世界樹を盗んだ夫と、最も強い毒

lemuria

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本物の毒

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 ーカトリーナ視点ー

 バートンは愕然として、両手で頭を押さえ込んだ。
 口の中で、同じ言葉を何度も繰り返している。

「……もう、おしまいだ」

 手のひらに握っていた世界樹の葉が、ぱらりと崩れ落ちた。
 一週間前まで瑞々しい緑を放っていたはずのそれは、今や色を失い、指先で触れると粉のように崩れた。

 本物の葉は決して枯れない。

 バートンはこれが偽物だと言うことにようやく気付いたのだ。

 私は、はぁ…とため息をついた。

 バートンはマリエに騙されていた。
 家にはもう戻れないだろうし、借金も返せない。
 この一瞬で人生が八方塞がりになったことを理解したのだろう。

 私に向かって、縋るように声をかける。

「な、なあ……俺はこれから、どうしたらいいんだ?」

 私は、一瞬口を開いたが、言うべき言葉が見つからず静かに首を横に振った。

「とりあえず、落ち着ける場所を探さないといけないわ」

 私は淡々と言った。

「これからのことは……それから考えましょう」

「どうにかなるんだろうな!?」

 バートンが声を荒げる。

「元はと言えば、お前が『これを持って一緒に逃げましょう』なんて言い出したせいなんだからな!」

 私は一度だけ瞬きをした。
 そのあと、短く息をついて――

「……そうね」

 それだけ言って、視線を外した。
 私に八つ当たりされても困る。
 そもそもこんな葉が本物のわけがない。
 正直に言えばこんなの騙される方が悪い。

 でもまあ気持ちは理解できる。
 このまま借金が返せなければどうなるかは想像したくもないことだろう。

「そうね、じゃないだろ!」

 バートンが怒鳴った。
 髪をぐしゃぐしゃにかきむしり、血走った目で私を睨む。
 今にも殴りかかりそうな剣幕で叫ぶ。

「お前も借金の返済を手伝うんだ! 娼館ででもなんでも働くんだよ!」

 そんなことを私に言うバートンを冷えた心で見る。

 私は少しだけ目を伏せた。
 しばらく黙り込み、ゆっくりと顔を上げた。

「……わかったわ」

 なるべく穏やかに言ったつもりだけど、どう受け取られたかわからない。
 私はバートンの神経を逆なでしたいわけではないのだ。

「とりあえず、ここに泊まれるのは今日までだから、今夜の宿を探してくるわ」

 淡々とそう言いながら、私は荷物の横に置いてあった鉢植えを抱き上げた。

「これも……処分しておくわね」

 バートンが何か言いかけたが、私は振り向かなかった。私はバートンを部屋に残して外に出た。



 そして、今私は手配しておいた馬車の中にいる。

 ふぅ、とついため息が出てしまう。

 長かった。
 ようやく、ようやく全てが終わったのだ。

 手に持った鉢を見る。

「……おかえり」

 思わずそう呟いた。



 私は長いあいだ、夫であるレオパルドからの暴力に耐え続けてきた。
 逃げても見つかるし、泣いても許されない。
 離婚を願い出ても、首を縦に振ることは決してなかった。
 骨を折られたこともあったし、暴力がバレるからと医者にも診せてもらえなかった。

 苦痛に耐え、恐怖と戦う日々。

 辛い日々の中で、私はどうしたらレオパルドから解放されるかを必死に考えていた。

 そして気づいた。

 私が解放されるには、私の代わりが必要だったのだ。

 つまり。

 レオパルドが私を手放しても良いと思うには、次の生け贄が必要だった。

 次の生贄は私はすぐに思い付いた。

 マリエだ。

 私は小さい頃、マリエに世界樹を奪われた。

 この鉢の木。
 この木は本物だ。

 私が小さい頃母から受け継いだ形見、正真正銘、本物の世界樹だ。

 マリエは私のことを忘れている。20年も前の話だから無理もないのかもしれない。
 だけど私は覚えている。
 大事な母の形見を盗んだ女を忘れられるわけがなかった。

 その木を「自分の宝物」と言って笑っていた顔を。
 あの日の悔しさを、ずっと抱えて生きてきた。


 マリエがバートンの妻だと聞いたのは、バートン本人からだった。

 そもそも私はバートンに特別な感情を抱いていない。
バートンがレオパルドと賭けをしてたまたま大勝ちした時に、支払いのカタとして私が差し出されただけ。それをどう勘違いしたのか愛人扱いしていた。

それだけの関係性だ。

 だから、今後バートンがどうなろうと私は関心がない。

 だけど、マリエがバートンの妻だと聞いたとき……私は頭の中でパズルが勝手に出来上がるように、この計画を思いついた。

 レオパルドに世界樹の話をして、文献や似た葉を部屋に置いてレオパルドに目撃させるのだ。

 見た目にはわからなくても、鑑定すれば本物とわかることも伝えた。

 そうすれば逆に、鑑定書があれば本物に違いないと思わせる事ができる、と気付かせた。

 レオパルドとマリエが繋がってることなど当たり前に気づいている。そもそもレオパルドに隠す気などなかったようにも思う。

 つまり、私はふたりに世界樹の詐欺計画を思いつくように仕向けたのだ。

 それをバートンに実行するとどうなるだろうか。

 あの小心者は、葉の事を私に相談しにくるだろう。ダメ押しに、一緒に逃げようと言ったなら。

 その結果がこれだ。

 私の手元には世界樹の木。

 そしてレオパルドのもとにはマリエが。

 バートンにはもう二度と会うこともないだろう。

 すべて想定通りの結果になった。

 だからこれから起こることも大体わかる。

 最初こそ優しいレオパルドが豹変するのはすぐだ。

 それにマリエだって相当したたかな女だ。暴力を受けたまま黙っているなんて思えない。


 私は目をつぶって息を吐く。

 私はただ、この木を持って実家に帰るだけ。

 それだけだ。

 毒の沼みたいな人間達の中からようやく抜け出せたのだ。もう二度とかかわりあいたくない。


 ふと見ると、世界樹からは小さな緑の芽が芽吹いてる。
 あんなところにいては芽を出すことすらできなかっただろう。そんなことを思いながら木をなでる。

 人間の醜い部分を見過ぎた。
 それに比べれば、植物の何と美しいことか。

 私にはこの木があればそれで十分。それが真実の愛だって構わないじゃないか。

 実家に着くまで、私はぎゅっと大事に鉢をかかえていた。
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