわ!」
 「サプライズ感覚で…」
 詰め寄る只文に、少し申し訳なさそうな顔をして廉太郎は言う。
 「あのな誕生日じゃねーんだからよ…もしかしてこれ他にも居るパターンか?」
 「あっバレた?」
 「そこは正直に言うんだな。」
 「ギイイー!」
 只文に同調する様に歩き屋も叫ぶ。
 「ほら“ルカ”も言ってるぜ?」
 「いや…今はお菓子食べたいって言ったと思う。ほらこれどうだ?」
 拠点に居着く事になった歩き屋の名前は、少しの論争を挟んで廉太郎考案のルカに決まった。一応本人とも相談し、その時の反応は廉太郎曰く、「かっこいい」。
 「お前ら宿題とかねーの?」
 真也が寝転んだ姿勢で言う。
 「真也こそ仕事ないのかよ。働け。」
 「ちゃんと働いてますー!休み時間なだけですー!」

 真也が起き上がるのと同時だった。

 ピロン。
 着信音が鳴る。小山からだ。
 「おー新着…ほう…」  
 メールを読んでいた真也の表情が険しくなる。それが冗談ではない事を二人はすぐに悟った。
 「次は何ですか?」
 「危険な匂いがするぜ。廉太郎!只文に術をもうちょい厳しい教えてくれ。」
 「はーい。」「厳しくって…戦いでもあるの?」
 「まーそうだな。じゃあ身体能力強化の術を中心に教えるわ。こっち来い。」
 身体能力強化と聞いて、ハッとくるものがあったが、今は取り敢えず廉太郎に着いていく只文であった。

 「まず自分の身を守る事が大事!霊力を身に凝縮してまとわせろ!」
 「スーッ…んっ!」
 ファインティングポーズの様な姿勢を取り、気合を出すと、只文の足元の草が強く揺らいで、力が満ちてきた。
 「おー!飲み込み早いじゃん!それを継続出来る様にしてね。」
 「うん。にしても、いいねここ。」
 今二人が居るのは、拠点の窓から通じる舗装されていない道を通った先にある草原で、少し遠くには杉の木が群がっていた。
 「ギイーっ!ギギっ!」
 「ルカすげー喜んでんな。」
 「自然が好きなんだな。…よし!いい修行方法を思いついた。ルカ!」
 「ギ?」
 こちらを振り向いたルカに、廉太郎は提案した。
 「ルカ。お前はこの中で只文から逃げろ。どんな逃げ方をしてもいい。けどこの一帯からは出るなよ?」
 「ギギイ。」
 ピシリと敬礼をするルカ。
 「えーつまり俺がルカを追うんだろ?追ってる途中で術が切れたりしたら…」
 「俺が随伴するから安心しろ。んじゃ五数えたらスタートだ!逃げろルカ!」「ギィっ!」
 ダダダダダダ…
 「速っ!」「お前も頑張れよ。」

