けやきはなみち特連隊

LiveEEE!

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緊迫

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 小山も急いだ様子で駆けつける。四人揃ったところで不安なことには変わりはないが、既に第二の選択肢などなかった。
 「よし、行くか。」
 「もう…?」
 「じゃあいつ行くんだよ。ここでグダってても仕方ねえ!」
 「先頭は僕が行くよ。内部なら少しは詳しいから。」
 「前方だけでなく後方にも気を配りましょう。まだ敵の規模は完全には掴めてないので…」
 三人だって不安はある筈だ。それでもこれまでの経験で抑えつけている。そこには仲間への信頼というのもあった。
 (俺も足を引っ張ってちゃいけない。失敗は許されないぞ…他人が許す、許さないじゃないんだ、俺が許さない!)
 「小山を殿に四人で行くよ。只文は前から二番目。廉太郎、足引っ張らないでよ。」
 「たりめーだ!」
 
 館の中は日中とはいえ、電気がついておらず薄暗い。そこかしこから何かが飛び出して来るんじゃないかと気が気でなかった。
 「気配も何もねーな。」
 「不意打ちくらいは予想の内に入れておいてくたさいね。どんな強敵がいるか分からない…」
 「小山に言われなくても分かってるってーの!ぶっちゃけ心ん中じゃあ怖い気持ちだってあるさ。」
 「廉太郎もやっぱりそう思う時もあるの?」
 「そりゃな。だけど自分の持てるもんを全てぶつけてやんなきゃいけない時もある。だから覚悟はしっかり決められるようにしてんだ。」
 「覚悟かぁ。そして自分の持てる全てーーーー」
 そこまで言いかけた時、只文の言葉は止まった。耳に触れるような感覚があったからだ。
 しかし、それは指とか舌とか、そういう直接的なものではない!

 「皆、静かに。何か聞こえない?細かく震える、音…?」
 「只文君、本当かい?それはどこから……」
 「右斜め前、その曲がり角だ…!」
 
 ーーーーーーバッ!!
 「敵襲!」
 光太の指鳴らしが響く。指した人差し指の先には黒く伸びた腕。
 「禍々しい気だ…引きずり出せ!」
 「加勢します。」
 小山も術を発動する。二人の牽引力で、曲がり角に潜む黒い腕の持ち主は姿を現した。

 「…オンオンオンオンオンオン」
 「これはッ、何てぇ奴だ!魂がいくつもくっついてやがるぜ!」
 余りの衝撃に叫ぶ廉太郎。只文に至っては声が出なかった。
 「しかも何の生物の魂かわからない程に時が経っている…浄化されよ、哀れな魂!!」
 小山が左手で眼前を薙ぎ払うと、光の膜がほとばしる。それに包まれた魂の塊は呻き声を上げながら天へと上って行った。

 「焦った…急にあんな奴が出るなんて…」
 「にしてもよくあいつを察知したじゃねぇか只文。すげーぞ!」
 「ありがとう。」
 廉太郎に礼を返す只文。しかし、彼はまだ自分の聴力が“覚醒し始めた能力”である事にまだ気づいていなかった。

 「もしかしたらよ、只文の耳で又何か察知出来るんじゃねえか?ちょっと耳澄ましてみろよ。」
 「確かにいいかも。頼むよ只文君。」
 「うん…」
 言われるがままにやってみる。集中する途中、自然と目を閉じる。
 (何か、聞こえないか…普遍的なモノとは違う振動を…!)
 只文が耳を済ましている間、光太は一つある事に気付いた。
 (そういえば地下階ってここの近くだ…繋がる道は別の方だったけど、あの曲がり角の先には何か手がかりが…?)

 と、考えていた時だった。
「…これ、来てる…?」
 「「「なッ」」」
 突然の一言。
 「それも嫌な感じだ…!あの黒い奴か…?チクショウ迎え撃ってやる!」
 「落ち着け!焦るんじゃない…」

 ーーーー「ニャァーン。」
 角から出て来たのは白いネコだった。
 「何だネコじゃんか。まあこんな状況じゃしかたねーか。」
 「ネコも襲われかねませんよ。丁度そこに窓があるし、逃してあげましょう。」
 小山がネコを抱える。ネコは抵抗もなく脚を垂れ下げている。

 「いいやっ!そいつはネコなんかじゃない!“仕返し”だぜ!」
 すると突然、只文は右手に纏った霊力を全力で白ネコに叩き込んだ!

