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魔酔いの森
第五十八話
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遠征組が目印に使うのは、細長く裂いた皮だった。
一見ランダムに結び付けてるけど、何かルールがあるのかも。
「ねえレン……」
「枝が距離で、幹が方角よ」
相変わらずケレンは、僕の疑問を先読みして答えるから賢い。
僕が感心すると、頭を撫でて褒める癖を見越して、肩を寄せる所も凄い。
「レンに見合う男って、物凄くハイスペックな気がする……」
「何よそれ、勝手に決め付けないで欲しいわ。優劣よりも、私とは異なる見方や考え方を持つ人で良いのよ」
何れにせよ、そんな男がいるとは思えない……。
何せ、冥界で相当数の怪物を倒したケレンは、この世界では「魔女王」、冥界では「冥女」と呼ばれる存在になったそうだから。
「ああっ……! それでも、とうとう師匠を超えてしまったわっ! このままでは、いやらしい男神に目を付けられてしまうかも……! その時は、ノルが守ってくれるんでしょ?」
「え!? うーん、どうだろう……。魔女術を極めたレンを、僕が守る……?」
魔女術を極めたケレンは、「冥女術も扱える様になった」と言った。
違いは、魔女術が波紋の衝突や衝撃を起点とするのに対し、冥女術はアクセスできる痕跡を全て罠に変え、攻撃する相手やタイミングを決める事も出来るそうだ。
「そこはキッパリと……! あ、ちょっと待って……。ウナ、西。ラニ、二十五!」
「また、踏んだやつがいたの?」
ケレンの属性は氷だから、罠も細かい氷にしたとのこと。
痕跡を霜柱に変え、踏んだ猛獣の心臓を貫き、そのまま氷柱となって封じ込めるのだとか。
「小型だから放置でも良いのよね……。念の為、氷漬けしてるけれど」
「ケレンは優れたる良き子にあらで? 娶るに良し! 人とオーグの一つに戻る縁とせよ」
一つに戻る……?
過去に共存してた事でもあったのかな……?
「私が、女神ならざりし折に聞きし話なれども……。ノボルよ、ハートぞどう描く?」
「僕の世界だと、ハート型は、円二つを左右に重ねて、その下が膨らみのある逆三角形ですね……」
この世界でも、心臓を表した同じ形だった。
ただ、神話時代に定められたその形を実際の心臓と比べると、人が左半分で、オーグは右半分になるという。
「つまり、神話時代の人は、心臓が左右で一つのハート型だった……?」
「アイダとイヴェルの神話ね」
――神界で子育てするアイダとイヴェルが、割ったリンゴの大きさで口論した。
――子の面倒を見るアイダと、狩りに行くイヴェルとで、どちらが大きい方を食べるべきか。
――神に判断を仰いだら、「俺のリンゴを割ったお前らが悪い!」と怒って、子を半分に割り、投げ捨ててしまった。
――こうして、アイダは冥界で、イヴェルは地界で、半分の子を育てる事になった。
「怖い話……! でも、レンは……」
「沢山注げば、あるいは……、かも知れないわよ?」
「私も交えよ!」
アイギスさん……、この話題は、ケウナに毒では……?
背中を丸めて堪えるように歩くケウナが痛々しく見える。
「まさか! ケウナにまさる幸せなる女こそあらじ! 禁欲の行ぞ明けぬれば、晴れて戦女神よ!」
「う、うむ!」
僕から身を引いたケウナに、女神アイディスが「戦いの女神の神格を譲りたい」と打診したそうだ。
以前から品行方正のケウナは、女神アイディスの「戦乙女」だったものの、女神となる条件が満たされたらしい。
「ウナは、強くて優しい良い女神になるだろうね」
「おかしいわ! ノルは、ウナに甘すぎるわよ!」
ケウナはそれに見合う働きをしてるし、それ以上の価値があると思う。
戦いにおいても、回避が許されるケラニに対して、一歩も退く事が許されないケウナの重さは計り知れないから。
「ノボルはな、我が子らをみな殊の外に尊びたるぞ。ケレンの事にても、常に賢しと讃へ、料理巧みなる家庭的な有り様をぞ誉むること限りなし!」
「そ! そ、そうなの!? そ、それなら良いわ……! じ、じゃあ、私の爪も後でやってよね?」
当然、僕は応諾した。
何より、ネイルケアの需要が高いと分かったのは収穫だ。
小瓶があれば、粒度毎にラベルを貼って渡すのも有りかな?