 それからは凄まじい鬼ごっこの時間だった。鬼である只文が五を数える間に、ルカは物凄い速さで杉のある方へ行き、姿を眩ませた。
 「どこだー!こっちの方に行ったのは見たけど…」
 「お前の死角を潜り抜けてるかもしれねえぞ!木の裏、枝の重なり合う所、はたまた堂々とジッとしてるとか。てかあいつから出される霊力を術で感知してみれば…」
 「それだ!」 
 その方法を思い出した只文はすぐさま集中する。身体能力強化の術も切らさないようにして。
 「あっいる!すぐ左、そこだ!」
 「馬鹿それ俺だわ!えーと…あーそこね。」
 「どこだよ…」
 その内ジッとしていられなくなったので、目視で探しながら術も使う事にした。まだおどおどしつつも高さをキープしたまま枝から枝へ飛び移る感覚は、到底滅多に味わえる感覚ではなかった。万が一落ちても大丈夫。そう自分に言い聞かせている内に恐怖は薄れ、うっすら笑いを浮かべる様になっていた。そして、僅かながらもルカの霊力を感じ取る。
 「そこだ!」「やるやん。」
 感じ取ったのは狭い間隔で生えている木々の間。ルカのギョロギョロした目が只文を見ている。
 「待てっ…おお!」
 「気をつけろ。」
 足を滑らせて落ちた只文を地面でキャッチする廉太郎。
 「動作と動作の繋ぎをスムーズにな。例えば走ってる状態から木に登る時とか…」
 「わかった!」
 一度捉えてしまえばこちらのものだ。つま先で地面を蹴ってまっすぐルカの元へ向かう。
 「ギ~…」
 「ジグザグに動くなよ!っと…(落ち着け…見失った方の空間をよく見て…)上だな!」  
 体の各部位の移動を滑らかにして方向転換。幹を蹴って中空を移動する中、ルカの姿を捉える。
 「ただ単に捕まえようとするだけじゃないぜっ!」
 右の掌を前にかざす。先日真也から教わった遠隔操作の術だ。
 (全方向から圧力をかけてルカの動きを止める そして!振りほどかれる前に…!)
 「ギイィ!?」
 ルカの動きが止まる。只文との距離は八メートル。
 「終わりだあぁ!」

 ーーーーー「成長早くない?お前。」
 「頑張ってるから。でもなー!ルカと話せる術はまだ出来ないんだよな!俺も使える様になりてえ…」
 「ふーん…ルカ、こいつはもっと成長したいだってよ。」
 「イィ…」
 「今度は逃げ切るだってよ。」
 「言ったな!負けねえぞ!?」
  
 それからは暫く草原に座ったまま、遠くに建つビルを探したり今日の学校はどうだったかの話をしていた。そして話題は流れに流れて…
 「そういや光太の事だけどさ。」
 「うん。」
 「あいつはいつから特連隊のメンバーなんだ?」
 「俺と同時期に入ったからな、二年前?」
 「へ~…あいつと初めて会った時、身体能力強化の術は得意だって言ってたけど、実際どんぐらいなの?」
 「まぁ確かに俺より上だ。各部位への霊力の量の分配が上手い。例えば、落下する時瞬時に脚に霊力を集中させるとか、攻撃を防ぐ為に被弾する所に集中させるとか。あと単純に持続時間が長い。真也の冗談かもしれないけど、あいつの家系が元から特連隊と関係があるって…」
 「マジで!?いつか光太から教わってみたいな…」
 「根はいいやつだよ。遠慮なしでも大丈夫さ。いや~にしても!」
 そう言うと、廉太郎はゴロンと寝転がった。隣で寝ているルカの頭を撫でる。
 「真也の言ってた危険な匂いって何だ?」

 ーーーーー「“危ない組織”があるみたいだよ。」
 「「!!」」
 振り返ると、光太がカバンを背負って立っていた。
 「光太…くん…!」
 「呼び捨てでいいさ。さっきのおいかけっこ、とても良かったよ。」
 「見てたんだ…それで危ない組織って?」
 「そのまんまさ。人外の存在で創られた集まり…夜に目を凝らせ、だよ。僕は“田口”のとこに行くよ。」
 「あぁ!?田口ぃ?」
 廉太郎が大声を上げる。
 「何、あいつ帰って来たん?」
 「そうだよ。ま、今は力をつける事だね。でも一人で危険に飛び込むのはまだ気をつけた方がいい。僕も頑張らないと…それじゃ。」
 すると、光太は少し屈んだかと思うと、前方に飛び跳ね、すぐさま行ってしまった。
 「出てから消えるまでが早い…」
 「そこ? まあいいや。俺達もそろそろ帰るぞ。」
 「はーい。」