 「ニャヴエアァ!!!」
 「てめえっ!何してんだ!?」
 「よく見てみ!その脚を!ありえない方向に曲がっている!」
 「ハッ…確かに!」
 「その形じゃあんな正常に歩ける筈がないんだ!あとは黒目の形!ネコのそれじゃあない。通常暗かったりする所だと丸くなるがまったくなっていない!黒目を細長くするにしても縦向きの筈だ。けどこいつは横向きに細長くなっていた!あらゆる点で普通じゃない!」
 
 圧倒的な観察力、そして決断の思い切りの良さ!緊迫した状況で只文の力は急激に上がっていた。

 (そして、更に俺の予想が当っているのなら、これは大きなチャンス!)
 吹っ飛ばされた白ネコは、壁に衝突しながら姿を変えていく。
 「廉太郎、俺がこないだ黒い奴に襲われた時の直前、白いネコみたいなのか見えたって話したよな。」
 「ああ…」
 「そしてさっきの嫌な感じってのは俺が襲われた黒い奴のにそっくりなんだ。もし、もしだぞ?その白いのと黒いのが同一の奴だったとして、こいつがそれだったとしたら…?」
 「姿が完全に変わるぞっ。どうだ?」
 「ニャ、ウウゥ…」 
 液状になった体は一箇所に集まってこうどを増す。段々と縦長になって色も変わっていく!
 「…中々、やるではないか。」
 「喋っ」

 バゥン!

 瞬間、大きな衝撃音!黒く変色していたそれはあの曲がり角の奥へと行ってしまった。
 「ぐっ…霊力がぶつかり合って放つ音…かなり速い!」
 「只文君!あれは君を襲って来た奴なのかい?」
 「きっとそうだ!追おう!」
 走る四人。しかし、曲がり角の先は壁があるだけだった!
 「何ぃ!?」
 その代わりと言ってはアレだが、何やら鈍い紫の光を放つ球体が浮かんでいた。
 「僕の予想が当たったみたいだ。これは別空間移動術の力!」
 「ワープポイントってことか…どこに繋がってんだ?」
 「四人で力を合わせてこの球体に察知の霊力をぶつけてみよう。片割れの居場所がわかるかも…」
 そう光太に言われてやってみる。力は少し抵抗を感じたと思ったら、数秒後突き抜けた感覚がやって来る!
 「これは…地下階!にしては深過ぎるような…?」
 「ウダッてても仕方ねえ!早く行くぞ!」

 館の地下階は光りが全く届かず、色々備品が積み重ねられているのも相まって不気味な雰囲気を醸し出していた。そんなところから更に下、地下階の下に創られた空間の中で先程白ネコから変化した奴が完璧に変身を終えていた。
 「あの姿を瞬時に見破られてしまった…やはり私の変身術もまだまだということか…しかし何としてでもあの者達には私の話を聞いてもらわねば…」
 その姿は先日只文を襲ったモノだった。腹部に受けた只文の打撃による傷を修復している。
 「彼らがここに来るまでさっさと癒やしておかないとな。」

 地下階へ向かう四人を人外達が阻む。ここは人外の集う場所で間違いなかった。
 「やばい場所だな!だがどいつもこいつも下級!ウオオオオッ!」
 横から飛びかかる人外を、いつの間にか手袋を着けた廉太郎が吹っ飛ばす。霊力で造られた腕はいつになく好調だ。
 「光太!前方にも…!」
 「ああっ…セイ!」
 光太は手刀で相手を切り刻む。身体能力強化も同時に発動して、圧倒的な速さで眼前に道を切り開いていく。
 「廉太郎、右上っ!」「ハッ」
 死角から来る人外!
 (まずいーーーー)
 そう思った時、小山の術で造った槍が人外の頭部を貫く。 
 「ギャアァァァァァア!」
 「用心を。」
 「流石小山!回復以外にも出来ることあんだな!」
 「当たり前でしょう!」
 「そろそろ地下階に着く!」

 地下階はより一層暗く、霊力の灯りがないと辺りを見渡すことすら出来なかった。
 「只文、何か気配は…」
 「俺は気配というより耳に来る振動で探知しているんだ。でも今はそれすら無い。無さ過ぎて怖いくらいだ。俺たち以外の振動は何も…」
 「ここより下に造られた空間があるかもしれない。とりあえず進みましょう。」
 地下階には人外は見られなかった。救いようのない暗闇が広がっているだけだった。

 「不意打ちをかましてくるかもしれねーなこれ。もっと照らせないか?」
 「僕達の力じゃあこれが限界だよ。霊力全てを灯りに使う訳にはいかないし。…いたっ。」
 先頭を歩いていた光太が何かにぶつかる。しかし目の前は何もない。
 「ぶつかる筈がないんだ…!」
 「おそらくその先に別空間移動術の片割れがあるのでしょう。術を使える者でないとぶつからないのでしょうか…その歪みに…」
「光太よお、お前が防御の霊力を身に纏ってそこに突っ込めば入れるんじゃねえか?」
 「やるしかないか…!」


 マントを羽織った男の周りには犬の形状をした複数の人外が居た。だがどれも男に服従しているようで、静かにおすわりをしていた。
 「只文、か。そして他の三人…見ていないだけで他にも居るのだろう、特連隊の者達が。今に来る頃かーーーーーー」

