異世界カボ屋の覚え書き

tamamushi_k

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魔酔いの森

第十四話

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 台所にも玄関にもミゲルさんの姿が見当たらないので、先にバスルームで歯磨きしてしまおう。
 さっぱりして台所に戻っても、やっぱり見当たらないから、呼び掛けた方が早いかも。

「ミゲルさん……?」
「ノボルかい? 下にいるよ! 階段下を通っておいで!」

 足元から、くぐもった返事があった。
 ついでに、革紐を少し頂いて行こう。

「あの突き当りのドアかな……?」

 そのドアの先には、地下室への階段が続いていた。
 温かい風が、パン生地の香りを運んで来る。

「良い香りですね」
「そうかい? 二次発酵が終わった所だよ」

 壁際の棚に、複数のトレイが置かれ、大きさの揃った丸い生地が並んでいた。
 中央のボイラーらしき大型の機械が、この部屋を発酵に適した高温多湿にしてるようだ。

「これでお湯を沸かしてるんですか?」
「そうだよ。確か、磁力を帯びたケイル銅のコイルの間を、何らかの金属が上下して熱せられる仕組みだと聞いたが……」

 一緒にトレイを運びながらミゲルさんが説明を試みていた。
 詳しいことは分からなくても、誘導加熱と呼ぶらしいと教えてくれた。

 隣のバール領の錬金組合が開発したものだとか。
 王様の竜鱗を溶かして合金を作り、こんな形で産業利用する所が興味深い。
 アクセサリーにも使える合金があったら欲しいかも。

「そのままオーブンに入れてくれるかい」
「沢山入れられるんですね」

 それ故、作り過ぎてしまうことが多いそうだ。
 それでも、聖女様とハーピーのセラエノさんが食べてくれるので、困ることは無いという。

「フィシキの木こりにも好評でね。いっそパン屋でもやろうかと思ってしまうよ」
「それは良いですね。ミゲルさんのパンと野草茶は、今までで一番美味しいですから」

 それは光栄だと言いながら、ミゲルさんはオーブンの扉を締めてハンドルを回した。
 オーブンにも癒やしの石が使われてるようだ。

「温度管理はどうやるんですか?」
「私は、締め付け位置かな」

 確かに、ハンドルと本体に印が付いてた。
 目視できないのが難点だから手探り状態だったそうだ。

「秘伝の味だったんですね」
「そんなことはないさ。覚えて行くかい?」

 ミゲルパンの美味しさの秘訣は、ブラックベリーにあった。
 セラエノさんが、よく熟した実の付いた枝を裏庭のテーブルに置いて行くそうだ。

「そこの床に並んだ壺が見えるかい? あれにブラックベリーを入れておくんだ」
「ジャムでは無いんですよね……?」

 ジャムではなく酵母にする為、実だけ取って壺の中に入れ、お湯を注いで発酵させると説明してくれた。
 いきなり難易度が高いぞと思ったら、半生酵母を譲ってくれた。

「それから、その酵母と水と塩を小麦粉に混ぜれば膨らむんだよ」
「簡単そうに聞こえますけど、そうじゃないんですよね……?」

 次のハードルが小麦粉だった。
 この世界の小麦粉は、石臼挽きが主流で、品質は高くないらしい。

「高品質な小麦粉は、都市部の上流階級に押さえられているんだ。手に入れるのは難しいだろうね」
「ミゲルさんはどうやって手に入れたんですか?」

 フィシキ族や運輸組合との関係が良好なミゲルさんは、フィシニウス産の小麦粉を直接購入できるとのこと。
 粉に対する拘りが強く、高品質な小麦粉も生産するフィシニウス領は、戦費と物流の支援者に優先的に売るのだとか。

 僕はここでミゲルパン作りを諦めたけど、小麦粉が手に入った時のことを考えてメモを続けた。
 
 後日、この部分は削除した。
 メモを見ながら作ったら、硬くて酸っぱい黒い塊になったからだ……!
 もう二度と作らない! ミゲルさんとミゲルパンは偉大だ!

「それじゃあ、焼いてる間に、洗濯物を取り込もうか」
「はい」

 裏庭に出ると、強めの風が吹いていた。
 セスタ明けによく吹くそうだ。

「ここは、日当たりと風通しが良くて、よく乾きますね」
「そうなんだよ。住民が増えたら、この物干し場を広げて、洗濯小屋も作ろうかと考えているよ」

 洗濯物を回収しながら、それは夢があって良いなと思った。
 木陰のテーブルで洗濯物を畳み、リュックにしまってたら、アーヤがうなだれながら戻ってきた。

「お疲れさま。会議はどうだった?」
「うん……」

 落ち込んだ様子だ。
 ミゲルさんが気を利かせて、パンの様子を見に行ってくれた。

「大丈夫? お茶を入れたから良かったら飲んで」
「ありがとう……」

 ぽつりぽつりと話してくれたのは、アーヤたち運輸組合は、僕をアルトスまで乗せて行くことは出来ないという内容だった。
 これは、人を含め、生物を運ぶことを禁止する決まりがあるからだとか。

「でもね! 個人的になら……!」
「うん。でも今は、アーヤも仕事中だから無理できないのは理解してる」

 それに加えて、アーヤ達は、僕を受け入れられないとの事だ。
 拒絶するという意味ではなく、迎え入れて行動を共にするという意味でだそうだ。

「僕が走って付いて行くのも無理があるよね……」
「『規則だ』、『決まりだ』って、みんな頭固すぎるのよ!」

 それでも、僕の人柄には好感が持てるから、僕がアルトスの住民となった後に、一定の交流を持つのは否定しないとのこと。
 ただし、王不在のタイミングで僕が落ちて来たのは、偶然とは考え難い為、警戒と観察を続けるべきとの意見が多かったとか。

「それは仕方ないよ」
「でも、ノボルだって困ってるんだから、助け合わなきゃいけないのに……!」

 それから、観察者の選出では、アーヤはセントーリスのリーダーを理由に、姉妹は健康上の理由で除外された。
 これに対して、アーヤがリーダーを辞めると言って紛糾し、イイラさんを後継指名して帰着したようだ。

「それじゃあ……!」
「でもね……、『リリスの悲劇』だけは再演するなって……」

 そう足枷するのは、アルトスとの仲裁に入った王から、「次はない」と釘を刺されたからだとか。
 第一世代にとっては死活問題らしく、僕がまだアルトスの住民でなくても慎重を期すべきと、譲らなかったようだ。

「結局、どうなるの?」
「定期的に連絡を取ることは了承されたわ」

 ただし、直接会うとしても、アーヤはアルトスに入らないこと。
 かつ、僕が安全に過ごせる場所が条件だとか。

「あまり会えなくなるんだね……」
「……」

 アーヤが無言で抱きついてきた。
 頭を撫でながら掛ける言葉を探してたら、耳元に小さな声が届いた。

「お城を目指して。あそこなら何とかなるから」
「お城って王様のいる……?」

 僕も小声で聞き返した。
 確か、ミゲルさんは人は謁見できないって言ってたような……。

「ノボルは大歓迎されるよ!」

 そう言って離れると、アーヤは僕の手を引いて厩舎に誘った。
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