 「明日一時間目何?」
 「科学だよ。明日こそは寝るんじゃねーぞ。」
 「わーってるよ!落ちるわ。おやすみー。」
 「おやすみ。」
 博との通話が終了した午後十一時。尻に痛みを覚え始めてベッドに寝転がる。蒸し暑さも漂うこの頃、彼のベッドの上は片付いていた。
 (夜に眼を…人外の集まり…そいつらはどうやって生きてるんだ?)
 むくりと起き上がり、すぐ横の窓に視線を向ける。自宅の壁と隣家の植え込みの間から夜の住宅街が顔を覗かせる。拠点でルカはどう過ごしているのか想像しながら、外をジッと見つめた。
 「見づらい…」
 窓を開け顔を出す。冷たい空気に思わず目を閉じる。そして次に開けた瞬間、奥に何かが居た。
 「何だあれ、ネコ…?」
 暗くて見えにくかったが、電柱の陰に動くものがあったのだ。今はとうにいなくなったが、白くて、ネコぐらいの大きさだったのだ。途端に追おうとする気持ちが湧いてきて、寝ている親を起こさないよう階段を降り、サンダルを履いてゆっくりとドアを開けた。

 「気配を探知しても近くに居ない。くっそ…」
 白い何かを見つけた電柱まで来たのだが、その周りをいくら探しても見つからない。意地でも見つけたい只文は、無茶を承知で廉太郎に電話をかけた。

 プルルルルル…  
 「あい。廉太郎ですけど…」
 「廉太郎!ちょっとあの…アレ、人外みたいなのが居たんだけど…」
 「気配探知しても見つからんってか。なら目に霊力を集めてみ。」
 「目?…そうか。」
 メガネをかけ直して集中する。すると目の中が晴れた様な感覚がして…
 「ウッ…何か気持ち悪い、メガネ外そ…」
 「どうだ?できたか?」
 「できたよ。」
 「よくやった。でもあんま深入りすんなよ。………待てお前自分の気配消してーーーーーーーー」  
 「わかったよ。で………ッ」

 只文の言葉を遮らせたのは、音も無く目の前に立っていた存在だった。黒い体、輪郭が掴めない。只、彫刻のような両手と頭、いや頭と呼べるのかわからない。パーツらしきものは付いていなかったが、その電柱の逆光で出来た影の奥では、敵意を持って彼を見つめている様に思えた。
 「何だ、コイツ…!」
 「逃げろ只文!」
 その一言に弾かれた様に走り出す。恐怖で心の中を塗り潰されながらも、叫びたい気持ちを抑えて腕、脚を振り上げる。後ろを見る余裕もなかったが、どうせ追われているのだろう。
 (どうする、撒けるのか?最悪戦う…?)
 「なあっ、廉太郎、場合によっては戦わなきゃいけないのか?」
 「多数に囲まれるかもしれねえぞ、今は取り敢えず家から離れた所に行って様子を伺え!」
 「わかった…うわっ!」
 音も無く迫っていた黒い奴の手が伸びる。肩に触れて掴まれそうになっていたのをギリギリで避ける。
  (直線的に逃げるだけじゃ駄目だ…!)
 そう思った只文は、少し黒い奴との距離を離してからブレーキをかけ、横にある塀の上に跳び乗った。そこから植え込みの間に飛び込み、廃屋を利用して直角ターンし…
 「多分逃げ切れ…」
 「気配消せっ!でないといくら逃げても無駄足だぞ!」
 「暇なんて何もねえな…」
 物理的にはまだ近づかれていない事を祈りつつ自らの霊力を抑える。体外に出ていた霊力が中に収まるのを感じると、後はひたすら来ないように願った。黒い奴は何やら呻く様な声を出しながら辺りを散策している。静かな夜の街だから、多少なり離れていても聞こえる。
 (来るな来るな来るな来るな…)
 と、地面が不意に揺れる。大きなトラックが道路を通って行ったのだ。トラックのエンジン音が耳を包む。それが止むと、声も聞こえなくなっていた。