 言いかけたその時、轟音と共に男の居る空間の天井が崩落する。そこから情けない声を出しつつ、四人の人間が落ちて来た。
 「…もう来たか。」
 「ここはどこだ…?あっ、お前は!…でもちょっと姿が違うような…?」
 「周りに人外が5匹居るぞ!」
 「術を使うタイプだと厄介だな…!」

 「待て。こいつらは私の下僕だ。私が命令を下さない限り襲うことはない。上の階の奴らは勝手に集まって来た野良だ。私の管理外である…」
 「そんなことはどーでもいい。大事なのはお前をぶっ潰すことだけだっ…、……アレ…、??」
 「廉太郎?」
 「フウ…この本来の姿なら、霊力を出し惜しみなく使える。そこから一歩も動けんだろう。」
 「クソッ!なら、遠隔で仕掛けてやるだけだよっ!!!」
 廉太郎が霊力の遠隔攻撃を放つ。不可視状態で防ぐのも避けるのも困難な拘束技だ。
 (こっちも動きをさせなくしてやるぜ!)
 「甘いっ!!!」
 しかし男はタイミングを完全に見切っていたのか、落ち着いた様子で左手から波動を出して廉太郎の攻撃を相殺させた。
 「先程の具現化術の素振りで速度は見切っている!それと、私自身はお前達と戦いたい訳でもないんだ。」
 「はぁ?」
 「でなければとっくに殺している。」
 廉太郎の拘束が解かれる。一瞬ヨタついた廉太郎は屈辱だか怒りだか混ざりに混ざった憎悪の雄叫びを体内に押し込めて、
 「…じゃあ何だ?話したいことでもあるのか?」
 「ああ。特に、只文君。君には私の考えを聞いてほしいのだよ。」
 「えっ俺ぇ!?てか、お前がこの前俺を襲った…?」
 「すまない。あの時は私も意識が暴走していてね。変身系の術は得意ではないんだよ。」
 「変身…?お前、ちゃんとした人間…?」
 「ああともさ。もっともこの姿ではすぐには信用出来ないか。」
 男の体、関節部分は灰色の金属らしき部品で繋がれていた。それにも拘わらず男は生身の人間と変わらぬ動きを取っている。
 「事故で一度肉体のあらゆる部分を失ったのさ。これは霊力で造った義関節。こちらの方が色々勝手がいい…っと、無駄話はここまでだ。本題に入ろう。」

 男が指を鳴らす。すると一帯は強すぎない光に包まれ、空間の全容が明らかになった。縦横どちらも15m程の広さ、壁は何の舗装もされておらず地球の有様そのものであった。
 「まず、我々が常人と違う所とは何だと思う?」
 「…霊力の濃度?」と廉太郎が答える。
 「確かにそうだ。体内にある霊力、自在に扱える力、どれを取っても抜きん出ている。だからこそ術を使え、常識を超えた生物、人外とも渡り合える。自分達だけが特別な存在のように…だが、こうは考えられないかね?“世界そのもの”が特別であると。」

 世界そのものが特別。こいつは何を言っているんだと、四人が思ったのは変ではない。それを口に出すのも…
 「何ですか?つまり…あなたはこの世界がラノベだとか、なろう系の物語とでも言いたいんですか?」
 光太が珍しく嫌悪の表情を向ける。
 「大体はそうだ。しかしだね…私はそれを一人の神によるものではなく、大勢の人間によって創られたのだと思っている。………プラシーボ効果は知ってるかね?」
 「知ってますが…」「俺わからん…」「思い込みで実際に効果があるってこと!」
 只文に廉太郎が説明している間に、今度は小山が男との会話を始めた。
 「まあそれは私も知っています…」
 「なら話は早い。只文君も今に理解してくれるだろう……たった一人の力でも思い込みで実際に影響を起こすのであれば、大人数になる程その力は強大になると私は考えた。私が術を使えるようになったきっかけというのは、シンプルに崖から転落し、気絶した状態から目覚めた時だ。しかも崖の下とは違う場所で目覚めてな。よくできた話だろう?」
 「いいから結論から話せやお前〇〇すぞっ!!ー!」
 「只文流石に口悪いお前っ」
 「すまない、だがその結論への理解を深めるためだ…まあ、それから私は術の修行に勤しんだよ。まるで自分が一番偉くなった気がしてな。そして人外の存在に気づき、同じ境遇の者で“集まり”を造り、楽しく過ごしていたんだ…!」