「着いたです! 血の池周辺に、敵の気配なしです」
「あれを……? ノルが、一人で仕留めたの!? あれを!?」
三匹の猛獣猪は、座り込む姿勢で同じ場所にいた。
キャンプで仕留めた個体よりも大きいそうだ。
「綺麗に頭骨を貫通してるわ……。しかも、この二匹は、同じ大きさの穴が一直線になってる……。向こうの竹の方角から射出したのね?」
「凄い! よく分かるね!」
角度を変えながら歩き回って観察してたケレンが、実況見分を終えて猛獣猪を氷漬けにした。
しばらく考え込んでから発した言葉は、僕の予想通りだった。
「ありえない……」
「どういうこと?」
ケレンの認識では、射出印章はオモチャ。
軽石を飛ばして、目の前の岩にぶつかれば、少し欠けるのが精々で、金属の鏃は、わずかな距離も飛ばない。
「二匹の頭骨を貫通する威力があるものじゃないのよ……!」
「……すると、飛ばす物の違い……? 夜の雫で作られた物じゃないと威力が出ないとか……?」
ハッと顔を上げたケレンが黒い紙にスラスラと射出印章を描いて、爪先で地面をタンと鳴らして逆向きの氷柱を作り、毛皮のコート越しに先端を掴んで折ったものを、木に向けた射出印章に載せた。
ヒュッと風切り音の直後に、ドスッと鈍い音が続いて、バキバキッと二本の木が折れた。
「レン! 危ない!」
「え? ああ……、あれくらい平気よ……」
一連の動作を三十秒以内で終えたこと。
二本の木を貫通させて折ったこと。
三歩横に倒れてくる木を避けようともしないこと。
どれに驚くべきか迷う僕とは違う感じに、ケレンも何かを思い悩んでる様子だ。
「もっと、早く実験しておけば良かった?」
「うん……。それでも、行き詰まってたと思うわ……」
ケレンが魔女の修行を始めた頃、夜の雫の触感は紙だったそうだ。
それが、基礎を修得した頃には、他の魔女と同様、触れても体内に取り込んでしまい、属性不明になったという。
「結局、飛ばせる物を調達できなかったし、その発想にも至れないのよ……」
「じゃあ、これからは実験三昧だね!」
ケレンが僕の胸に額を預けた。
どういう感情か分からないけど、激励の意味を込めて頭を撫でよう。
「二人とも、いちゃついてる場合じゃないです! 猛獣熊五匹と猛獣猪二匹! こっちに来るです!」
「分かったわ! 熊五匹は私が凍らせて動きを止める。ウナは守り、ラニは陽動で猪二匹を抑えて。ノルは……」
「竹の中に入って、安全第一で、出来る事を考えてみる!」
木が倒れた事で予定が変わってしまったようだけど、最悪の事態ではないらしい。
今の僕に出来るのは、いそいそと竹の間に入って、戦いの様子を見守る事だ。
一見ランダムに結び付けてるけど、何かルールがあるのかも。
「ねえレン……」
「枝が距離で、幹が方角よ」
相変わらずケレンは、僕の疑問を先読みして答えるから賢い。
僕が感心すると、頭を撫でて褒める癖を見越して、肩を寄せる所も凄い。
「レンに見合う男って、物凄くハイスペックな気がする……」
「何よそれ、勝手に決め付けないで欲しいわ。優劣よりも、私とは異なる見方や考え方を持つ人で良いのよ」
何れにせよ、そんな男がいるとは思えない……。
何せ、冥界で相当数の怪物を倒したケレンは、この世界では「魔女王」、冥界では「冥女」と呼ばれる存在になったそうだから。
「ああっ……! それでも、とうとう師匠を超えてしまったわっ! このままでは、いやらしい男神に目を付けられてしまうかも……! その時は、ノルが守ってくれるんでしょ?」
「え!? うーん、どうだろう……。魔女術を極めたレンを、僕が守る……?」
魔女術を極めたケレンは、「冥女術も扱える様になった」と言った。
違いは、魔女術が波紋の衝突や衝撃を起点とするのに対し、冥女術はアクセスできる痕跡を全て罠に変え、攻撃する相手やタイミングを決める事も出来るそうだ。
「そこはキッパリと……! あ、ちょっと待って……。ウナ、西。ラニ、二十五!」
「また、踏んだやつがいたの?」
ケレンの属性は氷だから、罠も細かい氷にしたとのこと。
痕跡を霜柱に変え、踏んだ猛獣の心臓を貫き、そのまま氷柱となって封じ込めるのだとか。
「小型だから放置でも良いのよね……。念の為、氷漬けしてるけれど」
「ケレンは優れたる良き子にあらで? 娶るに良し! 人とオーグの一つに戻る縁とせよ」
一つに戻る……?
過去に共存してた事でもあったのかな……?