 「廉太郎、多分撒いた…」
 「そうか、もう少しそこでジッとしてろ。そしたら急いで家に帰れ。それまで電話切るなよ。」
 「ああ…」

 何事もなく帰ってきたが、震えが止まない。
 「大丈夫か?」
 「うん。どうにか…」
 「すまん!こうなる事を予想しなかった俺が…」
 「謝んなよ!深入りした俺のせいだ。…………怖い。あんなの生き物の出す雰囲気じゃない!無機質で…捕まったら最後否応なしに死に引きずり込まれる気がした…」
 「あながち間違いじゃないかもな。しっかし急に出て来た感じだな。その集団ってのは。」
 「そうだね。小山さんはどこから情報を掴んできたんだろう…」
 「実際に会ったことあるし、人の見た目はしてたんだけどな。ま、今日はもう寝ろ。光太とも修行しようぜ。」
 「うん。おやすみ。」
 
 ーーーー「っハァー…これからどうなんだろ…俺も寝よ…」
 ヴー!ヴー!
 (?)
 ベッドに飛び込んだ矢先、廉太郎の耳に聞こえたのはメールの着信音だった。
 「小山さん…ナニナニ、空き時間はあるか…?」

 翌日、学校で廉太郎と只文は光太を呼び出し、あの人外二匹の事について話した。
 「そんな事が…でも色んな意味で幸運だったね。」
 「助かったからな。だから、今日の修行は光太にも手伝ってもらいたい!」 
 「いいよ。時間もあるからね。小山さんとの話が終わった後にたんまりとある。」
 「そっか。俺にも来てたな。俺と、廉太郎と、光太と真也と小山さんで、話があるって…始めて会うな。」
 「緊張はしなくていいよ。逆にな~小山さんは結構内気な人だから。こっちから話しかけてやんねえと。」
 「小山さんはどんな術が得意なの?」
 「回復だな。」

 「だり~。廉太郎!この後暇だろ?実習の残り手伝ってくれい。」
 「すまん今日は無理だ!」
 博に申し訳なさそうに謝る廉太郎。掃除を終わらせた只文が教室のドア辺りで待っていた。
 「これから出かけるんでな。」  
 「マジかよ!クッソ一人でやれっかなあれ…」
 「どうしてもわかんなかったら夜に携帯で教えろ。そんじゃ行くわ。」
 「へーい。」
 その後、只文を連れて消える廉太郎を見て、博は一瞬阿呆の様な予想をしたがすぐに馬鹿馬鹿しいと切り捨てた。部活もあることで時間がかなり押されている彼も、すぐに実習の課題を終わらせようと実習室に向かう準備を速攻で整えた。
 (最近妙に親しくなってる様な…元からか?)

 「やあ。」
 「…待ってたんだ。」
 生徒昇降口の近くで光太が待っていた。
 「どうせなら一緒に行こうと。そんなに待ってないけどね。」
 「悪いな。さ~どんな人なんかな小山さん…うわっ!」
 
 「ギギっ!」
 昇降口を出てすぐ、ルカが目の前でピョンピョン跳ねていた。三人を見るやいなや笑顔になる。
 「ルカ…!?どうしてここに…」
 「今は黙っとけ!周りには見えてねえんだぞ…!」
 「ごめん廉太郎…」
 「あらかた、真也さんが場所を教えたんだろう。ふ~ん、この子が歩き屋のルカか…よろしく。」
 「ギ。」「だから喋んなって…」
 「あっ、光太も意思疎通できるの?」
 「うん。なんなら今日はついでにそれも教えてあげよう。」 
 「マジか!廉太郎より凄いや!」
 「何を!?」

 歩きの光太に合わせ、自転車を引きずって暫く後。拠点に辿り着く。いつもは見ないバイクもあった。
 「これは小山さんの?」
 「そうだよ。もう来てるんだな。おっ邪魔しまーす。」
 廉太郎に続いて只文。そして光太にルカ。入り口から続く廊下の奥からは、真也ともう一人の話し声が聞こえていた。