 「………だがね、メタな世界観のあるゲームが私は大好きでね。それが興じて私が崖から転落した時間帯、世界全体では何が起きていたか独力で調べたんだ。そうするとどうだ、私が転落した時間を中心として+-3分以内に人間の死傷者数が極めて多いことがわかったんだ。ここで私は一つの仮説を思いついたんだ。ほぼ同時に生命の危機に瀕した人間は何を思う?」
 「そりゃ、死にたくないだとか、そういうもんだろ。まさか“集団によるプラシーボ効果”で世界が書き換えられた、とでも言うつもりか…?」
 「その通りだよ只文君。やはり私の見込み通りだ。確かに仮説に過ぎない。しかしそれが本当であるか確かめも出来るだろう。」
 「何だって?」
 只文が返した瞬間、男が指を鳴らす。何と、その音と同時に男の周りの人外は砕け散った!
「なっ…お前の…仲間じゃないのか…?」
「こいつらは元からこうでもするつもりだった。只の霊力の集まりにすぎんよ…」
 そう言いながら右手の平を上に向ける。白い光球が、人外の死体から集まり始めた…
 「これは…?」
 「よく見てください。映像が浮かび上がっていく…時戻しの術の派生、対象の経験のリプレイ術、とでもいいましょうか。」
 と、小山が説明する。
 「時に関する術は技量的に使える人は少ない…やはり彼、中々の使い手ですよ…」
 「今映し出してるのは奴らの経験だが…これを“地球自体”に行うことにより、書き換えられる前の世界がわかるのではないかと思った。しかしそれにはもっと“素材”、“協力”が必要だ。私から君達には危害を加えないと約束しよう。」

 ーーーー「その代わりに人外が大勢消えることになりますね…下手したら同じ術使いにも手を出すつもりでしょう?」
 「光太…」
 「そんなこと、出来ません。無闇に殺生するのはごめんですよ。(それにやったら真也さんに怒られる。)」 
 即答する光太。男は残念そうな表情を見せて背を向ける。何かあるかと身構える一行だったが、別に何かしてくる訳ではなかった。
 「それはとても残念だ…だが私は返答を待とう。話がしたかったらここに来るといい。」

 「待て!お前をそうやすやすと逃がす訳ねえだろ!」
 「廉太郎君。君は私に近づけない。」
 「ちくしょー!又動けない…!!」
 「小山さん!別空間移動術の玉がこっちに…」

 「さようなら。」


 気がつけば外の植え込みの陰に転がっていた。辺りに広がる光景は、先程の体験が嘘であるように思える程ののどかさがあった。
 「…まさかここがあんな事になっていたとは。」
 最初に起き上がったのは光太だった。暫く眠っていたのか、疲れが取れたように軽快に辺りを歩き回る。
 「霊力の関係で一般人には手を出さないだろうけど、これから心配になるなぁ…」
 「どうするんだ?中には有益な人外だって居るのによぉ。」
 寝転がったまま廉太郎が言う。
 「そこなんだよね。あの人は人外をモノとか見ていないようだし…ルカちゃんが心配だなあ…」
 「俺らのとこに居させるのが一番安全なんだろうがねぇ。もちょっと誰かの協力を借りたいよな。」
 「協力、であれば、田口さん達が帰ってくる頃合いですよ。」
 「田口さん…?誰ですか?」
 他の三人は存在を知っていたが只文は知らない。
 「同じ特連隊のメンバーですが…少々特別な家庭で…」
 「特別な家庭…え、家族揃ってみたいな…?」
 「ええ。会えるのを楽しみにしておくといいですよ。」

 その田口、という家系はある第から術を使えるようになっていた。昔から特連隊とは別に“裏の世界”で暗躍していたが、特連隊に加入した者が居た。
 それが第十一代目、田口聡である。

 ーーーー「それは中々大変なことになりましたね。」
 「俺だって直接体験した訳じゃねーが、あいつらから聞いただけでも驚きまくりだ。」
 「世界の記憶か…また面白いことを考える人が出たもんですね。」
 時は真夜中。真也と電話をしている人物こそが聡であった。“田口家”の任務で彼は一人歩いているのだった。
 「正直俺もどうしたらいいか困ってる。術者を襲うかもって光太が心配してたからそっちの奴らにも用心するよう言っておいてくれ。」
 「忠告ありがとうございます。光太先輩の予想は割と当たるからな…気をつけないと。……それと、切る前に一つ。先輩の新人が来たって、次自分も集まる時に会えますかね?」
 「なぁに、こっちの世界にどっぷりハマりつつある男だ。しっかりと呼べば来るさ。ちゃーんと挨拶するんだぞ。」
 「楽しみだなぁ。じゃ切ります。」
 「おう!」

 聡との電話を切ってすぐ、真也は大きなため息をついた。
 「世界の記憶を見るのは構わないがよ、生贄を用意するのは気が引けるぜ。あと“俺と逆のこと”しようとしてんのもな!」
 特連隊の拠点の床に、モヤモヤを抱えたまま眠りに着く真也であった。


 「いただきます…」
 「…」
 先日喧嘩をしてからというものの、只文と母親の仲はぎこちないものになっていた。お互い、思うものがあるのだろう。それでも心の純粋さは昔程には無い以上、沈黙を流すことしか出来なかった。
 (何かもう面倒くさくなってきたな。別に親にこううるさく言われるのも嫌だしな…時が十分流れるまで黙ってようかな…)
 もういいやと、彼に不貞腐れた心が巣食う。一方母親はというと、
 (駄目だわ…こんなひねくれちゃ…さっきも只文が挨拶をしてくれてるって言うのに!)