「私が、女神ならざりし折に聞きし話なれども……。ノボルよ、ハートぞどう描く?」
「僕の世界だと、ハート型は、円二つを左右に重ねて、その下が膨らみのある逆三角形ですね……」
この世界でも、心臓を表した同じ形だった。
ただ、神話時代に定められたその形を実際の心臓と比べると、人が左半分で、オーグは右半分になるという。
「つまり、神話時代の人は、心臓が左右で一つのハート型だった……?」
「アイダとイヴェルの神話ね」
――神界で子育てするアイダとイヴェルが、割ったリンゴの大きさで口論した。
――子の面倒を見るアイダと、狩りに行くイヴェルとで、どちらが大きい方を食べるべきか。
――神に判断を仰いだら、「俺のリンゴを割ったお前らが悪い!」と怒って、子を半分に割り、投げ捨ててしまった。
――こうして、アイダは冥界で、イヴェルは地界で、半分の子を育てる事になった。
「怖い話……! でも、レンは……」
「沢山注げば、あるいは……、かも知れないわよ?」
「私も交えよ!」
アイギスさん……、この話題は、ケウナに毒では……?
背中を丸めて堪えるように歩くケウナが痛々しく見える。
「まさか! ケウナにまさる幸せなる女こそあらじ! 禁欲の行ぞ明けぬれば、晴れて戦女神よ!」
「う、うむ!」
僕から身を引いたケウナに、女神アイディスが「戦いの女神の神格を譲りたい」と打診したそうだ。
以前から品行方正のケウナは、女神アイディスの「戦乙女」だったものの、女神となる条件が満たされたらしい。
「ウナは、強くて優しい良い女神になるだろうね」
「おかしいわ! ノルは、ウナに甘すぎるわよ!」
ケウナはそれに見合う働きをしてるし、それ以上の価値があると思う。
戦いにおいても、回避が許されるケラニに対して、一歩も退く事が許されないケウナの重さは計り知れないから。
「ノボルはな、我が子らをみな殊の外に尊びたるぞ。ケレンの事にても、常に賢しと讃へ、料理巧みなる家庭的な有り様をぞ誉むること限りなし!」
「そ! そ、そうなの!? そ、それなら良いわ……! じ、じゃあ、私の爪も後でやってよね?」
当然、僕は応諾した。
何より、ネイルケアの需要が高いと分かったのは収穫だ。
小瓶があれば、粒度毎にラベルを貼って渡すのも有りかな?
「着いたです! 血の池周辺に、敵の気配なしです」
「あれを……? ノルが、一人で仕留めたの!? あれを!?」
三匹の猛獣猪は、座り込む姿勢で同じ場所にいた。
キャンプで仕留めた個体よりも大きいそうだ。
「綺麗に頭骨を貫通してるわ……。しかも、この二匹は、同じ大きさの穴が一直線になってる……。向こうの竹の方角から射出したのね?」
「凄い! よく分かるね!」
角度を変えながら歩き回って観察してたケレンが、実況見分を終えて猛獣猪を氷漬けにした。
しばらく考え込んでから発した言葉は、僕の予想通りだった。
「ありえない……」
「どういうこと?」
ケレンの認識では、射出印章はオモチャ。
軽石を飛ばして、目の前の岩にぶつかれば、少し欠けるのが精々で、金属の鏃は、わずかな距離も飛ばない。
「二匹の頭骨を貫通する威力があるものじゃないのよ……!」
「……すると、飛ばす物の違い……? 夜の雫で作られた物じゃないと威力が出ないとか……?」
ハッと顔を上げたケレンが黒い紙にスラスラと射出印章を描いて、爪先で地面をタンと鳴らして逆向きの氷柱を作り、毛皮のコート越しに先端を掴んで折ったものを、木に向けた射出印章に載せた。
ヒュッと風切り音の直後に、ドスッと鈍い音が続いて、バキバキッと二本の木が折れた。
「レン! 危ない!」
「え? ああ……、あれくらい平気よ……」
一連の動作を三十秒以内で終えたこと。
二本の木を貫通させて折ったこと。
三歩横に倒れてくる木を避けようともしないこと。
どれに驚くべきか迷う僕とは違う感じに、ケレンも何かを思い悩んでる様子だ。
「もっと、早く実験しておけば良かった?」
「うん……。それでも、行き詰まってたと思うわ……」
ケレンが魔女の修行を始めた頃、夜の雫の触感は紙だったそうだ。
それが、基礎を修得した頃には、他の魔女と同様、触れても体内に取り込んでしまい、属性不明になったという。
「結局、飛ばせる物を調達できなかったし、その発想にも至れないのよ……」
「じゃあ、これからは実験三昧だね!」
ケレンが僕の胸に額を預けた。
どういう感情か分からないけど、激励の意味を込めて頭を撫でよう。
「二人とも、いちゃついてる場合じゃないです! 猛獣熊五匹と猛獣猪二匹! こっちに来るです!」
「分かったわ! 熊五匹は私が凍らせて動きを止める。ウナは守り、ラニは陽動で猪二匹を抑えて。ノルは……」
「竹の中に入って、安全第一で、出来る事を考えてみる!」
木が倒れた事で予定が変わってしまったようだけど、最悪の事態ではないらしい。
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