 「お邪魔します!」
 「おっ来たか!」
 「あ、いらっしゃい…」
 笑顔で出迎える真也と、
 「その人が…小山さん?」
 「そう。ほらちゃんと挨拶しろ!」
 「わかってるって…えー…廉太郎くん、光太くん、久しぶり。そして、はじめまして、只文くん。小山宗一郎〈こやま そういちろう〉って言うんだ。よろしく。」
 「よろしく、小山さん!」

 「そんでまあ、指定のメンバーが揃ったところで本題に入るぞ。あ、ルカはそこらで遊んできな。」
 「ギー!」
 「ここにいる?いいけど…で、俺がお前らに伝えた様に、小山調べによると人外の集団が人間に危害を加えているという。えーと、最初の発見はいつだ?」
 「あ、えっと…」
 一本に結った髪だけは白く染め、慌てて胸ポケットからメモ用紙を取り出す小山の姿は頼もしさというものが全く感じられなかった。
 「三週間前に人の一部と思わしきモノを発見。傷口から霊力が感知され人外の存在によるものと推定。その後周辺で探知をかけるも不審な人間はおらず、より一層人外の可能性が高まった。そして濃密度の霊力が残留している地帯を発見し、大量の人外生命体を発見。更に後日別の場所でも…」
 「だそうだ。そして俺も調査に参加してな。ついこないだ、人の血痕が見つかった。」
 「何で人ってわかったんですか?もしかして…」
 「おう、そこなんだがな…」
 廉太郎の質問に少し眉間にシワを寄せる。
 「ニュース見なかったか?行方不明の女性の死亡事件。通報者は俺なんだ。」
 「えっ、あれが…!?」
 「ああ。丁度現行犯でな。“刑”は執行しといたんだが、確実に数は増える!」
 真也の顔がいつになく険しい。当たり前だ。人の生死に関わる問題に直面しているのだから。
 「一匹の“統率者”がいる、と考えるのが妥当かな?」と光太。
 「だろうな。偶然にも統率者が複数いるには偶然がすぎる!」
 「そして人外生命体自体の活動の急な活性化。鳴りを潜めてた奴が統率者に感化されたか…?」
 「恐らく。まずこれからの方針として、俺と小山は人外生命体の捜索を続ける。お前らも異常を発見したらすぐに知らせてくれ。それと修行は怠るなよ。」
 「「「了解!」」」
 返事をする三人にも、各々強い使命感が芽生えていたり
 「ギ!」
 「あぁルカは…いや、思いついた!」  
 一人合点がいく真也。
 「ルカ、お前“仲間”に聞き込み調査とかできないか?」
 「おぉ確かにそれはいい!お前ホントに真也か?」
 「泣くよ?」
 「ギイィ。」
 「できるか。頼んだぞ!じゃ今日はこれで解散!」

 解散とは言ったものの、只文が意思疎通の術を学びたく、拠点にてルカと会話をしようと留まっていた。
 「いいかい?まず頭に霊力を集中させて…その次はルカをよく見ること。」
 光太のアドバイスに従う。ルカも只文に対抗して、その大きな目を見開いて彼に向けている。
 「次はね、その霊力を優しくルカに当ててみるんだ。会話をするっていう強い意志を持って。」
 「わかった!よ~し…見てろよ廉太郎!俺もやってやるぜ!」
 「へいへい。」
 廉太郎はあまり関心がないように装っているが、今にも寝そうなその姿勢でも只文をちゃんと見ていた。
 「じゃあ、何か話しかけてみて。元気ですか~とか、頑張ろうね。とか。」
 「おっけ!じゃ、…ルカ!今の調子はどうだ?」
 「ギ~…ギギっ!!」

 「うおお!!!」「ウワァ!(ガタッ)」

 興奮して立ち上がる只文。驚いた廉太郎が後ろに転がる。
 「耳が痛くなる思いだよ只文くん…」
 「あっ……ごめん。」
 「それで、何て言ってたんだい?」
 「とても元気って…どう言えば…頭ん中にルカの思考が入ってきたような…!」
 「わかるよ。説明がしづらいもんね。まあ何はともあれおめでとう。やっぱりやればできるね!」
 「へへ…」