 二人とももっと大きなきっかけが必要だった。何分変に意地を張りやすい家系なのかもしれない。しかし今、第三者などにこれをとやかく言う権利は無いのだ。

 ーーーーーー(いや、この心音…表情だって僅かに強張っている。母さんだって仲直りしたいんだ!)
 最後の最後で良心が術を使うという道を切り拓く。目の前の母親の心音は明らか緊張しているものだった。

 「母さん!云いたいことがあったらちゃんと、ちゃんと言うべきだと思うよ……(バカ!何上から目線で言ってんだ!)」
 「ッ……確かにそうよ…ごめんね……母さんもあの時言い過ぎた。」
 (はぁ~?俺の態度をとやかく言えや!こんなクソガキだぞ!?)「…俺もごめん…偉そうな口利いて…」
 「お互いに吐き出せたわね…じゃ、あのことはここでおしまい…!ほらご飯食べましょう。」
 「うん。(あ、落ち着いてきた…)」
 「只文、成長したわね。凄く大人になったみたい。」
 「そう?(特連隊のメンバーとしては成長していて欲しいな。)」

 自分の術で人間としての問題を解決できたことが、今日トップクラスに嬉しいことであった。そしてこれから学校に通う彼にとって嬉しいながらも緊張することが一つ。もう一人の特連隊メンバーとの対面である。

 「あいつは一年生だ。家柄上口調も丁寧な子だから最初はこっちも優しく返答してあげるように。暫くしたらもうフランクにいっちまえ!」
 「そんなんでいいんですか真也さん…」
 「いい!いい!あっそれと!今日“任務”があるから放課後集合な。」
 「はい。」
 電話越しに聞こえる真也の声も緊張が含まれている気がした。というより何故か無意識にこの聴力強化の術を使ってしまう自分を只文は不思議に思っていた。

 (術癖ってなんやねん…)

 「そりゃお前、成長期来てんじゃね?」
 教室に先に居た廉太郎からの答えは成長期だった。
 「この齢で?」
 「あぁ。いや半分ノリで言ったんだけど。無意識に得意な術を試したくてウズウズしてるんじゃねーの?」
 「そっか。確かに他の術に比べて結構伸びしろがあるようにも思えたしな~。霊力を消費し過ぎない程度にやってみたいな授業中とか。」  
 「何か悪いことしてるみてーだな。」
 廉太郎の屈託のない笑いに、気持ちが晴れやかになる只文だった。

 そしていざ授業中に使ってみると驚く驚く。音が大きく聞こえるというより音から得られる情報が増えたの表現が似合う。
 (あ、廊下の奥から誰か来るな。博、寝てると当てられるぞ?ほら言わんこっちゃない。…一瞬もの凄い焦ってんな。周りは若干油断してて…)
 
 「ものすげー圧感じんだけど。」
 という廉太郎のぼやきも聞き逃さない。只文も博と同じ、授業が手につかなくなっていた。
 (これなら授業の時間も大分楽しく潰せるわ~。)
 
 ーーーー「今日は光太、来れないんだっけ?」
 「そうらしいですね…仕方ないでしょう。五人で話すとしましょうか。」
 二人が授業を受けている時、拠点では真也と小山がくつろいでいた。ルカは散歩に出かけているらしかった。
 「俺らが仕事休みの日を合わせられるのここぐらいだったんだけどな。あいつらが合わせられんか。まあ今回は内容があれだけに来れなくてラッキー、とも言うべきか…」
 それを聞いて、小山は言葉を返す訳でもなく、苦い顔をしながら前を見つめていた。

 この二人が廉太郎と只文を待っているというのに、放課後彼らは散歩中のルカを捕まえて山で鬼ごっこをしていた。ルカは一般人には見えないから二人で鬼ごっこをしているように見えるが…
 
 「うおお!来てる来てる!」
 「左右に分かれてえええ!」
 ちょっとだけの間やるつもりが、すっかり白熱してしまっている。この様子を真也が見たら攻撃が飛んでくるだろう。
 「ギ♪」
 「だー捕まっ…うわっとっと!」
 廉太郎がバランスを崩して落ちるも術の手で枝に掴まる。 
 「ギィー…」
 心配して覗き込むルカ。それを遠くから何か察した様子で見る只文。
 「大丈夫だって!…タッチ!騙されたな!」
 「ギーー!」「ははは!」

