異世界カボ屋の覚え書き

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魔酔いの森

第二十三話

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 南の木周辺も、表土が取り除かれ、砂の地面が露出していた。
 そこに、間隔を置いて掘られた一立方メートル程度の穴が、バスルームだそうだ。

「この穴は、見廻組が掘ってくれるの」
「み、見廻組ですか……」

 そのバスルームに出入りする段差に、小さな穴を掘るのがオーグ式トイレ。
 使用後に埋め戻して樹液を掛ければ、すぐに砂地に吸収されてしまうのだとか。

「この杭からは、あと半日くらい出るから、慌てなくても平気よ」
「は、半日も……」

 オーグ式シャワーは、段差の底に立って、木に打ち込まれた杭から流れ出る樹液を浴びる。
 さっき、家の前にいたオーグリスの数人が付いて来てくれて、そう教えてくれた。

「……わ、分かり易く教えてくれてありがとうございました……」
「どういたしまして!」

 惜しげなく実演まで見せてくれたのは、種族が違えば恥ずかしさも感じないから?
 僕には、十分異性として認識できてしまう程、細身でしなやかな体つきだから、見続けるのは危険すぎる。
 穴の中で服を脱いで、一番上の段差に置けば良いらしいから、村人セットで抑えながら入ろう……。

「寒いって程じゃない……」

 キャンプファイヤーの薄明かりと、ふんわりした熱風で、穴の中も意外と快適だった。
 断面を触った感じ、崩れる心配はなく、却って道具がなければ、掘ることも出来なさそう。
 実際、二段目に刺さってる小さなスコップで、トイレの穴を掘るんだろう。

「冷た! って程でもない……」

 熱いシャワーって訳には行かないけど、汗を流すには十分かも。
 樹液自体は、サラサラして、香りはしない。
 少し飲んでみると、ほんのり甘く、やや青臭い感じがした。

「ついでに、ちょっと伸びた髭も剃ろうかな……」

 この剃刀りも、歯ブラシと同じ素材だから、王様由来のはず。
 グリップの先端がワイ字型で、横糸のようなものが張られてる。
 余程強く当てない限り皮膚は切れず、程々の力で撫でれば髭が剃れる優れ物だ。

「それは何?」

 先程から実演を交えて教えてくれたオーグリスのキシラさんが、穴の縁にしゃがんでいた。
 僕の視点からは完全に見えてしまってるけど、やはり彼女は気にしないらしい。

「剃刀って言えば伝わるかな……?」
「人の剃刀って、そんななのね」

 そう言うって事は、オーグの村には、王様由来の製品が入ってない可能性が高い。
 明日、殿様かキイツさんに、組合コレギアについて聞くついでに……。

「あたしのも、それで剃って貰おうかな……」

 キシラさんが立ち上がって、腰を突き出していた。
 あああ……、折角、考え事で意識しないようにしてたのに……。

「ノボルくん、キシラが邪魔してごめんよ!」
「キシラ行くぞ! ごゆっくりー!」

 一緒に来た二人にタオルを掛けられ、キシラさんが引きずられて行った。
 遠くから三人の嬌笑が聞こえる。

「うーん……」

 確実に見られた……。
 からかわれただけだと思って、気にしないようにしよう……。

「寒い! 髪が乾くまで、キャンプファイヤーで暖まって行こう……」

 食事の時より弱火になったキャンプファイヤーの周りにいるのはカップルばかりだ。
 かなり濃厚に絡み合ってるカップルもいて、目の遣り場に困る。
 どういう環境で育って、どういう生活をして、何を考えて生きれば、ああいう関係が築けるんだろう……?

「僕には無縁だったな……」

 生まれと育ちに拘束され、自由に憧れた。
 一人暮らしをして、憧れた自由も、行動が著しく制限されると知った。
 自由の代償は、その狭い行動範囲内で、理想の相手を見付けられない事なのかも……。

「これからは……」

 どうやって生きていくことになるんだろう……?
 この村の北部の猛獣が何とかなったとしても、アルトスやラピに入れなかったら……。
 逆に、北部を越えられなかったら、捕虜と一緒にミゲルさんの村に戻る……?

「うーん、ネガティブになってる……」

 見られたことがショックだったようだ……。
 大事な所だからじゃなくて、厄介なモノだから。

 兄弟仲が悪くなったのも、これが切っ掛けだ。
 幼少期の風呂で、互いの違いを自覚した。

 兄はずんぐり体型に、小ぢんまりしたものが埋没していた。
 僕は痩せ型で、既にぶら下がってる状態だった。

 兄がこれを妬んで騒いだ。
 父が再び母の不義を責めて家を出た。
 母は僕を嫌悪して遠ざけた。
 祖母は自分の所為だと悔いた。
 いずれにせよ、「厄介なモノで厄介者扱いされた」と笑い飛ばせる程、幼少期に受けた心の傷は浅くない……。

「だから……」

 今日は寝てしまおう。
 明日の朝からストレッチを再開すれば、気分も晴れるはず。

 僕が宿泊する一軒家まで、トボトボ歩いて戻って来る間にも、人影がちらほら見えた。
 綺麗なお姉さん達が、三人一組くらいでグループを作って立ち話をしてるようだ。
 何と挨拶すれば良いのか分からなかったので、「おやすみなさい」と声を掛けて通り過ぎた。

「あれ……? こんな部屋だったっけ……?」

 引き戸を開けて家に入ると、もう一つドアがあった。
 確か……、靴を脱いで、一段上がって、襖があって、畳の部屋に布団が敷いてあったはず。

「部屋を間違えた!? って訳じゃない……」

 僕のリュックがあるから間違ってない。
 すると、この和室にそぐわない、不自然に豪華なドアは一体……?

 畳の部屋を襖からドアにリフォームする時間はなかったはずだし、その意味もない。
 何より、このドアの装飾とバラのシルエットは、この村で作れるとも思えない。
 それに、この銀色の蔦の装飾は、見覚えがある様な……?

「あ! そうだ! アナさんのパネルだ!」

 パネルじゃなくて鏡か。
 アナさんと最後に遣り取りしたのは……、アナさんと契約が完了した時だ。
 そう言えば、アナさんから鏡を貰って、カリーナさんの剣は遠慮したんだ。

 すると、今回は直接伝えたいことがあるから、入って来いってことかな……?
 それなら、入らないといけないな。
 いずれにせよ、布団の部屋には入れないし。

「どうぞ」

 ドアをノックする前に、アナさんの良く通る美しい声が聞こえた。
 僕は村人セットを置いてドアを開けた。
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