 と、その時だった。

 「おもしれえな、じゅ、っ…!!!!痛い!あぁっ!」
 「只文…?只文っ!!」「ギーギー!」
 「きもちわるい…」
 突然フラフラし始め、倒れる只文。口で大きく息をし、鳥肌が立っていた。
 「体質的に意思疎通の術が極端に苦手なのかも…廉太郎くん、回復の術を。」  
 「俺がか。よしやってやる!ジッとしてろよ!」
 手から放たれた霊力が只文の体に入り込む。するとすぐに呼吸が落ち着いてきた。
 「っはぁ…吐き気もあったけど、大分消えてきた。」
 「それ以外はどうだい?」
 「頭痛はまだする。あと疲れも結構ある。横になっててえ…てか寝たい。」
 「こんだけ相性が悪いなんてなあ…これからは使用は控えな。」
 「うん…でも悔しいわ。」
 「ギ~…」
 ルカが心配して寄り添った。ため息をつく只文の手を握る。
 「ルカ。あんま心配するなって。もう大丈夫だよ休めば。だから、今は少し寝るわ。廉太郎、三十分したら起こして…」
 「なあっ…」
 廉太郎が三十分後の時間を割り出す頃には、既にルカの手を握ったまま寝ていた。

 その夜。そう深くない森で、真也は倒れ込む人外を見下ろしていた。
 「やめてくれ…だから殺さないでくれ!」
 その人外は人の言葉を話せるようだった。腰が引け、手をぶんぶん振って真也に語りかける。
 「じゃあお前らのボスの居場所について教えろ…」
 「お頭のことですか…お頭はコロコロ居場所を変えますから…私には何とも…知ってるのは“準頭“のお方だけで…その準頭も私は…」
 
 「そっか…じゃ死ね。」
 瞬間、真也の右手による一閃で首を折られた人外は、あまりの速さに一言も発せず絶命する。すると体がまたたく間に消えていった。
 「くっそ当たりじゃなかったか。早くしないとまずいってんのに…」

 真っ暗な空間から引き上げられたかと思いきや、浜辺のすぐ近くにはビルがドカドカ立っているという少し不思議な空間に只文はいた。
 (どこだここ…)
 自分以外に生き物はおらず、とりあえず浜辺から街の方に移ろうと走り出した。しかし、体が思うように動かない。異様に脚が重いのだ。
 (ああ。夢だ。)
 夢だと理解しても、ストーリーは勝手に進む。瞼を強引に開けようとしても開かないので、不本意だが夢の終わりまで付き合うことにした。
 (どうせ何か追ってくるんだろ… )
 そう思っていた只文だったか、今回の夢は違った。無意識に振り返った視界には、大きな波が写っていたのだった。
 (いつもと違う…!!!)
 「ゲホッゲホッ!!」
 息ができない。いつの間にか現実だった。自分はベッドの上でもがき苦しんでいる。
 (唾液が気管に…!!!量が!)
 陸で溺れている。息を吸おうとしても息にならない。胸辺りでゼヒューゼヒューと音がする。横向きの姿勢でどうにか酸素を取り入れようと必死になった。
 「ゲッ…ゲホゲホ!!!ヴェホ!!」
 暴れすぎてベッドから転げ落ちる。今までにないぐらいの大きさの咳を更新し続けていると、どうにか普段の呼吸を取り戻しつつあった。
 「ハァー…ハァー…苦しい…」 
 息を吸う度に胸の詰まる感じがする。窓は開いていて、何気ない日常が流れているのだが、今の彼にはかえってそれが恐ろしかった。

 ヴーッ、ヴーッ。
 一件のメール。廉太郎からだ。
 『おーいまだ寝てるか?もう昼近いぜ。』
 「ああ…」
 時は土曜日、午前十一時半。どの時間に寝たかに拘らず、平日は早起き、休日は遅起きをする体質に只文は少々難儀していた。
 『寝てたわ。』
 この日は午後に遊ぶ約束をしていた。いつもより階段のスロープを握る力を強めながら一階へと向かう。