 「やっぱりな。あと大丈夫か時間…?げ、もう三十分経ってるし…おーい!行こうぜ!」

 拠点につく頃には若干夕暮れ時になっていた。
 「おぃ~やばいよ怒られるよ。」
 「いや平気だと思うけどな。よーし一番乗りっ…おっ」
 扉を開けると、目の前には外に出ようとしていたのか、こちらに顔を向けた小柄な男子が一人居た。
 「久しぶりっすー」
 「猪崎先輩!お久しぶりです!」
 「今捜しに行こうとしてくれてたのか?すまんちょっと用事があってな。」
 「いえいえ!用事があったなら仕方ないですよ。えーと、後ろに居るのは…」
 「ギ!」
 「ここに住んでるルカさんだ。んで、新入りの只文。」
 「よろしくお願いします。聡…」
 「呼び捨てでいいですよ!話は聞いてますよ、先輩だって。」
 見た感じ可愛げのある男の子。学校の後輩ではあるのだが、このけやきはなみち特連隊としての先輩であることに意識が向く。
 「いいの?ここでは君の方が経験は多いのに…」
 「いえいえ、気にしなくていいですって。ほら上がって下さい。真也さんと小山さんが待ってます。」

 そうして集まった只文達。しかしいつもの賑やかな雰囲気には余りならなかった。
 「光太は休みだ。今回はこのメンバーと…聡のグループで行う任務だ。お気楽にやれる任務じゃないのは覚悟しておいてくれ。」
 「聡のグループと?」
 「そうだ。只文、明日の午後11時、レアーレ学院前に行け。その後は聡と一緒に行動しろ。」
 「あそこか…人外を捕まえんの?」
 「いや、違います先輩。…人です。」
 館の地下に居た漢のことが脳裏によぎる。
 (そうだ…俺達以外にも術を使える人は居るんだ…)
 「ターゲットは絶対に捉えなければいけない。お前らは学院の辺りを警備していればいい。まあ、そっちに奴が来たら応戦しなきゃだが。」
 「…おっけー、やる。」

 真也の本気の顔付きが重い。小山が心配して声をかけてくる。
 「大丈夫ですよ小山さん。こいつだってやる時はやりますよ。」
 「ああ。特連隊に入ってるからにはな。」
 「ありがとうな。廉太郎は俺と西方面を。小山は任務区域中央だったな。ルカは誰かといたいか?」
 「ギー」
 ルカの手が只文の肩に触れる。
 「わかった。そんじゃおおまかに内容を説明すっから……」

 『術による動物の融合実験を繰り返した敵対術者の捕縛戦:現在追跡班が誤差300m以内で居場所を特定しているが、地下道を駆使して逃走を図っているため本行動の実施時は迅速な警備体制の完成、主攻撃班の判断力が主に求められる。』

 「ーーーーーーー本当ならこういうのは僕の家族内で済ませるんですけど、場所が拠点と近かったから特連隊にも頼んだんです。」
 「へー…特連隊との親交はどれぐらいのもんなの?」
 「そんな長くないですよ。僕が特連隊に加入してからですから。2年とちょっと、かな…?」
 冷えた空気が充満する中、只文と聡はレアーレ学院前の道路で聡の仲間達と警備をしていた。
 「ふーん…じゃあ今は聡が仲介役になって、こっちとそっちのしっかりやることの分担をしてんのかな?」
 「そうなりますかね…加入する前は互いの存在も知らなかったのでこういうわりかし危険ことはこちらで済ませてたんですが、内容や位置によっては特連隊に協力を頼むこともあります。元々特連隊は楽しくやっていただけなのに…ホントにありがたいです。」
 「でもそっちも大変だったでしょ。光太から前に聞いたけど、任務とかで学校空けたりするんだろ?」
 「そうですけどまあ、役目なので休めないですから。」
 「かっこいいなあ…」


 風が目に染みて上を向く。空に光る星をついでに見ていると、視界の下から流れ星が現れた。
 「…いや下から流れ星?」
 「ギッギッ!」
 ルカが慌てた様子だ。
 「聡!ルカ何て言ってる?」
 「えーと…あっち、あっち…?」
 「前方100mに対象確認!」
 「「!!」」
 聡の仲間が叫ぶ。
 「主攻撃班からマンホールの下を逃げて出てきたな。先輩戦闘用意!…そういえば聴力が凄いんでしたっけ、細かな動きとかわかりますか?」
 「100m離れてるんだったらどうかな…あっでもあっち通信機使ってるし」
 「あれより術が正確ですよ!できればですけど…!でも普通なら聴力系統の術は有効範囲よくて十数メートル程度なんですよ。」
 「そんなもんなんか…やるから待って…うーん、もう100切ってるかなこれ。後ろに何人か追うような音。民家の屋根飛び跳ねてる?これびっくりするやろ…来てる!」
 と只文が焦るのと同時、
 『レアーレ班!対象がそっちに近づいている!』の声。大人達の空気がより貼り詰める。
 「先輩やっぱ凄いですよ…僕の後ろに居てください。来たら援護をお願いします!ルカさん、あなたも只文先輩の隣に…」
 
 先程の流れ星に見えたのは霊力の弾だろう。対象が遠距離攻撃をしていたのだろうか。もしくは攻撃班のものか。割と遠くのものだと思っていたが、1分と経たず、衝突音が大きくなってきて、数人の大人が二人の前に姿を現した。

 「戦闘開始!」
 「取り囲め!」
 息が詰まった。地下の男と対面した時とは何もかも違う!
 「ぐっ…(落ち着け!落ち着け!)」
 術で何とか正気を保ちつつ、聡を信じて後ろで呼吸を整える。
 「そこまでだ!」
 側にいた大人が拘束術を撃った。対象は後ろからの攻撃を体を捻って躱しつつ、拘束技を受け止めて相殺する。
 「やり手だな…先輩あいつは思考がぶっ飛んでます。自分自身にも何か施してる可能性があることを忘れないでください。」
 「あぁ…」
 ここで死んだら母親に情けない気持ちになるな、なんて不意に考えた。対象がこちらに降りてくる!
 「覚悟しろ!もう終わりだ!」
 聡達が一斉に光弾を放つ。流石の量に対象は身動きが出来なくなる。当てるのが目的ではない。動けなくするために撃ったのだ。
 「終わりだ!」
 予め弾を撃たず“トドメ役”に集中していた一人が斬りかかる。加速も十分。反応ができても対処が遅れる位置からの攻め!
 (勝った!)「死ねえっ!」
 
 「勝ったと思うのは実際に殺してから言うんだな!」
 ありえない光景だった。そのまま対象は斬られていた筈。だがどうだ、斬りかかった人は白い何かに体を貫かれている。
 「肋…骨……?」
 聡が呟いた。
 「ギャアァァァァァアヴァっ!」
 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 只文はへたり込んでしまう。ルカが必死で支える。
 (先輩がこうなるのも無理はない!僕だって震えたい!おぞましい…まさかここまで自分を改造してるなんて…!!)
 飛び出た肋骨を巧みに扱い、目の前の死体を取り込む。肋骨は触手のように滑らかに動き、足はこちらへ歩みを進めていた。
 「跡取りっ、ここは下がってください!こいつらは私達が仕留める!こいつは人じゃないけど、跡取りがやっちゃ駄目だ!」
 「佐久間避けろ!」
 「へ『ドズ!』………ァ…」
 
 たかだか 数本の骨が自在にうねり突き刺す。場は混乱した。
 「ギギ!」
 「わかってるよルカ…!でもこれは…ここまでは予想できなかった!…うおっ!」
 ルカの声かけで間一髪、攻撃を紙一重で避ける。目の前のモノは既に人を捨てきり、赤色の皮膚をさらけ出した4足歩行の化け物と化していた。
 「主攻撃班早く!っ先輩、僕が防御しますんで拘束お願いします!」
 「(聡がここまで頑張ってるんだ…俺だって!)わかった!」
 警備班と只文が拘束術をかける。素早い動きをする対象には中々当たらないが、 一度かかるとグッと動きが鈍くなった。
 「今だ!かかれ!接近戦は余計不利だ!」
 主攻撃班の光弾が次々に突き刺さる。只文はこちらへの攻撃は全て聡が弾いてくれ、自分の術もルカが自らの霊力を使って出力調整をしてくれているおかげでさっきよりは安心してきた。
 (早く終わってくれ!動きも鈍くなってきてるしそろそろじゃないのか~?)


ーー(そろそろ?)
 「怪しい。」「へ?」
 「聡、流石にあいつ、弱るのが早すぎじゃないか?避けるより優先することができたんじゃ……」
 「それってつまり……」
 聡が返そうとする時には耳を澄ませていた。そしてわかった。

 「体内が振動してるんだ!避けろ!!!」
 「ギャオオオオオ!!!」



 違う所の警備に当たっていた廉太郎。誰かに呼ばれて隣から姿を消していた真也がやっと戻ってきた。
 「只文の奴大丈夫かな…あの方面に逃げてったんだろ?」
 「見に行けるのはまだ後だからな…俺だって心がこそばゆい気持ちでいっぱいさ。祈るしか…ヘブッシュ!」
 「寒いか?術使えばいいのに…」
 「使ってるんだけどな。寒いな…」
 しの寒さをより助長するかのように、頭上の月が真っ白に輝いていた。
 
 
避けろとは言ったものの、余りの速さにそれは無理だった。だから目を瞑り、背ける程度のことしかできなかったが、対象の攻撃は当たらなかった。全方位に骨を射出したのだろうと、論理タラタラではなく直感でズバッとわかった。只文には一本が左脚にちょいと掠ったぐらいで、大した怪我はなかった。だが…