 「おはよう。」
 「…あぁ。」
 家に居た母親に只文がそっけない返事で返す。
 「何よその返事。いつも止めなさいって言ってるでしょ。」
 「…んぉぉ…」  
 「もう!そんなんじゃ社会に出た時苦労するわよ!どうせ大丈夫とか思ってるけど、その緩みが!失敗を招くんだよ!」
 「………」
 慣れているといえばそうだが、この口うるさいものをどうにかできないかとは考えていた。
 「それにまだ寝巻き!着替えなさい!」
 「何で…まだ外に出ないしいいじゃん…」
 「た!る!ん!で!る!」
 ストレスの連続。一瞬正常な判断ができなくなる…

 ーーーーガタタッ!!
 「ギャッ!」
 「ぁっ………(危ねえ!)」
 只文は母親に向けて術を発動しようとしていた。母親の後ろの窓ガラスがまだ揺れている。
 「何?風…?」
 ーーー(駄目だ。)
 すぐにでも外に出よう。そう考えた只文は二階に上がって着替えると、食事も摂らず玄関のドアを開けた。後ろの母親が発した声の内容も知らずに。

 (涼しい…気持ちいいなここは。)
 自転車で着いた先は、ルカと追いかけっこをするあの丘だった。初めてやったあの日から、何回かやってきたが段々と自分の動きがスムーズになっているのを感じていた。ルカも同じ様に跳ねのキレがよくなって、何より絆というべきものが堅く築かれていた。
「友達はな、共通の趣味があるからいいんだよ。そうじゃない奴は話したくない…」

 ーーーーと、バイブが鳴る。相手は光太だった。
 「光太…電話してきて…どうした?」
 「大変だよ…市民会館で“人外の溜まり場”がある。」
 「溜まり場だってえ!?」
 
 携帯から伝わる光太の声は緊迫した様子だった。
 「うん…市民会館近くに落とし物をしてしまったんだ。それを取ろうとしたら人外を見つけてね。それも君が襲われた黒い奴だよ。」
 「何っ」
 一気に緊張が全身を伝う。
 「気になって館の中へ入ったんだ。すると…奴は地下階に入っていった。すると他の人外もやって来て…三匹だった。僕も入ろうとしたけど、入り口の近くに来た途端寒気がしてね。あの霊力は異常だ。恐らく空間移動とか、時空移動とか特殊地帯が創られているよ。あんな密度…絶対にどんな人でも感じ取る。」
 「ならその場所って、最近創られたものなんじないのか?」
 「地下階は全く人の出入りがない場所になっててね。親族が市民会館に縁のある人だから知ってるんだ。で、今どこにいる?廉太郎くんにはもう連絡を取ったよ。小山さんにも。真也さんは仕事で出られない…」
 「丘にいる、わりかし近いからすぐ行くよ。学校の近くんとこだろ?超特急で向かうぜ。」
 「ありがとう。とりあえず来れる皆が集まったとしても少数である事に変わりはない。油断せずに行くよ。」
 「わかった。待ってろよ。」
 そう言うと、只文は電話を切り、自転車を漕ぎ始めた。つま先にありったけの力を込めて。

 「待たせたな。」
 只文より早く廉太郎が市民会館の裏口付近に到着する。
 「平気だよ。むしろ予想より早かった。それにしても、全員で四人かぁ…真也さんが来れないのは痛いなあ。ルカちゃんはこさせたくないし。」
 「盾がいねぇもんなハハハ…いや何でもない。」
 「やっぱり今やるのは駄目なのかな…大人しく人が揃うのを待って…」
 「“田口”の事を言ってんのか?あいつらはあんまアテにしねーほうがいいだろ。まだ発展途上だけど…素質のある只文の方が信頼できるぜ。」
 「君はとことん田口くん達が嫌いだねぇ…」
 二人が口にする田口と言う名のことなど、まだ只文は知る由もなかった。
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