 「ル…カ……僕を庇って…?」
 「っっ回復急がないと!」「はっ!」
 聡を庇ったルカが重症を負ってしまったのだ。大きな穴からドクドク体液が漏れ出す。
 「すみません!」
 「俺も手伝う!ルカ!しっかりしろ!」
 「無駄だぜぇ!俺の骨はまだ一本中に入り込んでいる!」
 対象の無慈悲な一言。二人はそれでも懸命に霊力を注ぎ込む。
 「それがどうした!そんなもの引きずり出してやる!」
 ルカの体内に只文が手を突っ込む!危険だと制止する聡を振り切ってまさぐる。すぐに固い感覚が見つかった。
 「これだ!急いで!」
 「ギィ!」
 「無様だぜっ!発動する、今だ!」



 ーーーーーー「レアーレ学院周辺にて戦闘中の班、多数が死傷!…そして特連隊の人外一匹も…!」
 ーーーーーー「何ですって?」  
 柄にもなく小山が動揺を外に出す。
 「小山さん、すぐ行きましょう!」
 「はい。他の回復要員はまだ中央での待機を!」
 多数の死傷者というのも気がかりだが、それよりも人外!
 (ルカのことでしょう…あぁ…連れてきてしまったばかりに!どうすればいい、もし最悪のパターンであれば…!急げ自分!)

 「…小山さん、大丈夫ですか?様子が…」
 「大丈夫です…急ぎましょう。」



 最悪のパターン。:ルカの死亡。その勇気ある魂、ここに眠る。


「ルカァァァァァァ!!うわあぁぁぁぁ!」
体は跡形もなくなり、遺灰とも呼べる塵は只文の体に吸い込まれるようにして消えた。彼は自分の手にも突き刺さった肋骨による出血を、ルカの分の痛みと受け取った。
 (ッ予想はできていながら、手の届く位置だったのに!自分の心配で一杯一杯だっただとおおお!!!??悔しい!!、悔しいし許せないぜ自分をっッ!!)

 「だが、もっと許せねーのはお前だ!」
  生き残った、まともに動ける田口グループの面々と戦闘を繰り広げているあの悪しき生命体に、只文は並々ならぬ憎悪の視線を向けたッ!憎悪と同時に、自責の念、仲間を思う信念の視線を!

 「聡、……………」
 「先輩。…わかりました。」

 対象の人を捨てた覚悟も伊達じゃない。だった一人でもその戦力は十分。六人の猛攻を肋骨で防いでいた。
 「近づくな!やられるぞ!」
 「けど、動きも素早い!クソォ、もっと人がいれば…!」
 「無力、無力!貴様らの人の形状に縋った腰抜けの覚悟では俺に勝てないっ!」


 「貴様ァァァ!」
 「なっ、特連隊の!?」
 「下がれ!接近戦は…!」
 少しの迷いもなく対象に全力で走る。只文は一撃で終わらせる気だ。
 「覚悟だってぇ!?それなら俺だってあるぞ!」
 「ふん、さっきのガキが!只直線に突っ込んでくるだけじゃ無謀ってモンだぜ!」
 案の定というか、彼に骨と両腕による弾幕が襲いかかる。
 (ここが大事だ!集中しろ!)
 「ッセイ!」
 霊力の刀で遅れかけながらも打ち落とす。だがそれ以上は進めない!
 「フッ…力が落ちてるように見えるぜ?そうすれば!当然反応も鈍くなる!オラ!」
 「ぐわあ!」
 体を高速回転させて薙ぎ払う!周囲の人達を遠ざからせてから只文に狙いを定める!
 「霊力も足りていまいっ!終わりだぁ!!!」



ーーーーーーー「そりゃ足りてないさ。“あげた”んだからな、アイツにっ!!」
 「何っ」
 その瞬間、対象の攻撃が只文の肉体に入り込むより早く、霊力の槍が僅かに空けた只文の左脇を通って突き刺さった!

 「ぐあぁぁー!!!」
 「この直線上、俺の後ろには聡が居る…!そしてアイツに霊力をある程度渡して弱体化した俺にお前は油断し、結果後ろの一撃の対応ができなかった…!終わらせるのは俺じゃない、アイツだったんだ…」
 「クソ…こんな…こんな。……」

 「地獄でもう一度死んどけ。」
  無言で突き刺さった槍を殴り更に食い込ませる。更に周りの大人達も加勢し、対象は恨みの言葉を吐きながら息絶えた。
  
  「先輩…すみません…僕が避けられていれば…」
  「いや、仕方がないんだよ。終わって………、しまったんだ。終わって…!!」
  「クッ…」
  緊張から解き放たれて涙が流れる。力無く膝を折る只文を、聡はどうすることもできなかった。
  悲しみの雨が心に、ザァザァと。
 
続く
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